第70話 回復の経過と現状把握

 それから僕が自力で歩き、走り、剣を振るったり魔術を使えるようになったのは七日後のことだった。まだまだ全快とは言えないし、残っている弱体化効果バッドステータスもかなりある。しかし、多分これでも十分過ぎる程に速い回復なんだと思う。

 そう思う理由として、ミミリラ達の存在がある。


 大発生スタンピードの本流が城塞都市ポルポーラを襲ったあの日、僕が【紫玉の嘆きカーリー・グリーフ】で魔獣達を一掃した後、ミミリラ達は魔獣の死骸の中をひたすらに駆け抜け、第一城壁門上部、つまり僕が倒れたところまで一直線に向かって来た。

 どうやら【一心同体ソール・コート】によって繋がった状態のお陰か、僕の居る位置がはっきり分かっていたらしい。


 そして到着してすぐに僕の状態を把握。レーニル町で【ザルードの槍グラン・テ・レール】を放った時よりも遥かに酷い症状であることを理解したミミリラ達は、すぐさま持っていた全ての回復薬を僕に飲ませたと言う。しかし症状は一向に収まらず、周囲に居た冒険者達から半ば脅す形で同じものを譲り受け飲ませるもやはり効果は無かったらしい。

 近くに回復術士ヒーラーはおらず――多分居ても意味はなかっただろう――、もう駄目だと思いミミリラが僕を抱きしめていると、自分の中から何かが抜けたのを感じたと言う。


 不思議に思い個体情報ヴィジュアル・レコードを確認すると自分の生命力と精神力が減っている上、状態欄に『魂が聯結している』と言う文字と僕の名前が表示されていたと言う。

 そこで初めて、僕に対して生命力と精神力が譲渡出来るのだと気付いたらしい。

 ならばと全ての生命力と精神力を僕に譲渡しようとしたところをニャムリとピピリに止められ、二人が「自分達も出来るんじゃないか」と試すと見事に成功したらしい。


 三人は自分の生命力と精神力の大半を譲渡し、僕の生命力の減少が止まっていることを確認すると急いで宿に僕を運び込んだ。それからは自分達を回復させて僕に移す、ということを繰り返していたと言う。ただ、食料が少ないからか回復量はあまり良くなかったらしい。

 そんな中でニール達後続組が到着する。お陰で食料事情が改善されて回復量は増し、また自分達の生命力や精神力を回復させては僕に譲渡、と言う流れを僕が目覚める時までひたすらに繰り返していたと言う。


 話を聞いて気付いたことがある。僕は寝ている間、実はまだ減少が収まっていなかったのだろう。また、自力での自然回復も出来ていなかったのだろう。でなければ三人から譲渡して貰い続け、更には回復量が増す睡眠状態を三週間も過ごしていたと言うのに、目覚めた時にあんなに数値が低い訳が無い。

 譲渡する時の伝達率が物凄く悪いと言う考えもあるが、今日こんにちに至るまでの七日間にも同様のことをして貰っており、そこまで悪くないことは確認出来ている。つまり、減少は確かに続いていた。

 僕がエルドレッドに公爵邸に誘われた時にミミリラ達と離れたくなかったのは、多分この辺りも関係しているんだと思う。目覚めたばかりでもあったし、離れてはいけないと魂が警告していたのだろう。

 思い返せば、レーニル町での討伐が終わった後にミミリラの生命力と精神力が減っていたのは、無意識の内に僕に譲渡していたのかも知れないな。


 ちなみに、僕の考えていることがほぼ完全に読めるようになったのはこの状態になってかららしい。だからこそ、僕の状態もまた感覚で解かるようになったのだとか。この辺りに関しては今後色々検証していくべきだろうな。


 気になるのが、この魔術は現段階で解除出来るのかどうか、解除した時どうなるのか、再び発動した時どうなるのかと言うことだ。非常に興味深いが怖くもある。後で語るが、何せこれ、魂と魂が繋がっている状態らしいのだ。

 まぁどちらにせよ解除することを絶対に許さない獣娘が三人居るし、現状で不便はないので暫くはこのままの状態で良いだろう。


 そしてここからは今回の件で浮かんだ疑問と、現在僕に起きている変化について語りたいと思う。長くはなるがこれを説明しておかなければ今後の僕に違和感ばかりが残るだろうから。


 先ず最初に。

 今回城塞都市ポルポーラで倒した魔獣の経験値、その一切を僕は受け取ることが出来ていなかった。つまり、魂位レベルが全く上昇していなかったのだ。

 これは目覚めて生命力と精神力を確認した時から疑問には思っていた。何故なら、僕が最後に魂位を上昇させた後と、ポルポーラで魔獣を倒した後で生命力と精神力が一切変わっていなかったからだ。

 そしてこれは更なる疑問を抱かせることになる。

 今回僕の身体には肉体的、精神的に相当の負担が掛かった筈だ。で、あれば、最大値は増えていなければいけないのだ。それなのに今現在の僕の生命力や精神力の最大値は一切増えていない。


 これはつまり、現在の僕は魂位が上昇しないどころか、生命力も精神力も上昇しない状態であることを意味する。これに気付いた時は正直、今後の自分に不安を覚えてしまったものだ。何せ魂位が8,000を超えているとは言え、能力等級値が最大である以上、技能値を上昇させる以外に強くなる方法が無いと言うことなのだから。

 ミミリラ達三人はきちんと経験値を得ており、それこそ馬鹿みたいに魂位上昇レベルアップしていたので、やはり僕だけに問題があるようだった。英雄級の魂位を持った配下が生まれたことを喜ぶべきか羨むべきか、ちょっとだけ悩んだ。


 次に、これは技能スキルについてだ。

 今更なことだが、魔術名カラー・レイズとは自分で名付けることが出来る。これは魔術カラーに限らず、技能全般にも言える。だが、既に世界に存在しているらしきもの――つまり、以前誰かが持っていた技能は自動的に個体情報に表示される。

 そして技能というものは、時に進化や変化をすることがある。

 直接攻撃系の技能であれば単純に習熟度技能値を上昇させることでそれが起きる場合がある。魔術であれば想像ディ・ザインを重ねたりすることでそうなる。

 名前こそ変わっていないものの、僕が先日【僕だけの宝物箱カラーレス・ジュエルス】の使い方を増やしたのも一つの進化と言える。


 ここからが重要なのだが、技能と言うものはある日唐突に、本人も知らぬ間に進化や変化をし、個体情報の表示名が変わることがあると言う。

 実は今回の僕がそうなのだ。

 分かり易いところで言えば、突風を生み出す【風撃圧】の名前が【風撃砲】になっていた。そして風の圧力で敵を握りつぶす【風掌握】が【風圧殺】に変わっていた。他にも幾つかあるが、分かり易いところではこの二つになるだろう。


 最初の論で言えば、変わった名前は過去に誰かが使っていたと言うことになるのだが、ここで疑問が生まれる。

 では過去に使った人の全てが自分で技能の名前を付けたのか? と言うことだ。

 例えば【剣術】や【槍術】なんて、国や種族によって呼び方が変わってもおかしくは無い。名付け自体が早い者勝ちとしても、同じ国や種族が総取りと言うことは無いだろう。それなら全て同じ系統の名前になるのはおかしい。

 で、ありながらも実際にそうなっていると言うことは、そもそも個体情報を誰かが操っているとしか考えられない。そしてこの世界で個体情報を操ることが出来るのは金の神だけだ。

 つまり技能名とは本来金の神が付けていたものであり、自分で名前を付けることが出来るのはその権利を与えられているに過ぎないのだろう。


 さて上記を語った理由として、実は今回一番見逃せない変化をしていた魔術名があるのだ。


 【一心同体ソール・コート】。これが、だ。【久遠の結晶紋マルバリアン・アイビー】になっていた。


 共通点どこだよ、と咄嗟に突っ込んだ僕はきっと間違っていなかっただろう。類似点すら無いって幾ら何でも酷過ぎる。

 今回進化させた一つである【透魂の瞳マナ・レイシス】で技能の詳細を見てみれば、ミミリラ達が僕に出来るようになったことと同じ効果が表示されていた。

 単純に【一心同体】の進化と言えばそうなのだが、微妙に変わっていたのが「魔力を繋げる」効果が「魂を繋げる」効果になっていたことだ。多分この進化を経たからこそ状態欄に「魂が聯結している」と言う表示がされたのだろう。


 ただ断言するが、人の核である魂と魂を繋げるだなんて恐ろしい効果、僕は決して想像していない。あくまでも【一心同体】は対象を自身の身体の一部として認識する魔術。想像する際に思い浮かべたのは「魂の波動」や「魔力」が繋がることだ。「魂が繋がる」とは全く意味が違う。

 どうしてこんな変化が起きたのか、どうしてこんな技能名にしたのか、その辺りについて是非とも金の神に神託を賜りたいと僕が思ったのも無理はないだろう。


 あと、状態欄に表示されていた「魂に異状あり」と「魂に分析不可能な何かが付着している」、この二つの意味は分からずじまいだった。

 どうしても気になるので、元々「相手の個体情報を見ることが出来る」「【解析リード】の効果を持つ」魔術として創造した【透魂の瞳】に、「詳細に視ることが出来る」と言う想像を重ねて確かめてみたのだが、表示されたのはやはり同じ文字だけだった。

 この二つの弱体化効果らしきものが今後僕にどういう影響を及ぼすのか、正直不安で仕方が無かったりする。


 最後に。

 今回、僕が知らない内に手に入れていた技能の中で、気になったものがある。

 それが以下のものになる。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

血族技能:【王者の覇気】【紫玉の嘆き】

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 【紫玉の嘆き】に関しては良いのだ。あれは代々当主のみに引き継がれてきた魔術だし、そもそもザルード家の血を引き継いでいなければ使えないと聞く。表示されていること自体も、自分で創造したのだから納得出来る。

 問題は【王者の覇気】だ。覇気って血族技能なの? とか。表示の順番からして【紫玉の嘆き】を使う前に覚えたことになるけど、いつ覚えた? とか。疑問が満載だ。

 マリラ町で枝分かれ分かれた群れを倒し終えた時点ではまだ表示されていなかったので、単純に考えればポルポーラに吶喊した時だろう。しかし当人である僕が使った記憶が一切ないのだ。もちろん想像も創造もしていない。

 そもそも覇気って見たことも向けられたことも無いから、実際どんなものか全く分からないのだ。魂の波動の上位版とは聞くけれど、逆に言えばその程度しか知らない。なので、この時期タイミングで覚えた理由が全く分からないのだ。


 総括として。

 一部の技能が増え、そして進化、変化してくれたことは嬉しくはあるものの、それ以上の疑問と不安が残っている状態が今の僕なのだ。

 本当に今後どうなるか分からないけれど、その辺りは追々確認しながらいけたらいいな、と思うことにした。現状答えが出ない以上、悩み込んでいても意味が無いから。


 さてそんな状態の僕ではあるが、動けるようになったことに変わりはない。であれば、エルドレッドとの約束を果たさねばならないだろう。身体が動くようになればお祖父様の下にご挨拶に伺うとはっきり言葉にしていたのだから。


「んじゃ行くか」

「うん」

「はい」

「なのねん」


 宿の中で準備を終えた僕の声にジャスパー集合体の三人が答える。

 準備と言っても普段の冒険者としての格好をしただけだ。他の三人もまた同じ。

 もう宿の外では公爵邸から馬車を運んで来たエルドレッドが数人の兵士と一緒に待ってくれている。後はそれに乗って懐かしのお屋敷に向かうだけだ。


 では、第二の故郷の我が家に帰省と行きますか。

 見た目はジャスパーだけどね。

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