第69話 皆で食べよう2

 警戒心魂の波動迸らせるサガラの面々が僅かに進んで待ち構えていると、近づいて来た集合体パーティーは少し離れたところで立ち止まった。先頭に立つ集合体主パーティーリーダーらしき男はちらと僕を見て、正面に立つニールに視線を向けた。

 最近知ったけどニールって「ル」の中では結構上の方らしい。


「何の用だ。前に言ったように渡せる食料はねぇぞ」

「ああ、覚えてる。俺達も乱暴で奪うような恥知らずをするつもりは無い」

「じゃあ何だよ」

「奥に座っているのは、連盟長ギルドマスターか? それとも連盟副長サブマスターだろうか」

「それがお前と何の関係があるよ」


 彼が連盟長と口にした辺りで、向かい合っているサガラの面々がそれぞれ武器に手をかけた。

 それでも彼らは構えたり警戒するようなことはしなかった。敵対するつもりは無いと言う姿勢を見せているんだろう。


「少し話をさせてくれないか」

「断る」

「それはマスターの意思か?」

「……」


 ニールが僕を見る。

 別に話をするくらいなら問題無い。僕は頷くことでその意思を伝えた。


「ちょっとでも変な動きしたら容赦しねぇぞ」

「もちろんだ」


 そう言ってから集合体の一団が僕に近づいて来る。その周囲を囲むようにしてニール達が続く。僕の左右と後ろにはジャスパー集合体の三人娘が警戒度最大で護衛に付いているし、周囲はサガラだらけ。

 ついでに言えば近いところでエルドレッド達が佇んで様子を見ている。腕を組んで何でもないようにしているが、その右手はしっかりと剣の柄を握っているのが分かる。兵士達も障壁系魔術が使える。万が一も無いと思うよニール。


「何だろうか?」


 僕から少し離れたところで立ち止まった男に問いかける。


「『ジレーナの大地』、連盟副長のドドルと言う。この集団の長で合っているだろうか?」


 名乗られたそれに、思わず眉が動いた。

 僅かな驚きと納得が胸中に湧いたが、今は置いておこう。


「『ミミリラの猫耳キューティー・キャットイヤー』の連盟長ジャスパーだ。要件は?」

「この度は領地、そして各地要衝や都市を守ってくれたこと、感謝の念に尽きない。そんな恩人に対して恥を忍んで言う。もしまだゆとりがあるならば、食料を分けて貰えないだろうか」

「ふむ」


 この言い方だと、初めからこの集団が連盟ギルド『ミミリラの猫耳』の連盟員ギルドメンバーだと気づいていたのだろう。そして恐らくは僕がジャスパーと言うことも。

 まぁ到着したすぐの頃ならともかく、時間が経てばこの馬車の集団が『ミミリラの猫耳』のものだと冒険者達の間で噂や憶測として広まっていてもおかしくはないか。僕の風貌なんて言わずもがなだ。

 そして最初に声をかけた時から結構な日数が経っているにも関わらず、これだけ目立つように大量の食料を食べていれば、まだまだ僕達が十分な量を持っているのではないかと思うのも無理はない。


 僕は視線で先を促す。


「俺達はこの都市の防衛に最初の頃から就いていた。城壁を超えられては追いやられ、そして最後の最後、もう駄目かと諦めかけた時に現れた貴方のお陰で集合体員パーティーメンバー全員が生き残ることが出来た。だが、その時から既にあまり食料は口にしていなかった。今もその状態は続いている」

「理由は?」

「食料が足りないのが分かっていたからだ。市民に行き渡らなくなることを理解していたからこそ、配給含めて最小限に抑えてきた。俺達だけじゃない、他の冒険者アドベル傭兵ソルディアでもそう言った者は多く居る」


 ご立派なことだ。素直に思う。だがそれで自分や集合体員が飢えて動けなくなったら意味はないだろうに。


 冒険者が普段食べる量は市民と比べれば数倍にもなる。言ってしまえば、彼らの一食は市民数人分に相当する。生命力や精神力、体力を消耗していれば更に増えるだろう。そういう意味では、彼の言っていることは別に間違ってはいない。

 それでもやはり眉を顰めそうになる行動に違いは無い。


「だが分かってくれるだろうが、俺達冒険者はそれでは足りない。普通の人よりも遥かに力を使うからこそ余計に食料が要る。魔獣の処理や建物の解体その他、それでも頑張ってきたが、もうメンバーの体力も尽きてきている。このままでは俺達は冒険者として働けなくなる。今のこの都市の状況下、それは望むところではない」

「ふむ」


 僕が首を後ろに傾けようとすると、後ろのミミリラが近づいて身体で支えてくれた。そのまま両手を首元に回してくれる。


 改めて彼らの行動を振り返る。正直に言ってしまえば、こころざしの為に自らと仲間を危険に晒すその行動は極めて愚かだろう。自分の配下を守れぬ者がどうして集合体主パーティーリーダーを、連盟副長サブマスターを名乗れよう。


 だが、冒険者としての矜持と受けた依頼を達成しようという姿勢、そして市民を守ろうとする信念は称賛に値する。その行動の根幹にあるのは、きっとマリラ町で感じた郷土愛からくるものなのだろう。

 そんな彼らの想いを貶すなんて、僕には決して出来ない。

 彼らは僕の大事なものを命をかけて守ろうとし、そして今も身を削りながら真摯に働いてくれている。


 最初に浮かんだ彼に対する否定的な考えを、それ以上の感謝が埋め尽くした。

 で、あれば。これ以上彼に惨めな思いをさせることは許されない。


 それに、と内心で苦笑する。

 ミミリラを初めとして、連盟員サガラに助けて貰わなければ何も出来ない僕が、連盟員を守るどころか守られている僕が、恥を忍んで集合体員の為に頭を下げる彼をどうして責められようか。


 僕は微笑みを浮かべた。


「ニール」

「おう」

「でかい馬車の中にはまだ調理器具セットや食料が入ってる筈だ。出せ」

「分かった」


 言うと同時、僕は幾つかの焼肉調理器具と追加の食料を馬車の中に出した。

 離れたところの物体を【僕だけの宝物箱カラーレス・ジュエルス】に収納出来るなら、離れたところにも出せるだろう、なんて駄目元で試してみたら本当に出来た。

 想像には結構その場の気分も関係するのかな。我がことながらにちょっと驚いた。


「感謝するよ」


 ほっとした顔でドドルと後ろのメンバーが微笑んだ。

 対する僕は苦笑してしまった。どちらにせよ、元々名乗られた時点で彼らを蔑ろにするつもりは無かったから。


「いやまぁ大きな理由もあったけど、元々知ってる人だし、無碍にするのもね」

「知ってる? どこかで会ったことが?」

「はは、いやいや」


 直接顔は知らなかった。けれど、僕はつい先日このドドルの上役に会っているのだ。震える腕をピピリに支えて貰いながら懐に手を入れ、そこから銀の冒険者複製証明証アドベルコピーカードを取り出す。

 それをまたピピリに支えて貰いながら差し出すと、それを見たドドルは瞠目した。


「これ、うちの連盟長ギルマスの」

「マリラ町って要衝で一緒になった時に貰った。だからまぁ、その仲間を見捨てるのはちょっとね」

「ははは……何だ、意地の悪い」

「別に意地悪じゃないさ。実際ムカつく奴だったら追い返してただろうし」

「それなら良かった。助かるよ。改めて『ジレーナの大地』の連盟副長ドドルだ。よろしく頼む」


 そう言ってドドルは自分のだろう銀の冒険者複製証明証を差し出してきた。僕はそれを震える手で受け取りながら、嘗てニールが言っていた「その色銀色の複製証明証をひょいひょい受け取るって普通無いんだぞ?」と言う言葉を思い出していた。

 ニール、むしろ銅色を貰う方が珍しいぞ。


「ああ。まぁ味は保証しないけどね、好きなだけ食べていって。出した以上は遠慮される方が困るから。何なら連盟員ギルドメンバーも連れて来なよ。実際渡せる食糧って生ものが多いからさ」

「本当に助かる。全部食い尽くすくらいで馳走になる」

「どうぞどうぞ」


 ドドルは素早く集合体員に指示を出し、それに頷いた四人は向こうへ走って行った。残ったドドル含む三人はニールの手伝いに向かっている。律儀なところばかりが目立つ人だ。嫌いじゃない。

 そう言えば連盟長のノードルはどうしているんだろう? ポルポーラ以外の復興作業にでも従事しているのだろうか。と言うか僕が寝ていた三週の間に連絡は取り合っていなかったのかな?

 それと彼らに分ける食料どうしようかな。作業をしていてここには呼べない仲間もいるだろうし。パンに焼いた肉とか野菜挟んだやつを大量に渡すか? でも肉はともかく野菜とパンはそう大量にある訳じゃないんだよな。

 あ、確か小麦を詰めた大袋が幾つかあった筈だからいっそ挽いて焼くか?


 そんな風に僕が悩んでいると、どこか楽しそうにエルドレッドが声をかけてくる。


「おうジャスパー。どうなるかと思ったぜ」

「よく言うよ。にやにやしてた癖に」

「そりゃあの状態なら誰だってそうなるだろ」

「全く動けない状態の俺はびくびくしてたよ。まぁ剣を握ってたのは見てたけど」

「なら良いじゃねぇか。と言うか俺が居なくても絶対問題なかったぞ。あの『ジレーナの大地』は連盟第5段階ギルドランク5なんだがな。そんなあいつらも、お前の後ろでおっかない顔してた連盟副長サブマスには勝てねぇぞ、絶対に」


 僕の首に手を回したままのミミリラを見上げると、彼女はにっこり笑って頬を擦り付けてきた。


「可愛い顔してるじゃないか」

「お前にだけだよそれ」

「余計に可愛いじゃないか」

「ああもうそれで良い。で、ジャスパーどうするんだ?」

「ああ、あれ?」


 エルドレッドが視線を向ける先には、最初の頃よりも更に数を増やした人々の姿があった。多分彼らにとってこの場の光景は、配給のように見えているのだろう。でありながらも迂闊に近寄って来ないのは、ここに居る面子が理由だろう。

 本来配給であるならばそこに居るのは兵士と有志の市民だ。しかしここに居るのは騎士と少数の兵士、そして冒険者の集団だ。近寄りたくとも近寄れないのもむべなるかな。


「あ、ママ!」


 すると、側で座っていた女の子が手を振った。そこには恐る恐る近寄って来る若い女性の姿がある。例によってと言うべきか、頬がどこかこけている。


「いきなり居なくなってこの子は」

「騎士のおじちゃんにお肉貰ってた!」

「大変ご迷惑を」


 ここに来た時よりも気持ち元気になった女の子を抱きしめながら母親が頭を下げるも、エルドレッドは手を振って笑う。


「俺じゃないです。そこで偉そうに座ってる奴のです。俺もそれを分けて貰っているだけですから。礼なら奴に言ってやって下さい」

「ありがとうございます」


 僕は軽く首をかしげることでそれに答える。


「ママも食べようよ」

「こら」

「おいジャスパー、もう余ってないのか?」


 さも楽しそうに笑うカー=マインの忠実なる騎士はそんなことを


「ふむ」


 エルドレッドに言われては引き下がれぬ。と言うかエルドレッド、やっぱり何かしらの手段で僕が大量の食料を持っていることを確信しているな。


 だが実際問題難しい。この母娘に分ければ向こうで様子を見ている人々も確実に集まって来るだろう。そうなると流石に足りない。絶対に足りない。だって軽く百人以上居るんだもの。分け始めたらもっと増えるのは想像に難くない。


 どうしたものかと考える。もうバランスとか関係なしに食べられるものがあれば良いのだ。そんなものはあったかと【僕だけの宝物箱】の中に意識を向けると、二つの要衝地で回収した大量の魔獣の姿があった。

 【僕だけの宝物箱】の中は一切の時間が止まっているようで、腐敗していると言うことはない。但し問題は血も皮も骨も内臓もついたままと言うことだ。

 血抜きから始めて内臓を取り出したりするのは手間も時間もかかり過ぎて流石に無理がある。魔獣そのものを渡して「自分で調理して食べてね」でも構わないと言えば構わないが、それは後の話だろう。今はどうやってこの場で皆に振舞うか、と言う話なのだから。


 ふと気づく。僕は【僕だけの宝物箱】から何かを取り出す時は必要な分だけを取り出している。例えば大袋に入った金貨を数枚だけ、と言う取り出し方もしている。

 ならば肉もそれが出来るのではないだろうか?


 想像ディ・ザインする。創造マテリアル・レイズし、魔術名カラー・レイズと成した魔術カラー想像ディ・ザインを重ねる。


 レーニル町では離れた場所の魔獣を入れられた。

 先程は離れた場所に色々な物を出すことが出来た。

 ならば望むものを望むがままに出せてもおかしくは無い。


 ――だって、【僕だけの宝物箱カラーレス・ジュエルス】は僕だけの宝箱。

 僕の望んだ物を入れられて、僕の望んだ物を取り出せる筈だ――


 頭の中でそれを終わらせると、僕は人の居なくなった調理器具の脇にある皿の上に、解体されていない肉の一部を、血も皮も骨も内臓も【僕だけの宝物箱】の中に置いた状態で取り出した。

 そこには見る限りでは問題のない、塊となった肉だけがあった。これならば後は切り分けるだけだ。いける。


「他の奴も全員ニール達を手伝え。違う馬車の中も含めてあるやつ全部出せ。皆で協力して肉を全部捌いて皿に載せて並べていけ。食えない肉はお前らで判断してその辺に投げとけ。後で回収する」


 その言葉に全員が動き出す。僕は片っ端から魔獣の肉、それとテーブルなどを馬車の中に取り出していく。今【僕だけの宝物箱】に関して指摘されたらどうしようも無いが、まぁその時はその時だ。どうせ絶対的に隠しているものでもないし、今の大事はそこじゃない。しかし【万視の瞳マナ・リード】を使えないから出すのが結構面倒だなこれ。


 そんな僕の周囲にはパムレル含む四人娘が護衛とばかりに待機している。

 そして本来の護衛役である筈のエルドレッドはと言うと、だ。


「おいお前ら。あそこで見てる市民の方々に、ここでやってるのは配給じゃないことを説明しろ。その代わり、皿とかを持って来ればおすそわけがあるぞって笑いながら言ってこい」


 その行動の速さにはもう苦笑しか出てこなかった。でも、僕はエルドレッドのそんな姿が好きだった。いい加減な言動に見えて、大事を大事と捉えるその姿勢。


 ――大義である。なんてな。


 思わず心の中で呟いたその言葉に、ミミリラが抱きしめてくれた。


 その後、かなりの数が集まった市民達と冒険者達で酒の無い宴状態と化してしまったが、肉は問題なく全員に行き渡ってくれた。それどころかまだまだ余っているくらいだ。

 そんな中、一番食べたのは間違いなく僕だったと思う。想像を重ねたせいか再び猛烈な気だるさと空腹感が襲ってきて、それを補う為に必死に食べていたから。

 何と言うか、別に間違ったことはしていないんだけど、ちょっとだけ切なくなってしまった。


 そして、これは余談だ。

 僕やエルドレッドはもちろん、連盟員や王太子屋敷の兵士は「焼肉をする」と言う言葉に違和を覚えないが、実際そんな言葉は殆ど聞かない。少なくとも僕は焼肉調理器具を思いつくまで聞いたことは無かった。あっても「肉を焼いて食べる」、「焼いた肉を食べる」くらいのものだ。

 過去の僕の言葉を借りれば、あれは「肉を主に色々なものを焼いて食べる用途を主とするので、単純に焼肉調理器具と命名した」ものだ。つまり、「焼肉調理器具を使って肉などを焼いて食べる」、これを省略した言葉が「焼肉をする」なのだ。


 何故こんなことを説明したかと言えば、この調理器具を見た冒険者達が「これは良い」と話題に上げ始めたからだ。それに対して僕が「焼肉気に入ったの?」なんて言葉を発してしまったことが原因で、どうやら彼らの中では「野外でこう言った調理器具を使って皆で肉を焼いて食べる」ことを「焼肉をする」と認識されてしまったようなのだ。

 詰まるところ、冒険者や傭兵が依頼完了後に必ずと言える程に行う酒場食堂などでの一杯、あれの屋外版として捉えられてしまったのだ。

 そしてポルポーラの状況が落ち着いたら必ずこれを手に入れたいなんて言うので、その時はベルナール商会ガーランド支店に注文して頼んで売りに来るよ、と言う約束をしてしまった訳だ。


 ザルード領に「今日は焼肉しようぜ!」と言う言葉と、焼肉調理器具が広まるのもそう遠くはないだろう。

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