第64話 当たり前の無理2
斬って、殴って、投げ飛ばして。
そんなことを続けてどれ程の魔獣を骸にし、どれ程の時が経っただろうか。突如として要衝の方から飛び出してくる無数の反応が【
恐らく要衝から僕と魔獣の戦いを見ていた兵士や冒険者達が援軍として飛び出してきたのだろう。
今まで出てこなかったのは当然。要衝の中に一体どれ程の兵や冒険者が詰めていたのか知らないが、数万の魔獣相手に平野の戦いなんて馬鹿げてる。一人の冒険者が暴れている姿を見たって「おい死んだぞあいつ」としか思えないだろう。僕もそれを分かっていたからこそ、彼らからの助力を期待していなかったのだから。
加えて言えば、魔獣の群れはもちろん要衝にも向かっていた。ありがたいことに魔獣は強い魂の波動に反応するのか、大半は僕の方に向かって来てくれていた。それでも結構な数は要衝に向かって突き進んでいた筈なのだ。
それなのにこうして出て来たと言うことは、そちらの処理が終わったのだろうか。余程の
作業になりつつある状況に辟易としてきていたので正直ありがたかった。ただ、これで経験値が持っていかれるな、なんて思う余裕さえ今の僕にはあった。
そんな時だった。後方に居た魔獣達の一部が逃げ始めた。手に仲間の死骸を持っている訳でも無い。純粋な逃走だ。
「はっ」
つい鼻で笑ってしまう。何を馬鹿な。お祖父様の土地で暴れておきながら今更逃げるだなんて僕が許す筈もない。
「【
奴らが帰ろうとするその道の先に、巨大な壁を生み出した。地上から
それをみた後続の奴らはその壁を邪魔者と判断したのか、激しい攻撃を繰り出し始めた。だがその程度で壊れるようなものは創造していない。何せその壁の想像の
奴らのお陰で無駄に精神力を使ってしまった。確実に殺してやらねばなるまい。
そこからは追撃戦と殲滅戦を合わせた感じの流れで魔獣との戦いは進んでいった。
僕はある程度その場で敵を蹴散らして、援軍の方が優勢になっているのを確認してから逃げ出した奴らを追い詰めていく。東の方向から僕の意図を察したのだろうミミリラ達三人が魔獣を追い詰めて来ているので、僕は西の方に回って徐々に中央に押し込んで行く。
ミミリラ達は僕の支援魔術の効果か、それとも多少のダメージでは【
前衛に立ったミミリラが見たことが無い速度で魔獣を斬り裂いていく姿は美しく、隣で魔獣を片端から殴り殺していくピピリの姿が凄まじい。そして後方からニャムリがミミリラとピピリの援護をする姿に感心する。直接的な攻撃こそ少ないものの、的確に二人を援護している。予想はしていたが素晴らしい働きだ。
多少強引な感じもあるが、まぁあの程度なら無理には勘定しないでおこうか。
そんな感じで逃げようとしていた奴らを殲滅してからは、ミミリラ達に外縁にいる敵を殲滅するように指示し、僕はまた群れの中に飛び込みつつも、散らばっている奴らに狙いを定めた。
【万視の瞳】を使って魔獣の位置を確認し、そいつらを【
そんなことを続けてどれくらい経ったか。ようやく最後の魔獣を
「ジャスパー大丈夫?」
近づくなり抱きついて来たのはミミリラだ。
先程まで無表情で魔獣を狩りまくっていた女には見えない程に弱々しい表情で纏わり付いて来る。その愛らしい姿に言いたい。大丈夫と言いながら抱きつくのはどうなんだ? 怪我してたら痛むだろうに。
そう思いながら全員に【
そうやって四人共が綺麗になったのを確認して、僕達は要衝を守っていた兵や冒険者達へと近づいていく。
ちょっと思うところがあり三人には【五色の部屋】を纏わせたままだ。どうせこれは【
暫く歩いていると、集団の方からも近づいて来た。お互いにある程度近づいたところで立ち止まり、視線を交わす
先頭に居るのは立派な鎧兜を纏った騎士と、その横に立つ上位冒険者らしき男だ。
「依頼を受けた冒険者で良いのか?」
「ああ。来るのが少し遅かったみたいだがな」
「それを十分に埋める程の戦果だ。本当に助かった。感謝する」
「依頼だからな。気にしないでくれ。依頼完了の
「ああ。何枚でも書いてやるさ。筆はあそこにあるから付いて来てくれ」
その言葉に合わせて皆が要衝へと戻って行く。僕達もそれに付いて行くと、騎士の側に立っていた冒険者が並んで歩きだした。
「『ジレーナの大地』
「『
「ああ。増援含めてこれまでに二千人以上の死傷者が出ている。今回も皆覚悟を決めていた。だから本当に助かった。お陰で知った奴らも
「良いさ。冒険者は依頼を受けて魔獣を狩るもの。するべきことをしただけだ」
僕が笑うと、確かにな、とノードルも笑った。
「それより『ミミリラの猫耳』なんて聞いたこと無いな。どこが
「城塞都市ガーランドだな」
「そんなところから……最初からこちらの領地に居たのか?」
「いや。知り合いが早めに情報を仕入れてな。すぐに飛んで来た。昨日はレーニルに居たんだがな。無茶をして動けなくなったから一日休んでた。だから遅くなった」
「城塞都市ガーランドから来てレーニルを……? 時間もそうだがジャスパー。お前何者だ?」
「ただの連盟長さ」
「はは、そりゃ凄い連盟長だ……ん? いや待て、ジャスパーって言ったらジブリー領の特殊個体を倒したあのジャスパーか?」
「こっちまで情報伝わってるのか?」
「俺達は情報が命なところもあるからな。それにこっちの領地じゃ
「ああ、何か聞いたなそれ」
酒場食堂であの冒険者が言ってたことは本当のようだ。
「俺達は本当に運がよかった……ジャスパーが来てくれていなかったら、もうこうして会話も出来てない」
「意外と秘めた力に目覚めてたかも知れないぞ? 俺は邪魔しただけとかな」
「ははは。それなら今度侘びとして奢って貰わんとな」
「助けた側が奢るってのも良い根性してる。機会があればしたいもんだ」
「ああ、お前の名前は絶対に忘れない。これ、受け取っておいてくれ」
渡されたのは銀色の
「じゃあありがたく。悪いが俺は持ってないんだ」
「いいさ。その代わり気が向いたら顔を出してくれ。
「覚えとく」
そうして要衝に入ると、色々な奴らが声をかけてくれたり肩を叩いてくれた。ちょっとした凱旋みたいな感じだ。一部を除き、皆が明るい表情をしている。
暫く待って、責任者である騎士から署名の入った依頼書を返して貰い、ここでの仕事は終わりとなった。貴族が責任者として居ないのが気になったが、多分言わない方が良いんだろうな。
「これで依頼は達成だ。感謝する。これからはどうするんだ?」
「ああ、今日は一先ずサドヴァ町まで移動しようかと思ってる。そこの枝を潰せれば潰すし、そうでなければまたその時だ。少なくとも明日には城郭都市セントナに行くつもりだ」
「……これからすぐに、サドヴァに?」
「これからすぐに、だ。昨日は無駄な時間を過ごしたからな」
「と言うと?」
「昨日はレーニルで少し無茶をし過ぎてな。枝を完全に枯らせた後少しだけ移動して休んでたんだよ」
「……名前を聞いて良いか?」
「『ミミリラの猫耳』、連盟長ジャスパーだ」
「ふむ……活動拠点は?」
「城塞都市ガーランドだ」
そこで騎士は訝しげに眉を寄せた。
彼が言いたいことは分かる。次にどういう言葉が向けられるかも。
「ジャスパーと言ったな。どうしてお前はそこまでする? 拠点がガーランドなら、あちらで依頼を受けてからゆっくり
「はっ」
ついつい鼻で笑ってしまった。正真正銘小馬鹿にしている。それが伝わったのか、騎士だけじゃなくて周りの人までが顔を歪めた。
だけどそんな愚問、笑うしかない。
「俺はザルード公爵閣下に返しきれない大恩がある。そんな御方の領地が荒らされるのは我慢ならんのさ」
「……はは、そうか。それなら納得だ」
「それとだ。俺の生まれは王都の方だが、ザルードは俺の第二の故郷なんだ。大恩ある御方の領地であり、第二の故郷だ。多少無理をするのも当たり前だろう?」
その時、ばん、と背中を叩かれた。
顔を向ければ如何にも傭兵、と言った風体の男が笑っている。
「よく言ったぜ! 気に入った! そうさここは俺達の故郷だ。あんたはそれを救ってくれた。俺たちゃお前の連盟と名前を絶対に忘れねぇ。なぁ皆!」
その声に、冒険者だけじゃなくて兵士までもが声を張り上げた。何とも気持ちの良い、むさくるしい声だった。嫌いじゃない。
ふと思った。今この男は僕の第二の故郷と言う言葉に反応した。そして俺達の故郷と言う表現をした。そしてこちらの連盟同士は繋がりが強い。
つまり、単純に考えればザルード領の冒険者や傭兵とは、元々郷土愛が強い集まりなのかも知れない。それなら色々と納得がいく。
僕が知るザルードに関係する貴族や騎士や兵士は、その殆どの人が強い郷土愛を持っていた。それが領民やその他にあっても、何ら不思議では無い。
……ああ、思えば、今回のことをエルドレッドが知れば、きっと激昂するか、悲しむんだろうな。何だかやりきれない。彼のそんな姿、僕は決して見たくないから。
ある程度声を張り上げた後に、周囲の冒険者や傭兵達がこぞって冒険者複製証明証を渡してくる。どれもこれもが銀色だ。また増えたな。
「ジャスパーよ。俺達は騎士や兵士だからそう言った
「むさくるしいおっさんに顔を覚えられてもな……」
僕がそう言うと、周りが大笑いした。
「確かにそうだ。では妻が居る身
騎士がちらとミミリラ達三人を見る。
ちなみにミミリラはいつの間にか頭と口元に布を巻き、フードを被り、外套で完全に身体を隠した状態で僕にくっついている。残りの二人はそのまま後ろに控えている。
「いや、その辺は理解あるんでな。その時を楽しみにしておくさ。じゃあ俺達は行くから」
「ああ、引き止めて悪かった。……俺達の故郷を頼む」
僕は手を振ってそれに応えた。
外に出て四人で一斉に走り出すと後ろから大きな声援が聞こえてきたので、僕は強く拳を振り上げた。
暫く走り、人目が付かないのを確認してから、また【
《ジャスパー》
《何だ?》
《嫌じゃなければで良い。今度第二の故郷について教えて欲しい》
《ああ……まぁ、小さい頃の思い出話さ》
《それでも聞きたい》
《今度思いっきり
《分かった》
冗談半分で言ったつもりだったんだけど、次の瞬間ミミリラから凄まじい決意の感情が流れてきた。戦闘している時を遥かに超えるだろう激情だった。
《あ、あ、あ。じゃあ私も聞きたいのねん》
《私も出来れば》
《ミミリラと同じかそれ以上の奉仕を出来たら考えてやるよ。何ならこの間の
《結局あの時全員でもジャスパーには勝てなかったのねん……》
《頑張る》
《ミミ、一緒に頑張ろうね》
《私は一人でも頑張る。そして一人だけ教えて貰う》
《ミミ独占欲強すぎなのん!》
先程まで馬鹿みたいな数の魔獣と戦っていたとは思えない気の抜けた会話を耳にしながら、僕は次の目的地、サドヴァ町へと足を進めていく。
ここみたいに襲って来てくれたら楽なのにな、なんて思いながら。
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