第63話 当たり前の無理

「昨日無茶をしておいてなんだが、第一目標は今日だけで二つ終わらせることだ。無理そうなら一つを終わらせて次の場所に移動するまで。それが難しくても必ず一つは終わらせる」

「また昨日みたいなことになったら?」

「あれはもう無しでお願いします」

「駄目なのねん」

「あれはもうしない。流石に懲りた」


 三人の責める視線に肩をすくめる。こっちだって御免だ。もう能力等級値に甘えて判断を誤ることはしたくない。

 あと、多分だけど【ザルードの槍グラン・テ・レール】は想像ディ・ザインがまだ甘い気がする。もっと精緻に突き詰めれば威力を上げて精神力の消費量を抑えられる筈だ。あれでは槍では無く、【土柱グランド・アイクル】の光属性版に近い。


 何にせよ、まだ精神力は半分も回復していない。

 一度空っぽになった精神力は回復速度が極端に遅いのだ。それでもここまで回復したのは、昨日明るい内からひたすら食べて寝てを繰り返した上で暇あらば回復薬を飲んでいたからだろうか。単純に魂位レベルが上昇して回復量自体が上がったのもありそうだ。

 それにしても早いような気がする。まぁいいか。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

カー=マイン・カラーレス・ジ・ガーランド・ル・カルロ=ジグル・アーレイ

種族  人族・人種

魂位  4050

生命力 439,137/1,693,443

精神力 368,968/1,844,843

状態:

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 これを踏まえた上で今日はやらないといけない。

 今日は極力攻撃系魔術を控え、支援魔術バフと障壁系魔術を使っての近接戦闘で片端から倒すことになるだろう。これから向かうマリラ町は昨日のレーニルよりも発生推測地点に近い。枝分かれ分かれた群れもそれ相応の規模を想定するべきだ。

 そう考えると、やはり今日は進んでも三つ目の要衝地であるサドヴァ町を目標とすべきだろう。


 本当は今日中に全ての要衝地を終わらせて、明日にでも城塞都市ポルポーラに行きたいのが本音だ。しかし、ここは自重すべきだろう。もうこれ以上考えなしに行動して失敗するのはあまりにも愚かしい。

 今は自分が出来る限界を見極め、出来ることをするだけだ。


「一先ずは移動しよう。会話はその最中にな」


 そう言って三人をまた【一心同体ソール・コート】で後方に浮かせて走り出す。速度が落ちるけれど、精神力の消耗を抑える為に補助系技能は使用しない。ただひたすら速度と体力の能力等級値に任せて走る。これでも馬よりは余程に速いのだ。

 次の場所に移動する際に使うかどうかは状況次第だろう。


《ジャスパー、実際どうするの?》

《支援魔術と【五色の部屋サン・ク・ルーム】だけ全員に掛けて【万視の瞳マナ・リード】で索敵、後は地道に片端から潰す。お前達にもやってもらうが、今まで倒した危険度段階の最高は?》

《一部例外を除き、魔獣の大きさや特性によるからはっきりとは言えないけど、複数で4の上から5の下が最高。特殊個体とかは倒したことがない》

《十分いけるな》

《ちなみに一部例外はピピリが単独で5の下》

《え?》


 思わず足を止めそうになった。サガラが群れてようやく5の下が最高なのに単独で5の下?

 僕が驚いているとピピリから楽しそうな声が届いて来る。ああそうか。こいつは力と速度の等級値がずば抜けてたから、それで一気にぶち抜いたのか。それなら納得……か? 昨日までの魂位はニールにも劣っていたんだが。

 非常に気になるがこれはまた今度にしよう。


 そんな僕の思いが通じたのか、ニャムリが話を続けてくれる。


《基本的にミミが前衛、私が魔術士カラーズとして後衛、ピピリが前衛と遠距離の両方ですね。一応どの特性を持った相手でもこの三人で対応は出来ると思います》

《遠距離の敵が多いと矢も無限じゃないのねん》

《じゃあ俺がその辺を判断して敵の位置を指示するから、三人でそっちを頼む。それ以外は俺が潰すから》

《さっさと倒してそっちに行くから》

《いや、危険度第5段階の群れとか相手してる時にこられる方が迷惑なんだが』

《じゃあ離れたところで応援する》

《お前のそういう可愛いところ好きだよ》


 そんな緊張感のない打ち合わせをしながら走り続ける。

 ちなみに三人の装備を簡単に説明すると、ミミリラが片手剣を二本。ニャムリが片手剣と魔術の威力を高め補助する杖。ピピリが片手剣と短弓だ。それぞれが革の篭手とブーツ、腰帯に短剣を数本差して外套を羽織っている。

 ああ、ピピリだけは篭手は篭手でも、手の拳部分と甲の部分に金属を貼り付けたナックルガードだった。最初は弓を扱う為の篭手かと思って騙されたんだった。


《そう言えば、魂位上昇レベルアップのお陰か力が湧いてるの私だけん?》

《私もですよ。ただやっぱりご飯が必要なんですかね。弱い空腹感だけはずっと残ってます》

《それはあるのねん……あとジャスパーとしてないから元気出ないのん》

《分かります。こう、物足りないというか》

《ミミはずるいのん。ジャスパーをずっと独占してるし》

《いつも寝る時はジャスパーさんの上ですしね。知ってますよミミ。貴女寝てる時ジャスパーさんの首筋から胸元ずっと舐めてるの》

《族長特権》

《昨日サガラをどうでもいいって言ってたのねん》

《確かに言いました。私は悲しかったです》

《じゃあジャスパーに安寧を貰うようにお願いをした功績特権》

《結局何でもありなのん!》

《何だか次期長に似てきた気がします》

《兄様はただずる賢かっただけ。私はジャスパーに甘えてるだけ。何もずるくない》

《最近のミミのジャスパーに対しての匂い付けマーキング凄いのねん》

《ずっと匂い付いてますもんね。野生の獣とかだったら近づいただけで牙を剥く次元です》

《近づくことは許してる。ジャスパーを気持ちよく出来る内は許す》

《そうじゃなくなったら?》

《縛り付けた上で行為を見させる》

《酷い!》

《鬼ですね》


 三人のかしましい会話を聞いていると、こいつら本当に仲が良いんだなって思わされる。昨日ミミリラが言ってたように、サガラを捨てた族長という感じがまるでしない。この三人には一族を超えた絆があるのかも知れない。

 ただ昨日の出来事は口外を禁止した。いらぬいさかいやわだかまりは不要だからだ。三人も素直に頷いていたし、まさか今更僕の言うことを蔑ろにはしないだろう。


 それはそれとしてこの三人、今回の一件が終わったら経験値稼ぎレベリングをしようと心に決めた。また今回みたいなことがあった場合、僕に付いてこれないから。僕もまた己の能力ちからを使いこなせるようにしなければいけない。


 それと、改めてちょっと気になることが出てきた。


 以前ナーヅ王国との戦から王城へと戻った際、僕は世の人には個体情報を隠蔽する発想が無いと言った。

 だが、世の中には表示されなくとも、確かに“ある”と認識をされているものもある。人見の瞳もその一つだろう。あるいは体力等級値もそう。あれは本来生命力や精神力と同様の表示方法がされている筈だ、と言う説もあり、それは幅広く受け入れられている。

 それでも世の人が個体情報を絶対と認識しているのは、表示されていないだけで“実際にはある”と“認識している”からだ。“認識していない”ものは本当に無いと言う観念がそこにはある。


 そして僕は“認識していないものは本当に無い”と言うことが真実では無いことを知っている。そんな僕ですら気づけない何かが個体情報には隠されているのではないのか? と、そんな疑問が湧いてきたのだ。


 その理由の一つは僕自身だったりする。

 今回僕は明らかに焦っていた。それこそ思考に影響を与える程に。それでありながら状態の欄には何も状態異常として表示されていなかった。


 もう一つの理由がこの三人の会話だ。

 魂位が上昇しても基本的には生命力と精神力しか上昇しない。大量の魂位上昇のお陰か今は確かに昨日よりも能力等級値が多少上昇しているが、あくまでも“多少”だ。

それなのにここまで実感を受けているのは違和感がある。

 つまり、個体情報には見えない支援魔術のような効果が付随しているのでは? と言う疑問が出てくるのだ。


 神の思し召しではあるが、金の神はまだ人に見せていない何かを個体情報に隠しているのかも知れない。その辺りについても今後色々と検証していきたいところだ。

 もしかしたら今までにも僕と同じ疑問を抱いた人は居るのかなと思う。ただ居たとしても間違いなく異端として消されただろうな。


 そんなことを考えながら、僕は走り続けた。



 ※



 そして目的の要衝地にたどり着いた時、僕は当初予定していた作戦が崩れたことを理解した。


《ジャスパーあれって》

《ああ、【万視の瞳】使うまでもなくなったな》


 僕達の視線の遥か先には、明らかに色が変わった大地がある。【視力上昇サップ】を使用して見ると、予想通りまるで絨毯カーペットのように敷き詰められた魔獣の群れが勢いよく走っている姿があった。

 あれはレーニルよりも遥かに多い。魔獣の大きさに差があるのではっきりしないが、どんなに少なくとも二万は居るだろう。総数は知りたくも無い。


 視線を左にずらせば、そこにはレーニルと同じように町を拠点にした要衝が見える。レーニルと違う点は、こちらの方が遥かに要塞化されているところだ。最早完全な砦と言えるだろう。

 だが、そんな砦も迫り来る魔獣の波に対しては非常に心許こころもと無かった。よくもこれ以上の数を相手にこれまで耐えていたものだと心底感心する。


《作戦変更。まず俺が突っ込む。三人は出来るだけ集合体連携パーティープレイではぐれた奴を倒せ。群れで襲って来て無理そうなら思い切り下がって引きつけて分散させてから各個撃破。絶対に無理をするな》

《分かった》

《分かりました》

《逃げ回るのねん》


 ピピリはふざけたような言い方をするが、やるときはきっちり切り替えるのは分かっている。まあそもそも役割が拳士グラップラー弓士アーチャーだ。気を抜けばやられるし当たらない。集中しない瞬間が無いから当然とも言える。


 それより心配な奴が一人。


《ミミリラ。もう一度言っておくが、早く倒して俺の支援を、なんて思って無茶したら一生抱いてやらんからな。後で二人に確認するぞ》

《絶対にしない》

《ならばよし》


 半ば冗談気味に通達した罰に対して返って来た言葉は、恐ろしい程の真剣味に満ちていた。今後何かある時はこれを使おうと決めた。


 僕はある程度魔獣の群れに近づいてから足を止め、三人を下ろして全員に支援魔術――武器に【性質硬化マナ・キューリング】、身体に【視力上昇サップ】、【外殻上昇シェル】、【内殻上昇シェリー】――をかけ、【五色の部屋サン・ク・ルーム】を全身纏うように展開する。

 これで彼女達は危険度第5段階の魔獣に攻撃されても僅かなダメージすらないだろう。


「じゃあ後から付いて来い」


 言うなり、僕は全力で駆けた。距離がまだあったので【優激の風ブリーズ・カース】と【励ましの風ブリーズ・メント】を使用しての高速移動だ。

 先程までとは比べ物にならない速度で流れる景色の中を突き進んでいき、一分の間も無く迫った万を越える群れに躊躇い無く飛び込んだ。


 滑るように奴らの側面に着地すると同時に右手を突き出す。手のひらから発せられた【風撃圧ブリーズ・ラッシュ】と言う極大の風が直線状を打ち抜いた。エルドレッドとの戦いで使ったやつの全力版だ。ここまでいけば最早巨大な物体そのものを打ち出しているようなものだろう。


 その風は絨毯の中央を極太の線で貫いて行き、それだけで数百の魔獣の命が消えたのが分かった。常時【万視の瞳】は発動しているので、周辺に居る魔獣の位置と数は大凡で把握出来ている。

 一度大きく後ろに跳びながら背中の両手剣を抜く。着地すると同時に天に掲げ、その先から光の剣が伸びるように魔力を顕現させる。【ザルードの槍】の応用だ。この光に当たれば物体は散る。

 十数メートルにも伸びたそれを横に構えると、今正に襲いかかって来ている魔獣の群れと相対する。その醜悪な姿が近づいてくるのを待って、待って、待って――僕の身体まであと一足というところまで近づいた瞬間、一気に剣を振り抜いた。それだけで、僕に近づいていた半径十数メートル範囲内の魔獣の胴体は二つにわかたれた。


「あ」


 そこに至り、慌てて精神力を確認した。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

カー=マイン・カラーレス・ジ・ガーランド・ル・カルロ=ジグル・アーレイ

種族  人族・人種

魂位  4050

生命力 489,345/1,693,443

精神力 343,736/1,844,843

状態:

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 まずい。このペースで戦っていてはもう一つの要衝まで持たない。

 ミミリラ達への支援魔術や【五色の部屋】の関係もあるんだろうけれど、朝に確認した時より二万以上も減っている。自然回復量込みで、だ。


 そもそも何をやっているのか。攻撃系魔術は極力使用を控えると決めたばかりなのに。完全に癖になっている。とにかく強力な技能スキル魔術カラーでぶっ飛ばせばいい、なんていう考えが無意識の次元で染み付いている。

 初めて全力を出すからか、【風撃圧】一つとっても精神力の消費量が段違いだ。間違いなく普段の十数倍消費している。

 改めて理解した。今までの僕が仮にもし全力で戦っていた場合、下手をしなくても最初の狩りの時点で自滅していた。


 仕方無く光の剣を収め、改めて魔獣の群れに飛び込んだ。剣を幾度も振り回しながら駆け抜け、群れの中央辺りまで進んで足を止める。敵の姿形こそ違えど、囲まれている状況にナーヅ王国との戦を思い出した。


 周囲は魔獣だらけ。今まで見たこともない形態のそれらが襲って来るのを目で、音で感じながら切り裂いていく。縦に横に斜めに。凡ゆる角度から襲ってくるそれらを、動きを止めぬままに斬り捨てていく。魔獣の死骸が積もって邪魔になると大きく場所を移動し、ゆとりがあれば【僕だけの宝物箱カラーレス・ジュエルス】に回収しながら斬って斬って斬って斬り捨てる。


 思い出すは王太子屋敷で対峙したエルドレッド。

 彼の凄まじい剣戟を身に宿らせるようにして魔獣を蹴散らしていく。

 まだ遅い。まだ弱い。これでは児戯にも劣る。

 僕の為に命すら容易く捨てるあの気高き男の剣はこんなにも脆弱なものでは無い。


 これまでに無い程に集中してその状態を保ち繰り返していくと、段々と自分の剣の動きが軽やかになっていくのが分かった。そして、魔獣がどこからどう攻撃してくるのかも感覚で理解出来るようになってきた。

 それは戦闘を続ければ続ける程に鋭くなっていき、魔獣の群れを更に五分の一程斬り捨てた辺りで極まってきた。今なら目を瞑っていても、魔獣の攻撃を避けることも受けることも、また返す剣で斬り捨てることすら出来そうだった。


 恐らくこれが【気配感知マナ・センス】【魔術感知カラー・センス】【危機感知ラップス・センス】など、戦士達が戦いの中で覚え鍛えていく技能なのだろう。僕は技能自体は覚えていても、鍛えてなんていなかった。

 ある意味、今日この瞬間が僕にとって人生で初めての戦いになるのだろう。ならば学ばねばならない。僕はまだまだ戦士としては駆け出しだと思い知ったばかりなのだから。多少の無謀は承知で一歩進もう。


 僕は自分にかけている支援魔術と【五色の部屋】を解除して、更なる魔獣の命を求めて歩を進め剣を振るった。最悪失敗して押し切られても何とでもなる。ただ、そんなことになってしまったら僕はただの阿呆あほうだろう。

 そんな愚者にならない為に、僕は襲い来る魔獣の波を逆に飲み込まんばかりに吠えた。

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