第133話 期待の足音 魔窟の話1

 結局僕が王都に足を踏み入れるのは、お祖父様達ザルード公爵家の一団が王都に到着した後を追う形となった。

 城塞都市ポルポーラで裏人に指示を出した後、お祖父様の元へと姿を見せた僕の顔色が相当に悪く映ったらしく、後から来れば良いと言って貰えたからだ。


 お祖父様達が王都に到着する数日の間、僕は連盟長部屋ギルドマスタールームから一切外に出ることはしなかった。ただただミミリラ達からの世話を受け、休息と癒しの時間に身を浸していた。

 そのお陰か、お祖父様が王都に到着する頃には致命的な弱体化効果バッドステータスは消え去っていた。軽度の弱体化効果こそ残っていたものの、それは殊更に気にするものでは無かった。


 また王都に足を踏み入れてすぐ、貴族街にあるザルード公爵家の屋敷へ、唐突に母上が足を運ばれた。僕達が父上に到着を伝える為の使者を送ったその日、まるで待ち構えていたかのように完全なお泊りの準備を整えた母上が屋敷へと姿を見せたのだ。

 その日から父上よりお呼びが掛かるまでの数日感、まるで幼い頃に戻ったかのように母上はひたすら僕に構い続けた。そのお陰もあってか、僕に残っていた弱体化効果の全ては消え失せていた。

 自分の無様を恥じる部分はあったが、本当に久しぶりに、安らぎの時間を過ごせた気がした。


 そんな感じで過ごすこと数日して、父上からお呼びが掛かった僕とお祖父様は登城することと相成った。



 ※



 謁見の間。この場には父上に母上、弟にダイン兄上、全ての側室に、ある程度年齢を重ねた王子、王女達の姿があった。

 儀礼的なものもあるのだろうが、僕はその光景に何かしらの思惑を感じ取っていた。恐らくこれは父上に何かしらの考えがあってのことだろう。

 横にはやはり大臣や宮廷貴族達がずらりと並び、ザルード公爵家の当主が変わる瞬間を目の当たりにしようとしている。


 そして何故か。こう言った場には顔を見せることの無い宮廷魔導士七人と、『七属性魔術士筆頭セブンズ・カラーズ・ラーレスト』の姿までもがあった。

 ジャスパーとして勲章を賜った時にも疑問を抱いたことだが、彼ら、彼女らは基本的にこういった儀礼的な場に興味を抱かない。必要がある場合や国王、あるいは王妃よりのめいが無ければ公的な行事なんて完全に放置を決め込む。


 実際問題、この十四名は僕が王太子として父上に呼び出された時も、ナーヅ王国との戦から帰参した論功行賞の場にも姿を見せてはいなかった。だと言うのにわざわざ今日に限って姿を見せるだなんて、何を考えているのだろうか。

 まぁジャスパーに関しては久方に現れた英雄に興味を抱いたから、と納得もいくが。


 疑問を抱きながらお祖父様と共に、近衛に挟まれた絨毯の上を歩く。

 王座へ上る段の下までたどり着くと、お祖父様が跪き、僕は若干下がったところでそれに続いた。


 お祖父様がこうべを垂れたままに口を開く。


「国王陛下、王妃陛下に於かれましては、此度拝謁賜りましたこと、恐悦至極に御座います」

「うむ。よく来たザルードよ」


 お祖父様の言葉に父上が答える。

 僕はその声色に、機嫌のよさを感じた。


「有り難きお言葉。此度はザルード公爵家、その当主を我が養子カー=マインに譲り渡すことのご報告に参りました」


 お祖父様がそう言葉を発しても、この場に殊更な揺らぎが生まれることは無かった。

 未だ僕は国王への報告を経て成される外部への正式な周知こそ終えていないものの、当主交代に関しては既にザルード領内で公布している。そこから様々なところへ情報が流れても不思議では無いどころか、流れていなければおかしい。少なくともこの場に居る高貴な存在の全員が、僕の公爵家当主就任を予め耳にしていた筈だ。

 詳細に立体表示させた【万視の瞳マナ・リード】で常時確認しているので分かるのだが、これと言った大きな反応こそ見せなかったものの、各人はそれぞれ違った表情を浮かべている。

 そんな中個人的に気になったのが、継承権争いで対立する第二側室、ダイン兄上の表情だった。

 第二側室は扇で口元を隠しながら、細くした瞳で、どこか胡乱げな視線を向けてきている。観察されている、と思った。お祖父様に僕、そして僕達二人を通して父上の思惑を推し量ろうとしているような、そんな視線だと、僕には感じられた。

 ダイン兄上は――何だろうか。これまで向けてきていたものとは少しばかり違う。

 今までならば常に苛立ちを抱えているような、憎悪すら感じる視線で以て僕を貫いてきていたのに、今はただじっと僕を見据えている。

 完全に表情を消し切っているので何を考えているのか憶測も出来ないが、少なくとも今回の一件に関して、ダイン兄上にはダイン兄上なりに思うところがあるのだろう。


 そんな風に思考を巡らせる中、父上の声が下りてくる。


「うむ。大儀である。双方、おもてを上げよ」

『はっ』


 お祖父様と共に顔を上げる。

 そこには王としての顔を見せた父上、嬉しそうに微笑む母上と弟の姿があった。僕も思わず頬を緩めそうになり、努めて表情を押さえ込んだ。


「カー=マイン」

「はっ」

「そのほう、これより先、ザルード家が当主として我が国に忠誠を誓うか?」

「はっ。このカー=マイン・カラーレス・ジ・ガーランド・ル・ジード・ル・カルロ=ジグル・アーレイ・ド・ル・ザルード。確かな忠誠の元、身命を賭してカルロ=ジグル・フレイム・ル・カロリッシュ・ル・アーレイ国王陛下の敵を討ち滅ぼすことをここに誓います」

「そのげん、何に誓う?」

「我が信仰する金の神に誓いまする」

「よろしい」


 そう言って父上は立ち上がった。


「ジードよ。これまで大義であった。これよりは新たなる当主を支えザルードの発展に貢献するが良い」

「はっ。有り難きお言葉」

「カー=マインよ。まだお主は未熟。先代であるジードより多くを学び、その名に恥じぬ当主となれ」

「はっ。有り難きお言葉。このカー=マイン、お言葉を胸に刻み精進するものであります」

「うむ」


 頷いた父上が視線で合図すると、脇に控えていた大臣――父上の従弟であるラートが台盤だいばんを手に近づいて来る。

 どこか頬を緩めて見える我が従叔父いとこおじが僕の正面で立ち止まると、父上が口を開いた。


「受け取れ。これよりお主は正式なるザルード公爵家が当主である」

「はっ」


 言われるがまま台盤に乗せられた記章を手に取り掲げた。

 この記章は当主が代替わりをした際に下賜かしされるものであり、国王が代替わりを認めた証明でもある。


 ラートが元の位置に戻ると、父上は一つ頷いた。


「励め。以上だ」


 そう言って父上と母上が去り、弟が去っていく。

 その後ろを王子や側室、王女達が続き、大臣や宮廷貴族達も順に場を辞していった。

 全員の姿が消えると、僕とお祖父様もまた謁見の間を後にした。



 ※



「やれ、ようやく一段落がついたわ」

「それはこちらの台詞じゃわい」


 王族だけが使用する応接間。そこで父上に母上、弟に僕、お祖父様の五人で卓を囲んでいた。

 椅子の背もたれに身体を預ける父上のぼやきに答えたのはお祖父様だ。お二人共がどこか楽しそうに苦笑を浮かべている。

 国王や先代の公爵家当主とは思えぬ力の抜けた物言いだが、【闇の部屋ダーク・ルーム】が張ってあるのでこの場の会話が外に漏れることは無い。


 全員が紅茶で喉を潤し一呼吸置くと、父上が顎に手を添えた状態で僕の顔から下半身に視線を滑らせた。

 そのまま視線を幾度か往復させると、ふむ、と頷いた。


「しかし、存外似合っておるのカインよ。瞳の色を含め、流石ザルードの血だ」

「私はこの瞳の色は大好きです」

「あら」

「ふむ」


 僕がそう言えば、ザルードの生まれである母上とお祖父様が嬉しそうに微笑んだ。

 今の言葉は虚飾の無い本音だ。この透明でありながら染み入るような紫の瞳、本当に好きなんだよね。

 決して王族の瞳の色が好ましくないと言う訳では無いが、それはそれ、これはこれだ。この瞳の色が理由かは定かで無いが、幼い頃から紫色を見ると心が落ち着くような気がするのだ。


 ちなみに。父上が口にする似合っていると言うのは、お祖父様から僕に委ねられたザルードの証であるマントやペンダントのことだ。貴族であれば今の僕を見て、どう言った存在か気付かない人は居ないだろう。


 僕はペンダントを手に持ち微笑んだ。


「少々気恥ずかしく思います」

「お似合いです兄上」

「ええ、本当」


 弟と母上も褒めてくれる。

 他者からすれば皮肉にも取れるこのやり取りも、僕には本音からの賛辞だと分かるからこそ、素直に喜びが湧いてくる。


 そんな僕に、母上が言葉を続ける。


「カインちゃん、もう具合は大丈夫?」

「はい、ご心配をお掛け致しました。お陰をもちまして、もう何事もなく」

「そう。あまり無理をしては駄目よ?」

「畏まりました」


 母上の言葉は完全に幼子へと向けるそれだが、先日不甲斐ない姿を見せてしまったばかりなので僕は唯々諾々と頷くことしか出来なかった。まぁそれを除いても、母上の言葉に不服を唱えられる日は永劫訪れないだろう。


 僕が母上に顔を向けている最中、父上から観察するような視線を感じていたが気付かぬ振りをした。

 悪いものを感じる視線では無かったし、息子であり配下でもある公爵が当主へ就任して早々に体調を崩すようでは、言葉にはせずとも思うところがあるだろうから。


 もしかしたら母上が僕の元に足を運んでくれたのは、父上に楔を打つ為だったのかなと今更になって思う。母上が僕の身体を労わった後にそれを咎めることなんて出来ないだろうからこそ。

 まぁ、だったらどこで母上が僕の体調を知ったのかと言う話だが、何を言わずとも母上が僕や弟の不調を察するのは幼い頃からなので、最早不思議にも思わない。きっと母上には、我が子の体調を感知する技能でも備わっているに違い無いのだ。


 僕と母上の会話が落ち着くと、父上は改めて僕へと視線を向け、そのままお祖父様へと滑らせた。


「ではこれよりザルード領へと戻り、そこからは以前話した通りに進める形でよいな?」

「ええ、私はそのように」

「わしもじゃな」

「うむ。普段の動きに関してはお主達の好きにせよ。何かある時は適時指示を出す」

「畏まりました」


 三人で頷き、併せるようにして紅茶で喉を潤す。

 父上が持つティーカップの傾きがやや大きく見えるので、会話は終わりと思われているのかも知れないが、僕はまだ要件が続くことを予想していた。


 案の定、お祖父様はティーカップをソーサーに戻すと神妙な顔で父上に言葉を向けた。


「時にカルロよ。これはカインと交わした話なのだがな」

「む? 何だ」


 お祖父様はそこで僕が魔窟ダンジョンに潜った話を父上に伝え始めた。

 その中にはもちろん、斡旋所には報告しなかったくだんのコロンと言う魔獣についても触れている。


 全てを聞き終えた父上は僅かに睥睨して考える素振りを見せた。対して、母上は心配そうに頬へと手を当て、弟は目を輝かせて僕を見つめてきている。

 弟よ、話は後で聞かせてやるので今はその嬉しそうな魂の波動を抑えていてくれ。母上の心配そうな表情が、お前を見て微笑ましいものへと変わってしまっているではないか。いやそれはそれで有難いと言えば有難いのだけど。


 母子二人が朗らかな空気を醸し出す中、僕達三人は真剣な表情で向き合っていた。

 手を顎に添えていた父上は姿勢をそのままに、少し重たい声を漏らした。


「確かにそれはいかんな。これまでただの収穫場と思っておったが、価値が変わるぞ」

「同感じゃな」


 基本的な考えとして、魔窟は難易度が上がれば上がる程に力ある魔獣が出現する。

 それは即ち、より高価で貴重な素材が入手出来ると言うことでもある。


 城塞都市ガーランドが保有する魔窟の魔窟探索難易度段階アバドン・ランクは低い方では無い。だが高い方でも無い。

 もちろん一定の高品質の品が手に入ると言う恩恵こそ得ているものの、言ってしまえばその程度の価値しか見出されていなかった――これまでは。

 城塞都市ガーランドは物の流れが活発なことで発展を遂げている部分が大きい。そんなところが保有する魔窟が、実は国内でも有数の素材を手にすることが出来る高い魔窟探索難易度段階であると国が認めれば、魔窟は当然のこと、城塞都市ガーランドそのものの価値すら変貌を遂げる。

 それがどう言った結果を齎すか。国や領地を支配する上位者が理解出来ない訳も無かった。

 また王都に近いと言う好条件と、今後未確認の希少な鉱石や植物類が収穫出来る可能性も考慮すれば、その価値は計り知れない――まぁ、現時点で既に希少そうな鉱石や植物類があることは判明しているのだが――。


 父上は暫く思案に意識を向けたままテーブルを指で叩いていたが、顔を上げると視線を僕に向けてきた。


「カイン、城塞都市ガーランドの斡旋所から小鬼しょうき属についての報告はあった。その情報を齎したのがジャスパーと言うこともな」

「はい、紛れもなく私です」

「どうであった?」


 具体性の無い問いだが、逆に言えば僕が感じたままを言葉にしろと言う意味だろう。

 父上は当然、母上もジャスパーが斡旋所にした報告の詳細は目にしている筈だ。その上で問うたと言うことは、弟とお祖父様に改めて聞かせる意味合いもあるのだろう。


 僕は斡旋所に知らせた情報に、若干の所感を加えて説明することにした。


「あれらが出現したのは第三十二階層のみ。数は凡そ百程度。憶測混じりの推測ではありますが、強さは危険度第3段階の下から中と言ったところでしょうか。現れた場所の異常こそあれど、あれらそのものに危険や脅威があるとは感じられませんでした」

「戦った感想は?」

「対する前に全て世界へと還元してしまいましたので」

「なるほどな」


 返事をした父上は目を瞑り、暫くして僕に【闇の部屋】を解くよう指示をしてきた。

 頷いた僕が指を振ると、父上は自分の正面に置いてある鈴を手に持ち軽く振った。

 茶菓子の代わりを意味するその鈴の音は、まだ話が続くことを僕達に教えていた。

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