第134話 期待の足音 魔窟の話2

 皆が無言のままに、メイドが持ってきた紅茶の代わりを口にする。

 お茶請け菓子は切り分けられたクラフティで、敢えて甘味を控えた紅茶と相性が良かった。この後に始まる話し合いの栄養補給としてもまた、丁度良かった。


 全員がクラフティを食べ終え一息付くと、父上の顔が僕に向いた。


「急ぎ調査が必要だな。カイン、どれほどの者達が要るか?」


 唐突な言葉だったが、こう言った言葉が向けられることは予想していたので、特に焦ると言うことは無かった。

 父上が敢えて僕に問いかけたと言うことは、国の兵では無く冒険者アドベルを用いて調査隊を組むと言う前提があるだろう。国の兵を用いるなら大臣達と相談するのが普通だからだ。つまり今の言葉は、実際に魔窟ダンジョンを探索したジャスパーの意見を口にしろと伝えてきているのだ。

 また、問いかけがある時点で『ミミリラの猫耳キューティー・キャットイヤー』を用いないことも条件に入っている。もし『ミミリラの猫耳』を用いて良いなら、「カイン、行ってこい」で済む話だからだ。


 僕は答えを纏める前に、一つだけ問い返した。


「人員数に制限はありますでしょうか?」

「必要と思う数で構わん」


 取り敢えず王都中の冒険者を魔窟にぶち込めば良いと思います。

 ふと頭に浮かんだ戯れは、言葉に出ること無く沈んでいった。真剣な顔をした父上にこんなことを口にすれば、確実にお叱りを受けてしまうだろう。


 ただ冗談を抜いたとして、正直あの「コロン」と言う魔獣と同等の脅威ばかりが跋扈ばっこしている場合、通常の調査隊では任務の達成は不可能だろうと思う。調査隊の少数が何とか生き延びて「とんでもなく強い魔獣が居ました」と言う事実と、死傷者数の報告を上げるのが精々だろう。


「……」


 父上達の視線を受ける中、僕は目を閉じて思考に意識を向けた。


 実際、確実に脅威が存在する、且つ情報の薄い魔窟の調査には厳しい条件と制限が付随してくる。それらを踏まえた上で、これまで出会ってきた冒険者達を基準にした場合どうなるか。


 経験値稼ぎレベリングの話題が出た時にニールとも少し話をしたが、魔窟とは広いところもあれば狭いところもある。それは通路であり、広間でもある。そんなところに「取り敢えず大量の戦力をぶち込めば良いだろう」だなんて本気で考える奴は馬鹿でしか無い。

 戦争に於ける行軍の際、左右に絶壁の崖が聳え立つ道が延々と続いていると知った上で、大軍をそこに進める阿呆は居ない。常時前後から敵軍に襲われる場面を想像すれば、その理由がよく分かるだろう。

 また物資の問題もある。魔窟の探索には戦争で言うところの補給線が無く、物資は荷物持ちポーターによるものが大半だ。戦争とは違い、都市や町に村を襲って現地調達と言う訳にはいかないのだ。


 故に、本当に魔窟を探索、調査するならば少数精鋭が前提条件となる。加えて、今回に限って言えば探索者アバドナに依頼することは出来ないだろう。

 彼ら、彼女らは探索する技術や知識に富んでいるが、実際の戦闘力に関して特段秀でたものは極一部しか居ない。そんな探索者達では、現れると予想される強力な魔獣を相手取りながらの調査は厳しいだろう。

 探索者とは魔窟攻略の専門家ではあるが、戦闘に於ける専門家では無いのだ。仮に依頼するとすれば、雑用含めた万能人レンジャーとしてだろうか。


 では、と。条件を満たす冒険者とは誰かを考えた時、頭に浮かぶのは以前出会った連盟『英雄譚ヒロイックサーガ』の連盟長ギルドマスター、セインの顔だった。


 英雄ジャスパーと、「第二のアーレイ王国」と呼ばれるラディッシュ辺境伯領に存在する戦士達を除けば、冒険者として、連盟として最高峰に位置するのは間違いなくセインと『英雄譚』だ。

 セインが僕と対した時に用いた【不滅の騎士コゥル・アディーレ】と言う技能、あれは魔術耐性等級値6-7を持つ僕に傷を付けた。

 コロンと言う魔獣が持つ魔術耐性等級値は6-5だった。彼の技能であれば、あの魔獣であっても十分なダメージを与えることは可能だろう――あの炎に対応することが出来れば、と言う前提条件は付くが――。

『英雄譚』が中心的役割を勤める同盟『月夜の杯エンゲージ』は、計七連盟から構成される王都で最大勢力を持つ大同盟だ。以前耳にした情報によれば、それぞれの連盟長もセインに負けず劣らずの武勇を誇っているという。


 よって、僕の口から出てくる言葉は決まったものだった。


「王都最大勢力を誇る同盟『月夜の杯』。あれらの各連盟から連盟長を含む集合体一組ずつ、計集合体七組であれば最適解かと」

「ほう?」


 父上が片方の眉を上げた。

 そこに驚きの様子は見えない。恐らくは僕の口からその名が出てくることを予想していたのだろう。

 

「調査に参加する者達の強さにもよりますが、私は先日交誼こうぎを結んだ『英雄譚』の連盟長を基準に考えました。『月夜の杯』であれば、三週もあれば四十一階層までたどり着くことは可能でしょう。但し調査をどこまで、どれほど行うか。復路も想定致しますれば、荷物持ちポーターの数も重々考慮せねばならぬでしょう。

 あの者達が必要と判断するならば、補佐として外部の連盟や探索者を連れるのも有効でしょう」

「お前がそう言うなら間違いなかろう。すぐにでもそれを依頼として出しておこう」

「ありがとうございます」


 そこで、普段であれば決して浮かぶことは無いだろう考えが頭をよぎった。

 それは正しくアーレイの戦士であり、正しく連盟長であった男に好感を覚えていたからこそ、出てきたものだったのかも知れない。


 僕は答えの分かりきっている茶番と理解しつつも、その考えを口にした。


「ただ一つ付け加えるとすれば――仮に四十一階層からの魔獣が私と相対したものと同等のものばかりであれば、調査隊の全滅は必至かと」


 僕がそう言えば、父上は鼻を鳴らしながら頬を上げた。


「死んだらそれまで、その程度。今日死ぬなら明日死ぬ。明日死ぬなら今日死ぬとて構うまい。どれだけ日が増えようと意味は同じ。王からの依頼一つこなせん冒険者なぞ国にとっての害悪よ」

「仰る通りかと。愚問でありました」


 父上の言葉はアーレイ王国に於いて、絶対的な『善正』だった。

 僕も当然その言葉には全面的に賛同だし、弟とお祖父様もまた小さく頷いていた。

 唯一母上だけが紅茶を飲み無反応だったが、そこに否定的な何かは無かった。

 母上は争いを好まれないが、生まれ育ちはアーレイ王国公爵家直系のご令嬢だ。闘争や命のやり取りに忌避感は持たれていない。

 また母上は基本的には分け隔てることなく優しい御方だが、誰よりも線引きをされている御方でもある。それは何を、誰を大事とすればよいかと言うものだ。

 仮に今の僕の言葉の対象が身内であれば憂慮した表情を浮かべられていただろう。だが実際はそうでは無い。だからこそ、父上の言葉をすんなりと受け入れられている。


 僕の返事に父上は苦笑を浮かべると、紅茶を一口飲んでから再び僕を見た。


「ちなみにだ。お前はどれほどの日数を掛けたのだ?」

「私は初日を配下の経験値稼ぎに費やし、二日目で四十一階層へ到着致しました。そこで先の魔獣と対し、討伐後僅かな休息を経て再び三十一階層まで経験値稼ぎを行い、その日の内に連盟拠点ギルドハウスへと帰還致しました」

「……先の言葉は、真面目に答えたのよな?」

「無論です」

「お前一人ならどうだ?」

「四十一階層へ至り、帰還するだけならば数分も掛からぬかと」


 魔窟の内部は構造が変わってしまうこともあるので、【間の間マナ・リル】で移動することはあまり推奨出来ない。だが、天至の塔も魔窟も、安全地帯セーフティースペースであれば一切の変化を見せることは無い。即ち、四十階層の安全地帯に【間の間】を用いれば一瞬で移動することは可能だろう。多分。

 そう言えば、【間の間】に関してはまだお祖父様しかお伝えしていないな。それにも関わらず父上は到達速度について指摘してくることは無かった。僕なら出来てもおかしく無いと思ってくれたのだろうか?


 疑問に思う僕を他所に、父上は少し考える素振りを見せた。

 その表情から色々と察せるものがあったので、何を言われる前に僕は言葉を続けた。


「無論、父上が行けと仰るなら喜んで向かいますが」

「いや、お前には他のことをして貰わんと困る。気を使わんでよい」

「畏まりました」


 そうは言うものの、父上の指はテーブルの上を叩き続けている。頭の中では考えが巡り巡っていることは明らかだった。

 まぁ父上が余計なことをするなと言うならばそれに従うまでだ。僕は僕で為すべきことをしていればいいだろう。


 暫く父上の指がテーブルを叩く音だけが響き、数分してそれは終わりを迎えた。

 父上はふむ、と声を漏らすと、紅茶を一口飲んでから僕達に問いかけた。


「お主ら、もう気に掛かることは無いか?」


 僕はお祖父様を見た。お祖父様が軽く首を振ったので、僕は答えるように頷いた。お互いに何も無い、と言う確認のやりとりだ。


「――」


 一瞬、頭をよぎるものがあった。

 お祖父様にもまだ口にしていないが、実を言えば二つ、父上に問いかけたいことがあった。

 内一つはどちらでも良いと言えば良いのだが、もう一つは今後の行動指針を決める上でも確実に聞いておきたいことだった。


 ただ、今この瞬間に聞くのはそぐわないことを理解しているので、僕は口を閉ざしたままだった。最初の一つに関しても、興味こそあれど、これはザルード公爵家の当主が安易に聞いていいことでは無い。


「いえ、特には」

「カイン、何かあろう。口にしてみよ」


 僕の返事に、間も無くして父上が指摘を口にした

 一切悩んだ様子を見せてないつもりだったのだが、どうやら父上にはお見通しだったようだ。これが国王としての観察眼か、あるいは僕が単純に未熟だったのか。もし後者であれば、以前弟に対して未熟だと思った自分を反省しなければいけないだろう。


 まぁ察せられているなら仕方ない。ただ、一応の建前は口にしておくべきだろう。


「私はもうザルード公爵家の当主ですので、口にしては為らぬこともあるかと」

「構わん。ここは家族しかおらん」

「で、あれば」


 父上から完全に許しが降りたので、改めて僕はローラルやシムシス達が配下に下ったこと、そして何故あの二人とその一族が城塞都市ガーランドに逃げ延び僕の元へ来たかについての全てを話した。

 皆が無言で話を聞く中、僕は溢れそうになる感情を押さえ込みつつ、努めて淡々と説明を続けた。しかし、どれだけ丁寧に言葉を選ぼうとも、皆には僕の心意がはっきりと伝わっていただろうと思う。冷静に言葉を紡げば紡ぐ程にその声色は冷たくなっていき、逆に僕の強い不満と憤懣ふんまんを表してしまうのだから。

 それを自覚して尚そうせざるを得なかったのは、僕がまだまだ未熟な証だったのかも知れない。やはり弟に対して未熟を思う前に、僕は己を叩き直すことから始めなければいけないようだった。


 暫くして僕の話を聞き終えた父上は紅茶を一口飲み、ふむと頷いた。


「その辺りの事情に関してある程度は把握しておった。それはジードとてそうだろう」

「うむ」

「まぁ、そこまで無様な内情であることは正直予想の埒外だったがな」


 そう言って父上は鼻を鳴らした。そこには明らかな嘲弄が含まれていた。


 僕は一瞬だけお祖父様を流し見た。すぐに視線を戻して、思う。もしここにコンコラッド公爵が居た場合、確実に血の雨が降っていただろうな、と。

 今のお祖父様の顔には何の表情も浮かんでいなかった。人が持っていて当然の、感情や理性と言うものが完全に抜け落ちているようだった。

 パーラ、ザンド一族に関しては既にある程度伝えているが、改めて詳細に聞くことで思いが溢れてきたのだろうか。あるいは僕の口から伝えたあの時、『以心伝心メタス・ヴォイ』の向こうでは、お祖父様は今のような表情を浮かべていたのだろうか。


 僕は何も見なかったていのままに、改めて口を開いた。


「他領地、それも公爵家のお家事情であります故、触れるまいと思っておりました」

「その心がけは良い。今後も大事にせよ」

「ありがとうございます」

「それと、その件についてはお前が気にする程のことでは無い。己の家の掌握すら出来ん阿呆だ、放っておけ。いずれ報いは受けさせる」

「畏まりました」


 そう返事しながらも、僕は父上の「己の家の掌握すら出来ん」という言葉に強い違和感を覚えていた。“実力主義国家の公爵”に対し、お家の掌握が出来ていないだなんてこれ以上ない程に不似合いな言葉だからだ。


 こう言っては何だが、アーレイ王国に於いてお家の掌握なんて容易も容易だ。

 生意気な奴、反抗的な奴、気に入らない奴、己の意に沿わぬ全てはその実力を以て分からせればいい。自分に従わない家中の者や配下なんて全て斬ってしまえば話は済むのだ。

 そもそも公爵なんて化物じみた存在、一部の上位者以外は触れようともしない。

 僕にとってはむしろ格下であった存在だが、本来四公爵とは国王にすら牙を剥くこともある危険な生物だ。わざわざ当主が何をせずとも、下の者達は勝手にこうべを垂れる。


 父上はそんな公爵家の当主を、掌握すら出来ん阿呆と評した。


「……」


 紅茶を一口飲み、開きそうになる自分の口を噤ませる。気にはなるが、父上が放っておけと言葉にしている以上、問い返すつもりは無かった。一瞬だけサガラやパーラ一族の存在が頭をよぎったが、それ以上考えることはしなかった。


 その後、「他にはもう無いな」と言う父上に力強く頷き返し、今度こそ安堵した。もう一つの疑問に関しては気取られていない様子だったから。

 ただ何にせよ、一度は必ず父上に問いかけなければいけないことでもある。その結果次第で、ようやくパーラ一族の運用方法が決まるのだから。

 王都からザルード領に出立するのは明日、明後日の話では無い。その間に改めて父上にひっそりと時間を頂戴することにしよう。


 さて、では先程から話を聞きたそうに瞳を輝かせている可愛い弟に、魔窟での出来事でも面白可笑しく話してやろうか。

 そう思いティーカップを手にした僕を、父上は細めた目で見つめてきた。


「俺から一つある。カイン。お前に関することだ」

「え?」


 一切予想していなかった父上の言葉に、僕は思わず目を瞬かせた。

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