第119話 経験値稼ぎに行こう
傘下の三連盟へ話を付けた夜のことだ。
喜び勇んで一族の元へと現状を伝えに行っていたローラルとシムシス、その二人が朗らかな笑みを浮かべながら
軽く話を聞いてみたが、どうやら良い形での報告が出来たようだった。二人が出て行く時に渡した大量の金貨を一族に届けることが出来たのも理由の一つかも知れない。
夕食を食べ終えた後にエントランスホールで卓を囲み、今日の話を二人に伝える。
「そんな訳でお抱えの
「助かるわ。本当にありがとう」
「感謝致します」
ローラルはこれまで通りの口調をしているが、シムシスは
ミミリラ達が配下になった時に知った獣人種特有のものと一緒だ。
獣人種は「同族や家族、仲間への情愛が強く、また自分より上位の者への忠誠心が高い種族」だ。根魂属は自分達が根を張った存在に対して、忠誠とは似て非なる敬いの形があるようだ。強いて言えば、市民が国王や上位者に抱く崇敬と畏怖の念に似ている。
あと、シムシス達が
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
状態:魂に異状あり
:魂に分析不可能な何かが付着している
:【大樹の宿り花】:ミミリラ・サガラ
:魂が結合している:ミミリラ・サガラ
:魂が聯結している:ニャムリ
:ピピリ
:チャチャル
:メルル
:ポポル
:パムレル
:支配:シムシス・ザンド:ザンド一族
―――――――――――――――――――――――――――――――――――――
これについてシムシスに説明させれば、根魂属は元々が大樹の世話をする役割を持って生まれた種族。それは現在のように族長に根を張る生き方になっても変わらない。
この場合の世話の対象と言うのは族長が根を張った存在、つまり僕になる。シムシス達が以前住んでいた森で言うなら、特定の場所を起点とした周辺の大地や森林がそれに当たる。
一度族長が根を張ると、張った場所の意思を感覚で理解出来るようになるらしい。例えば世話をする大地や周辺の森林が何に困っているか、何をして欲しいかを自らの根から感じ取り、それに応じた適切な世話を可能としてきたと。
それは言い換えれば、支配者と従属者の関係が生まれているとも解釈出来る。
だからと言って本当に【
【大樹の宿り花】の詳細表示にあった『魂の結合の
そう言う意味では通常の『
「それで二人とも、一族の住まいは少し待ってくれ。極端に待たせることは無いとは思うが、流石に数が数だからな。準備に時間が掛かる」
「私は大丈夫よ。お金も貰っているし、何より安心感が違うもの。皆も泣きながら安堵してたわ」
「私もです。根を張らせて頂いたことで皆に活力が湧き、安住の地を得られたことで魂が光輝いておりました」
「あ、うん」
シムシスの言葉は理解出来るのだが、どこか互いの認識にずれがあるように感じる。普通魂が光り輝く、なんて言葉は比喩として使われるものだが、シムシスの口振りからして本当に光ってそうな感じだ。
ともあれ、そう言った状況の説明を一通り終えると、明日からの予定についてを話す。
「で、言っていたようにローラルと、折角だからシムシスを含めて
「分かったわ」
「畏まりました」
「ニール。明日行く
「おう。何組だ?」
「一応
「了解だ。朝までに決めとく」
言うなり、ニール達が端のテーブルに集まり話し合い始めた。
ニールが開口一番「俺は確定だな。ヒムルルは留守番だ、頑張れよ」と言ったことでその場の殆どから睨まれ、ヒムルルの身体からは獣の毛が生え出していた。戦闘訓練をするなら外でやって欲しい。
本当なら験を担いで
そう言えばサガラの女衆は普段から男に触れないようにしているが、戦闘中はどうしてるんだろう。まさか全員遠距離とか? サガラの
そう思う僕の頭に、ミミリラの涼やかな声が響いてきた。
《遠距離です》
まさかの大当たりだった。
ミミリラの心の中を読み取るに、どうやら女衆全員が
ただあれは知力や魔力はもちろん、魔術属性の兼ね合いもあるので、ものになるまでは相当の時間が掛かるだろう。最終的には双方を合わせて戦う、魔術弓士の形に落ち着くんじゃないかな。
気持ちは非常に嬉しいし本人達がそう決めたのであれば止めるつもりは無いが、あまり無理はして欲しくないものだと切に思う。
明日向かう集合体の選別方法が話し合いから腕相撲に移行しているニール達を尻目に、ここからは今後ローラルとシムシスの一族にやって欲しいことや方針を伝えていく。
具体的行動については今後二人と相談しながらになるので、一先ずは簡易的な説明で済ませた。
その内容を聞いたシムシスは自信満々に頷き、ローラルは困惑した様子を見せた。しかも結構深刻な表情で眉根を寄せている。
はて、何か難しいことを言っただろうか?
僕がローラル達一族に指示したのは、諜報に用いる小型の獣や魔獣に種を植え付けることと、ビードル大森林に放つ為の危険度第3段階以上の魔獣に種を植え付けること。そして場合によっては危険度第5段階以上の魔獣に僕を襲わせて欲しい、この三点だ。
僕を襲わせて欲しい、と言うのは少し語弊があるが、今後の統治の為に必要なことだ。
父上へのご挨拶後、僕はザルード領に戻ってから各地の崩壊した都市や町を視察に回るつもりなのだ。その時に僕を狙って魔獣を襲いかからせて欲しい、とローラルに頼んだ訳だ。
正直あまりこう言った方法はアーレイ王族の血を引く者としてやりたくはないのだが、僕が力ある者と言うことを領民に知らしめることが目的だ。
幾ら武を示せば皆を納得させられるだろうとは言え、そもそも武を示す場が無ければ僕の力を証明する機会も失せてしまう。
父上へのご挨拶が終わってすぐにでも戦が起きたり、強制依頼が発生する程に危険な魔獣でも現れてくれるなら助かるのだが、そんな都合良い状況にはならないだろう。
ザルードの領民も、そして分家や兵達も、いつまでも自分達の支配者が“無能”のままでは不安を覚えてしまうだろう。それを解消する意味もあって、状況が許せばそう言った場面で
以上三つのことは吸血属なら容易いと思ったのだが、何故かローラルは沈痛とも言える表情を浮かべている。
僕は小首をかしげて問いかけてみた。
「何か難しかったか?」
「いえ、すること自体は容易なんだけど……ただ、使役した魔獣に戦闘をさせる時は簡単な指示しか出来ないの」
「と言うと?」
「例えば『敵を襲え』とか、『命を奪え』とか、『私達を守れ』とか。そういう単純な指示しか出来ないの。正確に言えば出来るんだけど、そもそも私達自身が直接的な戦闘を不得意とするから、指示を出す方が魔獣本来の力を発揮出来なくなるのよ」
非常に納得のいく説明だ。
どれだけ強大な力を持つ生物を操ろうとも、操る本人が戦闘に関する経験と判断力が無ければ意味がない。それならその生物の好きなように暴れさせた方が余程に戦力になる。
僕としてはそれで十分だ。結局は危険度第5段階と言う、市民は
むしろ市民に被害を与えない前提なら危険度第6段階でも持ってきて欲しいくらいだ。お祖父様との特訓で磨いた腕と、新しく創造した魔術を試す良い練習相手にもなる。
そんな訳で、僕は至って軽い口調で返事をする。
「それで構わない。遠慮なく俺を襲わせてくれ」
「……」
僕がそう言うも、ローラルの表情は更に重たいものへと変わっていく。
本当どうしたんだ? 疑問に思い周囲に視線を巡らせると、ローラルの集合体もそうだし、シムシス達もどこか理解の色を顔に浮かべている。
「俺の強さが信じられないか?」
「そうじゃなくて、こう。自分達の主人を害するって言うのが……」
「心情としてか?」
「はっきり言えばそうね。種族的なもので言えば、シムシス達程じゃないにしても、私達吸血属にとって根付いた場所と言うのは凄く大事なものなの。だから私が命じられているのは、土地を思い切り荒らせって言われているようなもの。それも自分達が根付いた土地そのものに」
「ふむ」
「人種で言えば、自分の両親であり兄弟であり友人であり恩人でもある、高貴な王族の方々に手を掛ける、みたいなものかしら……ちょっと上手くは言えないけど」
言ってローラルがシムシスを流し見ると、彼は力強く頷いていた。「お前の言っていることはよく分かるぞ」と言わんばかりの表情だ。いや、今の説明でそこまで共感出来るのか。
言いたいことは分からないでもない。僕で言えば父上や母上に弟、お
ただ言葉の意味は分かるのだが、実感としてはどうにも理解し難い。いっそ『七つ神』を手に掛けるとでも例えてくれた方が受け入れやすいのだが、どうやらそれはそれでまた違うようだ。
しかし、これは困ったな。予想外のところで
そんな困惑する僕の頭の中では、「分かる」、「分かりますね」、「なのん」、「確かにそれは死んだ方がましですね」、「暫く夢に出そうだなぁ」、「無理ですです」、「ジャスパーさんに甘える理由にはなりますね」、なんて会話が繰り広げられている。パムレルだけ相変わらずどこかずれている。
何だろう、ローラルやシムシスだけじゃなく、ミミリラ達にまで仲間外れにされている感じだ。おかしいな、僕は主人の筈なのだが。
まぁ冗談はさておいて、どうしたものかと考えながら紅茶を一口飲む。
ティーカップをソーサーに戻し、指で数度テーブルを叩いてからローラルに視線を向ける。
「例えば途中で種を枯らすことは?」
「それは出来るわよ」
「その場合、魔獣と体内の種はどうなる?」
「魔獣は支配から解放されて自我を取り戻すわ。種は分解されて血の中に流れるわね」
「その種の混ざった血は、魔獣自身やその肉を食べた奴に影響はあるのか?」
「特にそう言ったことは無いけれど、むしろ種の魔力を吸収している分良い影響が出るんじゃないかしら」
「なるほどな」
それなら使役した魔獣が僕の前に姿を見せた時点で種を枯らせばいい。そうすればローラル達が直接僕を害する行為にはならないだろう。これすら駄目ならまた別の方法を考えなければいけない。
だがそれは大丈夫だったようで、そのやり方なら構わないと言う言葉がローラルから返ってきた。
「分かった。また今度詳しいのを説明する」
「ありがたいわ。人種には伝わらないでしょうけど、本当に辛いのそれは」
「安心しろ。今後は言わないよ」
漏れそうになる溜め息をぐっと堪えて紅茶を飲む。
城塞都市ザーケルから城塞都市ガーランドまでの移動途中、世話女の居るティアナが居るランド町でニールとした会話の内容が思い出された。
あの町でニールは「俺たちゃ元々そういう義理や恩を強く大事にする。恩人への感謝は絶対に忘れねぇ」と言っていた。「人種には無い獣人種特有のもんだ」とも。
全ての種族が持つ種族特性と言うものは、その種族の本質、性格とも言える。そして自分の種族の性格は他種族には理解されない。
今の僕とローラルの会話には、種族特性から来る種族間の感性の違いが如実に表れていたと言えるだろう。今後の活動をする上で、今回のような他種族の扱いには注意が必要だな、と溜め息が漏れそうになる。
如何にシムシス達に
それからローラルやシムシス達が一族の元に戻った際の話を聞いて、その日は終わることになった。
結局腕相撲はヒムルルが無双していたんだけど、明日の参加者はどうなるんだろう?
※
次の日、朝食を終えた僕達
結局参加集合体はジャスパー、ローラル、シムシス集合体。そして腕相撲と言う話し合いで断トツの結果を出したヒムルル。彼に惨敗しながらもその後、「話し合いの時間は終わりだ」と言わんばかりに
このバングルと言うのは城塞都市ザーケルからの帰り道、襲撃してきた傭兵達との戦闘に於いて、一人で三人の傭兵を相手取っていた猿耳の男だ。『
「久しぶりだなニール。どれくらい振りかな」
「だな。あの時は駆け出しなのにとんでもない速度で攻略するから焦ったぜ」
「その時はどんな感想だったんだ?」
「こいつの扱いは気を付けよう、だったな」
「はは、まぁ状況が状況だったしな」
「どうしても警戒はしちまうわな」
僕とニールは御者台に並んで座りそんなことを話していた。
御者を勤めているのは僕だ。折角だからとニールに教わる形で練習している。これに関しては普段ほぼ触れることは無い技能だが、覚えておいて損は無いかな、と言う理由だ。
現在移動は大型馬車が一台、中型馬車が二台で行われており、警戒する必要は無いので全員が荷台に乗っている。明らかに一台多いが女性専用だ。今頃は所謂
実は興味本位でミミリラの聴覚を介して会話を聞いていたのだが、ローラルが「どうやったら寝床に誘って貰えるかしら」と質問をし、ミミリラが「女としての価値が生まれたら」とばっさり切り捨てた辺りで止めた。
嘗てミミリラは王太子屋敷のメイド達を「食して頂く価値無き女」と称したが、今度はそれを直接本人に叩きつけている。その言葉を向けられたローラルは意味を理解して表情を凍らせていた。
その瞬間僕は理解した。女性だけの懇親会と言うのは男が聞いて良いものじゃないな、と。
振り返れば宮廷の
母上主催のお茶会は穏やかな空気で大好きだったんだけどな
あちらはあちらとして、こちらは至って冒険者らしい会話が続いている。
「今回はどこまで潜るんだ?」
「んー。可能なら非公式の最高までかな」
「先代様は大丈夫なのか?」
「連絡は取れるし、帰りは一瞬だしな」
「それなら良いけどな」
当然だが、ニールやサガラの全員は僕が【
余談となるが、渡した魔道具の名前は『
ただあれは『転送刻印覚書』と同様に使用回数に限りがあり、使いたい放題と言う訳でも無い。出来れば大量生産したいとは思うのだが、なにせ材料に金が掛かるし、そもそも集めることが困難だったりする。
先ず大量の魔石が必要になるし、そして高品質の羊皮紙が必要となる。
『間の転送紋』は魔石を使って羊皮紙に魔法円を刻む。作成する時点で魔石は高密度、高品質のものを使っているので問題は無いのだが、対して羊皮紙が安物、粗悪品だとその魔術効果に耐えられないのだ。
安物の羊皮紙を用いて作成し、検証にと一度使用してみたらそれだけで羊皮紙がただの紙くずと化したあれは衝撃的だった。主に用いた魔石が無駄になったことに対して。
なので、現在はジャルナールに頼んで高品質の羊皮紙を集めて貰っている最中だ。希望としては王族が用いる最高級羊皮紙だが、それは無くともせめて貴族が用いる高級羊皮紙程度は欲しい。ザルード公爵邸になら大量にあるのだが、あれは僕個人の為に使って良い物では無い。
話を戻して。
そんな訳で、魔窟の中から連盟拠点へ戻る時は全く問題ない。現在乗っている馬車も、付いて来て貰っている待機組に持って帰って貰うつもりだ。なので、ニールが心配しているのは純粋に行きの日程だろう。
以前ニールから聞いた話では、公式記録の三十五階層に到達したのが実力第5等級四人を含む
そんな記録があるのに非公式記録四十二階層を目的にすれば、普通に考えたら間に合う訳が無い。その前にお祖父様が到着してしまうのだから。まぁその辺りは僕の持つ技能や魔術を用いて一気に下りていきたいと思う。
予想では三日と掛からず四十二階層に到着出来る筈だ。
「ちなみにニール達は今どれくらいまで潜ってるんだ?」
「一回だけ試しに
「魔窟の通路が変化していない状況」と言うこれについて説明すると、魔窟内部は希に一部の通路や形が変わることがあるのだ。急激に内部の構造ががらっと変わることは無いのだが、真剣に魔窟を攻略したい人達にとっては避けたい現象の一つだ。
その理由については未だ明らかにされていないが、魔窟を研究する魔導士の言葉を借りれば「魔窟は生きている」からだそうだ。
「結構きつかったか?」
「いや、魔獣の強さ自体は問題無かったし、二十階層まではきっちりした魔窟地図があったから最短距離を順調に進んだ。日帰りじゃ無かったらもっと行けたとは思う。
ただ前にも言ったとは思うが、あそこは十一階層からが本番だ。そっからは十階層ごとに魔獣の危険度段階が変わっちまうし、もっと下の階層に行けば魔窟の構造や広さ、下手すりゃ環境変化すらあるかも知れねぇ。それにさっきの最高記録も一日限定だからこそ可能な
本当に「魔窟は生きている」かどうかは分からないが、魔窟とは下の階層に潜れば潜る程に様々な形へと変化していくらしい。またこう言った様々な要因が増えていくごとに、魔窟の
城塞都市ガーランドが保有する魔窟の魔窟探索難易度段階は4の上。これは公式攻略記録である、三十五階層まで潜った冒険者達の情報を判断基準に決められている。
魔窟探索とは単純な戦闘能力だけでは無く、罠解除やひたすら歩き続けるに必要な体力、その他諸々の技能が必要なこともあって難易度を一概に語ることは出来ない。
ただ今回僕達が潜る魔窟は中の上から上の下くらいの冒険者――大雑把に言えば
「取り敢えず最初は身体を慣らす意味でサガラ
「それ、実は俺も初めて見るから楽しみにしてるんだよな」
「俺もだ。種族の技能は秘匿されてるものが多いから尚更だな」
「その点、獣人種は結構知られてるからなぁ」
「文字通り、原種の能力だっけ?」
「ああ。まぁ戦闘に優れているかそうじゃないか、見た目が変わるかとかは色々あるけどな」
「ヒムルルのは結構迫力あるよな」
普段のヒムルルは巨体ながらに無駄毛一本生えてない好青年と言った風貌だ。しかし獣の姿に変貌すると体格は一回り以上も膨れ上がり、全身に分厚い獣の毛が生える。その状態の顔は獰猛な魔獣にしか見えない。
あの姿のヒムルルと初めて森の中で出会っていた場合、僕は確実に狩っていたと思う。
「「ル」の纏め役だけあって基本的に何でも出来るが、本来あいつは戦闘特化だからな。原種が熊だから足も早けりゃ力も強いし頭も切れる。あと大人しそうにしてるが生き残ったサガラの中じゃ切れたら一番たちが悪い」
「へぇ、普段礼儀正しいのにな。大人しい奴ほど切れたら怖いってやつか」
「大人しいのはジャスと族長の前だけだろ。里で「ル」の纏め役してた時なんておっかなかったぞ」
「何となく分からんでも無いが、見てないからやっぱり実感が湧かないな」
そこから昔のヒムルルがどんな感じだったかを逸話込みで色々と聞いてみたが、確かにおっかないと言う表現も大げさじゃないなと思えた。
ただまぁ、里では恐れられていたヒムルルも、ミミリラには一切頭が上がらない。まるで巨大な魔獣を前にした小型の愛玩動物のような態度に変わってしまう――愛玩動物とは実際のところ「馬」などと言った、「人」と共存も出来るただの「
それは現在のミミリラが族長だから、
※
これは僕とミミリラが【大樹の宿り花】によって魂が結合し、廃太子の通告が届けられるまでの間に行われたやりとりだ。
エントランスホールで待機組と一緒に
「なぁ、そう言えばどうしてミミリラは族長に選ばれたんだ?」
僕がそう問いかけた瞬間、その場から一斉に言葉が消えた。
どうしてこんな疑問を抱いたかと言えば、実はミミリラは「リ」の中でもかなり後の方で生まれた娘なのだ。
族長と正妻の間に生まれた兄や姉は居たし、直系と言う意味ではミミリラは末っ子になる。
しかし現実にミミリラは族長になっている。
それはどうしてだろう? と以前から疑問には思っていたのだ。
その場全員が困惑のままに口を噤む中、「お前が副族長だよな。言えよ」と言わんばかりに視線が集まっているヒムルルが恐る恐るといった感じでミミリラを見た。
その時僕の膝の上に乗っていたミミリラは冷たい声でこう言った。
「ジャスパーが聞いている」
「はい」
ミミリラからすれば主人を差し置いて自分にお伺いをしたことに怒りを覚えているようだった。
僕としては別に咎めるつもりは無かったが、普段なら彼ら、彼女らが僕の質問に言い淀むことは無いのでただただ不思議だった。
眉根を寄せて考える素振りを見せたヒムルルは、珍しく及び腰の声で言った。
「
お嬢、とはミミリラが里に居た頃の呼称だろう。
族長の直系の娘だ、そう呼ばれていてもおかしくは無い。
「まだお嬢が幼い頃、サガラの「レ」と「ル」の訓練に参加されたことがあるんです」
「ほぉ」
「参加と言っても、お嬢が望んだことから始まった、半ば遊びみたいなものでした」
「ふむ」
サガラは直接的な戦闘に殊更優れている訳では無いが、それ以外の部分では抜群のものを持っている。
そんな奴らの訓練に参加するだなんて幼い身では無理があるだろう。皆もそれが分かっていたからこそ、子供遊びに近い訓練ごっこをした訳だ。どれだけ幼い頃かは分からないけれど、さぞ和やかな時間だったことだろう。
そう思う僕とは裏腹に、眉根を寄せたままのヒムルルは続けた。
「当たり前ですが、当時のお嬢では訓練という訓練にはなりませんでした。同年代に比べれば優れた身体能力を持っていたものの、そこまでです。ただ、これが戦闘訓練になった時に、話が変わりまして」
「と言うと?」
「実働部隊である「レ」に、精鋭である「ル」。その誰もが、お嬢には勝てませんでした」
「……」
ちょっと何を言っているのか分からなかった。
「最初からそうだったとは言いません。初日は半ば遊び、数日経つ頃には「レ」の一部が、それから日が経つにつれ「レ」の中で勝てる者は居なくなり、段々と「ル」ですら勝てる奴は居なくなっていきました。
当時、俺は既に「ル」の纏め役に就いていました。そんな俺も、最後の方は種族技能などを使った全力で戦おうと、手も足も出なくなっていました――その時のお嬢は、四歳でした」
化物かな? そんな感想が頭をよぎった。
「当時お嬢はまだ幼く、身体も小さかったです。魔獣を狩ることは出来ませんでしたし、能力等級値の全ては俺達の方が
僕は思わず自分の膝の上で丸くなっているミミリラを見下ろしてしまった。
返された幼い笑顔からはそんな化物染みた要素を一切感じない。愛らしいな、くらいだ。しかし、事実彼女はヒムルルが言うような結果を成してきたのだろう。
そんなもの、普通に考えて有り得ない。当時四歳と言うことは攻撃系技能も殆ど無かった筈だ。それでいて能力等級値が低いにも関わらず遥かな格上を圧倒するとか、戦闘と言うものの常識が変わってしまう。
ヒムルルの話は続く。
「前族長が里から逃げる選択をした時、真っ先に逃がすことを決めたのはお嬢でした」
ヒムルルがその言葉を口にした瞬間、周囲のサガラの表情が若干暗いものに変わった。まぁ今のはサガラであれば触れたくない繊細な部分だろう、致し方ない。
ただ、僕の側に侍る七人の表情には一切の変化が無かった。もし他のサガラがそれに気付いているとしたら、どんな思いを抱いているのだろう。敢えて触れることは無いが、少しだけ気になった。
「最も若く、強く、才能に溢れていたからこそ、生き残りサガラを率いるに一番の存在だと即断されました。族長もそうですが、次期長も散ることを選んでいたので、それは必然だったのでしょう。そしてそれに異を唱える者は一人として居ませんでした」
「まぁ、そうだろうな」
サガラが里から逃げ落ちる時、基本的に若い者や優秀なものから逃げるように前族長であるミミリラの父は命じていた。ならば若干四歳でありながらも里で三番目に強く、族長の直系である「リ」を持つ娘を選ぶことは自然な流れだ。僕だって確実にミミリラを最初に逃がす。
この時、僕はミミリラが初めて僕の寝床に訪れた日を思い出していた。
あの日、ミミリラは族長になったのではなく、なってしまったのかも知れないと思ったことは的を射ていたようだった。
そして、これはその日の夜、直接ミミリラから聞いたことだ。
ヒムルルが語ったミミリラの強さ、その答えは彼女が持つ【才知才覚】と【超感覚】と言う固有技能にあった。
この二つの技能を簡単に説明すれば、【才知才覚】は理解力と想像力を著しく高める技能だ。
以前僕が述べた言葉を用いて例えれば、天才は一を聞き十を知る。英雄は一を聞き十を知り百を作る、あるいは一を知らず十を超えて百を作る。【才知才覚】は、この天才と英雄に至ることを可能とする技能とも言える。
対して【超感覚】と言う技能は、強化系技能の極みとも言える。
先ず凄まじい集中力を得る。加えて視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚と言った五感を鋭敏にし、更に第六感と言った直感的なものを上昇させる。
第六感とは言い換えれば感知する能力とも捉えられるので、【
この二つの技能を併せて使用すれば恐ろしい効果を生み出す。
例えば攻撃系技能である【剣術】を覚えようとする。普通なら初めて覚える技能と言うものは酷く苦労する。無論本人の適性による部分も大きいので、早く覚えるか遅く覚えるかの違いはある。だがどちらにせよ苦労することに変わりは無い。それを、ミミリラは覚えようとすれば数分で覚えられる。
その技能値も最初は当然1-1だ。そこから鍛錬に鍛錬を重ねてその習熟度を上げていく。普通ならこれはそう簡単に上昇するものではない。しかしこの二つの技能が併さった状態で鍛錬した場合、通常の人の数十倍の速度で技能値は上昇していく。
これは訓練だけの話に限らず、戦闘に於ける場面でも効果を発揮する。
例え相手の方が強くとも、戦っている内に恐ろしい速度で戦闘経験が積み重ねられていき、相手の動きを把握することすら可能となってくる。
言ってしまえば、「戦っている内に成長する」を体現しているのだ。
恐らくヒムルル達がミミリラに勝てなかったと言うのはこれが原因だと思う。最初は遊び半分でやっていたと言うし、遊んでいる内にミミリラを強くしてしまい、自分達の動きを完璧に把握されてしまったのだろう。
ただこの二つ、致命的な欠点がある。あまりに効果が高すぎて身体が付いて来ないのだ。
僕が力に目覚めて知力を上げた後、激しい頭痛を起こしたのを思い出して貰えれば分かり易いのだが、技術を覚える速度が早ければ早い程、鋭敏な感覚を持てば持つほどに、それは身体に強い負担を強いることになる。
もちろんそれに併せて能力等級値だって上昇していくのだが、技能の効果が高すぎてとてもじゃないけれど身体が耐えられないらしい。
例えれば、感覚としてはそれこそ英雄並の力や経験、判断力を持っているのに、能力等級値が低い為に身体が追いつかず、結果成長する前に倒れてしまうのだ。これはミミリラが幼い頃に何度も経験したことらしいので間違いないだろう。
実際ヒムルルの説明の中であった戦闘訓練、その最中に幾度も倒れたことがあったとか。強力過ぎる技能は確実に使用者の身を蝕むと言う訳だ。
不幸中の幸いと言うべきか、この二つの技能は
普段のミミリラはこれを解除した状態で生活をしている形になる。
この【才知才覚】と【超感覚】はミミリラの“固有技能”になるので、もちろん僕にも使える。この時からすれば後々の話にはなるが、早急に新しい
確かに凄まじい効果だった。
技能値の上昇速度はお祖父様が驚く程だったし、魔術の想像や創造だって普段以上の集中力があったからか非常にやりやすかった。
なんて便利で都合の良い技能だろうと僕は喜び――これを日常生活で使うのだけは止めようと心に誓った。
先ず普段の何倍もある聴力のせいで耳が勝手に色々な音を拾うし、動体視力が上昇しているからか周囲の人の動きに違和感を覚える。視力自体も引き上げられているので、別に見るつもりの無い細かな部分まで頭に飛び込んでくる。
頭に飛び込んできた情報は高い理解力と想像力が半自動的に様々な思考を生み出してしまい、無駄に疲れが溜まってしまう。また感知能力が強制的に引き上げられているので色々な気配を感知してしまって落ち着かないことこの上ない。
しかも【超感覚】の集中力上昇のせいでそれらに対しての効果が更に上がっているのだ。こんな技能使い続けていれば精神的な
「宝の持ち腐れとは言いますが、そもそも宝が重すぎて持ち上がらぬのです」
この二つの技能をそう評したのは、持ち主であるミミリラ本人だ。
僕も今ならその言葉の意味が嫌と言う程に理解出来る。
纏めると。
そう言った恐ろしい技能と生まれ持っての才能、それによってサガラの里で三番目の強者と言う結果を残していたからこそ、誰もミミリラが族長であることに不満を持たないし、畏怖も相まって頭が上がらない。
またこれが理由で、ミミリラは僕と出会うまで魂位や能力値、技能値が低く、その種類も少なかった。
それだけ凄まじい才能があったからこそ、里に居る頃は身体が大きくなるまでは箱入り娘として大事にされていた。それこそ度が過ぎる程に。
つまり、戦う事柄に触れる機会が極端に少なかった。だからこそ能力等級値も低いままで、身体に強い負担を掛ける技能も使うことが叶わなかった。
そもそも訓練にも殆ど参加させて貰えなかったとか。精々が里の者が生きたまま捕らえてきた弱い魔獣の止めを刺して経験値を手に入れる程度だ。
里から逃げ落ちた後もそれは変わらない。
魂位上昇を狙って魔獣を大量に狩ったりなどの目立つ行為は出来ない。その魔獣討伐を望む冒険者が何度も発見出来なければ不信を抱かれ調査が入るかも知れない。
訓練だってそう。人目に付く危険性はもちろん、ミミリラはその時点で既に生き残ったサガラ唯一の拠り所、下手に怪我を負ったり何かあっては困る。だからこそ、ミミリラは僕と出会うまで殆ど鍛えると言う行為を経験してこなかったのだ。
逆に言えば、そんな条件下であれだけの能力値を持っていたことになる。技能関係なく、ミミリラがどれだけ才能と素質に
思えばスーラン伯爵とフーダ伯爵率いる傭兵達と戦った際に、ミミリラが【
僕が使っている魔術を使ってみたい。たったそれだけの理由と想いだけで、ミミリラは練習もせずぶっつけ本番で完璧に想像、創造してみせたのだ。
今の魂位や能力等級値を持つミミリラが【才知才覚】と【超感覚】を用いて本気で鍛錬をした場合、冗談抜きで僕以上に強くなることは可能だろう。
※
とうとう下品な話にまで発展しつつある会話に二人して笑いながら馬車を走らせること暫くして、僕達はようやく魔窟の入口に辿りついた。本当に久しぶりだ。
馬車から全員が降り、そのまま守衛兵が立つ魔窟の入口へと近付いていく。数が多いからか、側に建てられた守衛所からも幾人かの兵士が出てこちらを見据えている。
それらの視線を意に介することなく魔窟の入口に到着すると、僕達は数人の守衛兵の前で立ち止まった。その内の一人は薄い木製の板を持っている。恐らくそこには
「
「はい」
言われるがままに両方を差し出すと、守衛兵は僕と証明証を幾度も見直し、目を輝かせながら返してきた。
「お気を付けて。あ、気を付けるのは魔獣ですね」
一気に腰の低くなった守衛兵のそんな言葉に苦笑して、僕は後ろの馬車へと視線を送った。
「あそこの馬車はこのまま戻るんで。俺達は中に入ったらそのまま城塞都市ガーランドに飛んで帰るから、ここからは出てこない。その辺りよろしく頼む」
「飛ぶ?」
その疑問の言葉に、僕は微笑を浮かべながら小首をかしげた。
すると守衛兵は言及してくることなく、一つ頷くと再度お気を付けてとだけ言って笑顔で見送ってくれた。
僕以外の全員も、冒険者証明証や連盟証明証を提示してから後を付いてくる。
そのまま守衛兵の姿が見えなくなる辺りまで進むと、隣を歩いていたニールが呆れ気味に口を開いた。
「ジャスが言うと何も聞かねぇな」
「駄目元で言ったつもりだったんだけどな。俺も正直びっくりした」
幾ら冒険者の能力などには触れないのが暗黙の了解とは言え、彼は魔窟の出入りを見張る守衛兵、多少なり言及があって然るべきなのだ。
魔窟の入口に併設されている守衛所では、出入りする冒険者の身分と数は記録されている。それは魔窟を保有している城塞都市の斡旋所や代官の元へ送られ、更にそこで冒険者の活動状況と死亡者数の予測を立てた情報を纏め、報告文書として王城の内政官へと送られることになっている。
内政官は送られてきた文書を精査し、正式な記録として残る形に文書を作り上げた上で大臣へ提出、そして最終的には国王が確認することになっている。
そう言ったきちんとした国が定めた仕組みがある以上、先程の言動は許される筈が無いのだ。
まぁもしかしたら今後は【間の間】で直接魔窟内に飛ぶ、何てことをするかも知れないので、あまり気にする必要は無いかも知れない。でも冒険者の活動記録を正しく残す意味では、やっぱり入る時くらいはちゃんとした方が良いだろうな。
これから魔窟探索に向かうとは思えない和やかな空気のままに、僕達はその奥へと足を進めて行った。
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