新時代の幕開け

第118話 下準備

 さてどうしよう。僕が最初に思ったのはそれだった。

 ザルード領の先のことを思い喜ぶのは良いのだが、現実的に向き合わなければいけない難問がある。


 住まいである。


 ローラルの花人はなひと種吸血属、シムシスの木人きのひと根魂ねっこ属、新たな二つの種族合わせれば二百六十二名が増える。絶対に屋敷に入らない。娼館に入らせるつもりは微塵も無い。

 屋敷の敷地はまだゆとりあるが、この人数が入るだけの増築をすればそんなことも言ってられなくなるだろう。そもそもそんな増築や、あるいは新築を建てるにしても時間を筆頭に様々なものが必要になる。


 と言う訳で、だ。

ミミリラの猫耳キューティー・キャットイヤー』の何でも屋さんことジャルナールのご登場だ。


「何とかなるか?」

「うむ……」


 そう唸ったのはジャルナールだ。

 現在僕達は連盟拠点ギルドハウスの応接間で向かい合う形に座っている。僕が軽い挨拶を終わらせてから切り出したその内容に、流石のジャルナールですら眉根を寄せていた。

 まぁいきなり二百六十二人の連盟員ギルドメンバーが増えるから住まい増やしたい、って相談されたら困るよね。


「流石に二百以上が入る建物を作るのは時間が掛かるか」

「だな。数十人が入る建物を別個に建てていけば順次の入居は可能だろう。だがそうすれば高さが無いので敷地は無駄に埋まるであろう」

「だよな」


 正直それでも構わないと言えば構わないのだが、そうすると今後の連盟ギルドの運用に支障が出る可能性がある。

 具体例を一つ挙げれば、現在サガラは待機組と自由組に分かれて活動しているが、その内待機組は日々屋敷の敷地内で訓練を行っている。もし敷地が埋まってしまえばこれらの行動を阻害してしまう。


 それに、実はアンネ達の為に花畑でも作ってその中央に茶菓子の時間ミッディー・ティーブレイク用のテラス小屋を建ててやろうと思っているのだ。よって、ある程度は空いた敷地を残しておきたい。

 円形闘技場アンフィテアトルムの修復で上達した英雄の建築技術で作る全面硝子張りのテラス小屋だ、きっと喜んで貰えるに違いない。


 ……冗談抜きで、自分でローラル達の住まいを作った方が早いのかも知れない、と思ってしまった。やることは連盟拠点と娼館を繋ぐ渡り通路を作った時と全く同じ。これまでの人生で見てきた建築物を参考に、「そういうもの」を結果として生み出すだけだ。

 ただ、流石に渡り通路とは違い巨大な建造物になる。生み出した建物の想像が甘く、いきなり「おいジャス、ローラル達の家が崩れたぞ」なんてことになったら笑えないので止めておこう。やるとしたら本当に最終手段だろう。


 さてどうするか、と悩んで僕は思いつく。


「なぁ、この都市じゃなくても良いから、そうだな。百人くらいが入る建物を二つ、六十人くらいが入る建物を一つ持ってないか? 誰も使ってないやつ」

「む? ああ、違う都市で良いならそういったものは幾つかあるが。どうするのだ?」

「ほら、あの娼館って俺が持ってきただろ?」

「ああ、そう言うことか」


 それだけで納得してくれるジャルナール。色々と思い当たる建物を記憶から探しているのだろう、ジャルナールはしばし考え込んでから頷いた。


「ちと本店と各支店で管理している建物の売買状況を確認する。すまんが暫く時間をくれるか」

「構わんさ。あるならどれだけ遠くても良い。ただ確実に誰の物でも無いことだけは頼む」

「あい無論のこと。任されよ」


 そう言ってジャルナールは自信たっぷりの笑みを浮かべた。僕としても一安心だ。

 そこで、一応伝えておいた方が良いことを思い出す。別に言わなくともジャルナールなら分かっているだろうけれど、それはそれだ。


「ああそうだ。この度正式にザルード公爵家の当主になった。後は王城で国王陛下にご報告すれば晴れて新当主の誕生だ。良かったな。大口の客が出来たぞ」

「ははは。それは今後が楽しみじゃ。また改めてご挨拶に伺わねばな」

「では美味い飯でも用意しておくかな」


 そう言って微笑み、一口紅茶を飲む。僕の好きなラブリーローズの茶葉だ。

 まぁ実際のところ、ザルード公爵家には既に御用達商人が居るし、その他出入りの商人や職人達との兼ね合いもある。城塞都市ガーランドから城塞都市ポルポーラの間には結構な距離もあるのでジャルナールを御用達商人にするのは無理があるだろう。


 それでも、ザルード公爵家がお抱えとしている商人と言うだけで意味がある。

 英雄が連盟組織長ギルドツリーマスターを勤める巨大組織連盟ギルドツリーと強い繋がりを持ち、ザルード公爵家のお抱え商人であり、そして王室御用達ベルナール商会の元商会長にして現在でも凄まじい影響力と力をもつ豪商ジャルナール。元々手を出されることの無かった存在だが、これでジャルナールは今後更なる安全を確保でき、且つ活動しやすくもなるだろう。


「さて」


 ティーカップをソーサーに戻し、僕は表情を真面目なものへと変えた。

 それに気づいたジャルナールもまた、その表情を硬いものへと変えた。


「で、ジャルナール。あと二つほど頼みがある」

「何でも聞こう」

「これは今回増える奴らに関してなんだがな」


 僕はローラルやシムシス達がどういった存在で、またどういった経緯で今回連盟へ加入することになったかの全てを話した。その上で、コンコラッド公爵軍によって捕らえられたローラル達吸血属の売り先の特定を頼んだ。

 どうしてローラル達吸血属だけでシムシス達根魂属を含めなかったかと言うと、あの種族は決して奴隷にはなれないと判明したからだ。


 そもそもシムシス達木人種根魂属とは、一つの大樹が自身の分体として生み出した種族らしい。自分の身を守らせると同時に、周囲の環境や自身に何か問題が起きた時に世話をさせる為に生み出した種族、それがシムシス達根魂属と言う訳だ。

 根魂属は本来、自分達を生み出した大樹に魂の根を張る種族だったらしい。しかしその世話をする大樹が自身の寿命を悟った時、このままでは自分に根を張っている根魂属が滅びると思い、根を張る場所を自身以外にすることを命じた。

 それが理由で、根魂属は族長が定めた存在に根を張り、その族長に一族の者達が根を張ることで生きる種族へと変化したらしい。つまり、根魂属とは族長と言う「定めた場所に根を張る存在」が居なければ必然的に死んでしまう特性を持った種族なのだ。


 シムシスの父である前族長が何故シムシスと成人していない若い者達だけを逃がしたのかの理由もここにある。

 基本的に、根魂属は成人と合わせて現族長、あるいは次期族長に対して根を張ると言う。それまでは父や母と言った存在の間にある『えにしほだし』を仮の根として成長し、成人と共にどちらかの族長に根を張るという。

 シムシスの場合は次期族長と言うこともあって、成人しても単独で根を張った状態で成長出来るらしい。そして齢を重ね、現族長があとどれくらい生きることが可能か、そして自分の子の存在如何によって改めて根の張りどころを決めるらしい。


 またそれが理由で、例えシムシス達根魂属をさらおうとも、族長から強制的に離された一族の者はそう時を経たずして枯れていく、つまり死に至り世界へ還元されていく。

 成人していない子もそう。無理矢理に親から引き離されることは同様の意味を持つ。現在シムシスが率いている一族の生き残りは成人こそしていないものの、全員が正式にシムシスに根を張っているらしい。

 つまり、彼ら、彼女らはシムシスから強引に引き離されるか、シムシスが死ぬと間も無く世界へと還元されていく。


 実際の植物で例えれば、根っこを強引に引きちぎられて持ち帰られることと意味は同じ。根が無ければ植物と言う存在はすぐに枯れ、世界へと還元されていく。これまでの歴史で根魂属が奴隷として名を広げていなかった根本的な理由がこれだ。

 またその力自体が知られていなかったのも、そもそも根魂属自体が完全な自給自足を可能とする、本来は山や森の奥でひっそりと暮らす種族だったからだ。


 シムシス達ザンド一族も、遥か昔は違う大陸で幾つかの部族の一つとして過ごしていたらしい。その部族が集落を出てたどり着いた先が、逃げ出す前にシムシス達が住んでいた森になる。

 シムシス達の一族は周辺に住まう種族の中で最も古くから住んでおり、まだコンコラッド公爵領がアーレイ王国領土となる前、空白地帯の頃から土着していた形になるとか。


 つまりシムシス達の力が表に出てこなかったのも当然で、そもそも根魂属と言う存在自体が殆ど知られていない未知の種族に限りなく近いのだ。対外的にはただの木人種としてしか認識されないのが普通だとか。

 またシムシス達根魂属自体も、自分達が根魂属であることは基本的には喋らないし、その力についても語ることは無いそうな。


 ローラル達がシムシス達の一族を根魂属と知っていたのは、古い時代から種族同士で付き合いがあったからこそ。また最初に説明する時に根魂属の名前を口にしたのは、シムシスの許可を得た上で、僕に何かを聞かれた場合に説得力を増す為だったと。

 しかし、そんなローラル達ですら根魂属の詳細な能力や生体については知らなかったらしい。横でそれを聞いていたローラルは初めて知るその内容に目を丸くして驚いていた。

 そう言った理由から、今回根魂属の力が誰かしらの手に渡ったという心配は無くなり、また売り先を探す必要も無くなったと言う訳だ。



 ※



 唐突だが、ここで個体情報ヴィジュアル・レコードに表示されている「族」と「種」、そして「属」について説明したいと思う。但し、これらの説明は基礎知識的なものであり、例外が存在することは予め述べておきたい。


「族」は大きく分けて、人族、亜人族、精霊族、亜種族に分類される。

 人族は世界を作り出した『七つ神』が直接生み出した「人」と言う生物を指す。この人族には人種と魔人まのひと種の二つだけが存在する。

 魔人種と言うのは、人種が人の形を持ったままに様々な形や特性を持って変化、進化した種族のことを指す。なので、正確に言えば魔人種は「人種・魔人属」になる訳だ。

 ただ魔人種にも様々な「属」がおり、それを正しく分類する為に金の神が「魔人種」と表示させているのだろうとされている。


 亜人族とは、二つの意味に分類される。

 一つは大元の生物に近い特性を持つ、「人」の形に進化した種族を指す。

 これはミミリラ達サガラがそうで、彼女達は元を辿れば獣が「人」の形を持った種族、獣人種になる。つまり獣としての特性を持つ、「人」の形をした生物と言う意味だ。

 もう一つは何かしらの条件によって進化した種族では無く、“物体と言う魔力”が「人」の姿へと変化したものを指す。

 ローラルやシムシス達、植物を祖先に持つ植物種がこれに当たる。植物の種族は「花」や「木」と言った物体が「人」の形を持った生物になる。

 この亜人族は、「魔力論」の一つ「生物学」を語る上で、便宜上「亜獣族」や「亜植族」などと区別されることもある。


 精霊族とは、「現象」や「魔素マオ」が「人」や「物体」の形を持った生物だ。

 魔力とは万物の素マナが何かしらの色や形に染まり「人」、「物体」、「現象」、「魔素」のどれかに変化したものを指すが、精霊族はその内の「現象」と「魔素」が「人」や「物体」の形を持った生物になる。

 これらは七属性の特性を持った「現象」や「魔素」から生まれることもあって、著しく高い属性等級値を持つ。また力あるものによっては限りなく魔法に近い技能を使ってくることもある。

 しかし、精霊族は基本的に穏やかな種族なので何もしなければ人と敵対することは無い。無いのだが、希少価値が凄まじく高いので欲を持った人によく狙われ、そして狙った人は確実に痛い目を見ることになる。美の結晶体とまでうたわれる妖精種などは仲間意識が強いので、下手をしなくても種族紛争が始まる。

 以前ジャルナールが王太子屋敷で「精霊獣」と僕を例えたあれは、「魔素」から生まれた獣であり、精霊族最強の生物だ。


 人族、亜人族、精霊族の違いを纏めれば、『七つ神』が生み出した「人」が人族で、「物体」が進化、変化した「人」が亜人族、「現象」や「魔素」から生まれた「人」や「物体」が精霊族だ。


 最後に亜種族だが、これは厳密に言えば種族でも生物でも無い。

 一応の定義としては「人族、亜人族、精霊族でもない生物」とされている。

 この種族の代表的なものと言えば、世界の浄化装置と呼ばれる水性分解生物スライムが筆頭に上がる。

 亜種族は世界そのものが生み出した生物と言われているが、その生体については謎に包まれており、一部を除き「人」の形や知性と言ったものを持たない。そして生物と言いながらも、魂と言う生物の核が存在しない。なので、生物であり生物でない種族とも言われている。


 またこれら種族が混じり合った混血種なるものが存在する。

 ミミリラやニールがこの混血種に当たる。ミミリラは「狐属」と「猫属」、ニールは「狼属」と「犬属」の混血種になる。


 話は少し変わるが、関連して「魔獣」と「魔物」について説明したいと思う。


「魔獣」とは、遡れば『七つ神』によって「人」と共に生み出された「動物アニス」へとたどり着く。

「動物」は「人」の成長を補助する、「人」と共にある生物として生み出された。この「動物」は決して「人」を傷付けることは無く、ただ「人」と共に有り、「人」を助ける為に存在していた。

 しかし、いつしか「動物」は「人」に害を及ぼすようになり、そういった“人に害を成す「動物」”のことを「モンスター」と呼ぶようになった。そして、この「モンスター」が七つの属性を持ち、凶悪に変化、進化したものを「属性魔獣セブンズ・モンスター」と呼ぶようになった。

 現在では「モンスター」と「属性魔獣セブンズ・モンスター」の全てを「魔獣まじゅう」と、そうでないものは「けもの」と総称されている。

 例えば馬と言う生物だが、これも「けもの」の一つとなる。

 あれは人と共に生活し人を助けることも出来る生物だが、人を害することもある。「動物」とは“「人」に一切の害を為さぬ生物”を指すので、現在では「動物」は存在せず、よって「魔獣まじゅう」以外の全てを「けもの」と呼んでいる。

 またこのように「動物アニス」、「モンスター」、「属性魔獣セブンズ・モンスター」が入り混じってしまったことが理由で、現在では「モンスター」や「セブンズ・モンスター」と呼称されることは殆どない。

 一応の例外があり、「古の龍セブンズ・ドラゴン」など、遥か昔から存在し強大な力を持つ生物には「セブンズ」が付くことがある。「セブンズ」と言う名は号でもあり、それが付いている生物は例外なく強力な力を持っている。


 最後に「魔物」についてだが、これは簡単に言えば「人」の形を持たない、知性ある“物体と言う魔力”の全てを指す。

 例えば「けもの」や「魔獣まじゅう」が知性を持てばそれは「魔物」となり、これの代表例が強大な力を持つ魔獣の王になる。あるいは龍種だ。あれは元々「属性魔獣」だった存在が進化し、知性を持った強力な「魔物」になったのだ。龍“種”と呼ばれているのは、単純に種類が多い龍の総称だからだ。

 また、剣や槍と言った物体が意思や知性を持ったものも「魔物」とされている。その場合は魔剣や魔槍と呼ばれたりする。

 嘘か誠か、昔は魔包丁と言う「魔物」が存在したらしく、調理や夫婦喧嘩の際に妻の強い味方になったことから「婦人の魔剣」と呼ばれていたとか。



 ※



 さてローラル達種族の話が終わり、ここからは楽しい楽しい商売の時間だ。


「話変わって、これはもう一つのお願いだ。年中需要が切れない植物や作物、それとは別に価値があるが収穫高が少ない、そういったものはあるか? 食糧でも薬草類でも希少植物でも良い」

「無論あるぞ。需要が切れぬ代表では小麦が上がる。あれは扱いによっては凡ゆるところに対応出来る上に、戦の前後や作物の収穫高が少なかった土地にはよく売れる。長期間の保存が利き、価格の調整すらも可能。豪商にとっては扱いやすいな」


 この間のザルード領に於ける大発生スタンピード後、城塞都市ポルポーラに持ち込んだ小麦は溜め込んでいたそれを放出したのかな、と思った。もしそうならどれだけ溜め込んでいたのか。流石は国内最大級の豪商だ。


 僕はジャルナールの言葉に頷き、続きを話した。


「と言うのも実はだな」


 僕はまだ皮算用ではあるが、シムシスの種族を使った新しい農耕政策を打ち明けた。それを聞いたジャルナールは如何にも最上位商人と言わんばかりの瞳の鋭さを見せた。


 少し説明すると、一般的な農耕とはそう簡単に行くものではない。幾らシムシス達根魂属が魔法級の技能を使えようと、食糧、作物と言ったものにはその種子を植え付ける時期と言うものがある。


 この世界、一年は七ヶ月あり、一ヶ月は七週間あり、一週間は七日ある。一日は二十八時間だ。

 そしてこの「月」と「週」と「日」はそれぞれに『七つ神』の名を冠する。

 属性には順が決まっており、それは光、闇、火、風、金、土、水となる。前述の三つにはこれが順番に付き、つまり一月は光の月と呼ばれ、二月は闇の月と呼ばれる。

「週」も同じで、「月」の一週目が光の週になり、二週目が闇の週になる。「週」の七日間も同様に、一日目を光の日と言い、二日目を闇の日と言う。

 例えれば、一年の初まりである一月一日は、光の月、光の週、光の日になる。


 これは普通に数字で表しても良いが、王侯貴族や騎士、商人など、学があって当然の人が数字でこよみを語れば、それは学が無い者と認識され嘲笑の対象となる。特に商人などは計算すら出来ない阿呆あほうと相手にされず、そもそも商売にならない。


 話を戻して。

 種子を植え付けるのはこの中で土の月が最も良いとされ、この月に植えたものは実り豊かで味も良く栄養もある。また育ちそのものも良く生育に失敗しづらいので、基本的に食糧全般を植えるのは土の月になる。

 逆に「この月には植えてはいけない」と言う月があり、それは火の月と水の月になる。

 火の月は一年の中で最も暑い月で、土が疲労していると言われている。もし種子を植えたとしても、熱を吸い込みすぎた土の温度によって芽を出す前に種子が死ぬらしい。

 特に火の日は場所によっては陽炎が生まれる程に暑くなり、無理に作業しようものならあっさり人が倒れる。

 水の月は一年の中で最も寒い月で、雨が多く降る。土には水が多く含まれすぎて、過剰に水を吸いこんだ種子そのものが死ぬらしい。

 この水の月は雨が多いだけではなく、水の週には雪が降ることが基本であり、水の日は年間で最も冷える日とされ、全ての人は家から出なくなるし、農業の作業そのものが行えない。

 よって、何かしらの種子を植え収穫したいなら、出来るだけ土の月を狙い、絶対に火と水の月は避けなければならないのだ。


 なら取り敢えず火と水の月だけ避けてさっさと種子を植えれば良いだろうと思う人もいるだろう。これが個人や小さな組織であればそれでも通じるが、公爵領と言う広大な土地で農耕を行う場合、そう簡単にはいかない。

 先ずどこに何をどれだけ植えて、どの時期に何をするか、人員をどこにどれだけ割り振るかなどを、農業に詳しい魔導士や現地を指揮する役に就いている者達と計画を立てなければならない。

 そしてこれはザルード公爵家直轄領であるザルード地区だけではなく、各地区を任じられている分家の者達とも相談しなければならない。

 各地区で好きにしてしまえば、ザルード領全体のどこにどんな食糧がどれだけあり、何が少ないからどこにどうする、と言った事柄全てがいい加減に進み混乱をきたす。統治という観点からすれば決してやってはいけないことの一つだ。


 これが平時であればまだ良かった。例年がこうで、今はどの地区がどんな状態だからこうしよう、とこれまで行われてきた計画と情報を元に簡単な手を加えるだけで良いのだから。

 しかし現在は領内がまだ完全に落ち着いてなく、情報が纏まっていない。そもそも復興作業に人を取られている状態なので、農耕に従事させる人手が集まらない。農耕計画は本当に一からと言っても過言では無い状況なのだ。

 よって、実際にシムシス達にいつ、どこで、何をさせるのかについては父上へのご挨拶が終わり、僕がザルード領へ戻ってからのことになる。そもそも昨日の今日のことであり、僕の留守を預かり実質的な政務を行うお祖父様との打ち合わせも一切出来ていない。

 そしてこれが最大の問題なのだが、現時点で既に土の月に突入しているのだ。

 これから計画を立て、打ち合わせ、諸々をやっていたら水の月に飛び込んでしまう。つまり、今からどれだけ頑張っても種子の植え付けなんて間に合わないのだ。


 結論として。

 そう言った色々な事情から、「取り敢えずあの土地は今空いてるからシムシス達にやらせるか」なんて、公爵としての地位を利用して勝手をすることは出来ない。

 僕も多少の農業の知識はあるが、所詮は表面的なものだ。命じることは出来るが、行うことは出来ない。農耕、あるいは農業と言うものに於いて優先すべきは実際に行う者達であり、上位者の身勝手な意思ではない。

 常備軍にとっての常備支援軍と同じだ。美味しい食事を食べたければ注文だけを頼み、後は料理人に任せるのが一番なのだ。


 ただ、もちろんその間シムシス達を完全に遊ばせていては彼らを引き入れた意味が薄れてしまう。なので、僕は自分が自由に扱っても何の問題もない、ザルード公爵屋敷の広い敷地を使って、取り敢えず金になる何かを育てようと思ったのだ。

 いずれはそれを通常の農耕とは別に計画立て、他領地との差別化を図ろうという狙いもある。場合によっては開拓すら視野に入れている。その為の人員確保が難点ではあるが、後々の話、焦ることはない。それに、父上とナーヅ王国との間で行われた同盟締結に関する話し合い、その条件次第では――と言う期待もある。


 ともあれ、今ジャルナールに相談しているのはそう言った事柄全般だ。


「最初に言うように、これはまだ試してもないから皮算用だ。それを踏まえた上で、出来ると仮定したらどうだ?」

「上手く数と販路さえ確保出来たなら莫大な利益が出るな。それも物価には負の影響を与えぬようにな」

「お前が言うなら安心だ。最初はどうしても数が少なくなるだろうが、全てお前に回そうと思う。使える土地が増えればその規模と数は更に増すだろう。その時はザルード公爵家の国庫ならぬ領庫を潤いで満たしてくれ」

「あい分かった。将来はザルード公爵領が国王直轄領を超える豊かな土地になること、これ違いなし。毎年のように金蔵かねぐらの底が抜けるであろう」

「おっと、それでは周囲の領主達から妬みを買ってしまうな」

「では程々に」


 僕達はまるで癒着した貴族と商人のような笑みを浮かべあった。



 ※



 次にしなければいけないことは、ローラルやシムシスの集合体パーティーが『ミミリラの猫耳キューティー・キャットイヤー』に加入する件に関してだ。

 僕は傘下三連盟の長級マスタークラスの全てを呼び出した。急の呼び出しだから全員は無理だろうと思っていたら本当に偶々たまたま連盟拠点に居たらしく、連盟長と連盟副長の全てが来てくれた。


「急に呼び出して悪かったな。座ってくれ」

「いや、お前さんに呼ばれたらどこからでもすっとんでくるさ」

「同感だ」

「しない理由は無いな」


 連盟長であるグリーグとネイル、ジャージーの三人が笑う。連盟副長であるマッシュとキース、チャース達は後ろの方に座っている。


「で、早速なんだが。ネイルとジャージー、お前達のお抱えに集合体『馥郁ふくいく』と『サンジュ』が居るだろ?」

「ああ」

「あいつらが何か?」

「ああ、先ず結論を言う。あいつらをうちに入れることにした。問題あるか?」

「ん? ああ……なるほど」

「そう言うことか」


 どうやら二人共、僕が呼び出した理由を理解したらしい。


「俺は別にお前達のお抱えや連盟員を無理やり引き抜いたり、そう言ったことを自分の立場を笠にするつもりはない。気に入らないなら素直に言ってくれ。それで嫌がらせすることはないから」

「いや、うちは構わない」

「俺のところもだ。最近はそう使ってやれていなかったからな」

「なら良かった」


 彼らの言葉を聞き、揉めなくて良かったと内心安堵した。別に強行しても「文句あるか?」で終わる話だが、そんなものは無いに越したことはない。


「ただ遺恨が残ったら俺としても嬉しくないので理由は伝えておく」


 そうして僕は、二つの集合体とも稼ぎが悪く生活が困窮していることや、お抱えだからこその悩みがあると説明した。

 二人とも心当たりはあるのだろう、若干眉根を寄せながら話を聞いていた。


「お前らが悪いなんて言わない。ただそう言うことだからあいつらに悪気は無いし、義理を裏切った訳じゃないことは分かってやってくれ」

「もちろんだ。生活出来なければお抱えの意味は無い。何も言うつもりは無いさ。それにお抱えとは言え、言い方は悪いが野良集合体だ。いつどこへ行くも自由だからな」

「ネイルと全く同じ意見だ」

「ああ、なら良いや」


 さてこれで話は着いたが、ここで不思議そうな顔をしているのが『グリーグ傭兵団』の団長グリーグと副団長マッシュだ。会話の流れからして自分達は関係ないのだから疑問の一つも浮かぶだろう


 そんな彼らに、僕は話を続けた。


「で、だ。どうして『リリアーノ』と『マーシェル』だけじゃなくて『グリーグ傭兵団』まで呼んだか、ってことなんだがな。そもそもそんな話になっているのはお前達連盟の懐事情が良くないからだと予想したが、違うか?」


 言うなり、三人は互いに視線を合わせて頷いた。

 最初に口を開いたのはグリーグだ。


「文句を言うとかは無しだ。お前さんの言う通り、不味いと言う訳じゃないが今までよりはな」

「うちもだな」

「同じだ」

「だろうな。だからああなったんだろうし」


 僕は紅茶を一口飲み、そして三人に視線を巡らしてから口を開いた。


「今後うちに入れるのは一割で良いぞ」

「……良いのか?」


 代表してジャージーが返事をした。

 それに対し小首をかしげ、軽い口調で返してやる。


「良いさ。無論金はあるに越したことはないが、正直に言えばうちはお前達からの上納金が無くてもやっていける。うちが理由で傘下が潰れちゃ俺としても寝覚めが悪いし、何よりお前達からすれば本末転倒だろう。だがこういう契約ごとって言うのは最初が大事、違うか?」

「合ってるな」

「ああ」

「うむ」


 傘下の三連盟がうちに渡している上納金は利益の四割だが、これは僕が指定した訳ではなく、彼らから提案してきた額になる。連盟が活動するにぎりぎり問題ないその額を最初から提示してきたのは、それだけの覚悟と誠意の表れだった。それを受け取らないのは逆に相手に恥をかかせることになる。

 僕が「少ない」と言えば惨めを味わわせてしまうし、「そんなに要らん」と言えば相手の覚悟を踏みにじることになる。なので、僕は彼らが提示してきた額をそのまま受け取ることにしたのだ。


 だがもう良いだろう。

 いずれは上納金の率を下げるつもりだったし、僕は配下の困窮を放置するような気概は持っていない。今回の一件で彼らの苦労は表面化したし、それは互いに納得する理由が生まれたことを意味する。決行するに良い切っ掛けでもあった。


「もう互いにそう神経質になる関係でも無いだろ。俺としてもお前達が傘下と言うだけで十分利はあるからな。一応契約事として一割は貰うが、正直俺はそれすら不要と思ってる。何なら今からでも無くして良いぞ」


 上納金を無くすと言うことは彼らの懐にゆとりが生まれ、それは連盟に還元される。良い装備を身に纏い、無理をすることが減り、連盟員が依頼や狩りで命を落とす危険性も減る。最終的に連盟の規模は維持され、大きく成長することだって可能となる。

 上納金が無くなろうとも、違うところで僕の利が生まれるのだ。


 だが、連盟長の三人は首を横に振った。


「いや、そこだけは払わして貰う。正直に言えば、金は別としてやりやすくなってんだ」

「うちもだ。やはり『ミミリラの猫耳』の名前は絶大だ」

「だな。悪く使っていることは無いが、例えば初見の商人の護衛依頼でも、『ミミリラの猫耳』の傘下と言えば『なら安心だ』とまで言われるようになった。場所にもよるが、他所よそ者でありながら気持ち良く買い物すら出来る」

「それはうちもあったな」

「ああ。特に王都とザルード公爵領、後はジブリー伯爵領の一部だな。別にこっちが何を言わんでも、連盟組織副長証明証ギルドツリーサブマスターカードを見せただけで態度が軟化したからな。あれにはこっちがびびったぜ」

「へぇ」


 そこまで効果が出ているのかと少し驚いた。

 王都とザルード公爵領に関してはまぁそうだろうな、と思う。前者は畏怖で後者は恩と言う違いはあるだろうが。ジブリー領に関してはあの強制依頼の一件が理由かな? そこにザルード領の大発生の一件が伝わって、独自に英雄譚が広がったとかそんな感じだろう。


「なら良いさ。今度からは一割、これで行こう」

「ああ、助かる」

「こちらも正直な」

「だな。決して責めてるわけじゃないが、最近装備があまり買ってやれなくてな」

「いやそれ致命的だろ」

「何でぇジャージー気が合うな。うちは酒が買ってやれなかったぜ」

「傭兵から酒を取ったら何が残るんだよ」

「女だろ」

「酒は買えなくても娼館に行く金はあるのか」


 僕の言葉に長級の六人全員が笑った。釣られるように僕もまた笑い、紅茶を一口飲んでから小首をかしげた。


「まぁ、名前は悪用しなけりゃ好きに使えば良いさ。悪用してたら飛んでいくけど」

「当たり前だ。団員メンバーにはそこだけはきっちり言い聞かしてるからな」

「ああ。実は一度、酒場食堂で他の冒険者にそれを横柄に語った馬鹿が居てな。その場で殴りつけて暫く謹慎させた」

「ああ、うちも居たな。買い物の最中に『俺は『ミミリラの猫耳』の傘下連盟の連盟員だから』と偉そうにした奴。俺はそいつの頭を地面に叩きつけて謝罪した上で迷惑料を払った」

「どんだけ気を使ってんだよ」


 その場を想像してつい笑いがこぼれてしまった。

 まぁ良いさ。今の話を聞く限りではうちに手を出そうという奴が殆ど居ないと言うことだから。先程の馬鹿をした奴らも二度としないと金の神への誓いを立てたらしいしね。

 だからと言って、絶対に油断はしないけど。

 これからは力の無い、扱いに慎重を期さなければならない配下も増えるのだから。


 その後は各連盟の状況などの情報を共有しつつ、馬鹿な話で盛り上がり解散となった。

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