第110話 さらば王太子屋敷

 応接の間。僕は上座に座り、立ったままのタナルとエルドレッドと向かい合っていた。弟は別室で待って貰っている。


「二人共、それぞれしもの者の準備はさわりないか?」


 王城で僕の廃太子が決まった際、父上から準備を整えておけと言われた言葉通り、僕は城塞都市ガーランドに戻ってからゼールを通して全ての使用人に通達していた。

「国王陛下より身支度を整えておくようお達しがあった。住まいを移すこともあるやも知れぬ故、いつ出立しても良いよう、皆は準備を整えておけ」と。


 これは使用人達に不信がられぬよう、本当に父上が手紙をしたため、王太子屋敷に送ってくれていた。僕と使用人の支配者足るゼール双方にだ。それ故僕は遠慮無く「国王陛下より」という文言を使い指示が出せた。

 ザルードから送られてきているタナルやエルドレッドにも、別途でお祖父様より手紙を送って貰えており、こちらも何の支障も無い。


 僕の問いに対し、最初に返答したのはタナルだった。


「はい。皆いつでも去れるよう以前から準備しております」

「うむ。エルドレッド、兵はどうだ?」

「こちらもです。街におるもの達へ通達し集合させる時間さえ頂けましたら」

「どれ程か?」

「一時間半程は頂きたく。また城壁外に出た際、隊列を組む時間を頂きたく。護衛に際し、人、輜重しちょう、両方の馬車の数を考慮せねばなりませぬので」


 まぁ今回の移動は百の兵と数十の使用人、そしてそれらを運ぶ為の大量の馬車で行われるのだ。屋敷に集合し隊列を組むことは無理だし、屋敷外でもそれは同じ。そもそも城壁門を出る際に人の通行を完全に止めてしまう。エルドレッドの言うことはもっともだ。


「輜重の移動については大丈夫か?」

「問題はないかと」

「うむ。では良きに計らえ。エルドレッドはこのまま残れ。タナルは使用人達に指示し、いつでも出立出来るよう整えよ」

「畏まりました」


 一礼をしてタナルが応接間から出て行く。

 その姿が完全に消えたのを確認してから、僕は椅子に背を預けた。そして硬い表情のエルドレッドに苦笑する。


「驚いたか?」

「まだ新兵の頃に危険度第5段階の魔獣に出くわしたことがあるんですが、その時の数十倍は心臓が跳ねました。以前よりご存知だったので?」


 問いかけではあるものの、エルドレッドのその言葉には確信が込められていた。

 まぁ、ある日いきなり主人が儀礼服を着ていたかと思えば、その日に王城から廃太子の王命を携えた使者が来ている訳だし、気付いて当然だよな。


「ああ。まぁ大きな声では言えぬがな。お主も聞かなかったことにな」

「無論です。しかし……」


 エルドレッドは凄まじく苦い何かを噛み締めたような顔をした。

 僕はそれにまた苦笑してしまう。


「素直に言え。不服か?」

「はい」


 恐ろしく不敬なことを躊躇いも無く言った。

 仮にもこれは王命だ。素直に言えとは言ったが愚直に過ぎる。


「これは私も納得してのこと。受け入れよ」

「それは無論。ですが、私の主は王太子殿下、貴方です。ザルード公爵閣下に命じられここに来てより今日までそれは変わりません。そしてそれはロメロとて同じ」

「あれとは朝早くに挨拶した。励ましの言葉を授けた。この先ロメロはクロイツの近衛となり、いずれは国王の近衛となるだろう」

「私だからこそ分かります。あいつは間違いなく、王太子殿下、貴方を主と仰いでいた」

「ああ、よく分かっているさ。あの戦。お主もそうだ。命を懸けて私を守ったその姿、どれほど頼もしかったか。だからこそ、あれには出世して欲しいのだ。私の我がままかも知れぬがな」

「ええ、そうでありましょう」

「……お主、今日は口が強いな。まぁ今は構わんがな」

「それ程までに、私やロメロには思いがあるのです」

「ありがたく思う。が、受け入れよ。それにお主はこれよりザルード公爵家の直属兵へと戻る。そこで当主に尽くすがよい」


 内心、これはずるい言い方だなと思う。ただ、今はまだ言えようもないので容赦して貰おう。後で盛大に文句を向けられそうだが、その時はこれ以上無い程の笑みを返してやろう。


「ええ。当主様には申し上げますとも。王太子殿下の近衛に就けて頂くようにと」

「それはありがたいが。手柄を得る機会が無くなるな」

「構いません。主無き手柄には何の価値も無いのですから」


 僕はとうとうむず痒くなって、身体を起こし苦笑した。


「まぁ一先ずは成すべきことをするとしよう。それに関してはザルード領に着いてからの話でもあるしな。兵も時間が掛かろう」

「畏まりました。ではまた後程」

「うむ」


 そう言ってエルドレッドが憮然とした表情のまま退室していく。

 僕は今度こそだらしなく背を預けて目を瞑り、天井を仰いだ。


「皆、僕なんかにはもったいないさ」


 どうしてあれ程に優れた騎士が僕をここまで評価してくれるのやら。

 実際、覚醒するまではあまり接触なんて無かったと言うのに。確かにエルドレッドは幼い頃から多少顔を合わせていたが、主と呼んでくれる程のことではないだろう。


「はぁー」


 声を出して息を吐く。

 気持ちよく去れそうなんて気のせいだった。やっぱり慣れ親しんだ人や場所との別れというのは辛いものだ。


「……」


 何となく、十歳の頃に王城を離れたあの日を思い出した。


 大勢、と言う訳ではないけれど、それなりの人数に見送られて僕は王城を去った。そこには大臣達や一部の宮廷貴族、宮廷魔導士に、あの七属性魔術士筆頭セブンズ・カラーズ・ラーレスト達も居た。もちろん、僕の家族も。

 大臣や宮廷貴族達は無表情だった。宮廷魔導士達はどこか観察するような目だった。七属性魔術士筆頭達はどうしてか、微笑んでいたように記憶している。

 そして、母上も、弟も。見たことが無いくらいに泣いていたっけ。父上に至っては国王としての顔で、壮厳で力強い眼差しを向けてきていた。


 あの時僕は、どんな顔をしていたんだろう。



 ※



「では国王陛下、王妃陛下への伝え、よしなにな」

「ええ、兄上も道中お気をつけて」

「うむ。恐らくまた一月ひとつきの間に会うことになるだろう」

「はい、お待ちしております」


 僕は馬車の側で、最後に弟と挨拶を交わしていた。

 エルドレッド達の兵もそうだが、今回は人が乗る為の馬車が多いし、それとは別に食料を乗せた馬車もある。その為僕達は現在屋敷の外におり、つまり僕はもう既に王太子ではない。


 今は公式の場では無いのでこうして兄弟として言葉を交わしているが、これが王城や式典、パーティーの場では弟への呼び方は王太子殿下となる。これを誤ると僕は高貴な者専用の牢屋にぶち込まれるだろう。兄だからこそ、元王太子だからこそ、その辺りは余計に厳しいのだ。


 まぁ次に会うときはザルード公爵だ。呼び方を間違えることなんてありえない。


「ではまたな」


 そう言って僕は開けたままの扉をくぐり馬車へと乗り込んだ。馬が歩を進める中、最後に窓から手を振って、僕はザルードへと旅立った。


 ガタゴトと揺れる荷台の中、溜め息を吐く。

 これから凡そ十日以上は馬車の旅だ。城塞都市ザーケルから娼婦連中を連れて帰った時も中々に辛かったが、あの時は気が置けない顔ぶればかりだったし、ミミリラ達が居た。

 そこに関しては今回も変わりないが、気を使わなければいけないと言う部分にもまた変わりない。


 天幕はあるので途中の宿営で多少は気を緩めることは可能だろうが、それ即ち気楽なことに直結はしない。

 まぁ王都で買った茶菓子がまだ【僕だけの宝物箱カラーレス・ジュエルス】の中にあるので、それで気を紛らわせることにしよう。

 一瞬複製体マイ・コピーと入れ替わることも考えたが、屋敷の中とは違って何があるか分からない。仕方ないな、と思うと同時、愛らしい声が頭に響いてきた。


《カイン様、お傍をよろしいでしょうか?》

《好きにせよ》

《ありがとうございます》


 その返事が終わると同時、僕の正面にはミミリラの姿があった。

 僕の馬車は大きく作られているので、ミミリラ一人が入ろうと全く問題はない。ミミリラは馬車の中に現れると、僕の膝の上に乗って身体を擦り付けてきた。


 今ミミリラがしたのは、以前行った“即効性のある交感”で手に入れた【大樹の宿り花】によって可能となった、“僕の傍”に転移する技だ。

 これは厳密には技能では無いのだが、便宜上【在るべき場所カー・ミラ】と名付けた。名前の由来は言うまでも無いだろう。


 僕は廃太子の通告が届くまでの数日の間に、出来る限りの時間を取って【在るべき場所】や【大樹の宿り花】についての検証を行った。もちろん、それに付随する事柄に関しての様々な検証も含めてだ。

 その結果、【大樹の宿り花】がどれだけ脅威的な技能なのかを理解した。


 検証で最初に行ったのは【在るべき場所】だ。

 これは城塞都市ガーランドの端から端に僕とミミリラが離れた状態で発動しても、問題なく効果を発揮した。

 果たしてどれだけの距離までなら転移が可能かは今後実際に使用してみなければ分からないが、そう極端にミミリラが僕の側から離れることは無いだろうから、やはり問題はないと言える。


 次に、以前疑問に思った「“僕の傍”が無い状態で発動したらどうなるのか」についてだ。検証する為に考えたのは、僕の回りを厚みのある土で覆い隙間を殆ど無くした状態で使用した場合だ。

 正直これは不安があった。結局のところ、それは【間の間マナ・リル】を創造した際に疑問に思った「人が物体というはざまに飛び込んでどうなるのか」と言う、答えが出ていない事象を実践で検証するということになるのだから。


 だが、検証を躊躇う僕に「これでお傍におれねば、私に生きる資格はありませぬ」と力強くミミリラは口にし、結局僕が折れる形で検証を行った。

 すると、僕が作り出した土で覆ったその外側にミミリラが転移したのだ。

 これは人だから物体という魔力に影響を受けず、その外側に転移したのかは分からない。ただここで重要なのは、ミミリラが“僕の傍”に転移することを想像して【在るべき場所】を発動させたと言う点だ。


 これは何度検証を繰り返しても問題なく使用出来た。そして、何度行おうとも二人共の精神力が減ることも無かった。つまり【在るべき場所】とは永久に使い続けられる、極限定的な転移技能という解釈も出来るのだろう。


 そして僕はこれを目の当たりにして、自身の【間の間】についても実用性のあるものへと進化させることにした。

【間の間】も【在るべき場所】も、結局は“人”や“魔力”を転送しているのだ。ならば原理は同じ。即ち、僕は【間の間】を使用する際に、“この場所”に移転するのではなく、“この場所の傍”で想像すれば良いのではないかと考えた。


 もちろんこれは僕自身を物体という魔力の中に転送することにもなるので、危険は承知の上となる。この場合はミミリラが非常に不安そうに、それでいて止めて欲しそうにしていたのを「この程度出来ねばお主達の主人としての資格は無いな」と言って敢行した。

 もし失敗して何かあった場合を考え、父上達やお祖父様達、ザルードのことが脳裏をよぎったが、僕には成功する確信があった。僕と魂が結合しているミミリラが出来て僕に出来ない訳が無いと。この行いには必ず意義があるのだと。


 そして結果は成功。僕は自身が作り出した巨大な岩を連盟拠点の庭に置き、元々あった“そこ”を脳裏に浮かべつつ、“指定した場所の傍”に転送するという形で進化させた【間の間】を創造した。すると、僕は見事、脳裏に浮かべた岩の外側に移転することが出来た。

 この後に城塞都市ガーランド内の様々な場所で試したが、全て問題なく成功してくれた。

 この瞬間、僕の【間の間】が完成したと言える。


 次に、【大樹の宿り花】の説明にある「魂の支配権」についてだ。

 これに関して、僕はミミリラの血族技能以外の技能全てを使えた。そして、これまでは密着していなければ不可能だった生命力と精神力の譲渡、これがどれだけ離れていても可能となった。

 これは色々と応用が効き、普通に譲渡出来るだけでなく、僕がダメージを負ったり魔力を使ったり、生命力や精神力を消費するような何かがあった場合、ミミリラにその現象を身代わりさせることが可能となる。その逆もまた然り。

 更にミミリラの視覚、聴覚から得られる情報も僕に伝わってくるようになった。ようは、ミミリラが見ている光景を僕は見えるし、聞いた音や言葉を聞くことが出来る。

 もちろん身体だって動かそうと思えば、ミミリラよりも優先権がある状態で動かせる。例えばミミリラが前に歩こうとしても、僕が後ろに歩かせようとすれば後ろに歩くことが優先される。


 ミミリラから僕へも殆ど同じ条件だった。

 ただミミリラが僕に対して出来ないのは、僕の身体を動かすことだった。それ以外は“僕が許可を出せば”全てが可能だ。

 つまりだ。ミミリラは僕の魔術、技能、全てを使える訳だ。そこにはもちろん【僕だけの宝物箱カラーレス・ジュエルス】や【万視の瞳マナ・リード】も含まれている。これは今後の活動に於いて、非常に便利だと心底喜んだものだ。


 ただ、この魔術や技能を使うのには多少の制約があった。

 例えばミミリラの魔術や技能。これは知力、魔力、魔術属性の等級値が3-7必要なものを僕が使えば、僕は全て6-7で使用出来る。

 では僕の魔術や技能をミミリラが使う場合。これが不思議なもので、僕の6-7を用いて使用出来る。

 ここが問題で。僕の技能は僕の高い能力等級値を前提に使用しているので、例えばミミリラが僕の【万死圧風サーディス】を使った場合、力や頑強等級値が足らず、腕から肩が吹き飛んでしまう。

 実際目の前で吹き飛んだ時は心の底から焦った。嘗てない速度で【母の手ラ・メール】を使ってしまった程だ。

 他にも、【万視の瞳】の広範囲立体表示や、【アーレイ王国ロワイダム・ドーファン】は迂闊に使用出来ない。あれは大量の情報を処理出来る知力等級値と、その際頭に掛かる負担に耐えるだけの精神耐性等級値がないと、発動しないか、しても凄まじい勢いで精神力が減少していく。実際ミミリラは負担に耐え切れず気絶してしまった。


 なので、僕がミミリラの魔術や技能を使う場合は問題ないが、ミミリラが僕の魔術や技能を使う場合は気をつけなければいけないと言う訳だ。

 まぁ本来【万死圧風】は【五色の部屋サン・ク・ルーム】みたいな障壁で手を覆って使用する技能なので、それ無しで発動させたのが失敗の理由でもある。


 これで気になる点の検証は終わったのだが、僕はこれが終了した後に、大きな疑問に行き当たることになった。互いの血族技能を使用することは出来なかった、という点について、そしてその先にある大きな謎に関してだ。


 そもそも血族技能とは、人の魂に宿っているものだ。そして人の魂とは、多数の魂の欠片の結晶体とも言える。

 人の魂は、父親から母親の胎内に送られる魂の欠片を、母親が胎内に宿し、自らの魂の欠片を混ぜ合わせて作られる。

 そして、父親や母親もまた同様に、自身達の両親から魂の欠片を引き継いで生まれてきている。つまり人の魂は、そういった先祖、祖先の魂の欠片の結晶体とも言える訳だ。そこに七色が混ざり合い、独自の魂の色と形が形成されていくのだ――これにはちょっとした矛盾があるのだが、それは置いておこう――。


 血族技能とは、その引き継いできた魂の欠片に宿っている技能を、その魂の欠片を持っている者だけが使える技能と言う訳だ。だからこそ、僕もミミリラもお互いの血族技能を使えないのだろう、と推測出来る。


 僕の魂の欠片は、「アーレイ王家」と「ザルード家」から分け与えられたものになる。では、【大樹の宿り花】とはこの二つの家の誰かが持っている、あるいは使用してきたものになる筈だ。

 しかし以前も言ったが、僕は【大樹の宿り花】なんて技能は聞いたこともない。

 無知から来る疑念という可能性は否めない。しかし、こんな脅威的な技能をもし御歴代の国王や王族、ザルード家が持っていた場合、使用していないなんて有り得ない。

 仮に技能の名前自体は公になっていなくとも、そういった効果を見せる逸話や何かが残っていてもおかしくはない。なにせここは周辺国家を飲み込み続けてきた、戦いの歴史と共に歩んで来たアーレイ王国。生死の掛かった戦いに向かい続ける王族や公爵家が、こんなものを持っていて使わない訳が無い。


 で、ありながら。

 様々な文献を目にし、多くの歴史を学んできた元王太子であった僕が、そんな記述を読んだことがないと言う現実。またザルード家がそう言った技能を使った記録も残されていない――まぁこれに関してはザルード家にのみ伝わる文書を見なければはっきりとは言えないが――。


 この技能に関して最も知っている可能性が高いのは父上だが、その父上でもこの技能は持っていないと推測出来る。持っているなら確実に使用しているだろうし、その相手が居る筈だ。

 その相手が母上、と言う可能性もあるにはあるが、果たして最前線で暴れる父上に渡せるだけの生命力や精神力が母上にあるかと言われれば、首をかしげてしまう。なにせ、母上は元々蝶よ花よと育てられた、戦いとは縁遠い公爵家のご令嬢なのだから。

 それに母上が持つ魔術や技能は殆どが水属性だと聞く。そして父上がこれまでに水属性の魔術や技能を戦や討伐で使ったなんて一度たりとて耳にしたことはない。

 そもそも父上が信仰している神は火の神だし、使用する魔術や技能も火属性だ。属性相性から見れば真逆の特性を持つ。よって、母上が隷属者とは考えづらい。


 ならば、この【大樹の宿り花】を引き継いできた血族を辿ってはどうだろうかと考えた。「アーレイ王家」の魂の欠片も、「ザルード家」の魂の欠片も、辿り辿れば行き着くところは一つとなる。


 初代アーレイ王と初代王妃だ。


 実を言えば、アーレイ王国があるここ「ガンディール大陸」に御二方が来る前、他大陸に居た時のことは殆どが謎に包まれている。

 初代アーレイ国王はものぐさだったようで、一切の記録を残していない。残しているのは初代王妃だ。

 この御方は、以前述べたように他大陸に居た頃は光の神の教会、その本山の一つで聖女のような立ち位置に居た。しかし、そこで、そこに至るまでに何をしていたかは不明なのだ。


 そして、その謎は初代アーレイ王になると更に深まる。

 初代王妃の日記の中に、数少ない御二方が出会った時のこんな記述がある。


『今日、ピリーヌが斡旋所と言う、冒険者組合を基にした新しい冒険者達の為の組織を作ると嬉しそうに言ってきました。それを聞いたあの人は「要らんだろそんなもん」と口にされていたけれど、私は少し嬉しくなりました。言えませんね。そもそもピリーヌがそんなことを言いだしたのは、私があの人との出会いを語ってしまったことが理由だなんて。

 振り返れば懐かしい。初めてあの人と出会ったのはグーズリー領にある天至の塔の都市バベルシティーの冒険者組合。御側付きと一緒に組合所に入ったら、あの人は大きな水性分解生物スライムの上で寝ていました。驚きと興味で声をかけた私にあの人は酷い、「失せろ。殺すぞ」と言うのだから。

 それに対して憤りを見せたサンが無礼を咎めれば、あの人は瞬く間に私の御側付き全員を瀕死に陥らせてしまうんですもの。サンは魂位が5,000は優に超えていたのに手も足も出ず。でも私はそれで益々興味を覚えたものです。

 そう言えば御義父様もサンも、最後はあの人の経験値になってくれましたね。育ててくれたこと、守ってくれたこと、それを含めて、感謝の念に尽きません』


 ピリーヌと言うのは、二代目国王の名前だ。この日記の内容自体、二代目国王に王位が移って暫くしてから記されたものとなる。

 このグーズリー領とは、ここガンディールから五つほど大陸を超えたところにある領地で、自由都市国家みたいなものだ。サンと言うのは他の記述から鑑みれば、恐らくは光の神の教会に属する聖騎士だったと思われる。アーレイ王国で言えば常備軍、騎士と言う存在の中での精鋭だ。

 そして初代王妃が御義父様と述べているこれは、恐らくは光の神の教会の教皇だったと思われる。義理の父なので、初代王妃は養子か何かだったのかも知れない。

 まぁ文章を読み解くに、この二人共が初代アーレイ王によって世界へ還元させられたのだろう。初代アーレイ王はグーズリー領を旅立つ前、最後に光の神の教会で大暴れしたそうなので、その時に消されたのだろう。


 話の筋を戻そう。

 初代王妃の日記の殆どはこのグーズリー領を出てからの内容で、それ以前についてもまた殆ど見つけることが出来ない。

 特に初代アーレイ王に関しての記述はここからが始まりであり、それ以前については一切ない。


 つまりだ。初代アーレイ王も初代王妃も、生まれも育ちも、全くの謎なのだ。

 しかし僕の【大樹の宿り花】は血族技能。この御二方のどちらか、あるいは両方の魂の欠片が引き継いできたものに違いはないのだ。


 実を言えば引き出した記憶の中に、気になる部分を見つけた。

 初代アーレイ王は、このグーズリー領を初代王妃と旅立ってからかなりの強敵と戦っている。それは人だけではなく、魔獣もだ。

 以前にも述べたことはあるが、初代アーレイ王は生物最強である古の龍セブンズ・ドラゴンとも戦っているし、実は魔獣の王らしきものとも何度か戦っている。

 そしてアーレイ王国を建国した後も、初代アーレイ王は在位中に数多くの国を滅ぼしてきた。

 気になるのはここだ。

 その多くの戦いの中で、初代アーレイ王は一度たりとも、ダメージを負った様子や体力切れに苦労した様子がないのだ。これは初代王妃の日記に、惚気と共に戦闘の詳細が記載されている部分があるので確かだろう。


 この初代アーレイ王の状態は、僕がミミリラから生命力や精神力を離れていても譲渡可能となった状態と同じではないだろうか? 例えば、【大樹の宿り花】の対象が初代王妃だとする。これならば納得出来るのだ。

 初代王妃は、三代目国王が生まれた辺りで書かれた日記によると、その時点で魂位は五万を超えていたらしい。つまり、それだけの生命力や精神力を持っていたのだ。初代王妃のこの数値を初代アーレイ王が使用していたと考えれば辻褄は合う。

 但し、初代アーレイ王が持っていたと思われる能力等級値7-6、7-7が実際どれだけのものか不明だし、また初代アーレイ王自体が持っていた技能も不明なので絶対とは言えない部分はある。


 余談だが、初代王妃の強さを証明するものとして、二代目国王が記した文書がある。

 そこには、「私はいつになったら母上に届くのだろう。父上もそうだが、母上と手合わせを願えばまるで、私は産まれたばかりの赤子に戻ったような錯覚に陥ってしまうのだ」と記されている。

 またくだんの国内で起きた大叛逆、他国からの大侵攻、そして侵攻してきた五カ国を滅ぼした後の、莫大に技能値や魂位を上昇させた三代目国王もまたこう文書に残している。

「私はいつになったら父上に届くのだろう。お祖父様やお祖母様もそうだが、父上と手合わせを願えばまるで、私は父上の肩に乗せて頂いた幼き頃を思い出すのだ」と。

 つまり、三代目国王を子供扱いする二代目国王を赤子扱い出来る程の強さを初代王妃は持っていたと言う訳だ。


 最後に。

 実はこのアーレイ王国の名前は初代アーレイ王の“家名”から取られている。「アルマール・ル・アルーン・アーレイ」。これが初代アーレイ王の、建国前のフルネームだ。

「ル・アルーン」とは父親の名前を指し、中間名ミドルネームに親の名前を付けるのは基本王侯貴族のみ。

 そして家名もまた、基本的には国、巨大な集落などに生まれた支配者層が持つものだ。


 つまり――他大陸にはもう一つ、アーレイの名を持つ、支配者層である一族が存在すると推測出来るのだ。


 アーレイの家名を持ち、無限とも言える生命力や精神力、体力を持つ初代アーレイ王。この御方が生を成した家にこそ、【大樹の宿り花】の秘密が隠されているのではないか。そう、思うのだ。


 一体、初代アーレイ王はどこで生まれ、育ち、何をしていたのだろうか?


 ――まぁ、結論を言えばだ。結局のところ、【大樹の宿り花】の来歴などについて一切が謎に包まれていると言う訳だ。

 唯一分かったことと言えば、もしこの技能を持つ存在が他勢力に居た場合、確実に殺さねばならぬということだろう。この技能はそれだけ危険なものなのだから。


「やれやれ」


 膝の上に座るミミリラの感触と匂いを味わいながら馬車の揺れを感じていると、ふと疑問が湧いてきた。


《ミミリラ、私は城壁の外で合流するように命じていた筈だが?》


 そう、今回ザルード領に向かう際、ジャスパー集合体パーティーの七人もお供をすることになっていた。僕が与えた魔道具と彼女達の隠遁があれば問題ないと判断したからだ。

 僕の馬車に何人乗れるかは不明であったが、一先ずは城塞都市を出てエルドレッド達が隊列を組む際に馬車の扉を開けるので、そこで乗るように、と指示をしていたのだ。


 それなのに、目の前で喉を鳴らす猫耳娘はこうして堂々と馬車に乗り込んで来ている。これは一体どういうことか。いやまぁ、許可を出したのは僕だけどさ。

 僕の質問に対し、ミミリラはまっすぐ綺麗な瞳を向けながら答えた。


《カイン様は乗れる時期タイミングを見て乗り込むよう仰られました。その時期の一つが城壁の外だと。なので、乗れる時期があるのであれば問題ないと判断致しました》

《なるほどな。であればよいか》

《よくはありません》

《ねん!》

《右に倣います。反則です。ずるいと思います》

《ずるいですよー》

《ですです!》

《族長はもっと配下に優しくあるべきですよ》


 僕とミミリラの会話に、六人の獣娘達から一斉に抗議の声が上がった。

 ミミリラが【在るべき場所】を使えるようになってから今日まで、集合体の六人が結構な構って娘になってしまい、こうしてミミリラが所謂「ずるい」ことをすると抗議の声を上げるようになってしまった。

 もちろん冗談混じりの抗議と分かっているので僕も何も言わないが、ベッドの上や普段の場面場面でこうした言動が増えてきたのでどうしたものかと悩むところだ。


《どうせ後で共になる。今一時いっときの辛抱であるな》


 僕がそう言うと、六人共が言葉を噤んだ。

【万視の瞳】には彼女達が馬車の近くの建物の屋根の上に居るのが映っている。常時馬車に付いている形なので、馬車の扉を開ければすぐに飛び込んでくるだろう。


 それよりも、少し気になる点がある。


《この馬車に八人は厳しいものがあるな。誰か屋根の上になるやも知れぬ》

《私は中です》

《私も中ですね》

《私もなのん》

《私も言わずもがなですね》

《外は寂しいですねぇ》

《カイン様とくっついてたいです、です》

《えっと、右に同じくです》


 一応この馬車は無駄に大きく六人は椅子に座れる。と言うことは残りの二人は真ん中と言う訳だ。一応いけるかな? ただ果たして、積載量を超えた状態で馬が持つだろうか。全員浮かせればそこは大丈夫かな?


《まぁ乗ってみてからの判断であるな》

《私はカイン様の膝の上なので、一つ空きます》


 それならまぁ良いか。なんて思うとまた六人から不満の声が大合唱。

 そんな抗議の歌を、ミミリラから常時送られてくる幸せな感情で上書きして流すことにした。

 まぁ折角ミミリラが膝の上に居るのだ。最近また大きくなってきた母性の塊でも堪能するか。しかし本当に大きくなったよな。最初の頃は身体相応、って感じだったのに。


《もっと大きくなります》


 現段階でミミリラの胸は、本当にどうやったのか分からないが、膝枕をして貰ったら顔が見えないくらいには成長している。下手をすれば狸耳娘のパムレルよりも大きい。一回り二回り大きくなりました、とか言う次元じゃない。

 あまり大きくなり過ぎても困るな、と思う。ただ大きいだけだと見栄えが悪いし形とか色々とあるからな。


《大丈夫です。今後はカイン様がどう望まれているか、しとねの際に全て分かりますから。それに合わせて変えます》

《身体がそのように容易く変わるものか》

《変えます》


 ミミリラなら本当に出来るんだろうなって謎の信頼があるんだよな。

 実際僕が望んでから尻尾がかなり長くなった。兎尻尾のピピリが日々「いいなぁ」って心の中で零しているくらいだ。


 まぁそんな感じで。僕は屋敷からの別れと長い旅への辟易をかき消すように、彼女達との触れ合いに浸っていた。

 そう言えば、と。一つミミリラに聞いておかなければいけないことがあったのだ。


《ミミリラ》

《はい》

《今の私の魂は、どう見えるか?》


 具体性にかける問いかけではあるけれど、魂が結合したミミリラならこれだけで伝わるだろう。

 案の定、ミミリラは間もなく答えを返してきた。


《何もお変わりなく。かげぬ煌きを放っておられます》

《何も、か?》

《はい》

《そうか》


 僕は両目を手で覆い天井を仰いだ。

 ミミリラが言うのであれば間違いないのだろう。僕の魂の色や形はそのままで、それは王太子で無くなろうとも変わらない。

 試しに血族技能の欄を見てみると、そこにはしっかりと【王者の覇気】が表示されていた。この技能は王の資格を持つ、王太子だからこそ手にしたものの筈だ。


 これが意味するところは一つ。


「廃太子。されど王太子、か」


 一度染まった魂はそう簡単には変わらない。

 つまり、そういうことなのだろう。

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