第111話 当主就任

 道中これといった盛り上がりのない旅路が続く。その速度は正直、遅い。

 なにせ百数十人の大移動だ。騎兵も居れば歩兵もおり、それらが百メートル以上にも及ぶ馬車の連なりを護衛しながら移動をしているのだ。そりゃあ早くなる方がおかしい。


 しかしそれでも進むは百の兵士を並べた軍勢だ。問題などは一切起こらない。冒険者や傭兵、商人に旅人その他、凡ゆる人達が道を譲る。数が多いのもそうだろうし、明らかに護衛最中の行軍だ。

 王侯貴族に属している兵士は、護衛任務の最中は非常に気が張り詰めている。下手に近寄れば当然のように牙を剥く。

 護衛しているのは大量の馬車の連なり。多数の王侯貴族の兵が護衛している馬車なんて高価なものを運んでいるか、多数の使用人、あるいは高貴な存在が乗っていると相場が決まっている。

 その内一つは王家の紋が入った馬車であり、それを守っているのはザルード公爵家直属兵の鎧を身に纏った集団。そんなもの誰一人として近寄らない。

 何をトチ狂ったのか道中に魔獣が襲いかかってくることもあったが、蟻にたかられる虫が如く、一瞬で討伐されその日の兵士達の晩ご飯へと変わっていった。


 そんな緊張感溢れる馬車の外とは打って変わって、僕はただただミミリラ達と戯れてはその柔らかさと匂いを堪能していた。

 なにせ本当の意味でやることがない。時々皆でひっそり茶菓子を食べるくらいしか娯楽はない。違う意味での娯楽は一日中味わっていたがそれはそれだ。

 ただそんな空いた時間のお陰と言うべきか、僕は非常に困った事実に気付き道中ひたすらに悩み続けていた。


 と言うのもだ。僕はザルード公爵家当主になった場合、今後どういう戦い方をすればいいのだろうか?


 これまではジャスパーとして、自分に必要だと思う魔術カラー技能スキル想像ディ・ザイン創造マテリアル・レイズしてきた。それをなんの躊躇いも無く使用し戦ってきた。その結果として僕はザルードの英雄と持て囃されるまでに至った。


 逆に言えば、ジャスパーの魔術や技能は広く知れ渡っていると言う訳だ。冒険者や傭兵達はもちろん、情報にさとい商人達もそうだろう。それ以上に情報収集能力に長けている諸侯にだって広く知れ渡っている筈だ。

 あの七属性魔術士筆頭セブンズ・カラーズ・ラーレストもそうだったし、加えて僕は先日円形闘技場アンフィテアトルムで、宮廷貴族達が見ている真っ只中で大暴れしたばかりなのだから。


 今までの僕だったら、「まぁ大丈夫だろう。どうせ正体なんて証明出来ないさ」と安易に力をひけらかしていただろうけれど、シシス司祭や父上達に露見したことでそれが甘い考えだったと身に染みて日は浅い。

 故に、カー=マインとジャスパーの関連性は極力無くさなければならない。

 だがそれがまた難しいのだ。これまで最適と思う戦い方をしてきて、それはもう身に染みてしまっている。これからは“ザルード公爵”としての戦い方をしなければならないのに。


 結局考えた末に至ったのは、先ずはお祖父様から剣や槍などをしっかり学び、それ以外は【紫玉の嘆きカーリー・グリーフ】で誤魔化そうと言うことだった。

 僕の戦闘方法バトルスタイルは基本殴ってぶっ飛ばす、もしくは多種多様な高威力の魔術で殲滅する、と言うものが大半なのでそれを無くす為だ。【紫玉の嘆き】はあれだけで大抵の敵は何とかなるし、僕が使えても何の問題もない。何か指摘してくる馬鹿が居れば、「貴様この瞳の色が見えんのか」と言って黙らせればいい。

 後は【万視の瞳マナ・リード】などの、他者からは見えない技能を使って何とかしよう、という結論に至った訳だ。


 最悪は同じ都市に住んで居た訳だし、開き直って「ジャスパーと言う冒険者に習ったのだ。何か不服があるか?」で済ませようと思う。「冒険者アドベルに出来て私に出来ぬ訳もあるまい。違うか?」とでも言えば誰も何も言ってこないだろう。言及すれば無礼になるわけだし。口裏合わせも完璧だ。

 無礼なんて魔術の前では些事さじです、色々教えて下さい。そんな女性七人が宮廷には居るが、今は考えないことにした。


 そんな感じで、途中覚えのある町や城塞都市に寄って宿を取ったり休憩や補給を経て進むこと凡そ十日程して、あの日命を懸けた城塞都市ポルポーラが見えてきた。


 やはり城壁には破壊された傷跡が残っており、まだまだ復興までの道のりは遠いことを教えてくれる。

 但し、その城壁の周りには沢山の天幕や馬車が並んでいて、人の賑わいと言うものを感じさせてくれる。それだけ多くの人が集まっていると言うことだ。道のりは遠くとも、着実に復興へと近付いてくれているのだろう。


 そんな様子を見せる城塞都市ポルポーラの第三城壁門に護衛兵団は近付いていき、そして止められることも無く都市内へと進んでいく。

 先頭を行くのがエルドレッドだし、身に纏うはザルード公爵家直属兵の鎧。前もっての知らせも先触れもしてあるだろうし顔見知りと言うのもある。止められる理由は無い。


 道を進んでいくと見えてくる第二層は第三層よりも活発な空気があり、更なる復興が進んでいるのが分かる。これは何とも嬉しいものだ。ついつい頬が緩んでしまう。

 更に進んで第一層に入り、汚されることの無かった美しい風景や明るい空気を通り抜け、公爵屋敷の敷地内へと進入を果たした。


《カイン様、嬉しそうです》

《で、あるな》


 何度来てもここは僕の第二の故郷。そこが元ある姿を取り戻そうとしているのだから嬉しくない訳が無い。理解してくれたミミリラの尻尾と猫耳を、ご褒美代わりに思う存分弄り回してやる。


「ふにっ、んっ」


 いきなり声が出たので仕方無く止める。撫でられると分かっていた筈なのに耐えられないのか。そう言えばミミリラを筆頭として、最近僕の女連中は敏感になってきているんだよな。

 そう言った魔術を使っている時なら分かるんだけど、それ以外でもちょっとした刺激に反応するようになっている。これはちょっと疑問だったりもする。

 普通の男女の営みとはそう言う形に収束していくものなのだろうか?


 そんなことを考えていると、少し落ち込んだ感じでミミリラが声を届けてくる。


《申し訳御座いません》

《構わんさ》


 声を届けながら軽くミミリラの頬に顔を擦り寄らせていると、空いた両手が掴まれて左右に持っていかれた。その犯人はニャムリとピピリだ。そして両手が非常に柔らかな感触に押し付けられる。


《ミミ以外の味も必要かと思います》

《なのねん》


 そこは否定しないが、最初にミミリラへと食指が伸びてしまうのは諦めて欲しい。贔屓している訳では無いと思うが、どうしても気付いたら最初に向かうのはそこなのだから。


《嬉しいです》


 喜びの感情が思い切り飛んできてくすぐったくなってきたので、深呼吸して気分を落ち着かせる。

 もう少しでお祖父じい様の邸宅だと言うのに、どうしてもこいつらと絡めばこうなってしまう。それを好ましいと思っている僕が原因でもあるのだが。



 ※



 公爵邸の前に到着し馬車から降りると、何とそこにはお祖父様の姿があった。わざわざ出迎えてくれたようだ。


「お祖父様」

「うむ。よう来た。疲れたであろう。あれが茶菓子を作って待っておるぞ」

「誠ですか?」

「うむ」


 これは素直に嬉しい。僕は笑顔になって、同時に背筋がひやりとした。

 お祖父様が一瞬だけ鋭い視線を周囲に向けたからだ。その方向にはミミリラ達がおり、間違いなく彼女達が側に居るのがバレている。その正体がはっきりしないからこそ警戒したのだろう。


 え、いやちょっと待って欲しい。今ミミリラ達七人は僕特製の、音も気配も姿も隠す魔道具を使用しているのに、それを感知するってどういうことだ。もしかしてまだ制作した魔道具の質が甘かったのだろうか?


 これはまた今度きちんと検証しなければいけないな。判明した相手がお祖父様で良かった。


「お祖父様」

「ん?」

「冒険者は者によっては気配を消すのが得意とは誠ですか?」

「ああ、そういう者も確かにおるな」


 それで気付いてくれたのだろう。理解の色を見せたお祖父様は警戒する様子を霧散させた。


「皆も大義であった。それぞれ休むがよい」


 お祖父様のその言葉に、皆が己の役割を果たしにいく。

 使用人達はタナルの指示によって動き、兵達は馬車や残っている輜重しちょうを所定の場所へと移動させていく。

 本来であればここでエルドレッドも隊の指揮に向かうのだが、それは副隊長であるルーグ・ナーザンに任せ僕達に付いてくることになった。これはお祖父様の指示だ。

 もちろん僕から少し離れたところにはミミリラ達がおり、ひっそりと後を付いて来ている。


 邸宅に入ってすぐの辺りで、エルドレッドが不思議そうに声をかけてきた。


「殿下。先程のはどういった意味で?」


 この様子だとエルドレッドはミミリラ達に気付けていないようだ。

 まぁ道中気付いた様子が無かったので今更ではあるが、と言うことは魔道具の質が甘いのではなく、お祖父様の感知技能が鋭すぎるとかそう言うことなのかな?

 でもそう言った鋭い感知技能を持つ存在にバレないよう作製しているのに見つかっている以上、やはり甘いと言わざるを得ないか。これは今後の参考になるな。


「何、道中退屈だからと色々考えていてな。深い意味は無いさ」

「左様ですか」


 そんな会話をしながら向かった応接間にはお祖母ばあ様の姿があった。既に座しているお祖母様は、僕を見るなり頬を綻ばせた。


「お祖母様」

「カインちゃん、お久しぶりね」

「はい、久しくさせて頂いております」

「ええ。これからは一緒ね」


 そう言って笑うお祖母様。


 さて、お祖母様と言いながらその容姿、母上と並んでも正直姉妹にしか見えない程に若々しい。肌も張りが良く、皺一つ無い。体型スタイルに関しても母性の象徴は母上より更に豊満で、それでいて細身という別の種族と言われた方が納得がいく次元の美しさを保っている。


 お祖母様がどんな存在か、と僕の口から説明すればこれに尽きる。「母上の母上」。幼き頃にこれを口にして、父上や母上、お祖父様にお祖母様だけではなく、ザルード家の曾祖父ひいじい様や曾祖母ひいばあ様にまで大笑いされたことがある。

 いや、自分でも当たり前過ぎておかしなことを言っているのは理解している。だが幼き頃はともあれ、成長した今の僕を以てこれしか言いようがない御方なのだ。


 僕の祖母なのだから母上にとっては母、これは当然。だが僕が言いたいのはそうじゃない。

 母上とは、言ってしまえば温もりの塊だ。そしてお祖母様は、そんな温もりを生み出された、優しさが人の形を持った存在だ。

 この人が血と剣戟と魔術が飛び交う戦場に立てば、その瞬間だけは戦いが止まると思う程に、この御方の周囲は穏やかな空気で満ち満ちている。

 そう言う意味で、僕にとってお祖母様とは「母上の母上」になる訳だ。


 ただお祖母様、あまり長く日に当たると具合を悪くされるので普段は締め切った部屋におられるのだ。以前僕がジャスパーの姿でお祖父様と顔を合わせた時にお祖母様を心配したのもそれが理由だ。

 そこまで考えて、もしかして本当に別の種族なんだろうか、と気になってしまう。気にはなったが、家族に【透魂の瞳マナ・レイシス】を向けたいとは思えない。何だか無理に秘密を覗くみたいで強い躊躇いがあるのだ。


 まぁ気にしないでおこう。お祖母様はお祖母様なのだから。


「このような挨拶も不思議ですが。これからよろしくお願い致します」

「ええ。ここはもうカインちゃんの家だから遠慮は要らないわ。元々そうですけれどね」


 カインちゃんと言われると本当に母上がここに居るみたいだ。昔一度だけ間違えて母上がいじけたことがあったっけな。

 まぁあれは僕が悪かった。母上の髪色は天色で、お祖母様の髪色は明るめの灰色。これで間違えられたら母上としては堪ったものでは無かっただろう。


「さて。では先ず茶菓子で落ち着くとしよう。カインも疲れたろう」

「正直退屈過ぎて。少し苦手ですね」

「ははは。これからは増えることもあろうな」

「でしたらその時は駆けて目的地に向かおうと思います」

「まぁ」


 お祖母様が笑うも、お祖父様は苦笑だ。それが可能だと分かっているからこそ。

 それからメイドに持ってこさせたお祖母様お手製の茶菓子と紅茶を皆で食す。疲れた身体にこれが良い。

 応接間の外で待機しているサガラの皆が僕の感情を読んだのだろう、食べたそうにしているのが心苦しくもある。ミミリラなんて僕の見ている光景が見えるのだから尚更だろう。


《後で甘えさせて頂きますので》

《ある意味一番甘いですね》

《カイン様の汗、甘いのねん》

《背筋がぞくっとしますね》

《話が変わってきてますよー》

《でも間違いはないです》

《私族長がずっと寝る時カイン様の首元舐めてるの分かる気がします》


 お願いだからお祖父様やお祖母様と一緒に居る時にそう言った話は本当に止めて欲しい。


 それから茶菓子を食べ終わり、紅茶を飲んで暫くしてからお祖父様が口を開く。

 ちなみに現在、僕の後ろにはエルドレッドが立っている。ひたすらに無言だ。


「さてカインや。もう家の者や分家、家臣や兵には伝えておるが、お主は今日よりザルード家の養子となる」

「はい」

「うむ。そして今日よりザルード家の当主となる」

「は?」


 後ろに立つエルドレッドが呆けた声を上げた。

 僕は少し吹きそうになってしまった。まぁ驚いて当然だよな、と。


「うむ。マルリードはここで初めて伝えるが今の通りだ。今日よりお主のあるじはここにおるカイン。カー=マイン・カラーレス・ジ・ガーランド・ル・ジード・ル・カルロ=ジグル・アーレイ・ド・ル・ザルードである。後見として私が付くが、その旨は重々承知しておけ」

「は、はっ!」

「うむ」


 エルドレッドの反応に、お祖父様とお祖母様が微笑む。

 僕は見えてないけれど、多分凄い顔をしているんだろう。もしかしてお二人共、エルドレッドが驚く姿を楽しみにしていたのだろうか。文字通り代々ザルード家に仕える一族、家臣ですものね。

 更に言えばエルドレッドは幼い頃から見ている、お二人にとっては親族の子供みたいなものだから余計だろう。

 もしかしたらお祖父様の口から出た僕のフルネームに驚いた部分も僅かながらにはあったかも知れない。

 なにせ僕の名前の中には未だに「アーレイ」が残っているのだから。


 貴族で家名が変わる場合、旧の名を残すことは別に珍しいことではない。火属性魔術士筆頭フレイム・カラーズ・ラーレストであるコーリット伯爵や、水属性魔術士筆頭アクア・カラーズ・ラーレストであるヴァニラード子爵がそうだ。彼女達は自らの家名を持ちながら、生家せいかであるカルミリア公爵家の家名を残している。


 但し、僕の場合は王族の名だ。家が変わる以上残しておく方がおかしい。他家になるとはつまり、王族では無くなることを意味するのだから。

 何より、「アーレイ」の名が「ザルード」の下に来るなんて以ての外だ。

 元々の僕の名前の意味は、「アーレイ王家に生まれ、カルロ=ジグルと言う父を持ち、城塞都市ガーランドに住まい――あるいは第二の住まいとし――、金の神を信仰するカー=マイン」になるのだが、「アーレイ」が「ザルード」の下になると、意味がちぐはぐになってしまう。

 従来通り「現在はザルード家当主であり、アーレイ王家に生まれ~」と解釈するなら分かるが、それにしても不敬極まりない。


 で、ありながらもそれが許されているこの現状。それはつまり、僕を廃太子とし王族から追放する形ではあるがその実、蔑ろにしている訳では無いと言う周囲に対する証明アピールなのだろう。

 今後弟を支える為の助力と取れなくも無いが、本来ザルード公爵家の名と僕の実力があれば何の問題も無い。

 それを踏まえた上でのこの勅断ちょくだん、どれだけの温情を賜り続けているのか。本当、元々上がらない頭が地に着いてしまう程だ。


「ともあれ今はカインは帰ってきたばかり。詳しい話はまた明日あすとしよう。朝食の後にでも茶を飲みながらだな。それでよいか?」

「はい、ありがとうございます」

「うむ。ああカインや。分かっておろうが最早もはや当主はお主。外では言動に気を配るがよい」

「畏まりました」


 お祖父様と頷き合い、そこで重大なことに気付く。


「あの、お祖父様」

「なんじゃ?」

「私は一応養子な訳でして。今後お祖父様とお祖母様をお呼びする際の呼称はどのように?」

「ああ、そうであったな」

「そうねぇ……」


 これは完全に三人とも埒外のことだ。

 既にお二人は公式的には義父と義母なのだ。呼び方は父上、母上かそれに類する敬称となるのが普通だ。

 だが、僕にとってはお祖父様とお祖母様。お二人にとっても僕は孫でしかないだろう。


 顎を撫でながら悩んだ様子を見せていたお祖父様が顔を上げた。


「これは公私の違いがよいかの。立場での言動と一緒、ここでは祖父母と孫。外では義父母と子じゃな」

「でしたらそのように」


 僕とお祖父様が頷き合いこれにて落着らくちゃくと思いきや、何故かお祖母様が困った様子で頬に手を当てた。


「なんじゃ、何かあるのか?」

「いえ、ねぇ」


 お祖父様の問いに、お祖母様が悩む表情を浮かべる。

 僕とお祖父様は何かあったかと二人して首をかしげた。


「あのね。カインちゃんがもし私を外で「母上」なんて呼ぶと、サラが聞いた時に泣くか怒るか、はたまたいじけちゃうか」

『ああ』


 僕とお祖父様の声が一致した。する。母上は間違いなくどれかに当てはまる。

 しばしお祖父様と二人して悩む。先程の呼称なぞよりも遥かに重要な問題だからだ。


 先に口を開いたのは僕だった。


「……母上はお祖父様とお祖母様を、父様とうさま母様かあさまと呼んでおりますので、それにならおうかと思います」

「それがよいの」

「そうねぇ。それなら良いかしら」


 もう長年染み付いているものだから難しいところはあるかも知れないが、決して間違えられない部分だな、と自身に言い聞かせる。


 お祖父様はそこまで話すと改めて僕を見た。


「カインよ。先程言ったように細かいことは明日にしよう。様々な部屋の案内、家の者や触れを出しておる分家への正式な顔通しを含めてな」

「はい」

「お主の私室を案内するよう外の者には伝えておく。その後もお主の部屋の前には誰か付けておく。何かあれば言うがよい」

「何から何までありがとうございます」


 僕が頭を下げるとお祖父様とお祖母様が笑う。


「今後はここがお主の家。遠慮は要らぬ。それに主人であるからな。今後わしらの家をどうするかも考えておこう」

「ですね」


 そう言って二人は頷きあって立ち上がった。


「カインはもう少しゆっくりしていくがよい。そこにおる者と話もあろうでな」


 お祖父様はそう言って呵呵と笑いながら部屋を出て行った。お祖母様もまた同じ。

 僕はそれを見送ると、立ち上がってお祖父様が座っていた椅子に座り、鈴を鳴らしてメイドを呼び、紅茶のお代わりを伝えた。


「まあ座れ」


 立ったままだったエルドレッドが、何とも言えない表情を浮かべながら対面の椅子に座る。

 そんな彼に、僕は笑いながら先日と同様の言葉を向けた。


「驚いたか?」

「ようやく兵士として役立つようになった頃ですかね。先代様が魔獣の群れに単騎吶喊した時より驚きました」

「その時はどうであった?」

「五メートルを越える魔獣って槍一本、物理攻撃だけで空高くに飛ぶんだと教えられました。どちらが魔獣なのかと真剣に悩みましたね」


 僕は少し吹いてしまった。その時の光景が頭に浮かんだから。

 そんな僕に、エルドレッドは眉を下ろしながら言葉を続ける。


「これもご存知だったので?」

「ああ。隠すつもりは無かったが、あの時点で吹聴することでも無いのでな」

「それはまぁそうですが……」


 あの時とは違う意味で納得いかない、という顔をしている。

 僕はそんな様子のエルドレッドを紅茶を飲みながら眺め、緩みそうになる頬を堪えていた


 暫くして気持ちに多少の整理が着いたのだろう、エルドレッドが顔を上げて口を開いた。


「今後はどのようにされるので?」


 僕はその言葉に、拳で頬杖をつき返答を考える。

 ちょっと一緒に魔獣の王を狩りに行こうか、とか。訓練がてら他国に殴り込みに行こうぜ、とか言えたら中々に愉快なんだけど、今は優先すべきことがある。


直近ちょっきんで言えば、まずは国王陛下へのご挨拶だろうな」


 下位貴族ならともかく、上位貴族であればその実権と権威は絶大なものとなる。ましてや公爵と言えば最上位貴族だ。その場合、必ず国王陛下に代替わりをご報告しなければいけない。

 内部的には当主の決定、家の者や分家や家臣などへの通達で代替わりは完成するが、外部的な面では国王に報告し、そして諸侯にも周知させて初めて本当の代替わりと言えるのだ。


 つまり、僕はそういう意味ではまだ内部以外には当主として認められていないのだ。


「でしたら全てはご挨拶後、と言うことですな」

「だな」


 代替わりの挨拶とは、本当に挨拶だけで終わる場合とそうでない場合がある。代替わりをしたのだからこれをしてこい、と命じられることもあるのだ。

 実際には何も無いことは決まっているが、今のエルドレッドの言葉はそう言う意味だ。


 それはそうとして、


「なぁエルドレッドよ」

「はい」

「お主確か言っておったな。帰ったら当主に何やら言うと。ほれ目の前のおるぞ。うてみよ」


 僕がこれ以上無い程の笑みを浮かべると、またエルドレッドが苦いものを噛んだように顔を歪ませた。


「当主様が変わられたなら私は何も。それにもう近衛は付くでしょうから」

「私としてはお主が直属、それを纏める者におってくれるなら安心だな。まぁほか四つの直属隊との兼ね合いもある故、実際の運用については相談の上だがな。それと近衛は分からぬ。今付いておる者達はそのままお祖父様に付けるつもりであるからな」

「で、あれば今後はどのように?」

「さて、な……」


 僕は紅茶を飲み、あの時驚愕に染まっていたロメロの顔を思い出した。

 僕にとって近衛、近辺を守る者はあの二十人という印象しかない。覚醒するまで殆ど接することが無かったと言うのに、どれだけ守られていたのかを理解させられた。もちろん同時に付いてくれていた直属兵もだが。


 いっそ暫くは直属兵から付けるものの、実力を見せてからは無しにするか。違和感がある者を側に付けていても落ち着かないし、内々で言えばミミリラ達が常時側に付いている。お祖父様も難しい顔をしながら了承してくれるだろう。


「まぁそれも帰ってから決めるでな。どうせ早い内の出立は決まっておる。お主もそのつもりでな」

「畏まりました。兵数はどう致しましょうか」

「あまり多すぎても問題はあろうが、此度はお祖父様も共にいらっしゃる上に正式なご挨拶。余りに少なくもあれば不敬となろう。体裁も含め、お主の父親の一番隊と、お主の二番隊だけでよいと思うがどうか?」

「それで宜しいかと。親父おやじ殿も喜びましょう」

「うむ。ではそのように構えておけ。あれには後で私から伝える」

「畏まりました」


 エルドレッドが頭を下げる。

 先程から話には出てきているが、この直属隊について話しておこうと思う。

 ザルード公爵家には五百人の直属兵が居るが、それらは百人ずつに分かれ、一番隊から五番隊まである。エルドレッドは二番隊で、一番隊がエルドレッドの父親、エルランド・マルリードになる。

 この五つの隊は別に、上の隊が優れており、下の隊が劣っていると言う訳では無い。それぞれは基本的に、差別区別無く均等に割り振られている。唯一違うのは隊長だ。これだけは純粋に実力や隊長としての素質で上から定められる。


 エルドレッドは現在二十九歳。五年前、王太子屋敷に来た時点で既に二番隊の隊長だった。つまり二十四歳で既に、ザルード領に於ける最精鋭の軍の次席に居た訳だ。彼がどれだけ優れた騎士か分かろうと言うものだ。


「さて、一先ず今日はお主も休め。護衛で気を張り詰めておったであろう」

「畏まりました」


 そう言って立ち上がり少し下がって、エルドレッドは跪いた。


「今日この時より、私エルドレッド・マルリードは身命を賭してザルード公爵家当主、カー=マイン・カラーレス・ジ・ガーランド・ル・ジード・ル・カルロ=ジグル・アーレイ・ド・ル・ザルード公爵閣下を生涯お守り致すこと、ここ、金の神に誓います。またその命に従い、凡ゆる敵を打ち砕き、凡ゆる万難を切り払うことを金の神に誓います」

「ははっ」


 僕は笑った。決して嘲笑の笑いではない。喜色から生まれるものだ。いや本当。何を言うかと思えばまさかの忠誠の誓いとは。

 だがここで受け取らぬは主人としての恥。ありがたく頂戴しよう。


「あい確かに。お主の誓い受け取った」

「有り難き幸せ。では」


 礼をして部屋を去っていくエルドレッドを見送り、僕は背を預けた。椅子の背もたれと接している背中がどうにもむず痒いやらくすぐったいやらでもどかしい。だが、決して悪い気分では無い。


 そんな満足感を覚える僕に何を言うこともなく、【在るべき場所カー・ミラ】で転移してきたミミリラが膝の上に乗ってきて顔を擦り付けてくる。

 本当、何を言わなくともして欲しいことをしてくれるなこの猫耳娘は。


《繋がっておりますので》


 助かるよ。そんな思いを告げながら、僕は自分を支えてくれる者達に感謝した。

 もちろん、直後に六人の獣耳娘から不満の声が頭の中で大合唱した。

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