第88話 帰った時の挨拶は

 どれくらいぶりだろうか、なんて思いながら城塞都市ガーランドの城壁門を潜る。

 ベルナール商会の商会紋こそあれど、これだけ大量の馬車が通るものだから、何事かといった数多くの視線が向けられてくる。

 そんな都市の人達を通り過ぎながら馬車を走らせること暫くして、ようやく我が懐かしの『ミミリラの猫耳キューティー・キャットイヤー』の連盟拠点ギルドハウスへと到着した。


「わぁ……凄いです」


 そう口にしたのは同じ馬車に乗っていたリリーナだ。

 城塞都市ザーケルであれだけ豪奢立派な娼館に住んでいたのだから驚く程でもないだろうに、と苦笑してしまう。


「お前が住んでいたところも相当だし、それに勤めを始めていたら、お前なら貴族の屋敷なんて入りたい放題だっただろう。なぁアンネ」

「少なくとも子爵級だったら間違いなかったわね」

「姉さまったら」


 旅が終わったからか、どこか皆の顔にも安堵の色が見える。

 馬車を全て敷地内に入れると、娼婦やサガラの面々が全員荷台から降りていく。連盟拠点の方からもまたサガラの面々が姿を見せてくる。

 しかしこれだけの美少女、美女が伯爵級の邸宅前に居るとよく栄えるな。


「お帰りなさい連盟長ギルマス

「ああ、ただいま」


 留守中の纏め役をしてくれていた、サガラ副族長のヒムルルが挨拶に来てくれる。


「色々報告は聞きたいけど先に必要なことを片付けよう」

「はい」


 一先ず今日一日をもたせる為の食料を持って来てくれるようジャルナールに頼む。彼は疲れを見せない笑顔でまた馬車を連れて去って行った。確実に大量の食料を運ぶことになるし、御者も必要なのでサガラを十数人程付いて行かせる。

 さて次だ。僕は娼婦達全員を連れて屋敷の裏手の方に回った。百以上の娼婦を引き連れる光景は何とも面白い。まるで咲き誇る花畑がそのまま動いているような華やかさがある。


「ここら辺で良いか」


 邸宅のちょうど裏側に回ると、邪魔な木々を【風圧殺ブリーズ・クラッシュ】で掴んで引っこ抜き、石やその他邪魔な物と一緒に【僕だけの宝物箱カラーレス・ジュエルス】へ収納し、そして綺麗な平地になるように【土魔術グランドカラー】で整地する。


「ジャス、何をするの?」


 側に来ていたアンネの疑問の声。その声を是非とも歓喜の色に染めて欲しい。

 全ての準備が終わると、僕はアンネに笑いかけた。


「なぁアンネ。家に帰った時には何て言う?」

「ただいま、かしら?」

「そうだな。じゃあ帰ってきた時の気持ちでそう言ってくれないか?」

「じゃあ……ただいま」

「お帰り」


 言うと同時、僕は【僕だけの宝物箱】に収納していた最高級娼館『セルリーム』をそのままの形で取り出した。屋敷のように広い敷地内にあった、娼館を飾り立てる為の設置物も塀も、その全てをだ。


「え」


 驚きに目を丸くするアンネを他所よそに、僕は振り返り両手を広げ、言葉を失っている娼婦達へ声高に告げた。


「さぁ! これからはここがお前達の家だ! 帰る時にはただいまを忘れるな!」


 上品さと優美さを兼ね備えた彼女達が、ただの少女のように歓喜の声を上げた。

 余程に嬉しかったのだろう、所々で涙している姿も見える。自分の女達だ、喜んでくれたなら良かった。


「これで住まいの問題は解決だな。新しい家の方が良かったか?」

「ジャス。これ以上私を惚れさせてどうするの」

「俺に夢中にさせようか」

「もう夢中よ。絶対離れないわ」


 そう言って抱きついて口付けて来るアンネ。まるで今の感情をぶつけてくるように抱きつく力は強く、口付けも濃厚だ。折角なのでわざとらしく尻を撫でてやった。


 暫く交わった後に身体を離したアンネは、僕の手を自分の胸に導いた。


「本当感謝してるわ。貴方を信じて良かった」

「お陰で俺は良い女を手に入れられた。お互いに得だらけだな。後は他の女を俺に惚れさせるだけか」

「もう惚れてるわよ」

「それは今度ベッドの上で教えて貰おう」


 さて、と側に立っているアンナに言う。


「これで完全に肩の荷が下りただろ。後は一人の女に戻ってくれ」

「生涯旦那様の女であり続けますわ」

「そうしてくれ。まぁ細かいことは後だ。一度娼婦の皆を自分の部屋に戻らせて荷物を置いて来い。それと何か失くなってないか確認もしてくれ、大丈夫だとは思うが一応な」

「畏まりました」

「アンネ、お前も行ってこい」

「ええ、じゃあ後でねジャス」


 そう言って二人は口付けを残していき、娼婦達に指示を出し始めた。

 その姿を見ていると、いつの間にか側に居たリリーナが腕に触れてきた。


「どうした?」

「旦那様、ありがとうございます。あのお店は私の家だったので、本当に嬉しいです」


 そう言えば、リリーナにとっては母親と各地を逃げ回った先でようやくたどり着いた自分の居場所になるのか。それは確かに大事だろう。

 まぁ、喜んでくれたなら何よりだ。


「俺に惚れて生涯世話してくれればそれで良いさ」

「はい、もちろんです。ただ、旦那様のお側から離れるつもりはありませんが、もしご迷惑になるようなら仰ってください。私は旦那様にご迷惑をお掛けしたくないんです」

「ああ……」


 なるほどな、と思う。その心遣いはありがたいものだ。が、正解では無いんだよな。

 僕はずっと側に立っているミミリラを見た。


「なぁミミリラ」

「なに?」

「お前、もし自分が国中に追われてるとして、俺の迷惑になると思ったらどこかへ消えるか?」

「言われたらそうする。でも言われなければ守って貰う。側から離れるのはありえない」

「分かるかリリーナ、あれが正解だ」


 リリーナの顎の下に指を当て、少しだけ持ち上げる。


「迷惑になるかどうかなんてどうでも良いんだ。お前が考えるのはどうやって俺の側に居続けるか、それだけだ。もし変な奴が来たら俺に言えば良い。お前を攫おうとする阿呆あほうが居たら言ってやれ。『私はジャスパーの女。触れたら怒り狂った英雄が飛んでくるぞ』ってな」

「はい、分かりました」


 そう言って、泣きながらリリーナは口付けてきた。拙い口付けだけど、これはこれで気持ちが良かった。


「さ、お前も部屋に戻ってこい。長い馬車の旅は疲れたろう」

「正直に言えばちょっと」

「そうか、俺もだ」


 笑って、リリーナは娼館へと向かっていった。

 途中礼を言いながら娼館に歩いていく娼婦達の背を見送って、僕は溜め息を吐いた。


「俺はこんなに人に尽くす人だったかな」

「そうでもないと思う」

「やっぱりか?」


 はっきり言うミミリラの頭に手を置く。

 ただ、とミミリラは言葉を続ける。


「守る、と言った人への労力を惜しまない人。大事と思っている人への尽力を厭わない人。それ以外にはそうでもないだけ。そしてそれは普通」

「ああなるほどな。確かにそうだ」


 ミミリラが言うと非常に説得力があるものだ。そもそも言われるまでも無かったな。僕は別に『正しき人』では無いのだから。

 そんなことを思いながら、娼館の入口と邸宅の裏口、その間に【土魔術】で綺麗な石畳を作り道とした。簡易的だが取り敢えずはこれで良いだろう。


 ここにはきちんとした通路か渡り廊下を作った方が良いかも知れないな。雨風もあるし見栄えもそう。それに娼婦達が屋外用じゃない服装のままに邸宅へ渡る時もあるだろうしな。


「取り敢えずエントランスホールか食堂で休もう。気疲れした」

「うん」

「行きましょう」

「果実水飲みたいのん」


 獣耳娘三人とサガラの面々を連れて邸宅に向かう道すがら、僕はちょっと思った。

 斡旋所への連盟員申請、娼婦達は使用人で良いんだろうか、と。

 一斉に百人以上増える訳だが。何も商売をしていない連盟拠点で百人以上の使用人って何するんだよ、とか聞かれそうだな。


 英雄のお世話です、とか言ったら通じるかな?

 どう言う意味で取るかは向こう次第だが。



 ※



「と言う訳で、だ。今後娼婦達は基本的には娼館で生活することになると思う。だがこっちの邸宅にも自由に行き来することになる。重要なのは、あいつらには本来の姿を教えるつもりは無いってことだ。これは今後もそうだ。ジャルナールとサガラしか明かすつもりは無い。皆もそれを念頭に置いてあいつらと接してくれ」


 頷くサガラの面々。

 場所はエントランスホール。揃っているのはジャルナールの手伝いに行ったサガラ以外の全員だ。


「これはちょっと考えているんだが、お前達に本来の役目を頼むことは殆ど無くなると思う。連盟拠点の人数が増えたことでその守備担当が必要となった。それでいて狩りや魂位レベル上げもしなければならない、となると情報収集を頼むことも出来ん」


 この辺りに関しては帰路の道中でちょっと悩んでいたことだ。


「あの襲撃の際、サガラの戦いを見せて貰ってその力は良く分かった。だが圧倒的に人数が足りない。気になるのがだ。お前達本来の働きをしなくなれば感覚が鈍るのか?」


 裏に生きていた存在だ。それに必要な技術や諸々があるだろうが、それも長く離れていれば分からない。この世に存在する生物の構造からして忘れるなんて有り得ないとは思うが、一応聞いておかねばなるまい。


 それに対して答えたのはサガラ族長であるミミリラだ。


「一度魂が覚え身に付いたもの、そう簡単には無くならない。ただ若い子達は覚えることが出来ない」

「やっぱりか」

「あれは環境と経験がものを言うから」


 ミミリラの言葉に皆が頷く。やっぱりそう言うものなのか。今後サガラが増えるかどうかで色々考えなければいけないな。

 そうは思いつつも、一つ重大な問題がある。

 これ、サガラの人数を増やすにはどうすれば良いんだろう。何せサガラの女は全員が僕のお手つきで、つまり子を宿すことが出来ない。

 ああいや、使用人組の女にはまだ手を出してないな。ただ冒険者組の男衆の人数とじゃ数が合わないか。

 色々考えはあるが、今後の重要課題だな。


「じゃあ仕方無い。暫くは冒険者業だけでいくしかないか。その技術を伝えられる奴が居る内にまた考えないといけないな」

「俺たちゃ寿命そこそこにあるから、まだまだいけるな」


 その声に笑う面々。

 僕もそれに頬を緩ませたが、ふと気付く。


「そう言えば娼婦達の歓迎パーティーどうするか。準備とか色々あるから流石にすぐには出来んしな。設立パーティーの時だけでも凄かったし」

「食べ物はともかく、椅子とかが大変ですね。お皿とかもそうですし」

「あの時の倍は要るのん」


 娼婦百二十人が増えようとまだまだパーティーホールの広さは問題ないが、そもそもパーティーを成し遂げる為の道具類が圧倒的に足りないんだよな。

 平民が使ってるような安物の物なら案外すぐに集まりそうではあるかな? もしくは僕が作るか? 作ったこと無いから一度試してみるかな。


「何にせよ一度全員で顔合わせはしておかんとな。その辺りはジャルナールと相談しよう。取り敢えずは最初に言ったことだけ覚えておいてくれたら良い。今は長期で外に出ていたメンバーの休息も必要だし、取り急ぎですることもない。暫くは落ち着いた状態で全員過ごせるだろう。良かったな長期の護衛依頼が終わった男衆、街で娼婦達がお前達を待ってるぞ」


 その言葉に雄叫びを上げながら握った両手を振り上げる男衆。先頭で一番大きな声を張り上げているニールの顔は満面の笑みに染まっている。少し離れたところでイリールが頭を押さえているのが印象的だ。


 そんな彼らを見ながら、連盟の人数を改めて考える。

 現在冒険者は僕の集合体を除いて百九名。集合体一組1パーティー最大と言われる七名構成で集合体十五組15パーティーと余りが四名。これの振り分けを考えなければいけない訳だ。


 考え込む僕にニャムリが指摘してくる。


「ジャスパーさん、私達の集合体員パーティーメンバーの人数も増やさないと」

「ああ、言ってたな。必要か?」

「必要」

「必要なのん」


 どうやら必要らしい。

 彼女達がそこまで言うなら僕も不服は無い。


「じゃあ俺の集合体員も後で選んで加えるとして。今後は俺がこの都市に居る時は連盟拠点に集合体四組4パーティー、それ以外は自由時間か近場で狩りを。俺が居ない時で指示も無い場合は集合体七組7パーティーを連盟拠点に常駐。後は自由としよう。どの集合体をどの担当にするかはお前達に任せる。まぁ臨機応変になるだろうし、何か問題があれば今後変えていこう」


 その後は連盟拠点維持の為の諸々を決めて話し合いは終わった。

 全員で歓談の時間を過ごし、暫くしてジャルナールが運んで来てくれた大型馬車数台分の食糧を回収して今日の仕事は終了した。

 ここに至って、ようやく今回の護衛依頼が終わった、そんな気がした。


 まぁ僕はある意味これからが本番なのだが。

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