第87話 サガラの理由

 ランド町に到着した僕達は一先ず町の外に馬車を止め、一部の者達だけで中に入ることにした。

 ここはニールに誘われた護衛依頼で足を運んだ場所でもあるが、僕が自分の足で歩いた二番目の町でもある。そういう意味では多少なり感慨深いものがある。

 あの時は『リリアーノ』の連盟副長サブマスターキースや『グリーグ傭兵団』の副団長サブマスターマッシュ達と一緒に来たんだったな。そんなに期間は経っていない筈なのに、とても昔のように感じてしまう。


「懐かしいなニール」

「ああ、初めての共同依頼だったな」


 知っている場所なので折角だからと、ニールと肩を並べて歩く。

 男が側に居るからか、純粋に気を使ってくれたのかは定かでは無いが、女性陣は離れたところを歩いている。


 丁度良いので、以前から聞きたいと思っていたことを聞いてみよう。


「なぁニール、この間ちょっと他所よそでも聞いたんだがな、お前ら俺が女を独占してる状況どう思ってるんだ? ましてや身内をさ。一切咎めない、遠慮とか建前とか無しで、本音で言ってくれ」


 城塞都市ポルポーラでミミリラ達に聞いた話題だ。

 あの時は女性の立場としての答えを貰った。だが、彼女達はもう完全に僕と魂が繋がっている状態だったし、何よりミミリラは族長で、ニャムリとピピリは「リ」が付く族長の血を引く者達だ。普通のサガラの答えとしては正直説得力に欠ける。


 だからこそ、名前に「ル」を持ち、イリールと言う姉を持ち、男であるニールに聞いてみたかったのだ。

 そんな僕に対し、ニールは「何を言ってるのやら」と言わんばかりの気軽な口調で返してきた。


「光栄だろ、普通に考えて。そりゃ気になってる女が居た男も居たかも知れねぇ。そうしないように皆で心がけてたが、知らねぇところで恋仲の奴も居たかもな。だが断言するが、妬みは一切ねぇ。里でもそうだ。族長に選ばれりゃ、そりゃむしろ好いた女が幸せになるって考えるのが普通だった。ましてや今度は、まぁそういう相手だろ? もし妬む奴が居たらそいつは自分を恥じて自害するだろうよ」

「言うじゃないか」


 ニールの大げさな言い方に苦笑すると、ニールもまた苦笑した。

 但し、僕を見るその瞳は真剣そのものだった。

 

「ジャスよ。こりゃ本気で言ってるからな。俺たちゃ元々そういう義理や恩を強く大事にする。恩人への感謝は絶対に忘れねぇ。これは魂に染み付いてるんだよ。人種には無い獣人種特有のもんだ。まぁ里人っつー引き継いできた一族独特の感性もあるかも知れんがな」

「ふむ」


 以前個体特性について述べたが、それとは別に種族特性と言うものがある。

 これまた長い説明になるので大雑把に説明すれば、「その種族がどういった存在か」を表す言葉だ。その種族の本質、性格とも言える。単純に個体特性の種族版だ。

 個体特性や種族特性の違いは、性格の部分で説明すると分かり易い。

 個人の性格が他人に理解されないように、種族の性格は他種族に理解されない。今ニールが言ったのはそう言う意味だ。


 ニールの言葉は続く。


「それに、これはかなり失礼になるかも知れんがな。お前さん、家族同然の仲間百数十人がこの先どうなるか分からない不安、絶望、挫折、味わったこと無いだろ。ありゃ本当に辛いんだ。自分もそうだし、一緒に育った仲間が野垂れるのが何より怖い。誰かが風邪一つ引くだけでもな、血の気が引くんだよ。逃げ延びて四年目に入った頃かな。たったそれだけで恐慌をきたして精神壊しかけた奴も居る」


 人は長期間、肉体的、精神的に負担や負荷がかかり続けると、状態欄に弱体化効果バッドステータスが付くことがある。あるいは何らかの切欠で弱体化効果が付く寸前の状態に陥ることがある。それは回復系魔術で治るものもあれば、環境そのものを改善しなければ治らないものもある。

 今ニールが述べた精神を壊しかけた奴と言うのも、風邪を引いた仲間を見ると言う切っ掛けで恐慌と言う弱体化効果が付いたのだろう。

 四年も不安と恐怖に怯えながら逃げ続けていたのだ。大半が精神的に異常をきたしていたとしても不思議ではない。


 そこまで言って一つ呼吸し、ニールは再び口を開く。


「俺もな、冒険者としての依頼を終わらせて、隠れ住んでいるところに帰ったらよ。弟分として可愛がってた奴が死んでたあの時は流石に心が折れそうになった。イリール達が居なかったら絶対に立ち直れなかった。

 今まで言わなかったがな、元々あの戦で逃げ延びたサガラは二百人だ。減った奴らはお前さんに会うまでに皆、世界へ還元されていったよ」


 ――お前さんと会うのが遅けりゃもう少し減ってたかもな。


 そう呟くニールの視線は前に向いている。表情に変わりは無い。

 だがその顔は、泣きすぎて流せる涙が枯れているようにも見えた。


 確かに、各地に隠れていたサガラが連盟拠点ギルドハウスに集まった時、心身共に衰弱しきっていた者は多数居た。回復薬や回復系魔術すら効かなくなっていたのか、手足が動かなくなっている者すら居た。

 その内の何名かは弱体化効果だらけで、生命力も精神力もかなり減った状態だった。僕の【母の手ラ・メール】がなければ近い内に死んでいたとしてもおかしくなかった。パーティーで僕の膝に乗ってきた子供なんて、瀕死に近い状態だった。


 僕が色々思い出していると、ニールは首を振って、いつもの笑みを浮かべた。


「そんな家族や仲間を救ってくれた恩人だ。お前さんに不満を抱える奴は自分を恥じる。だから気にせんでくれ。気にかけてくれたことはありがたいが、お前さんが今後何をしようと付いて行くさ。死戦の中でもどこでもな。ああただ女が少ないのは悪く思ってるぜ」

「ん?」

「サガラのさ。今回ので百を超える女がお前さんの手の中だ。今まですくねぇって皆思ってたからな」

「はは。そうか」


 本気で思ってるなら男の限界を思い出せと言いたくなった。僕の場合は時間の限界か。


「まぁただ、サガラが多い方がやっぱ良いだろうし、困ったもんだ」

「どうしてだ?」

「族長から、な」


 ニールが言葉を濁した。ふと、経由した中継町の宿での出来事を思い出す。ミミリラ達から何か聞いたのかな。


「余計なことを気にさせたな」

「いいや、気にして当然のことだからな。いっそサガラの女全員……いや何でもない」

「ああ、分かってくれて助かる」


 王族直系の胤が最低でも七十二人に流れる訳だ。表に出たら王城が揺れるな。

 それに今のニールの言い方だと、産まれた女児を育てて抱けと言っていることになる。まぁこの世界、身分関係なく近親婚なんて普通にあるからニールの発言自体は別におかしくはない。ただ僕の立場含めて、色々と無理がある。

 母上やお祖父様やお祖母様を見て育ったせいか、子供は慈しむもの、という意識が強い。それを手篭めにすると言うのはちょっと想像が出来ない。


「まぁ、そういう話も今度じっくりしよう。今日はここで休憩補給、あと二日でお帰りなさいだ」

「ああ、流石に長く感じたな。七年ぶりくらいだったぜ」


 七年前と言えばドゥール王国、つまりサガラの里があった頃だ。そしてニールはサガラの「ル」を持つ実働部隊の精鋭。そう言うことなんだろうな。


 今更のことだが、サガラは五年もの間各地を逃げるように渡り歩いていた。

 今ニールが言ったように、好いた女が居た男も居ただろう。逆もまた然り。それでいて恋仲になっていなかった、誰一人として子を宿していなかったのは、そんなことが許される状況じゃなかったからだろう。


 サガラは非常に仲間を大事にしている。一族全員が家族のような里人の集まりだ。もしそんな中で一人が子を宿せば共に逃げ延びている全員に迷惑どころじゃない負担を強いてしまう。産むまでも、産んだ後もだ。

 見捨てるなんて選択肢は初めから無い。だから恋をしたくても、子を作りたくても作れなかった者もきっと居る筈だ。もしかしたらニールの言うように見えないところで恋仲も居たのかも知れない。


 そんな状況を乗り越えた男達から全ての女を奪い、奪った女達には子を宿してやることも出来ない状況。それを作り出している僕。


 悪いとは思わない。サガラの女衆が初めて僕の寝床に来た時、果たしてミミリラがどう言ったかは分からないが、少なくとも僕は自分から彼女達を呼んでいない。

 ミミリラには「来たいと言う女がおれば好きにしろ」と言った。彼女が僕の意に背くことをするとは思えないから、本当に女達は自分の意思で抱かれに来たのだろう。だからこそ、僕は自分が悪いとは思わない。胤を与えられないことだって彼女達も理解していた筈だ。


 ただ、僕にとってサガラはもう蔑ろに扱える存在ではなくなってきている。だからこそニールからの話を聞いて、何とも言えない情動が湧いたのだ。


 ニールの言う、気にしないでくれという部分は理解出来る。もし僕も国を追われ家族と一緒に各地を彷徨い、家族を救ってくれる誰かが居たら進んで靴だって舐めるだろう。

 彼らが味わってきた辛酸を分かるとは言わない。ただ、共感は出来た。

 今の例えで言えば靴を舐められるのが僕になるので、微妙なところではあるが。

 

 ニールや皆で出店の食べ物を摘んだりしながら歩き、あの時はああだった、こうだったと下らない会話をしていると、突然その声は聞こえてきた。


「ジャス君!」

「は?」


 名前を呼ばれ思わず振り向いた先には、駆け寄って来る一人の女性の姿があった。

 一瞬でその女の名前と出会いを思い出す。


「ティアナ」

「うん、私ティアナっ! 元気してたっ? 私ずっと待ってたよ」


 抱きついて身体を擦り付けてくるティアナと言う女。誰に隠すつもりもない僕の初体験の世話女である。

 そこで思い出す。そういえば「良い子にしてたらもう一度相手してやるよ」と言ってそのままだったなと。

 僕はニールを見た。彼は軽く口を開けて「ああ、居たなこんな娘」って顔をしていた。気が合うじゃないか、全く同じ気持ちだよ。正直今の今までその存在を忘れていた。


「色々あってな。ここにも立ち寄ったって感じなんだ。悪いことさせたか」

「良いの、ジャス君ならいつまでも待ってるから」


 はっきり言おう。ちょっと不気味。たった一夜を過ごしただけでここまで慕われる理由は無い。


「あ、ちょっと」

「近寄らないで」

「ですね」

「ねん」


 僕の内心を読み取ったのか、獣耳娘三人がティアナを引き剥がし守ってくれる。何て頼もしいんだろう。これは勲章ものの働きと言えるだろう。


 僕を守る三人を見て、ティアナは心底不思議そうに首をかしげた。


「貴女達はだぁれ?」

「ジャスパーの連盟ギルド連盟副長サブマスター。それと情婦」

「同じくジャスパーさんの連盟員ギルドメンバー兼情婦です」

「同じくなのねん」


 前に立つミミリラは尻尾を僕の足に巻きつけ、左右の二人は腕を絡めてくる。


「ジャス君、連盟作ったの?」

「ああ、一応ね」

「そうなんだ。ねっ、約束通り泊まっていってくれるんでしょ?」

「ああ、まぁ丁度探してたから」

「じゃあ決まりねっ。何部屋取る?」

「あるだけ全部」

「え? あ、うん。分かった。じゃあ待ってるね!」


 そう言って彼女は駆けて行った。嵐のように現れて嵐のように去っていくとはこういうものを言うのだろうか。

 あの娘はあんな印象の女では無かったんだが。


 実際泊まるところは探していたし約束もしていた。忘れていた心苦しさはあるし構わない。だがどうにも面倒だな、と言う気持ちもある。

 そんな僕の気持ちを感じたのか、三人が身体を摺り寄せてくれる。ちょっと癒された。


 少し気になってアンネ達の方を見ると、一緒に付いて来ていた娼婦の娘達に何かを真面目な顔で話している。アンネとアンナの表情が恐ろしい程に真剣味を帯びていて、聞いちゃいけない気がしたので見ないことにした。

 僕はアンネの「あれは最も価値の無い女の典型例」だなんて言葉は聞いていない。


「ニール。あの娘ってあんな感じだったかな」

「おりゃ寝てないから知らんが。ありゃべた惚れだな。男に嵌まって抜け出せなくなるタイプだぜ」

「前に来た時は女に嵌まったらどうのと言われた気がしたが、逆だったか」

「ああ、間違いなくな」


 そんな話をしながら、僕はただミミリラの頭を撫でていた。



 ※



 次の日の朝、僕達はティアナと女将の見送りを受けて宿を去った。

 馬車に向かう道すがら。近くを歩くニールに、僕は至って平板な声をかけた。


「ニール」

「おう」

「金輪際、余程の理由が無い限りあそこの宿は使うな。連盟員全員に伝えとけ」

「おう」


 僕の不機嫌を悟っているニールは何も聞くことなくそれだけを返した。これまた近くを歩いていたジャルナールを見ると、彼も頷いた。

 すぐ側を歩くミミリラ達も口を開かない。


 馬車に乗る前に、僕はアンネに指示を出した。


「アンネ」

「何かしら?」

「お前のところの金額、最低は金貨五枚だったな?」

「ええそうよ」

「その金額の娘を一人、あと五十枚の娘を一人、同じ馬車に乗せろ」

「分かったわ」


 そうして僕の荷台に乗ったのはミミリラ達三人、アンネとアンナ、それと僕が指示した娘が二人だ。

 金貨五枚の娘はまだ若く、経験も浅いのだと言う。だが十分価値のある美麗な容姿をしている。五十枚の娘はやや鋭い目付きをしているも、玲瓏な深みのある瞳をしていて、それが何とも惹きつけられる魅力を放っている。もちろん容姿も体付きも男を魅了する為に生まれてきたのかと思う程に素晴らしい。


 馬車の移動中でありながら、僕は外から見えないように【光の部屋ライト・ルーム】を、音が漏れないように【闇の部屋ダーク・ルーム】をかけて二人の娘に世話をして貰った。

 金貨五枚の娘は確かに色々と拙いながらも一生懸命に尽くしてくれたし、金貨五十枚の娘はその価値に見合うものをくれた。


 何故僕がこんなことをさせているか、それはティアナが原因だったりする。

 僕は今回もティアナに金貨五十枚と、宿に金貨百枚を渡した。二人共とても喜んでくれていた。

 けれど、僕はティアナが世話してくれた夜に、金貨一枚の価値も見出してなかった。つまり『セルリーム』の下級娼婦にも及ばなかった訳だ。


 ティアナはどちらかと言えばただ自分の快楽を求めていただけ。僕の世話をしているようで、実のところ自分が楽しむことに終始していた。

 今回荷台の中で世話をさせた二人は全く違った。その全てがこちらを満足させる為に尽くそうという気概が見えた。自らが快楽を求めているようで、それはこちらに快楽を与える為に求めているような、そんな姿勢がはっきり見えるのだ。


 ティアナは男の処理を手伝う世話女。

 この二人は男に夢を売る娼婦。


 改めて娼婦と言うものの凄さに気づかされた。行為が終わってからその辺りに納得がいって、僕は機嫌を直すことが出来た。


 何が機嫌を損ねていたかと言うと、昨日宿に入ってからのティアナがひたすら構ってきて煩わしかったのだ。食事が終われば当然にように部屋に引っ張っていくし、僕も約束をしていた手前無碍にすることも出来ず、他の面々には自分の部屋で寝て貰うことにした。

 そのまま一夜を共にすることになった訳だが、彼女はただ自分が惚れた男とくっつきたかっただけ、肌を交わらせたかっただけで、そこにあるのは全て自分の欲求を満たすことだけだった。


 最近は僕の為に世話をしようという女しか周囲に居なかったことで、どうにもそこが焦慮ストレスになって朝から不機嫌な魂の波動を出してしまっていたらしい。お陰で誰一人として僕に絡んでくることは無かった。

 ミミリラの尻尾はずっと腕に絡みついていたが。


 アンネ達のお陰で心に区切りを付けられた。もう今後ティアナと会うことは無い。

 この件はこれで終わりにしよう。そんな詰まらない町での一時ひとときだった。

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