第39話 召集

 朝、僕は非常に気分の悪い状態で斡旋所へと足を運んでいた。昨日は屋敷に帰ってから一睡も出来なかった。優れた能力等級値のお陰で体調に問題は無いが気持ちの上ではよろしくない。


 理由としては弟の敗北、それを聞いて動揺した自分への戸惑いだ。枯れたと思っていた弟への親愛がまだこんなにも残っていただなんて。

 王位継承権とかそう言ったものは好きにしてくれと思っていたけれど、いざ弟の現状を知ると腹の底が重たくなる。


「どうすれば良いのやら」


 首を振りながら歩き続け斡旋所の食堂に足を踏み入れると、そこには顔を曝け出したミミリラが居た。側には御側付きのニャムリとピピリの姿がある。その横のテーブルにはニール集合体パーティーが着いている。


 あ、可愛い。改めてこう言う場所でミミリラの顔と耳を見ると素直にそんな感想が湧いて、気持ちが少しばかり楽になった。

 僕は手をぴらぴら振りながら近づく。


「おはようさん。体調はどうよ?」

「はは、体調は良いよ」


 ニールの軽口に適当に答えてから、ミミリラを見る。


「とりあえず冒険者登録してから、集合体登録だな」

「もう冒険者登録はしておいた。後はおう、ジャスパーとこの三人で集合体登録するだけだ」

「あれ、もうしたんだ?」

「不味かったか?」


 ちょっと不安そうなその顔がまた可愛い。

 ここではジャスパーだけど、中身はカー=マインだから主人の意に背くのが心苦しいのかも知れない。


「いや良いよ。むしろ手間が省けるしな。ところでそこの二人が?」

「ああ。改めて紹介する。同じく登録したニャムリとピピリだ。どうなるか分からないから一応ニール達と同じメンバー数にしてみた」

「ニャムリです」

「ピピリですよん。よろしくねん」

「あ、うん」


 ニャムリとピピリが喋るのを聞くのはこれで二度目だが、ピピリはこの口調が素なのだろうか。この間挨拶した時は普通に丁寧語だったのに。とりあえずピピリの名前は忘れられないと思う。印象付けはばっちりだ。


「まぁ色々あるけど、先に登録済ませよう。それが終わって食事かな。お腹空いたよ」

「じゃあ行こう」


 そうして四人で集合体登録をしてまた元のテーブルに戻り、食事を頼む。僕は黙々と食べるし、その空気を察してか誰も言葉を発しない。

 そうして珍しく静かな食事が終わり、食器を片付けて貰ってから僕は分かりやすく指を立ててくるりと回し【闇の部屋ダーク・ルーム】を発動させた。これで周囲に僕達の会話は聞こえない。


 皆何度も見ているからだろう、それで分かったようだった。


「忘れないうちに、先ずこれをミミリラに渡しておく」


 差し出したのは、僕とジャルナールが持つ『以心伝心メタス・ヴォイ』だ。実は最近複製体マイ・コピーにも組み込んでいたりする。


「これは?」

「婚姻を前提にした装飾品なら良かったんだがな、魔道具だ」


 ミミリラが目をキョトンとさせながらそれを見つめる。


「使用効果は離れた場所でも連絡が取れること。使う方法は三つ。身に付けておく。相手の顔と名前を思い浮かべる。その状態で頭の中で話しかけるんだ。ちょっと試してみな」

「分かった」


 ミミリラは丁寧にネックレスを首に掛けると、目を瞑った。


『こうか……な?』

『こうですよ』

『んにっ』


 吹いてしまった。驚いたのは分かるけど、んに、って。

 僕の笑いに恥ずかしかったのか、ミミリラが唇を尖らせる。こいつ本当に可愛いな。手篭めにしちゃ駄目かな。


「大丈夫か?」

「うむ」

「安心しろよ。さっき言った条件を一つでも満たさなかったら相手に声は届かないから」

「……分かった」


 恥ずかしそうな表情に思わず綻ぶ。

 さて、と僕は本題に移った。


「皆戦争のことは知っているな?」


 全員が頷く。


「どうやら大敗したようだ」


 端的に言った僕の言葉に、全員が目を丸くする。


「それで今後どうなるか分からない。直接俺に関係するとは思わないし、これからの行動にも支障は無いと思う。ただ前にミミリラが言っていたように、他の裏人の緊張が高まるようなら注意してくれ」

「分かった」


 ミミリラはニールに視線を送り、それを受け取ったニールは立ち上がり去って行った。他の仲間に指示を出しにいったのだろう。


「私達はどうすれば良い?」

「とりあえずニール集合体は不審がられないようにいつものようにしておけば良い」

「了解だ」

「俺の集合体員パーティーメンバーは近場で狩りでもしよう。俺もお前達の強さ見てみたいしね」

「ジャスパー……一応それなりに戦えはするが、私達の本来の強みは真っ向からの戦いでは無いから、期待はしないで欲しい」

「ニールの戦い見てる感じだと大丈夫っぽいけどな」

「残念に思わないでくれるならそれで良い」


 どこかしおれている尻尾と耳を見て、無性に撫で回したくなる。でも外でそんなことしたら恋人か夫婦なんだよな。ちょっと自重しよう。


「ま、連盟拠点ギルドハウスが出来るまでの辛抱だ。それまでのんびりやろう」

「うむ」

「はい」

「了解ですよん」


 やっぱりピピリこいつ忘れられないわ。

 やれやれと思いつつ、なんだか気が楽になったので僕は【闇の部屋】を解除してから、料理のおかわりを頼んだ。

 まぁ何とかなるだろうさ。


 そう思う僕の元に、父上とお祖父様から手紙が届いたのは十日後のことだった。



 ※



「ふむ……」


 屋敷の自室にて。僕はゼールとタナルから受け取った二通の便箋を開き熟読していた。

 最高級の羊皮紙を入れた状袋じょうぶくろ、それを封緘ふうかんする為にされていたのは、国王陛下、ザルード公爵家当主の封蝋ふうろうだった。

 巻物になっていない羊皮紙の便箋は、運び人に対してその取り扱いに細心の注意を払えと言う意味を持つ。ひるがえって、内容は非常に重要なものが記されていることが大半だ。

 今回送られてきた便箋の内容もまたその例に外れることは無かった。


「ゼール。そしてタナル。お前達はこの中身を知っているのか?」

「僅かばかりには」

「私もです」


 そうだよな。じゃないと父上の手紙はゼールから、お祖父様の手紙はタナルから、なんて手間なことしないよな。絶対に僕の手に渡るように自分の手の者へと手紙を渡し、決して伝え忘れないように内容も軽く伝えられているのだろう。

 それにこの二人も間違い無く結託している。じゃないと馬車で王都まで三日、ザルードまで十日以上かかる場所にある都市なのに、手紙が同時に僕に差し出されるだなんてある訳無い。


「で、一応聞こうか。私はどうすればよいか?」


 その質問にはゼールが答えた。


「近日中にザルード公爵閣下が王太子殿下のお迎えにあがられますので、その準備をさせて頂きます」


 ああもう駄目だ。言い回しが全部確定。絶対に逃がさないっていう意思が見える。まぁこのお二方からの公式な手紙なんだから逃げようも無いんだけど。


 お二方からの手紙を端的に言えば、

 父上からは「王城に来い」。

 お祖父様からは「王城行くから迎えに行くよ」と言うものだった。


 ついこの間ジャルナールから情報を聞いているだけに、それに関係する内容だと確信が持てた。そしてゼールとタナルの様子を見るに、絶対に僕が王城に行かなければならない何かがあるのだろう。


 その理由が分からない。どうして僕が王城に? 弟が死んだと言うならまぁぎりぎり分からなくも無い。年齢を重ねた王位継承権を持つ者が二人しか居なくなるので、王太子という直系を完全に隔離、保管しておこうと思ってもおかしくない。


 だが弟が死んだという報告は聞いていないし、それらしい情報も無い。まだ側室達が産んだ幼い弟だっている。口にしてはいけないことだけど、王位継承権は厳密に言えば他にも持っている人は居る。

 例えば父上の弟で僕の叔父上である王弟殿下などがそうだ。もしくはその御令息であるとか。やらしいことを言えば、王の直系とは世代を辿れば違うものがあるのだ。

 ……ああ、王弟殿下にはご令嬢は居てもご令息は確か居なかったか。そもそも叔父上は今は大公だから無理か。


 一瞬だけジャスパーとしての自分が身ばれしたかと思うも、まぁまず無いだろう。もしこんな力を持っていることがばれたら「来い」では無く兵士の集団が迎えと言う名の拉致を敢行している筈だから。


 考えていても仕方無いか、と僕は答えを探すのを止めた。


「良きに計らえ」

『はっ』


 二人に命じ、退室するのを見送ってからベッドに寝転ぶ。

『以心伝心』に触れながら相手の顔と名前を思い浮かべる。


『素直に言え。未通女おぼこか?』

『いえ、まだ男は知りません……え? えっ?』

『おいおい早く慣れないと周囲に変に思われるぞ』


 目を瞑ったまま微笑む。最近の僕の癒しはミミリラ一択だ。


『今どこだったの?』

『今は皆で朝餉を取ってました』

『変な目で見られたろ?』

『ニャムリに心配されました』


 何だかその姿を想像出来て、ついつい笑みが深くなる。


『まぁいいや。報告だ。近日中に王城に向かうことになった。暫くは行動を共に出来ないから目立たない程度に狩りをしておけ。依頼は極力受けないようにな』

『分かりました。えっと、共はどう致しましょうか』

『今の状況で付いて来たら下手をしなくても捕まって拷問だな。大人しくしてろ』

『分かりました』

『じゃあ変わったことがあればいつでも連絡を入れろ』

『はい。お気をつけ下さい』


 ふぅと一息吐いて、今度はジャルナールへと連絡を入れる。


『ジャスパーだ。今大丈夫か?』

『うむ、問題無いぞ』

『手短に言うけど、王城に召集された。何か知ってるか?』

『……いや、それは初耳だな。何の情報も入ってはおらん』

『ってことは相当に情報漏洩に気を使ってるな。何か心当たりある?』

『すまぬ、今回ばかりは流石に読めぬ。ああ、それとは別に報告だ』

『何だ?』

『もう少し情報が集まってからと思っておったが、クロイツ殿下は現在周辺領地などから兵を集め陣を構え敵本隊の行動を制限させておる』

『制限?』

『ああ、今度は本当に奴ら領土を荒らし始めているようでな。よって、アーレイ王国軍を圧力にして敵本軍の動きを縛り、コンコラッド公爵を筆頭とした領主達を使って各個撃破しておる』

『じゃあ暫くは大丈夫そうだね。他に何かある?』

『いや、もう無いな』

『了解。また何かあればいつでも連絡してくれ。返事が無かったら首を撥ねられたと思ってて良いよ』

『ははは。ではその時はお供致しましょうぞ』

『よしなに』


 再び息を吐く。ミミリラとは違う意味で元気が出た。

 大丈夫だ。僕にはきちんとした味方が居る。何があってもやりきれる筈だ。


 理由不明な召集に対する疑念と懸念、かつて王宮内で自分に向けられた視線の痛み、その二つを飲み込みながら、そう自分に言い聞かせた。

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