初陣
第38話 弟殿下の敗北
さて、
特殊な例を除き、基本的に連盟は特定の場所に拠点を作り、そこを中心に活動を行う。これは規約で決まっているとかではなく、単純に連盟員を食っていかせる為に必要な手段だ。
安定した生活を送りたければ農耕民族に倣うのが一番と言うことだ。
その為には必ず元手資金が必要であり、人数が多ければ多い程出資金は増える為、殆どが伝手を頼って誰かしらに出資を頼む。つまり連盟後援者だ。
僕の場合は国内でも有数の資金力を持つベルナール商会の支店長がそれに当たるので全く問題は無いのだが、伝手や財力を豊富に持つジャルナールであっても、流石にこの都市の中に百人以上が住める建物と土地を準備するのには若干の時間が必要らしかった。
都市の端でも良いから広めで静かだと良いな、と軽く言った僕に力強く微笑んだジャルナールならきっと良い場所を用意してくれるだろう。
外装内装の修理や家具類の搬入、また改築をすることになるかも知れないから一週間から二週間は欲しいと申し訳なさそうに言われたが、別に一ヶ月かかっても構わないと思っている。
サガラの者達からすればやきもきするかも知れないが、それでも主人が出来たと言うこと自体が安心になっているだろう。
そんな訳で、現在は僕が取った宿で一番広めの一室に複数人のサガラの面々を集めての打ち合わせ中だ。昼間に一斉に集まるのは流石に怪しいので夜に紛れての侵入となっている。
集まった面々は僕とミミリラを筆頭に、ニールと愉快な
二人共可愛いのは良いのだが、ニャムリは胸が小さいのが少し残念だ。逆にピピリは酷く重そう。裏人として大丈夫なのかと心配になるくらいには大きい。
「で、一応連盟拠点はサガラの生き残り全員が入るくらいのものを準備して貰うようにした。実際どうするんだ? 全員を
「今現在外で上手くやっている者はそのままにしたいと思う。山や森に潜んでいる者、働けない者、また冒険者をしている者を入れられたらと」
「何人だ?」
「百六十四名だ」
連盟登録申請書とやらに目をやる。そこには冒険者と、それ以外の人とで記載場所が違う。
連盟や連盟拠点は大きくなれば独自で直接依頼窓口を作ったり食堂や宿を作っている場所もあるので、そう言った部分も記載しなければならないのだ。うちの場合だと連盟拠点内の使用人だろうな。
これ、いい加減にやるとばれた時に結構うるさいらしい。
「じゃあ一先ずはそいつら全部を入れよう。その後入るかどうかはその都度で」
「助かる」
一つ一つ記載しながら話を進めていく。流石にこれはジャルナールに任せる訳にはいかないのだ。
「で、だ。連盟拠点が出来るのはすぐすぐじゃない。それまでお前達はどうしてる?」
「出来れば私と数人はジャスパーと集合体を組んで動きたい」
「お前顔出して良いの?」
「これまでとは事情が違うし、自分の主人の役に立ちたいと思うのは当然だろう?」
詳しく聞けば、サガラの面々は働けないものやそれらの世話役をしている者達は散らばって生活しているらしい。
族長であるミミリラもそうで、万が一にもサガラの面々が見つかった時、自分と言うサガラの族長を特定させない為に山に潜んで一切表に出てこなかったらしい。
これからのサガラは裏人として働きながらも、その存在を表に出した連盟員として活動する。そんな中で顔を隠すことは出来ないと言うのだ。いやまぁ好きにして良いけどね。
連盟拠点が出来たら随時護衛や御側付きとして引っ付く予定らしいが、寝る時くらいは勘弁して欲しいと切に思う。
「それで慣れてくれば他のサガラの集合体とも自然に交流を深めていって、後は連盟拠点が出来るのを待てば良いかと」
「無難だけど、それまで大丈夫だろうな?」
「今までとそう変わりはないさ」
それからはサガラの全冒険者の名前と
僕はその音を耳にしながらベッドに寝そべった。今日は少し魔導具作りに勤しんで疲れているのだ。厳密に言えば疲れなんて無いのだけど、気持ちの問題だ。
「大丈夫か?」
頭元に座ったミミリラが見下ろしてくる。主人になると決めてからどうにも言動が柔らかくなってしまった。
元々獣人種は同族や家族、仲間への情愛が強く、また自分より上位の者への忠誠心が高い種族らしい。僕はその主人格になったので自然と態度が変わったのだろう。
「ひんっ」
ついつい手が伸びて、ミミリラの尻尾を掴んでしまう。
いつも軽く言っていたがこれ、同性の家族や夫婦以外でやると冗談抜きで殺されるらしい。これは本人達からだけじゃなくて種族図鑑で見たりジャルナールから聞いたので間違い無いだろう。
でも僕は主人特権を使って隙あらば遠慮無く掴んだり撫でたり顔を
ちなみにミミリラは猫耳だが実際は狐と猫の合いの子になるらしい。なので耳も尻尾も純粋な猫とは少し違う。特に尻尾は長い上にとても豊かで柔らかい毛に包まれている。これを我慢しろと言う方が無理があるだろう
「あの、ジャスパー、くすぐったい」
「俺は気持ち良い」
「んんっ……」
今は触っていないが、尻尾の根元は一応性感帯も兼ねているらしく、特に女性は敏感なんだとか。それを知った時の僕の機嫌の良さと言ったら希に見る程だった。
いや、ニール達と言う人目もあるし、出会って今日まで一度も触っては無いんだけどね。
こんなことをしつつも僕はミミリラを手篭めにしていない。まだ主人らしいことを一つもしてやれてないし、僕の顔も知らないサガラの生き残りも、自分が見たこともない主人らしい輩が族長に手を出したと聞けば良い気分にはならないだろうと思ったからだ。
尻尾や耳を弄んでいるのに何を今更とも思うが、これは手付金として勘弁して欲しい。
そうやってミミリラで遊んでいると、微妙な顔でこちらを見ていた面々も作業が終わったらしい。
「終わったぞジャス。後そろそろ族長を許してやってくれ」
「気にするな。これは親密度を高めているんだ」
「とっくに突破してる気がするんだけどね……」
イリールが呆れたように言うも、どこか興味を持っているのには気づいている。いずれは奴の尻尾も味わわなければいけない。
「じゃあどうするか。明日の朝に早速集合体を組むか? 人数や選別は任せるけど」
「ああ、それは私達に任してくれて良い」
「じゃあそうするか。待ち合わせは朝にあっせん――」
そこで、脳裏にジャルナールの声が響いた。
『殿下、今よろしいでしょうか?』
僕はミミリラに制止の手を上げた。
ジャルナールが僕を殿下と呼んだ。これは何かある。
『どうした。何があった』
『今しがた報告がありました。――クロイツ殿下、敗走。現在は交戦地より引いたところで軍の再編を行い陣を張り直しているとのこと』
「『あ?』」
思わず声すら出た。負けた? 弟が?
そんな馬鹿な話があるか。こちらは相手よりも五百は多く兵を用意しているし、付き従っているのは国王直属である常備軍と直轄兵、コンコラッド公爵家に複数の領地持ち貴族。支援として周辺の領地からいつでも動けるように備えており、決して弱卒を集めている訳でも、準備を怠っている訳でも無い。
少なくとも僕はそう聞いていた。
『よろしければ今から伺いますが』
『いや、私から行く。場所は商会か?』
『はい。私の処務室にてお待ちしております』
『すぐ行く』
連絡を切り、サガラの面々を見る。
「明日の朝に斡旋所の食堂で待ち合わせだ。もし私が現れぬようなら誰か連絡が取れる奴を常に一人は付かせていろ」
『はっ』
「では散れ」
「ジャスパー……さま、はどうされますか?」
「用事がある。付いて来るな」
僕はそう言ってから、【
※
「作戦の失敗と奇襲による大敗です」
――端的に言え。
そう口にした僕に対するジャルナールの言葉がそれだった。話を聞けば、失敗と言うよりも読みが甘かったと言うのが正しい気がした。
まず今回の負けを説明する前に、出兵した兵について語らねばならない。
出兵の総数は、相手の三千に対し、こちらは三千五百だった。
主だった二つの軍は下記の通りだ。
クロイツ殿下率いる王国軍総数千人。常備兵が百。直轄兵が七百。傭兵が二百。
コンコラッド公爵軍総数千五百人。直属直轄兵が四百。直轄兵が四百。傘下貴族による領兵が五百。傭兵が二百。
残りの千人は戦場と接する領地を持つ幾つかの伯爵と、傘下貴族からの出兵だ。
常備兵は年中戦争に備えている生粋の戦闘集団であるものの、日頃はただの金食い虫となっている兵士だ。逆に言えば日々を鍛錬、訓練、魔獣討伐に精を出す、いざ戦争になった時に最も頼りになる戦闘集団とも言える。
アーレイ国の総人口からするとかなり少ない方だが、その分最精鋭の騎士や兵が揃っている。恐らく単純な『兵』という括りであれば国内では最強だろう。
直轄兵とは、その領土を持つ王侯貴族が直接扱っている兵士になる。
傘下貴族とは、領地持ち貴族の領地内の地区を任された貴族であり、これが率いる兵はその上位の貴族にとっては領兵でありながら直轄兵では無くなる。命令系統に間を挟むことになるからだ。なので、傘下貴族が率いている軍は戦時中の一時的な呼称として領兵として区別されている。つまり上位貴族にとっては領兵だが、傘下貴族にとっては直轄兵になるのだ。
この直轄兵というのが実は問題で、その内訳は多種多様にわたる。
普段は領内の警備や見回り、あるいは何かしらの用事で働いている者となるが、専門的な軍事訓練を密に受けている訳ではない。
多少なり能力のある者も居ると言えば居るだろうけれど、比率としてはそう多くない。
常備兵はもとより、王領の直轄兵は日頃から厳しい訓練を王の命で強いられているため、貴族所領の兵よりは断然強い。
直属直轄兵も、これは常備兵の領主版なのでもちろんそこらの兵よりは余程に強い。
逆に言えば王国軍を除き、戦争に参加している兵士でまともに戦闘をしたことのある人というのは半分にも満たないということだ。
そして今回はその王国軍の強さからくる読みの甘さが敗因ではないかと僕は思う。
此度の戦いは敵軍の進軍速度が早いこと、そしてこちらの足並みが揃わなかったことから始まる。
その為敵軍に領土を踏み入れさせ、ある程度まで国内に侵入を許したと言う。
お互いの軍が
それからも小競り合いこそあるものの本格的な戦いは無く、変わらず睨み合いが続いたそんなある日、斥候から敵軍の兵数が減っているとの報告が入る。
もしかしたらこちら側に奇襲をかけるつもりなのでは無いかと言う懸念が軍議で上がる。
そこで参戦していたコンコラッド公爵が、「アーレイ国側の主戦力をここで足止めしている最中に軍を分けて村や町を襲撃しに行ったのではないか」と総指揮を執る弟に意見具申した。
戦争とは敵軍を撃退したり領地を占領するだけでは無い。相手国の領民を奴隷とする為に
そう言った意味でコンコラッド公爵の言い分は真っ当ではあった。
本当に敵軍の分かれた軍が町を襲いに行っていた場合は領民なんて一溜まりもない。その確認の為の斥候を送っていてもまた間に合わない。
決断は総指揮を執る弟に強いられた。
もちろん共に王城から出兵していた弟の補佐をする為の常備兵、騎士達からの助言もあるだろうが、最終的な判断や責任は全て弟に委ねられるのだ。
選択は二つ。領民を見放すかも知れないがここで堅実に陣を構え続ける。あるいは戦力分散を受け入れ領民へと手を差し伸ばす。
どちらも正解であり、けれどどちらかは間違いへと変貌するのだ。
優しい弟は領民の命を大事とした。主戦力であるコンコラッド公爵軍千五百を丸々分けることにしたのだ。
自慢になるが、我がアーレイ王国はその領土を年々広げていっている常勝国家だ。兵の強さでは自他国共に認めるものがある。加えて弟が率いているのは精鋭部隊を含む二千だ。
相手の軍も減っている。例えこれで奇襲があったとしても、耐えることくらいは出来ると信じたのかも知れない。信じたかったのかも知れない。
コンコラッド公爵家軍が去った次の日、すぐに敵軍からの攻撃が始まった。もちろん迎え撃った我が国の兵だったが、やはり敵軍は兵を分けて奇襲を狙っていたようだった。近くにあった大きな森を影に潜んでいた敵兵は一気に襲い掛かり、我が軍は前方と右方側面から同時に襲い掛かられた。
そこまでは良い。問題は領主混合軍の弱さだった。あっと言う間に彼らは崩され、それに巻き込まれる形で王国軍までもが一気に攻め立てられ、敗走へと至ってしまった。
「はぁ……」
推測混じりではあったけれど、詳細な情報を耳に入れて思わず溜め息が出た。
色々と敗因はあったと思う。敵を迎え撃つ場所が悪かったとか。もっと斥候を多めに出しておくべきだったとか。言ってしまえばキリが無いし、側に付けられた騎士達が居ながらそう言う選択をしてしまったのなら、その場に居なければ分からない理由もあったのだろう。
だが、これは
「完全な手落ちだな……」
「……」
僕の呟きに、ジャルナールは口を噤んだままだ。正しい臣下とはこう言うものなのかも知れない。
しかし弟のこの大敗は不味すぎる。理由があっての
「現在追っての報告を待っている状態です」
「……ジャナルよ。正直に答えてみよ」
「はっ」
「弟はどうなる」
「……このまま行けば、恐らくは次期王位継承権はダイン殿下の手に渡ることかと」
「そうだな。私もそう思う」
僕は深い溜め息を吐いた。
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