第35話 裏人の夜這い2

「で、何だよ二日連続で」


 昨日よりも遥かに良い宿を取ったその夜、予想はしていたけれどやっぱりやって来た女と数人のサガラに向かい合って、僕は開口一番そう言った。

 確かに、本当は屋敷に戻ろうとしたのを一日伸ばしたのはこうなるかもと言う理由からだった。的中したのである意味無駄にならなかったのは良かった。

 ただ来たら来たで何だか複雑な心境だった。


「我らを探している方への口利きをお願いしたい」

「へぇ。自分たちの里を、仲間を殺した公爵家に近い権力者にこうべを垂れると?」

「そう言っている」


 揺らぎ無くはっきりした言葉には確かな覚悟が見えた。里の生き残りと話し合って決めたのだろうな。


「その人に近づいて暗殺とかは?」

「そうなれば我らは滅びるだろう」

「やけっぱちとかあるじゃん? 復讐の為に、とか」

「それならとっくにしている」

「違いない」


 頷きはしたものの、僕は彼女が嘘を言っているかどうかの判断なんて出来ない。そんな技能は無いのだから。今度創造しなければいけないな。


「じゃあ、本当にその人の下に付く、で良いんだな? 高待遇かどうかも分からず、下手をすれば雑な扱いをされるかも知れないのに?」

「少なくとも命の保証はあるのだろう?」

「それは約束する」

「ならば私達はそれに賭けたい」


 駆け引きの無い言葉に、その覚悟が伝わってきた。

 元々そんな雑な扱いをするつもりは無いが、確認したのは僕自身本当に良い使い方をしてやれるか分からないからだ。

 報酬に関しても、そう良い額が渡せるかなんて約束出来ない訳だし。まぁ何かあったその時は「ジャルナール、良きに計らえ」の一言で終わらせるだろう。


「じゃあ口利きの件は了解。どうするかな。その人と直接会わせるのって難しいんだよな」

「どうしてだ? 誓って何もせん」

「それは疑ってない。――俺も何もしないと誓ってやる。外の仲間全員ここに呼べ」


 今日もまた、外では数人のサガラらしき人がこちらの様子を伺っているようだった。

 どうせ感知系の技能を持っているだろう。その状態で突然室内から音も姿も消えたら不審に思うだろう。


「おい」

「はっ」


 女が近くに居た男にそう言うと、男は外に飛び出して行き、また数人を連れて戻って来た。


 僕はそれを確認すると同時に部屋の明かりを消し、【僕だけの部屋カラーレス・ルーム】を発動した。そしてすぐに【光よ在れライト・レイズ】で明かりを点ける。

 明かりが点いているのに部屋の隅には闇が広がっているのが見えている筈だ。僕が何かをした、と言うのは分かっただろう。


「何を……」

「これで外からは絶対にここでの会話を聞かれる心配も、姿を見られる心配も無い」

「……分かった」


 そう言うと、その場に居た全員がフードを外し、口布を外した。


「うわぁ」

「何だ?」


 朝、ニールには冗談で綺麗な女と言ったけれど、嘘から真になるとは思わなかった。幼い顔をしているけれど、すっごく美人。今すぐ手篭めにしたくなる程に。


「いや。美人……美少女だなぁと」

「そうか」


 言われ慣れているのかどうでもいいのか。まぁ今はいいとしよう。


「座れる奴は適当に座ってくれ」


 僕の言葉に従って座ったのは女だけだ。もしかしたら警戒しているのかな。ニール達からジャスパーと言う冒険者がどれ程の力を持っているか、間違い無く聞いているだろうから。


「じゃあ雇い主の名前言うけど、がっかりしないでくれよ?」

「がっかりするようなお方のようには聞こえなかったが」

「無能王太子って言っても?」

「――」


 その場の全員が絶句した。予想外にも程があるだろうな。僕が聞いたら大笑いした後で馬鹿にするだろう。そんな訳あるかと。


「それは、本気で言っているのか?」

「今更嘘吐いてどうするよ。本気も本気。それにこれなら昨日、俺が言ったことも分かるだろ? ザルード公爵家に近い人で、それでいて国王陛下ですら簡単には罰することが出来ない人って」

「……」

「どうせ知ってるんだろ? 何故王太子殿下が無能と呼ばれながらも廃太子されずにいるのか。そして未だに命を長らえているのか」

「ああ」


 それでもまだ動揺が取れないのか、僅かに視線が泳いでいる。

 彼女達からすれば思っていたのとは全く違う展開だとは思う。「国王陛下ですら簡単には罰することが出来ない」とは、普通に聞けばそれだけの権力やそれ以外の力を持っていると解釈するだろう。

 だがそうでは無かった。述べた力のどれもを持っていないのに国王陛下が手を出せない特例中の特例なのだから。

 同時に、彼女達にとっては嬉しくない意味での予想外だとは思う。だって、権威も権力も武力も何も無い上位者が雇い主になるのだから。


「信じられないか?」

「いや、今更疑うことは無い。無いが……」

「意外だって?」

「それ以上だな」

「だろうな。俺でもそうさ」


 はは、と笑いながら僕は【僕だけの宝物箱カラーレス・ジュエルス】からピューターのゴブレットとワインが入ったジャグを取り出した。驚く顔を見せる女に微笑みながらゴブレットにワインを注ぎ、一息に飲み干した。


「お前は一体何者なのだ? 王太子殿下であれば、確かに直接御顔おかおを合わせるのが難しいことは良く分かる」

「がっちがちに騎士や護衛に兵士、裏人が囲んでるもんな」

「ああ。で、あれば。何故お前は王太子殿下に近づける? 騎士には見えないし、出入りの商人にも見えない。そもそもあそこはベルナール商会が御用達だ。屋敷の使用人がこんなところで冒険者の真似事をしているのも、王太子殿下の配下の者であれば不可能だ」


 無能王太子の屋敷には王太子直属の使用人なんて居る訳無いし、居たとしても冒険者としてやっていけるだけの力を持った都合の良い人が居る方がおかしい。


「そうだな」


 そこで僕は笑った。そろそろ昨日の睡眠を邪魔してくれた意趣返しもいいだろう。ついでに言えば、女の後ろに立っているニールへの意趣返しも、だ。


「【技能解除マナ・アンロック】」


 僕は顔や髪にかけていた【変化ヴェイル】を解除した。そして、いつもの横柄な態度で背もたれに身体を預け、口を開く。


「私がカー=マイン・カラーレス・ジ・ガーランド・ル・カルロ=ジグル・アーレイである。これで納得するか?」


 先端が黒く染まり白銀で覆われた王族特有の髪の色に、ザルード公爵家特有の紫に染まった瞳の色。

 これを見れば、知っている人は全てが無能王太子であると思い至るだろう。この二つの組み合わせを持っているのは、この国には一人しか居ないのだから。


 驚愕の表情を浮かべた後、反射的にひざまずいた彼女達の姿を見て、僕は満足げに頷いた。

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