無能王太子
サガラとの出会い
第34話 裏人の夜這い
「っつーか何でお前の方が早く帰ってんだよおかしいだろ」
「世の中おかしいことと不思議で溢れてるんだよ。この間の『
「そうだけどそうじゃねぇんだよ!」
その反応に僕は笑いながらワインを口にした。
「でも本当。どうやって帰って来たの? って言うかいつ帰って来てたの?」
「少なくとも昨日よりは前だよ」
イリールの心底疑問です、と言った質問に曖昧に返す。
僕は謝礼を貰ったあの日、伯爵家から開放されて宿の前に送って貰うと、すぐに全力で城塞都市ガーランドへと駆けた。そして到着したのは夜が更ける頃。多少遅くなったけれど、余裕でニール達を追い越している。
そこから一日二日を屋敷でぐーたら過ごし、次の一日を少なくなった金銭の補充と
その時にちょっと夜に付き合えと言われたので仕方無く、こうして絡み酒の
「ジャスパーは、体力を重点的に鍛えたのか? いや、それならこの間のあれは矛盾するか……」
「そうね。速度と言われた方が納得だけど、力がまた……」
「こいつこれでそこそこに
「貴方飲み潰れてたじゃないの」
この間の緊迫した空気はきっと最後の打ち上げで消えていったのだろう。今の彼らからは討伐依頼が発生した時のような重苦しさは微塵も見当たらなかった。
「で、これからニール達はどうすんの? またバラバラに動いてなんちゃって
「ああいや、暫くは四人で
「ちょっと今回のは疲れちゃった」
「ねー。まだ帰って来たばっかりだし」
普段真面目そうな女二人組までがどうにも弛緩した空気を醸し出している。
やはりあの状況は余程にしんどかったんだろうな。
それから暫くはつまらない雑談を続けていたけれど、ふとニール達の獣耳を見て、本当に思いつきで雑談交じりに聞いてみることにした。
「そう言えばサガラって一族を知らないか?」
「サガラ?」
ニールは片眉を下げ、心底不思議そうな顔をした。
「いや、初めて聞いたな」
「そうか」
「お前ら知ってるか?」
ニールが聞くも、三人共が首を振る。
「その一族に何かあるのか?」
「いや、知り合いがその一族を探していてな。知っているようならと聞かれたことがあったのを思い出したんだ」
「へぇ」
言いながらエールを飲むニールは、どうやら関心が無いようであまり会話に乗ってこない。その様子がちょっと珍しくも感じる。普段であればそこから話題を膨らませるだろうに。流石に会話が唐突過ぎたかな。
「まぁ別にそこまで真剣に探している訳でも無いんだけどな」
「ふーん。じゃあ俺も覚えてたら知り合いに聞いといてやるよ」
「ああ、じゃあ頼むよ」
「特徴は?」
「さぁ?」
「さぁってお前……」
呆れたように苦笑するニール。知らないものは知らないんだから仕方無いだろう。
ただ初めてジャルナールからサガラの存在を聞いた後に、少しだけ貰った追加情報はある。
「知っているとすれば、獣人種で、この国にその一族が居るらしい、ってことくらいだな」
サガラ一族と言うのはどうやら獣人種だけで構成された里の一族だったらしい。
獣人種と言うのは基本的に身体能力に優れているし、何かしら特化していることが多いらしいので、確かに裏人としては適切なのかも知れない。だから獣人種だけの一族と聞いてむしろ納得したくらいだった。
僕の言葉にニールが怪訝そうな顔をした。残りの三人も同様だ。
「何か変だな?」
「何が?」
「いや、詳しく知らないのに、種族と所在地は知ってるって」
「まぁそいつもそれくらいしか知らないらしくてな。だから俺も詳しくは知らないんだ」
「お前の知り合いも変なやつだな」
「違いない」
僕はまた料理をおかわりする。この間あの『
「そういやジャス、お前今日はどこに泊まるんだ?」
「んー?」
そう言えば僕はこの都市では宿無しで通していた。気まぐれに宿に泊まってはまた違うところで、と言う感じで説明している。
「別にどこでも?」
「んじゃ一緒のところ泊まろうぜ。どうせまだ部屋空いてるしよ」
「良いよ」
本当は屋敷のふんわりベッドで寝ようとしていたけれどまぁ良い。最近ではお出かけが増えているせいか、屋敷のベッドで無くても落ち着いて寝られるようになってきたのだ。
お互いに笑いながら食事を終えて、僕はニールに連れられるがままに宿へと向かった。
昼間は狩りに勤しんだからだろうか、それともニール達との会話が楽しかったからだろうか。僕はそのままベッドに倒れ込んですぐに眠りについた。
※
目を開ける。
僕の視界には、黒い服装をした人影が映っている。フードを被ったまま顔を口布で覆っているそいつは僕に跨り、首にナイフを添えている。落ちてくるそいつの瞳は、まるで月明かりのように冷たかった。
「誰だお前」
「黙れ。こちらの質問にだけ答えろ」
お望み通り口を噤み、【
僕は特に焦った風も無くそいつの顔を見た。そうして言葉を促すように片眉を少し上下させた。目の前のこいつが何者かはもう【万視の瞳】で分かっている。ただどうしてここに居るのかが分からない。
「お前は何者だ」
「ジャスパー。
「どこでサガラのことを知った」
ああなるほど。
その言葉で色々と察することが出来た。ニールめ、上手くやってくれたものだ。
でも振り返ればそうだよな。あの
でもまさかこんなすぐ近くに居るだなんて誰が思うだろうか。
「知り合いがいてな。そいつがあんたらのことを探していた」
ナイフが強く押し当てられた。はっきりお前達がサガラだ、と言ったからだろう。
「そいつは誰だ」
「それは勘弁。口にしたら俺が殺される」
「言わなければどうせここで死ぬ」
「じゃあここで殺された方が良いかな。知ってるか? 権力者に逆らったら自分だけじゃなくて家族や知人にまで被害がいくんだよ」
はっきり断ったにも関わらず、ナイフが動くことは無かった。
まだこいつらは僕を殺すことなんて出来ないだろう。自分達を探す誰かの正体が知りたくて知りたくて堪らないだろうから。ましてや探しているのが権力者だと言うのだから怖くて仕方が無いだろう。
「……お前はどうやってその権力者と知り合った」
「……」
僕は答えない。引き出したい言葉がある場合、そいつが何も言わなければ更に言葉を発するしかないのを分かっているから。
「どうしてサガラを探している」
「あんたらの力が欲しいんだと」
「……サガラの力?」
「権力者が優れた裏人を欲しがる。普通だろ?」
これは嘘じゃない。僕は正にそれが欲しいのだから。
「サガラである理由は?」
「そいつは裏人を持っていない。自分だけの裏人が欲しいんだ。そしてあんたらは今は主人が居らず、庇護下を欲している筈だ。違うか?」
里の一族、と言うのは普通に生きている人には理解出来ない程の強固な絆があると言う。長い年月を共にし、全員が運命共同体のような生活を送っている。
ましてや表に出られない秘密を抱えた裏人の里の仲間ともなれば、もはや一心同体とも言えるだろう。
サガラの一族は
だが多数の仲間が同じ場所で共に生活することは目立つし、
長い年月をかけて市民に紛れ込んでいけば何とか裏人としてでは無く、表の人間として生きていくことも可能だろうがこれは非常に難しい。
騎士が騎士を辞められぬように、冒険者や
更に言えば、長い年月をかける前に権力者に狙われる可能性だってある。どこにも所属していない裏人と言うのは、この国にとっての他国の
他国の『ギルド』と言う組織は、我が国の『
特殊な力を持った無所属の集団なんて危険極まりない。その存在を知った時点で全力で探し出し滅ぼす。
つまり、サガラとはそう言った存在なのだ。
だからこそ、個人では無く集団で動く裏人と言うのは権力のある雇い主を求める。その者の庇護下にある内は一定の安全が保証されるからだ。
現に今、サガラの一族はどこにも所属しておらず逃げ回っている状態だ。その上サガラを知る権力者が自分達を探している。内心は不安と恐怖で荒れ狂っているだろう。
「……」
目の前の女は――声からして女だろう――手のナイフを動かすことが出来ずにいる。室内に居る者達も動く気配が無い。
「あんたら、外の国に逃げずにわざわざ怨敵のこの国に居るのは訳があるんだろ? 木を隠すなら森の中と言うのもあるだろうけど、生き残った多数の里人で他国に渡って、そこの権力者や縄張りとする裏人を刺激したく無かったんだろ?
だからこうして今もこの国に潜んでいる。多分あの戦の最中にかこつけてここに身を潜めたんだろうな」
「……」
「あんたらが生き残っていることはばれてる。俺がここであんたらに殺されるにしても、権力者に情報を渡すにしても、知らぬ存ぜぬを通したとしても、あんたらがどうなるかは先が見えてる。残念だったな」
言葉は返ってこない。
僕としても正直もうサガラはいいかな、なんて思っていた。ニールにサガラのことを聞いたのも完全な気まぐれだったし、元々サガラが僕の手下になるとは思ってなかった。
それにこうして言葉にしていくと、サガラを配下にすることは
「そろそろ寝たいんだけど、殺すなりどっか行くなりさっさとしてくんない? 眠いんだよ」
こう言いつつ、僕は殺されないのが分かっていた。僕は常時【
毒を無理やり飲まされたってすぐに【
「もし、サガラがその者の配下に加われば、その他の権力者の手から逃れられるのか?」
無理言うなよ。そう言葉にしなかった僕は偉い。
「それは分からない。仮にもあんたらは国の討伐から逃げ出した存在だ。国王陛下やその周囲の貴族の耳にでも入れば確実に横槍は入るだろう」
無能王太子を舐めるな。裏人を配下に持ってますなんて知られたら確実に騎士を引き連れた宮廷貴族がすっ飛んでくる。お前何してるんだよと。下手をすれば軟禁を通り越して監禁へと昇格する可能性だってある。
それでも、すぐに罰せられるなんてことは先ず無いだろう。
「ただまぁ、仮にもし国王陛下の耳に入ったとしても、だ。国王陛下でも簡単には手を出せない人だ、ってことは間違い無いな」
国王愛する王妃の実子であり国内有数の力を持つ公爵家当主の孫の血は伊達じゃないのだ。そもそも王の胤から生まれた存在と言うのはそんな軽々しく扱えるものでは無い。
「それは
「これは絶対だな。でも、ぶっちゃけその人はあんたらを手下にするのは半分諦めてはいる」
「何故だ?」
「簡単だよ。あんたらの里を直接滅ぼしたザルード公爵家に近しい人だからな」
「――」
女の身体が固くなるのが分かった。
怨敵の国に居ることは耐えられても、里を滅ぼした人の関係者に膝を着くのはそりゃもう堪忍袋の緒が一瞬で切れるだろう。
だからこそ僕はジャルナールから話を聞いた時点で無理だなぁ、なんて思っていた訳だから。
「まぁ、そいつもだから、俺にサガラの場所を探してくれって言ったのも諦め半分だよ。だから俺も真剣には探して無かった訳だしな。もう良いか?」
そう言って、僕は目を瞑った。完全に寝る気満々だった。そのまま本当に女達を放置して眠りについた。探しておいて何だけど、もう来なくて良いよ。
※
次の日の朝、当然ながら生きている僕は普通に目を覚ました。どこかに連れ去られたり毒を飲まされたりしてないようなので、素直に帰ったのだろう。
一階に下りて食事を取っていると、何食わぬ顔でニールも姿を見せてきた。
「よう、なんか眠そうだな」
お前のせいだよと言いたかった。
「なんか変な夢見てさ、寝が浅かったんだよ。寝るのもまぁ遅かったけど」
「ほお、どんなだ?」
「もの凄い綺麗な女の子に馬乗りにされながらナイフ突きつけられてんの。幸か不幸か分からなかったよ」
「ははは、そりゃ確かに変な夢だ」
そう言いながらニールも持ってこられた食事をいつも通りの顔で食べ始めた。その顔を見ながら、裏人って言うのは本当に優れた存在なんだなぁと感心した。
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