第36話 ミミリラ・サガラ
「疑わんのだな?」
「疑うなどと恐れ多い」
そうだろうな、と思う。例えこうした場で騙す為であろうとも、王族を騙ることは自殺に等しい。
仮に国王の耳に入った場合、国中の貴族に命じてでも不埒者を探しだし、自ら軍を率いて怒り狂った顔で殺しにくるだろう。
これは絶対だ。それだけ王族を騙ることは大罪なのだ。
だからこそ、今こうして女は素直に信じると口にしたのだ。
「で、貴様らは誠に私の配下になると?」
「はっ」
「手となり足となり耳となり。時に奴隷として、死ねと言えば死ぬと?」
「お望みとあらば」
「その証明はどうする?」
「
それなら確かに絶対に裏切れない。
契約紋とは、互いに約定を結び、それを破れぬように金の神に願うことで身体に刻印される紋様のことだ。これがある限り約定を破ることは出来ない。破ろうとした時点で魂が崩壊し、死に至る。
生殺与奪を預けるとは簡単に言えば奴隷契約のようなものだ。普段から何を命じられようと決して逆らえない。
それをいきなり差し出すこの気概。凄まじいものがある。
「良いだろう。貴様らの人数は?」
「男四十五名。女七十七名。働けない身体に障害を負った者、子供が五十二名。総数百七十四名で御座います」
「結構多いな?」
「はっ。里に兵が攻め入ると知った時点で逃げる者を決め、後は敢えて兵と戦い散りました。元々外に出ていた者もおります故」
里は滅びました、と見せかける為の生贄か。
それでも多い。サガラとは元々かなりの規模を持っていたのだろう。恐らく裏人の集落では無く、裏人の側面をもった豪族だったのだろう。だから滅ぼされたのか。
男が少ないのは多分真っ先に散ったか、あるいは障害を負った者の中に入っているんだろうな。
「今生き残りはどうしている?」
「
「なるほどな」
これならすぐにでも役に立ってくれそうだ。
僕はここで再び冒険者ジャスパーとしての顔と髪の色に戻した。
「堅苦しいな。気楽にやろう」
笑いながら僕は【
躊躇っていた彼女達も、それが僕の意思と判断したのだろう、先程と同じようにした。
「で、正直どうなんだ? 結構苦しい生活してるのか?」
「はい……ああ。いや、正確に言えば、生活そのものはそこまで
「やっぱり?」
「知っているかは分からないが、この国には相当数の裏人やそれに近い者が居る。戦争の気配や何かあればそれらの緊迫感も高まる。もし一人でも私達の存在が知られれば、確実に追われるのは目に見えているからな……」
「だろうね。でもこの国にいる理由は、昨日俺が言った通り?」
「その通りだ」
他国に逃げるわけにもいかず、国内でもいつ命の危機に晒されるか分からない状況。まぁ不安にならない訳が無い。それにこの国は戦い大好きだ。殺しても良い力を持った集団が居ればすっ飛んで来るだろう。
「率直に聞くけどさ、どうしたい?」
「……里の皆の安全が欲しい」
主従関係とは、上下関係や様々な理由があれど、根本には互いに求めるものがある。互いに何が欲しいか、何をして欲しいか。それを受け取り与え合う関係を主従関係と言い変えることが出来る。
金や生活に困っていない彼女達が求めるもの、それが里人の安全なのだろう。
そして僕は、完全に手の者となる彼女達にそれを与えてやらなければならない。
まぁある程度無視しても、もう彼女達は抱える事情から僕には逆らえないだろう。
一度権力者の庇護下に入るとはそう言うことだ。もう逃げられない。でもそれじゃあ僕としても面白くはないので、きちんと守ってやるつもりだ。
「はっきり言うし分かってると思うけど、王太子としての俺の下に裏人が居ると言うのはばれたら良いことにはならない。だから直接守ってやることは出来ない
ただ言ったようにいきなり国王陛下が俺を処断したりすることは出来ないだろうし、無闇にお前達に手を下すことも出来ない。理由はまぁ言わなくても良いな?」
「うむ」
「だから当面は王太子としての伝手と、冒険者としての立ち位置を利用して庇護下とする」
「具体的には?」
伝手と言っても僕にあるのは一つだけしかない。
「先ず、資金元としてベルナール商会の援助を受けて
「私達も目立ちたくないと言う理由で連盟を作らなかった経緯がある」
「それは分かる。ただお前達と俺の違いは信用等級と実績だ。名のあるベルナール商会の名前を背景にした連盟とする。それだけで一定の信頼は得られるだろう。
そうして冒険者としての活動と同時に、ベルナール商会のお抱えとしての仕事もする。これで身元不明の冒険者では無く、王室御用達のベルナール商会ガーランド支店お抱え連盟として周囲には認知させる」
「なるほど」
歴史ある王室御用達商人と言うものは、それだけで一般市民は愚か、貴族でさえ迂闊には触れられない存在となる。下手につつけば王室への無礼を働いていることに繋がる可能性もあるからだ。
その商会が懇意にしている連盟となれば、対外的にある一定の信用は得ることが出来るだろう。
「幸いなことに、俺はそこそこに名前が知れてるし、普段からベルナール商会とは仲良くしている。俺が連盟を設立したいとガーランド支店長に相談し、それをベルナール商会が後押しする。そこで連盟員を集める為に普段から仲良くしているニールとその
ちら、と女の後ろの方にひっそり立っているニールを見ると少し気まずげにしていた。しっかり気づいてるぞ。
「冒険者は――既に冒険者として活動している者、登録さえすれば活動出来る者は何人居る?」
「働きに出ている者全て集めて百二十二名です、だ。サガラで戦えない者は最初から外で働くということはしない」
「それだけいれば相当な規模の連盟を作れる。サガラとして働きを出来ない者はそこの使用人として雇う形にすればいい。これだけで結構な人数が
「……なるほど」
「ただし、目立たないようにすると言う点はどうしても不可能になる。目立つことを利用している訳だからな。これが不安と言うなら違う手を考えなければいけない。まぁ今は思いつかないけどな。どうする?」
正直これが一番良いとは思うんだよな。
連盟は斡旋所を通して王国認定の組織になる。その信頼元として、王室御用達商会の名前を使う。
変に隠れるより、逆にある程度開けっぴろげなくらいの存在感を出した方が不信は減るだろうし。
夜道にウロウロしていたらただの不審者だが、昼間なら多少の不審はあれど、道に迷っているか何か困っているのか程度に収まるだろう。
しばらく悩んだ末に、女は視線を向けてきた。
「それで良いで、良い。お前を信じると決めた。ならばその決定に従おう」
「決定じゃないんだけどね。と言うかお前が決めて良いの?」
「構わん。族長は私だからな」
「え、お前が?」
「おかしいか?」
まぁ女が組織の頂点に君臨するというのは多くは無いけれどそこまで少ないと言う訳でも無い。
男は生命力に優れているが、女は精神力に優れていると言うのが一般的な認識だ。場合によっては女の方が都合が良い時もある。
気になるのはそこじゃない。
「いや、族長なのによく昨日いきなり俺に襲いかかって来たなって。普通そう言うのは違う奴にやらせるだろ」
「普段は副族長にやらせるが、大事なことは族長の私が動く。今回のことは最重要なことだったからな」
「そう言うものか」
「ああ。それに一族の長は最も優れた者が就く。確実に情報を得たかった、そう言う意味でも私が適任だった」
それでも……と思ったけれど、よく考えれば我が国は国王や貴族の当主が場合によっては先頭を駆けるんだった、と思い直した。むしろ納得出来てしまう。
「じゃあそう言う感じで進めていこうか」
「ああ。よろしく頼む」
とりあえずすることは色々出てきそうだ。渡すものも出来たし、今後具体的にどう動くか、など。
そう言ったことを考えた後に、ふとした疑問を聞いてみることにした。
先に言っておこう。決して酔っている訳では無い。僕は真剣に気になるのだ。
「ところでお前名前何て言うの?」
「ああ、ミミリラ・サガラだ。好きに呼んで欲しい」
「じゃあミミリラ、早速聞きたいんだけどさ」
「何だ?」
僕はミミリラの顔と、頭上にある猫耳を見ながらはっきり言った。
「お前って
僕が雇い主じゃなかったら多分殺されていたと思う。
でも仕方無いよね、もの凄く美少女だし、耳がもふもふしてるんだから。
目をまん丸にするミミリラの表情が可愛らしくて、僕はふわふわする気持ちのままエールを一気飲みした。お酒が美味い。
あと後ろで頭抱えているニール。お前が僕に女を教えたんだろ。諦めろ。
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