第26話 ジブリー伯爵のご令嬢

 ジャルナールから聞いた話は、思わず「待てよ」と突っ込みを入れたくなるものだった。


 どうやらニールから聞いていた調査隊とやらは調査中に対象に襲われて壊滅。ぎりぎり生き残った兵士が情報を持ち帰り、検討した結果危険度第5段階の特殊個体に認定されたと言う。


 そこまでならまぁ良い。突っ込みたいのが、それの討伐が領主軍と冒険者達に割り振られたことだ。

 実はニールから聞いた時も少し思っていたこれ。


 いや、こういう時こそ兄上であるダイン殿下が出るべきだろう。

 功績を上げるには間違い無く危険度第4段階の特殊個体を凌ぐだろう、と。


 それが今回は他所に割り振られるって。

 確かに距離とかそう言うのはあるのかも知れない。戦争が始まってしまって兵士にゆとりが無いとかまぁ色々あるだろうけれど、どうしても疑念が晴れない。

 そんなに勇敢に戦ったなら今回だって主導する形で参戦するべきだろう。どう考えても今回の方が参戦する兵士や冒険者アドベルの数は多いのだから。


 その話を聞いた僕があまりにしかめっ面をしたせいか、ジャルナールには困った顔をさせてしまった。僕の言いたいことがはっきり分かったのだろう。


「もしかして今日出かけてたのってそれ関連?」

「うむ。戦の関係と相まって、必ず食料などが動くからな。まぁ他領主も支援には動くだろうからそこまで影響は無いかも知れんが、一番難儀なのが回復薬でな」

「ふーむ」


 確かに回復系魔術を使える人が沢山居るならともかく、あれはそう多い訳じゃない。七大神を信仰する教会連中なら沢山居るだろうけれど、あの人達はそもそもそう言った事柄には基本関わらない。


「いつごろ斡旋所に依頼が来るか分かるか?」

「もう暫くは後だろう。情報を関係各所に広げ、どれだけの戦力が必要かの調整が必要だからな。まぁそれまで魔獣が大人しくしてくれていれば、だが。少なくともそれまでに村や町の幾つかは滅びるであろうな」

「ふむ」


 仮にも自分の住む国の民のことながら、僕の心には一切の心傷は無かった。何故なら今回のことは領主の地で起きたこと。国王直轄領であるならば話は違うが、そうで無いならそれは領主の責任。

 国王とは国を一番に考えるが、小さな領地一つの被害を深刻に受け止めることは無い。それが国全体に被害を及ぼすならまた事情も変わるがそうじゃないのだ。

 そして僕は本来国王になるべきだった存在。物心がついた時から国王になる為の教育を施されていたのだ。既にその資格は失われているものの、その考えから外れることは無い。

 そしてジャルナールもそれを責めるような視線は向けてこない。


「準備しておいたほうが良いんだろうね」

「うむ。その装備はそれ関連で新しくしたのか?」

「一応はそれもあるけど、別に今回のことに限定してる訳じゃないよ。ただ買っておいた方が良いかな、程度で。この間の護衛でそう思った」

「言ってくれれば幾らでも準備したものを」

「悩んだけど、思い至ったのが初めて装備を揃えたところに入った後だったから、まぁ良いかって。ああただ、後で服だけ見てくれない? 予備も含めて欲しいんだよね」

「無論だ。幾らでも持っていってくれ」

「いや金は払うけどね」


 ついつい笑ってしまう。ジャルナールなら本当にくれそうだ。


「じゃあ話はこれくらいかな。服はまた明日顔出すよ」

「分かった。首を長くして待っておく」

「のんびりどうぞ」


 じゃあ、と言って僕は立ち上がった。横に置いていた両手剣を背にかけて扉へと向かう。


「見送りは良いよ」

「分かった」


 そう言って部屋を出る前に、僕はふとした疑問を投げかけた。


「ジャナル」

「何じゃ」

「こう言う依頼が出る時、断ったら信用等級の評価に関係すると聞いた。それはつまり、俺の評価を保証したお前にも行くってことだろう」


 じぃ、と目を見る。


「俺が何かやらかして、評価が一気に失くなるようなことをしたら、お前はどうする?」

「そんなものは分かりきったことだ」

「へぇ」


 ジャルナールは笑った。


「お主の成すことこそがこの世で最も正しい行い。それを誤りと評価する者が愚者なのだ。その結果私がどうなろうと、僅かの悔いも無し」

「なるほど」


 それを聞いて、僕は笑った。彼はどこまでいっても僕の忠実な臣下と言うことだろう。それがどうしてか、無性に嬉しかった。

 そうして手を振って、僕は商会を出て行った。



 ※



 朝、ベルナール商会で服、おまけに履き心地の良い靴や下着を購入して、僕は都市から出て全速力で駆けていた。

 今は薬草類の需要が非常に高まっていて、高値で売れると言う。加えて言えば、その影響で供給が間に合っていない町や村もあるらしい。


 それの解決と、ちょっとしたジャルナールへの褒美代わりに、今日は品薄の素材集めへと向かうことにしたのだ。しかし群生地がそれぞれ結構な距離で離れているので急がねばならない。


 数日かけてやればもっと楽かも知れないけれど、いつ依頼が発生するか分からない現状ではのんびりやることは出来ない。

 そんな訳で、僕は今出せる全力を持って移動している。この為に新しく魔術カラーを創造したくらいだ。自分でも驚く程の速度が出ているので、逆に良い機会だったかも知れない。


 目的が薬草類なので、今日は初めからずっと【僕だけの部屋カラーレス・ルーム】で姿を消している。

 草原を抜け森に飛び込み【万視の瞳マナ・リード】を全開にして目的の薬草を探す。次の為にほんの少しばかりを残してから次々に色んな種類のものを採取していく。

 採取場の周りにいる魔獣はおまけとばかりに首を刎ねていく。この間買ったばかりの剣を強化無しで使ってみたけれど、中々に良い斬れ味をしている。試しに強化をしてみると斬った感触すら無かった。これは良い。

 両手剣なのに片手で扱っていることに関しては気にしないことにした。


 移動する場所は北に移動したかと思えば南へと駆け戻り、この時点でもう昼を超えていた。このままではもしかしたら夕暮れまでには帰れないな、と焦りながらも駆け続ける。


 それでも僕は疲れを一切感じていない。そこでふと思う。かつて存在していたと伝えられている英雄達はどれだけ化物的な存在だったのだろうと。

 彼らは限りなく能力第7等級に近い能力値を持っていたことが伝承から伺える。そうじゃないと巨大な魔獣と三日三晩戦ったなんて伝承はありえない。

 今の僕も限りなく能力第7等級に近い筈なのに、そんな自分を想像出来ない。多分、能力等級値以外の何かが本物の英雄にはあるのだろう。


 そうこうしている内に時間は過ぎていく。集めるのが後一種類くらいかな、なんて思いながら移動していると、【万視の瞳】の中に何やら変なものが映った。

 どうやら馬車とそれに乗る数人、その周辺には多数の人と馬。

 詳しく見てみると、冒険者に傭兵、護衛兵にメイドに貴族令嬢らしきものが居る。馬車に乗っているのが貴族令嬢とメイドで、後はその周囲で近く固まっている。


 貴族令嬢の名前はサマンサ・ラ・ミーサ・ジブリー。この領地の地名がジブリーだから、間違い無く領主の関係者だろう。爵位持ちの証明であるドが付いて無いことから、娘か親戚筋には間違い無い。

 その風景が見える位置まで移動して【視力上昇サップ】で視力を上げて見ると、どうやらサマンサとやらの馬車が襲われている様子だった。


 気になるのが、襲っている側に冒険者が居ることだ。護衛側ならまぁ分かる。護衛依頼を受けていたんだなと。だがそうではなく襲撃側? 裏切った?


 冒険者は傭兵や傭兵崩れと違って、基本的には人相手の戦いやこう言った盗賊行為には参加しない。彼らはそう言うものよりも魔獣を狩ったり素材を集めたり未開を探検したりするのを主としているからだ。

 また斡旋所との関わりが最も多いのが冒険者であり、犯罪行為が露見した場合ただでは済まない。自分が討伐対象になる場合だってあるのだ。


 そんな冒険者が貴族の関係者に手を出す? しかも傭兵崩れと一緒になって?


「ふーむ」


 考えながら見ていると気づくのは、護衛兵の強いこと。馬車を守りながらだからか動きこそ難しそうだけど、傭兵崩れが近づいてもあっさり切り伏せたりしている。冒険者の援護が邪魔なのか上手く出来ない時もあるが、基本的には護衛兵が優勢にも見える。


「あ」


 そんな中、冒険者の魔術士カラーズが放った球状の炎が馬車の足元に着弾した。爆発に巻き込まれて馬車が二転三転する。あれでは馬車の中は大変なことになっているだろう。


 それに動揺したのだろう護衛兵達の隙を見てか、一斉に攻勢にかかる襲撃者達。

 徐々に護衛兵達が攻撃に沈んでいく中、馬車に取り付く奴らまで現れ始めた。


 そのままどうなるのか見届けておこうかと思ったけれど、ふと気づく。この令嬢が切っ掛けでジブリー領主の動きに影響が出ないのかと。

 今回のあの討伐依頼は、この領主が主体となって動く筈だ。


 まさか無いよな? 貴族足る者、たかが娘一人が死んだり攫われたくらいで討伐参加しなくなるとかさ。

 ああでも、何かあってこいつらが令嬢を人質に討伐参加するなとか要求したら? でもそれだと襲撃している奴らに利は無い筈。


「ふむ」


 状況を眺めながら色々考えた結果、問題も関係も無いだろうと言う考えに至ろうとしたその時、ふと、何故か分からないけれど、母上の顔が頭をよぎった。

 僕が無能と断じられ、王太子としての価値が無くなった時、最も嘆き悲しみ、僕を守ろうとしたのは母上だったのだ。


 例えばもし、僕が捕らえられ何かしら王城に要求があった時、果たして母上や、それに付随して父上やお祖父様はどうするだろうか?


「煩わしい」


 思うよりも早く、僕の身体は風となった。一瞬で近づいた僕は彼らの真ん中に着地すると、一つ、呟いた。


「【土柱グランド・アイクル】」


 彼らの足元から巨大な槍となった土の塊が突き出し、一瞬で襲撃者達を貫いた。戦いなんて無い。これは駆除だ。


 周囲を見ると、うずくまったり倒れたり、あるいは膝を震わせながらも剣を構えて馬車を守ろうとする兵士達が居る。

 僕は初めて使う魔術を想像した。こんなことなら幾度か練習しておけば良かった。

 傷ついた彼ら、そして馬車の中で怪我をしているだろう全員の痛みや怪我を癒すそれ。想像が具体性を持たなかったので、仕方無く魔術言語カラー・スペリアンで補う。


「『痛苦は去りて癒しの手。到来するは安息の時』」


 多分、これで良い筈だ。

 見ると彼らは立ち上がったり、各々が手のひらを見ている。どうやら成功したようだ。失った血はどうしようも無い。今後その辺も考えなければいけないな。


「もう怪我人は居ないか?」


 周囲を見ながら言うと、彼らは戸惑った風に頷いた。

 そして隊長格の男が馬車に近づき声を掛けると、中からメイドが出てきて、そして如何にも貴族のご令嬢です、という様相の女の子が出てきた。

 多分僕と同じくらいだろうか?


「一体どうなったの? 突然傷も無くなって」

「あの男が助けてくれました。我々の傷も」

「まあ」


 そんな会話をした後に、こっちを見て小さい歩みで隊長格に連れられるように近寄って来る令嬢を待つ。後ろにはメイドが付き、そして若干僕を囲み気味な兵士達。

 まぁ自分の主人と、助けたとは言え正体不明の男だ。そうする気持ちも分かる。が、煩わしい。


「助けて頂き誠有り難く存じます。私はジブリー伯爵の次女サマンサです」

「どうも」


 僅かにスカートの端を摘み見事なカーテシーを見せるサマンサ嬢に、僕は会釈すらしない。今の僕はジャスパーだが、頭を下げさせたくば国王陛下でも連れてこい。

 そもそも格下の冒険者にカーテシーなんてするものじゃない。


 そんな僕の態度にやはり無礼を感じたのだろう、左右で剣が動いた音がしたし、メイドはいかにも不快そうに見てくる。


「一応聞くけど、襲われたの?」

「私は分からないのですが……ドミニク?」

「はっ」


 ドミニクと呼ばれた隊長格の男は、事態の説明をしてくれた。


 僕の予想通り、やはり冒険者達は護衛として依頼を受けた者達だったらしい。以前からジブリー領で活動をしており、冒険者としての信用等級値こそ3であるものの、付き合いから来る実際の信頼はあったとのこと。


 令嬢の護衛をしながら領主の屋敷に戻っている最中に突然傭兵崩れが襲って来て、それに合わせていきなり冒険者も襲って来たのだと言う。

 唐突の裏切りと数の違いから押され、危うくサマンサ嬢の乗る馬車が襲われそうになった時に僕が来たと。まぁ端的に言えばこう言うことだ。

 暫く眺めてましたなんて言ったら怒られそうだな。


「冒険者がねぇ……」


 これが一番怪しい。試しに近づいて首元を見ると冒険者証明証アドベルカードがあり、言われた通りの信用等級の値が見える。以前から活動しているとのことなので、偽造はありえない。


 まぁ今の僕には関係は無い。

 冒険者から視線を外し立ち上がると、至って平板に問いかけた。


「もう後は大丈夫だよな?」


 ドミニクとやらに聞くと、何故か微妙な顔をした。別にまだ馬はいるし、馬車は壊れて……るなこれ。

 見ると、馬車を引いていた馬は片方は倒れたままで恐らく死んでいる。もう片方は足が折れているのか変な方向に曲がっている。


 他の兵士が使っていただろう馬こそ生きているが、馬車は片側の車輪が破損している。これを見て馬車が動くと言える者は居ないだろう。少なくとも僕は言えない。


 一瞬魔術で馬車を直すことが頭をよぎったけれど、どうにも想像が出来ない。これは少し構造を見た上で練習しなければ無理だろう。

 僕の微妙な表情を見たのかは知らないけれど、サマンサ嬢は微笑んできた。


「あの、助けて頂いたお礼をしたいので、一度お屋敷まで来て頂けたらと思います」


 貴族にとって、恩に対して礼を返せないのは恥とされる。それは相手が断ろうがどうのは関係無い。返していない、と言う結果こそが全てなのだ。

 だがサマンサ嬢に言いたい。今はそれどころじゃないだろうと。


「別にそう言うのは要らないけど、隊長さん、か? これ帰れるの?」

「サマンサ様に馬に乗って頂きながら歩く……ならば何とかなるが。しかし」


 苦悩、という言葉が似合う表情だった。

 まぁそうだよな。ご令嬢の服装は普通のドレスタイプ。これで乗れとかありえない。それにもし馬に乗れたとしても、貧弱なお尻では数分も歩かぬ内に痛みを訴えるだろう。そしてどうせ一人では馬に乗れないだろうから兵士との相乗り。主人の、しかも未婚らしき令嬢と密着しながら乗馬なんて下手すれば極刑ものだ。


 かと言って歩いて城まで戻るなんて論外。ほら、メイドさん達も鋭い視線をドミニクとやらに向けている。ご令嬢もまた困った顔で首をかしげている。


 え、いやこれ放置して行っても良いかな?

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