第27話 ジブリー伯爵のご令嬢2

 結局落ち着いた結論は、兵士の一人が馬に乗って屋敷までひとっ走り、そこで迎えを寄越すと言うものだった。

 僕が思い切り駆けて迎えを寄越す、と言うのも考えたのだけど、良く考えたら場所を知らないし、何より向こうに信じて貰えるかが微妙だったからこうなった。


 その間は仕方無くこの場で待機と言う形になった。ご令嬢は両輪を外して平坦になった馬車の中でのんびり過ごしていることだろう。

 そして僕はそんな中、兵士達と無為な時間を過ごしている。立って見張りをしている者も居るけれど、僕は遠慮無く地面に腰を下ろしている。護衛として残って欲しいと無理を言われているのだから、姿勢に文句があるなら即立ち去るつもりだった。

 まぁ実は【万視の瞳マナ・リード】で周囲に盗賊や魔獣が近づいて来ていないか常時確認してたりはするんだけど。


「今更だが、感謝しているジャスパー殿」

「ん? ああ。うん」


 やっぱり隊長だったドミニクは、僕の横に座ってそう言ってきた。兜は外しており、見るとまだ結構若そうな感じだった。三十を過ぎたくらいだろうか?


「ジャスパー殿は、冒険者アドベルか?」

「うん。ここを見つけたのはたまたま」

「ほお。単独活動者ソロランナーか? それとも仲間とは今は離れているとか」

「完全単独活動者だね。ここに居たのは採取の途中だっただけ」

「それは悪いことをしたな」

「まぁ行動したのは俺だからね。良いさ」

「そう言ってくれると助かる」


 ぼんやりと空を眺めながら、会話を続ける。


「あまり冒険者への詮索は良くないと聞くが、普段はどこで活動しているのだ?」

「城塞都市ガーランド」

「……ガーランド?」

「そう。登録も活動拠点ホームもあそこ」

「遠くまで来ていたのだな。その採取と言うのは依頼か?」

「依頼って言うか、需要が高くなってる薬草とかをね。どうにも供給が間に合って無いって聞いたから。こっちだとプリペリアって花が多いらしいしね」


 ちなみに。他国へ渡ったり他国から来るでも無い限り、領地間の移動に制限は無い。もちろん関所と言ったものも無い。

 昔はあった頃もあるらしいのだが、当時の国王がそれを嫌い国中の関所を撤廃させたらしい。もちろん領主達からの上奏と言う名の控えめな反発はあったらしいが、国王の「では貴様ら今後余の領地に入る時は税を差し出せ」と言う言葉で一斉に声は沈静化したらしい。

 この国は封建主義ではあるが実力主義でもある。そして権威関係無く、国で最も強大な力を持っているのは国王陛下。つまりはそう言うことだ。


「ああ、なるほど。確かにそれはこの辺りだとジブリー領が一番とも言えるな。しかし良くも一人で」

「一人の方が気楽だしね」

「単独活動者らしい言い分だな」

「俺も聞いて良いか?」

「何だ?」

「あの冒険者、何であんなことしたのかって心当たりは?」

「……ふむ」


 そこの疑問はどうしても残るのだ。

 多少違いがあったが、彼らの冒険者証明証アドベルカードに表示されていたのは実力第4等級の信用第3等級、冒険者段階アドベルランクは4だった。もう十分熟練ベテランと言えるし、実績もまた同様だ。

 そんな実績のある筈の冒険者が危険を冒してまで、よりによって貴族の令嬢を傭兵崩れと組んで襲うと言うのが、どうしても腑に落ちない。顔が知れているのだから尚更だ。


「ジャスパー殿は、現在この領地で発生している危険度第5段階の魔獣の特殊個体については知っているか?」

「まぁ一応は」

「そうか。わざわざここまで採取に来るくらいだ。知ってはいるか。あるいはもう広まっているか」


 ドミニクは軽く周囲を見渡してから口を開いた。


「実はな。現在領地の中で、他種族との紛争が起きているのだ」

「へぇ」

「本当はそこに向けて派兵する予定だったところを、今回の特殊個体の魔獣だ。どちらも放置する訳にはいかぬが、魔獣の方は危険度第5段階の特殊個体であり、周辺の都市や町を巻き込んでしまう事態だ。それに大型連合体レイドが組まれる程のこと。領主様としては参加せざるを得ない」

「つまり、紛争には兵を出せない」

「そう言うことだ。その地区に任じられている代官や、周囲の町などはたまったものでは無い。来ると信じていた兵が来ないのだから、自分達で何とかしなければならない」


 難しい選択を迫られたと言うわけだ。


「ここからは憶測に近いがな。紛争地帯では既に幾つかの村が失くなったと聞く。襲って来た冒険者達の出身はその紛争地帯にある村だったのだ。そこへの派兵が無くなり、恨みを晴らす為か、あるいはそこへの派兵を求める何かしらをする為だったのか……と、私は読んでいる」

「あってもおかしくは無いな」

「まぁな。しかもそれが原因でこの辺りは現在見回りがあまり出来ていない状況でな。ああ言った盗賊化した者も増えてきている。ああ言う手合いこそ、傭兵として正しく働いて欲しいのだがな」


 傭兵は戦争参加を主とするが、盗賊に身を落とした方が楽と考える者も少なく無いと言う。そしてドミニク曰く、この手の悩みは領主には付きものらしい。

 この辺りは僕には決して分からない感覚だ。そう言う手合いが居たら王城から直轄領の兵士が笑顔で飛び出して行く姿しか想像出来ないから。


「ジャスパー殿は、魔獣討伐には参加するのか?」

「一応ね。まぁ一時集合体パーティーに誘われただけなんだけど」

「誘われると言うことは相当腕があるのだろうな。まぁ先程のを見ればそれも頷ける話だ」

「個人的には実は興味無いんだけどね。って、あんたに言っちゃいけないのか」

「はは。冒険者の行動倫理なぞ縛れんさ」

「理解はあるんだ?」

「甥が冒険者でな。まぁ言うこと聞かずに冒険者になったからよく分かる」

「理解というか諦観か……」


 そんな会話も続けていれば時間は過ぎる。どれくらい会話をしたか。そうして自然とお互いが口を閉じたその時に、僕はふと気づいた。

 ちょっと待てよ、と。


「ねぇ、領主の屋敷ってここからどれくらい?」

「馬を走らせて二時間と言ったところかな。休憩も入るが」

「は?」


 普通に馬を走らせるのと、馬車で進むのでは軽く三倍は違う。それも馬だってずっと走らせられる訳じゃないのだ。

 と言うことは、だ。さっき出発して行った伝令が迎えを連れて来るのは往復で八時間、下手をすればそれ以上かかると言うことか。ご令嬢が乗る空の馬車を飛ばして来る、と言うのであれば話は多少変わるがそれでも時間はかかる。


 空を見上げる。まだまだ明るいが、流石にそれだけ経つ頃には暗くなるだろう。


「ご令嬢は、それ以上の長距離をぶっ通しで移動するつもりだったのか」

「どうしても、目的地と屋敷の間は距離があってな……仕方無いのだ」


 何が理由でそんなことになっているのやら、と思いながら僕は立ち上がった。


「どうした?」

「いや、これ今の内に薪を集めた方が良いよ。絶対に暗くなるし」

「……しまった、私としたことが」


 あの戦いの後で緊張が取れていたのか知らないけれど、迂闊と言った表情でドミニクは立ち上がった。


「おい、二、三人で薪を集めろ。ここからは野営のつもりで行動しろ」


 ドミニクの指示にてきぱきと動く彼らを眺めながら、僕は助けたことを少しだけ後悔し始めていた。

 とりあえず、ジャルナールには今日はもう商会が開いている内には帰られないとだけ連絡しておくことにした。折角作った魔道具の最初の役立つ時がこれか、と思うと何だかちょっと切なくなった。



 ※



 まるでこの間の野宿を思い出すような風景だった。すっかり夜は更けて辺りは真っ暗だ。空は曇っているのか、光源は焚き火の明かりだけだった。

 場所が良いからか風こそ無いものの、空気は冷たくなってきており、ご令嬢までもがショールを羽織って火に当たっている。


 見張りは最低限で、今は二人程が地べたで寝転んでいる。後で夜番をする為に寝ているのだ。

 皆が疲れた顔をしている。沈痛な顔を浮かべているのはこの中で最も非力であろうサマンサ嬢だった。不安なのだろう。普段は守られて温かな家の中で暮らしているのだから。それが僕は痛い程に良く分かる。


 分かりながらも、僕の頭にはお腹空いたな、なんて言葉が浮かんでいた。

 最近冒険者業をするようになってから、無性にお腹が空くようになったのだ。もしかしたら魂位上昇レベルアップが何か関係しているのかと思うも、理由は分からない。今度誰かに聞いてみようと思う。


 そんな訳だけど、もちろんこの場に食料なんて無い。飲み物すら無いのだ。

 いや水属性魔術で水くらいは出せるかも知れないけれど、それをしようとしている者は見当たらない。


 ともあれ、それが彼らに疲れと精神的な疲労を与えている一端ではある。

 あの護衛依頼の時に初めて知ったのだが、食べ物がさもしいと心が惨めになるのだ。あの時はそれでも食料はあった。しかし今は無い。

 ご令嬢が軽くお腹を抑えているのもそれが原因かも知れない。


 少し悩んだ。実は【僕だけの宝物箱カラーレス・ジュエルス】の中には食べられるものは沢山ある。調理器具だってある。でも、ここで出すのはどうなのだろうか。

 あれ、この間知ったのだが似たような魔術は以前からあったらしい。それを応用した収納鞄や袋もまた同様に。

 ただ魔術そのものが宮廷魔導士と宮廷魔術士と言う国に直接仕える最上位魔術士が使っていたと言う次元のもので、その収容空間はそこまで広くないらしい。

 また魔道具に関しては宮廷魔導士が作り出した超高級魔道具らしく、早々お目にかかることは出来ないとのこと。


 そんな希少魔術を使える僕だが、別に使えることをこの場の人に知られても構いはしない。構いはしないが、後で何やら言われるのは煩わしい。だからどうなんだろうか、と言う気持ちになるのだ。


 空腹と煩わしさ。どちらを選ぶか。天秤はあっさりと空腹に傾いた。


「なぁドミニクさん」

「どうした?」

「調理出来る? 野営食で良いから」

「ああ、まぁ出来るが」


 いきなり何を言い出すのかこいつは、と言う顔で見てくるが、僕はそれを無視した。立ち上がって少し離れた場所に木のテーブルを出す。


「は?」


 そんなドミニク達の声も更に無視して、それなりに高級な獣の肉や野菜、調味料、香辛料を並べていく。ついでに綺麗なナイフも添えておいた。


「俺は料理、正直出来ない。だから代わりに作ってくれない?」


 更に【僕だけの宝物箱】から大きめの鍋を取り出して、僕は彼らに突き出した。



 ※



 貪る、と言う言葉が似合いそうなくらいに勢い良く食べる兵士達を尻目に、僕も遠慮無く食事を進める。

 料理は簡単なもので、肉と野菜を入れて味付けられたスープに、塩と胡椒をすり込んだ肉を串に刺して焼いたもの。オマケに腸詰ソーセージに、あとは白く柔らかいパンだ。


 味はまぁこういう場所で食べるなら十分じゃない? って言うくらいの味だった。素材や調味料、香辛料があるからどちらかと言えば普通に美味しいと言う感じだ。

 調味料や香辛料の種類を集めようと思ったら結構手間だし、高額になる。これを使って不味く作られていたら僕は少し機嫌を損ねていたと思う。


 そして我らがサマンサ令嬢。

 先程僕が出した物とは違うテーブルに着いてスープとパンと、切り分けられた肉やソーセージをナイフとフォークで優雅に食べている。おまけに彼女だけは高級ワイン付きだ。


 貴族令嬢たるもの、流石に地べたで兵士に混じっての食事は矜持が許さないだろうと僕がそうした。しかしまさか自分の為に用意した椅子などが他人の為に使われるとは誰が思おうか。


「すまんなジャスパー殿。我らの方が食ってしまって」

「良いよ。疲れてるだろうし。出した以上遠慮される方が気分悪いさ」

「本当に感謝する」


 ドミニクに続いて他の兵士達も感謝の言葉を伝えてくる。お陰ですっかり最初の頃の警戒は無くなってしまっている。


「そんなことより、やっぱり兵士は料理出来ないと駄目なもん?」

「そう言う訳でも無いな。場合による。私やこいつらの場合は自然と覚える必要があったと言うことだ」

「結構美味しいし、覚えた方が良いかな」

「良かったら今度教えるが」

「じゃあ機会があれば、ってことで」


 作法は悪いだろうけれど、そんな感じで和気藹々と食事をしていると、ご令嬢が僕の側に立った。


「ジャスパー様、この度は本当にありがとうございます」

「良いさ。ここまでくればついでだから」

「それでも、助けて頂いたこと、決して忘れません」


 それに対して、僕はただ手を振ることで応えた。今度はメイドも兵士達も僕の無礼を咎めようとはしなかった。そう言う奴だと分かってくれたのだろう。


「感謝するより、早く迎えが来てくれること祈ったほうが良いよ。流石にベッドまでは出せないからね」

「まあ」


 僕が巫山戯ふざけて言うと、サマンサ嬢は口を手で覆って上品に笑った。他の兵士も小さく笑ったのが聞こえた。実はベッドがあるのは内緒だ。


「ジャスパー様、一つ伺ってもよろしいですか?」

「何?」

「先程の何も無いところから出したのは魔術でしょうか? それとも固有の技能ですか?」

「サマンサ様――」


 これまで誰もが聞かなかったことをずばっと聞く辺り、流石貴族令嬢だなぁ、って思う。

 冒険者の能力などには触れないのが暗黙の了解。ましてや自分達を助けてくれた人の詮索などはもっての他だ。ドミニク達はそれが分かっているからこそ聞いてこなかったし、今もサマンサ嬢の言葉に固まっている。


 ただ、見せてしまった以上は気にしても仕方が無い。


「魔術。以上。気になるならお父上にでも聞いてみなよ」

「そうなのですか。ジャスパー様は凄い魔術士様なんですね。どなたか有名な方のご薫陶くんとうを受けたのですか?」

「サマンサ様、あの」


 僕は確信した。このお嬢様は大成するか、潰されるか。二択に一つだと。

 流石に面倒だな、なんて思い始めた時だった、僕の【万視の瞳】にそれが映ったのは。そう広くは展開していないので、もうすぐそこまで来ている。

 急に立ち上がった僕を、全員が何事かと見てくる。


「迎えが来たみたいだよ」


 【万視の瞳】を詳細に見ると、ジブリー家の兵士や使用人と言った説明が表示された。


「本当かっ」

「後十分もかからないと思うよ」


 喜びを分かち合っている皆と、メイドと手を合わしているご令嬢を他所に、僕は出していた物を片付け始めた。少しばかりそのままで皆が待っていると、ようやく向こうから馬車と兵士達が姿を見せた。


 確実に迎えだと分かったので、僕は皆が視線を外している間に【僕だけの部屋カラーレス・ルーム】で姿を消して、その場を去った。


 いや、面倒な時間だった……

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