第25話 新しい魔道具

 さて、参加を決定したと言ってもすぐに動く訳じゃないし、そもそも調査内容によっては討伐連合体レイドが組まれない可能性だってある。

 それなのに前もって情報を集め、保険に僕という冒険者アドベル集合体パーティーに参加させる行動力は同じ冒険者として見習うところなのかも知れない。

 厳密に言えば僕は冒険者では無いけれど。


 そんな空いた時間を使って、僕は一つの魔導具を作ろうとしていた。

 それは情報交換機能をもった魔導具だ。遠く離れていても会話が出来ると言う機能をもったそれがどうしても欲しかったのだ。


 と言うのも、ジャルナールから望んだ瞬間リアルタイムに情報を受け取りたいのだ。彼とやり取りするのはたまに屋敷で王太子としてか、商会内での二通りだ。構わないと言えば構わないのだが、ジャルナールだってやることはあるし、僕だってやることはある。その間に新しい情報が入ったりした場合、僕はそれを後から知ることになる。


 それがどうにももどかしい。どうにか本人の希望の時機タイミングで連絡がとりあえる何か方法が無いかと試行錯誤していたところに、それと似た仕組みの記憶転送石とやらが手に入った。

 身体をどこかからどこかへ送ることが出来るなら、声や思念を送ることだって可能な筈だ。

 そんなことを考えて、僕はそこそこの価値がする魔石を使って試しに作ってみた。

 金色のチェーンに、ペンダントトップには意匠を凝らした細工に包まれた、魔術カラーによる効果を籠めた魔石。

 感覚で成功した、と思ったので早速僕はご機嫌でジャルナールの所に向かう。

 が、しかし。


「大変申し訳御座いません……ただいま支店長は留守にしておりまして」

「うわぁ」


 商会に入って言われた言葉がそれだった。


「いつ帰って来るとか聞いてる?」

「いえ、朝方出かけておりまして。都市の外に行く予定は無いので、恐らく夕方には……」


 非常に申し訳無さそうに言う姿はなんとも哀れだった。仕方無い。


「じゃあ夕方辺りにもう一度来る」

「大変申し訳御座いません」


 外に出てさてどうするかなと考える。今日はもう特にすることは無いのだ。昼はとうに過ぎているから狩りに行く気にもならないし、かと言って屋敷に戻ってまたここに来るのも面倒だ。


 何か買い食いでもするかな、と思いながらぶらぶらしていると、初めて武器を買った店が目に付いた。

 そう言えば、と腰にある剣に触れる。

 僕はこの安物の剣で危険度第4段階みたいな硬いウロコや皮を持った魔獣を平然と狩っているけれど、それは魔術で強化しているから可能な訳であって、そうじゃなかったらもうとっくに折れているだろう。


 猿蜘蛛みたいな奴に石を強化して投げつけている時に気づいたのだけど、強化した際の効果は質の良い物の方が高い。

 質が悪い物を強化してもそう硬くなったりしないけれど、質の良い物だったらより硬くなる、と言うことを多数の魔獣の頭を吹き飛ばして知ったのだ。

 つまり剣であれば斬れ味にも影響するのだろうと、そこそこの短剣を買って試したら案の定だった。


 一応魔力を纏わせると言うのも試してみたけど、表面を透明の膜が覆うだけであまり意味は無かった。毒液みたい汚物を剣そのものに触れさせなくて済むのでそれはそれで重宝しているが。


 つまり、剣はそれなりに良い物を使った方が良いと言うことだ。


「こんにちは」

「いらっしゃい。おう、早速壊したか?」


 相変わらず厳しい顔をした筋肉質の男性は、子供のような笑顔を浮かべた。


「壊してないけど、今度白金龍プラチナドラゴンを狩りに行くから良い剣が欲しいなって思ってさ」

「生憎白金龍用のはねぇな。岩石龍ロックドラゴンなら砕けそうな戦鉄槌バトルハンマーはあるがよ」

「いや剣くれよ」


 がはは、なんて笑いながらカウンターに身体を預けた男は楽しそうに眉を上げた。


「で、金でも出来たか? 予算は?」

「ん」


 僕は腰に吊り下げていた小袋をどさっと置いた。男はその中身を見て少し驚いてから見てきた。


「もうこんなに稼いだのかよ」


 僕はそれを無視して、もう二つ程小袋を置いてやった。男の頬が少しひくついた。

 ここに至って、もしかしたらジャルナールにお願いした方が良い物があったかも、なんて少し悩んだ。


「白金龍用の剣って無い?」


 僕は再度笑ってやった。すると男は腕を組んで少し悩んでから、壁に掛けてある一つの剣を取った。長さからして両手剣だろう。


「これがうちにある剣では最高級品だな。うちは元々駆け出しから中位冒険者を狙った武器防具を販売してるからな。これが限界だ」

「値段は?」

「金貨二百枚ってところだな」


 ティーカップ四セット分か、なんて思いながら僕はそれを受け取った。

 今持っている物よりも長めのそれは、見た目からして違う。細工はされていながらもきっちりとした作りをしている。これは恐らく細工だけじゃなくて頑丈さも考慮されているのだろう。


 抜いてみると安物では出ない金属の煌きが目に入る。刃面を覗くとはっきり反射して顔が見えた。刃身ブレードの部分だって鋭い。中央にフラーが設けられていないと言うことは本当に大物を狩る際に使う重量剣だろう。まぁそもそも両手剣だしね。


「有名な鍛冶師の弟子が作ったものでな、そこそこに量が流れた時に手に入れたんだ。まぁ上位冒険者が使う程じゃねぇし、中位だと値段としては微妙。だから売れ残ってたって感じだな」

「悪くは無いね」


 僕の言葉に男は笑った。駆け出しが言うにはおかしな言葉だったのかも知れないな。


「長さはこれしかない?」

「質が落ちても良いならあるが、そもそも作った人が変わるな」

「そっか……これで良いよ」

「毎度有り。剣だけで良いのか? 金があるなら防具も揃えとけよ」


 言われてみれば僕が身に付けている一式は駆け出しのままだ。別に良いと言えば良いんだけど、靴とかは擦り切れたりしたら少し困る。後やっぱり服や外套も良い物の方が良いな。これはこの間の護衛依頼の時に思わされた。


「金額はどうでも良いから、頑丈さ重視のやつある?」

「おうあるぜ。まぁさっき言ったようにあっても中位層向けだ。どうしても良いもんが欲しかったら紹介するぜ?」

「せっかくだからここで良いよ」

「おう、助かるぜ」


 結局僕が買ったのは上下の厚手の服に革の篭手と回復薬や短剣などを差しておくことが出来る革製の腰帯、ブーツと外套だけだった。胸当てなどは動きづらくなりそうなので断った。新しく買った剣はたすき剣帯で背負うことになるので余計に邪魔だったのだ。

 後はせっかくなので幾つかの新しい短剣なども買っておいた。


「どうせ胸とか腕に防具付けねぇなら、服自体はそれじゃ無くても良いだろう。外套だけは頑丈さがいるが、中は変わりねぇからな。なんなら良い服飾店で特注オーダーメイドして貰いな」

「なるほど。そうしてみる」

「また頼むぜ」

「龍種倒したらまた来るよ」


 お互いに笑いながら手を振って店を出る。

 金貨四百枚程が失くなったけれど、まぁ良い買い物だったろう。

 後で【僕だけの宝物箱カラーレス・ジュエルス】に入れる予備も含めて、ジャルナールの店で色々買っていこうと思い、どうせなら長期で外に出ても良いように色々と買い漁っておこうと僕は再び都市の中をぶらつき始めた。



 ※



「すまんな。少し所用があってな」

「いや、俺が勝手に来ただけだからね」

「助かる言葉だ」


 夕方、色々と買い物の終わった僕が商会に再び行くとちゃんとジャルナールは帰っていた。応接間に入って来るなり僕の身なりを見てほんの僅かに目を細めたものの、何も言わずに対面に座った。


「で、今日はどうした?」


 僕はその言葉に、指を振ることで応じた。

 ジャルナールも分かったもので、すぐに頷いてくれた。


 僕は【僕だけの宝物箱】から今日作ったばかりの魔導具を取り出し、それをジャルナールに手渡した。

 彼はそれを不思議そうに見ながら首をかしげた。恐らく物体の名前や効果、効能を読み取る技能である【解析リード】を使っているのだろうけれど、それには新しく創造した【魔力隠蔽マジカル・ヴェイル】と言う魔術で隠蔽をかけている。彼の目にはただの魔石のついたペンダント・ネックレス、みたいな感じしか映ってないだろう。ちょっとした悪戯だ。


「これは?」

「首にかけてみて」


 彼に促しながらも、僕も取り出したもう一つのそれを首にかける。そうして脳裏にジャルナールの顔と名前を思い浮かべて、心の中で声をかける。


『聞こえる?』

「っ!」


 これには流石に驚いたのか、ジャルナールは瞠目して僕を見た。


『そのネックレスを付けた状態で、俺の顔と名前を脳裏に浮かべて心の中で声を掛けるようにしてみて』


 納得してくれたのか、ジャルナールは目を閉じて念じているようだ。


『こうかの?』

『正解』


 それだけやりとりして、僕は紅茶を飲んだ。

 ジャルナールも同じように飲んでから、息を吐いた。


「『以心伝心メタス・ヴォイ』と名付けた。情報のやりとりを早めにしたくってな、作ってみた。声を出さなくても良いように、頭の中だけで会話出来るようにね」

「これは凄いな」

「でしょ? で、これを使う条件は三つ。身に付けていること。相手の顔と名前を思い浮かべること。心の中で喋りかけること。これを満たさない限りは何を考えても相手には伝わらない。ちょっと練習が要るかもね」

「つまり、これを使って今後はやりとりを?」

「毎回毎回ここや屋敷で、ってのも手間だし、情報が遅いしね。それに今日みたいに居ないこともあるし」

「うむ」


 色々と考えているようで、僕はそれを紅茶を飲みながら見ていた。


「まぁ俺からの用事だけじゃなくて、もし何かあったら言ってくれても構わないよ。この間初めてやったんだけど護衛とかね」

「ラース商会のか?」

「耳早いね。それ」

「なるほど……お主に護衛を依頼か」


 眉をしかめた。まぁ言いたいことは分かるが。


「良いんじゃないかな。それとも俺じゃ不満か?」

「お主で不満であれば誰にも頼むことはできぬさ」

「ま、気楽に声かけてよ。普段から世話になっているからたまには返さないとね」


 今までジャルナールからは与えられるばかりで、何かしら報いてやったことは無い。これでは良くないとは思っているので、逆に言ってくれたほうが喜ばしいのだが。


 しかし、ジャルナールは真面目な顔で首を振った。


「良いのだよ。わしがこうしたいと思い、こうしているのだから」

「……なるほど」


 僕を見るその瞳に、あの日臣下の礼を取った彼の姿が頭をよぎり、それ以上僕は何も言えなくなってしまった。


「そう言えば、今日の用件はこれが?」

「うん。作り方が分かったから早めにね」

「感謝する」


 頭を下げてから口を開く。


「して、装備が変わっているのは、やはりジブリー領についてか?」

「……それ、詳しく」


 圧倒的に早い情報を手に入れているジャルナールに、僕は話を聞くのだった。

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