彼の名はジャスパー

第24話 溢れ

あぶれが出た?」

「おう。今向こうさんの斡旋所では領兵の護衛役を兼任する調査依頼が出てる。それ次第だが、もしかしたら大規模討伐連合体レイドの依頼が出るかもしれねぇ」


 護衛依頼から数日経った頃。斡旋所の食堂でそんなことを教えてくれたのは、神妙な顔をしたニールだった。他に座っている集合体員パーティーメンバーもなんだか微妙な顔をしている。


 溢れとは強大な力を持った特殊個体であり、ある時唐突に現れる魔獣のことを言う。

 正確な定義は「通常とは掛け離れた動きを見せる特殊な個体のこと」だ。

 その発生源は厳密には明らかにされていないものの、凡そ理由としては、「突然魔力なり何なりが発生させる」、「天至の塔バベル魔窟ダンジョンから出て来る」、あるいは「人の手が入っていない奥地で強大化した魔獣が突然人の居る場所に出て来る」のどれかと言われている。


 通常の発生理由とは違うことや、個体の殆どが単独で動いていることから一般的には溢れと呼ばれている。

 ちなみにこれが大量発生した場合大溢れ、あるいは大発生スタンピードと呼ばれ、お国が目の色変えて討伐する事態に発展する。


 加えて言えば先日我が兄ダインが討伐したのも、恐らくは溢れだったのだろう。


「丁度レイランド地区と領主の領地との境目に近いところで、あちらさんはてんやわんやらしい」

「だろうねぇ」


 レイランド地区は国王直轄領だからなんとでもなるが、領主の持つ領地は被害があれば基本的に自分達でその補填をしなければいけない。例えば村や町が一つ失くなればそれは自分の領地の税収が減るだけなのだ。


 まぁそれは分かる。で、だ。


「それが?」

「ジャスはどうするんだ?」

「どうするも何も、関係無いし」

「まぁそう言うよな、お前は」


 苦笑いして果実水を飲む。まだ時間としては朝だ。酒の時間では無い。


 最近の僕は朝にジャルナールのところへ寄って商品売買取引証明書を受け取り、自分でそれを斡旋所に持って行くようにしている。その時に何か伝達があるようなら誰か商会員に伝えてくれとジャルナールには言っている。


 わざわざ朝に斡旋所に足を運ぶようにしているのは、どう言った依頼が出ているか興味が湧いたからだ。この間の護衛依頼の時に思った。彼らは独自の情報網を持っている。

 それは単純に物の価値や量の変動だったりするのだろうし、情報屋みたいなところから仕入れる時もあるのだろう。

 その内の一つとして、実は斡旋所の依頼内容にもそれが分かる何かがあるのではないか、と思ったのだ。


 採取、素材、討伐、護衛、その他雑用。また連盟板に貼られている大型な依頼にも何かしらの流れがあるのだろうと。

 何度か見ている内に、その傾向はやっぱりあるなと気づき、こうして朝は出来るだけ見るようにしているのだ。


 そしてそんな時を狙われるかのようにニールに捕まり、こうして食堂で話に付き合わされているのだ。


「で、わざわざ俺にそれを話したってことは理由が?」

「まぁそうなんだが……」


 何やら言い淀むニールだが、まぁ大方の予想はつく。


「実を言えば、俺たちゃ信用等級値は2しかねぇんだ」

「ふぅん? で?」

「まぁ聞いてくれ。今回連合体が発生した場合、恐らく俺達集合体には強制の参加依頼が入る。実力等級値が3はあるからな。だがな……信用等級値は2しかねぇんだ」


 少し声を潜めて言うニール。信用第2等級と言うことは身元保証人もおらず、活動歴も短く、また信用等級が上がるような依頼や功績をなした訳でも無い、と言うことだろう。


「お前ははっきり言わねぇが信用第4等級はあるだろう。そう言う奴は強制の依頼が来ても断れる。そこまで等級値がある奴は多少のことじゃ減らねぇし、また下がっても問題無いからな」

「だね」

「で、だ。分かってると思うが、信用等級値が2の冒険者は基本的に断れねぇ。理由も無く断ったら信用等級値が下げられる可能性が非常に高いし、信用第1等級にでもなったら活動が非常にしにくくなるんだ」

「なるほど」


 信用等級とは文字通り、その冒険者や傭兵の信用出来る度合いを示している。もしこれが低いと、色々と欠点デメリットがある。一つ分かり易いものとして、商店や商会などとの売買取引契約はほぼ断られるし、もしくは安く買い叩かれる。護衛なんて相手にもされないだろうし、荷物を運ぶ依頼も先ず断られるだろう。故に冒険者達にとって信用等級とはかなり重要なのだ。

 だからこそニールの言うように、冒険者にとって命綱とも言える信用等級が下げられるようなことは極力避けたいのだ。


 それを分かっていながらも、僕の反応は淡白なものだった。目の前にある食事にしか視線は行ってない。どうせ断る会話だ。聞く価値は無い。


「一応聞くよ。で、何が言いたいの?」

「一緒に来てくれねぇか?」

「断る」

「そこをなんとかだな……」


 ニールも予想はしていたのだろう。あっさり断った僕への返答もまた早かった。僕はその声を聞きつつ、他の三人はこう言う時基本的に喋らないな、なんて思っていた。


「やだよ。面倒だし利点メリット無いし」

「斡旋所からの依頼料とは別に、俺達からも直接依頼として金は払う。護衛とかじゃねぇ、一時集合体を組んでくれりゃ良いんだ」

「面倒。と言うか別にお金困ってないし」


 あれからまた思いっきり走り回って色んなところで乱獲しているのだ。困る訳が無い。最近は主に危険度第4段階を狩っているので、金額が貯まるのだって以前よりも遥かに早い。


 何より今は作りたい魔道具があって、それに意識が向いているのだ。下らないことにかまけている時間は無い。


「そこをなんとかだな」

「って言うかさ、実力第3等級でしょ? 俺と一緒じゃん。意味無いって。それならどっかの連盟集合体ギルドパーティーに集合体ごと一時参加させて貰えば良いじゃん」

「それは考えた。考えたが、やっぱり信用等級値が難点なんだよ。2だとでかい連盟ギルド程相手してくれねぇ。小さい連盟だと逆にこっちが参加したいとは思えねぇ」

「この間の『リリアーノ』と『グリーグ傭兵団』は?」

「ありゃああくまでも依頼が一緒だっただけの連合体だ。あの時は仲良くはしたが、向こうはああ見えて大手連盟だ。今回みたいな場合は相手して貰えねぇよ」


 それこそお前の渡された冒険者複製証明証アドベルコピーカードでもないとな、とニールは呟く。

 なるほど、こう言う時にもあの複製証明証コピーカードは役に立つのか。


「腹を割って話そう」


 ニールが真剣な顔をした。


「お前は実力等級値が3だ。でもそれ以上の強さがあると確信してる。3の理由は登録して間も無いからだ。それにお前は好んで依頼を受けないから上がらないだろうが、もし功績が明らかになる依頼を受ければすぐにでも4になると思ってる」


 僕が無言でいると、ニールはちらとイリールを見た。

 それを受け取るようにして、イリールが口を開く。


「この間の依頼の際、刃金鳥が突然落下してたの。あれ、ジャスパーがやったんでしょう?」


 そう言われれば訝しげに僕を見ていたな、と思い出す。


「だとしたら?」

「あんなのが出来るのは魔術士カラーズくらい。でも実力第3等級で使えるなんて聞いたことが無い。仮に近いことが出来ても4の極一部。それか5の魔術士くらいのものよ。でもジャスパーは私達と一緒に居る時に魔術カラーなんて一度たりとて使ってない。ましてやそれだけ長い髪をしていながら。つまり……」

「お前さんはだ、ジャス。俺達よりも遥かにつええって思ってるんだよ」

「関係無いんだよなぁ……」


 そこまで思い至ったのはご苦労なことだし、それに気づいていることを責めるつもりも無い。ニール達はその点も承知の上でこうして話しているだろうし、そこは評価したい。いい覚悟だ。

 まぁこれだけ髪を伸ばしてて一度も魔術を使わないで直接剣と格闘だけで戦ってれば普通怪しいよね。僕だって疑問に思う。直接戦闘型の人も精神力が必要とは言え、ここまで伸ばしたら逆に邪魔になる訳だし。


 まだまだ諦めきれないのだろうニールは言葉を続ける。


「まだ会って短いが、お前のことは信用も信頼も出来ると思ってる。お前と一緒なら少しでも生存率が上がるし、安心して背中を預けられる」

「俺にも生存率って言うものが発生するんだけどそこはどうなんだよ」


 言うと、黙っていたシリルが懐から何かを取り出した。それは軽く握れる程度の石だった。そんな物より大きな胸に目が行くのは女を知ったからだろうか。


「これ、記憶転送石って言うの。一人用だけど、思い浮かべた場所に身体を転送してくれる脱出用の物。割ればすぐに発動する希少な物よ」

「……つまり、それがあるから少なくとも俺は大丈夫、と?」


 言うと、シリルだけじゃなくて全員が頷いた。


「それ、ちょっと見せて貰っても良い?」

「ああ。ただ割らねぇでくれ」

「もちろん」


 何も無いようなていを見せながら、僕は受け取ったそれに【魔力視マジカル・アイズ】をかけた。実はこれの性能を聞いた瞬間、心が躍った。僕が今作りたいと思っている魔道具と似た要素があったからだ。

 もしこれを使うところを見たり解析したらそれを作るための一因に――と思ったところで、これの仕組みが理解出来てしまった。英雄級の知力第6等級は僕が思っている以上に凄いものだったらしい。


 一瞬これを対価に参加しても良いかな、なんて思っていたのに、先に対価を貰ってしまった。褒美と言う訳じゃないけれど、これは対価を払ってやらねば不義理だろう。でも折角なので向こうの対価を形として貰おう。


「これくれるなら参加して良いよ」

「ほんとかっ?」

「ただし、使わなくてもこれは貰うって条件だけどね」

「もちろんよ」


 シリルの即答に、僕は頷いた。

 話は決まりだ。

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