第23話 帰るまでがお散歩です
護衛帰りの街道を行く。響くは複数の足音と馬車二台分の車輪の音。
そう、何故か二つの
今回は護衛対象が居ないだけに気楽な行程ではあるけれど、疑問は募る。
「ニール。護衛依頼って、行ったら何もせずに帰るだけなの?」
「場合によるが、連盟集合体なら本当はそこで多少なり稼ぐか、また戻り方面の護衛なりなんなりを探すな。今回はそこそこに依頼料の高い依頼だったが、でかい集合体がそれをやると儲けが下がるんだ。まぁ何日も依頼が無くて滞在日数だけが増えりゃそれはそれで赤字だから、
「ふぅん」
現在僕達は集合体を二つに分けて『リリアーノ』と『グリーグ傭兵団』の馬車に乗せて貰っている。
また二日かけてちんたらと帰路を進もうとしていた僕達に、まるで打ち合わせていたかのように二つの連盟集合体が一緒に帰ろうと提案してきたからだ。
朝から二つの馬車で多少の強行軍で進めば今日の夜には帰れる、と言うその言葉に真っ先に乗った僕に折れる形でニール集合体も一緒に帰ることになった。
元々他に依頼を探す予定も無かったので丁度良いと言う理由もあったらしい。
そうして二つに分けて乗り込んだ馬車の中で、僕はニールと下らない会話を取り留めも無くしていた。
もちろんその中には『リリアーノ』の連盟集合体の面々も居る。御者台に二人、屋根に二人座っているので、荷台には五人居ることになる。多少狭く感じるのは仕方無い。
「そう言えばニール達は西の
そう言ってきたのはキースだ。
天至の塔とは魔窟とは逆に、天に向かって
ただこの天至の塔と魔窟、希に同じ場所に存在することもある。入口は同じなのだが、そこから上への階段と下への階段で分かれているのだ。その規模はかなりのものになるので、その二つを中心に作られた城塞都市ヴェンヘルと言う都市はそれはそれは栄えているとか。
そもそも都市と言うのはそのどちらかの恩恵を得る為に後から作られることが結構ある。城塞都市ヴェンヘルがその典型的な例だろう。
僕が住む城塞都市ガーランドも同様で、魔窟が姿を見せた後に作られたらしい。もう何代か前の国王の時代の話になるので詳細は流石に知らない。
そこそこの規模がある理由は単純に人や物の流れの中継地点になっている上に、素材を集めるのに適した魔窟を所有していることが理由となる。
元々王都の周辺には都市と呼ばれる規模の町が多いが、魔窟を抱えているだけガーランドは一歩抜きん出ている。国王直轄領の中では確実に上位に入るだろう。
話が逸れた。
さてそんな城塞都市ヴェンヘルではあるが、確かに今は戦の関係で冒険者や傭兵が減っているだろう。それはつまり狩場の使い易さを意味し、自分達の利益となる素材を得易いと言うことでもある。
「俺たちゃそこまで栄誉や贅沢な暮らしには興味ねぇんだ。落ち着いた生活ができりゃそれで良いのさ。気がむきゃ行くがな」
「まぁ分からんでも無いな。俺だって出来ればガーランド周辺でウロウロしていたい」
その言葉に『リリアーノ』の面々が笑う。もしかしたら普段からこう言うことを口にしているのかも知れない。
「お前はどうだジャスパー。それだけ実力のある
「俺の方が多分キース以上に引き籠もりかな。ぶらぶらしながら
「欲がねぇなぁ」
「いやそうでも無いさ」
「お? 何か目的があるのか?」
「女遊びも悪くないって分かったよ」
意外だったのか、ニールが目をまん丸にする。すると事情を知らないキースがからかってくる。
「なんだジャスパー。お前純粋だったのか」
「いや。今回のが初体験だったんだよ」
「……まじか」
その言葉に、今度はキース含めた荷台の中の全員が驚いた表情を浮かべた。ふと御者台を見ると二人共がこっちを見ており、更にその上からは荷台の上に居る筈の二人までが逆さに顔を覗かせていた。お前達女だろ。
「しまったな。女に嵌るのは良いけど最初っからこれだと破産するなおい」
「どう言うことだよ?」
「駆け出しとかにありがちなんだが、自分ででかい金を稼げるようになったりすると女に貢ぎ易いんだよ。変に気がでかくなるからな、冒険者ってのは」
「分からんでも無いがジャスパーは大丈夫だろう。金はあるし、ジャスパーなら金を払わんでも女が寄って来るだろう。それに女に嵌るのは冒険者だけじゃないしな」
「はは、そりゃあるな」
どっと笑いが浮かぶ中、そんなもんかな、と僕は今朝のことを思い出していた。
※
「何してんの」
「あ、おはようございますジャスパー様」
何やら僕の股の間でもぞもぞしていた世話女のティアナの動きに目を開けると、ティアナは幸せそうな笑顔を見せてくれた。何をしているのかは分かるけど朝から元気なことだ。
ちなみにジャスパー様と言うのは行為の最中に自然とそう呼ばれるようになった。正確に言えば、途中から屋敷の中での言動が出てしまった僕がそう言わせるようにしてしまった。怖いものだ。男女の行為の最中と言うのは素の自分が出るらしい。
昔誰かに注意された、女には気を付けろと言う意味が良く分かった。寝床ではあっさり本音が引き出されてしまうだろう。
しかしそれでは困るので、外では“ジャス”に“君”を付けさせるようにも命令した。そこに頭がいくだけ僕は理性的だっただろう。
そんなことを考えながら、僕はティアナのすることを黙って見ていた。ことを終わらせると、ティアナは僕の横に座り寄り添って来る。
偉く懐かれたようにも思うが、これが世話女の
まぁそれを教えてくれたのは今正に寄り添っているティアナその人なのだが。
「もう帰られるんですか?」
「どうかな。俺は帰りたいし、まぁ集合体の考え次第じゃないかな」
「……寂しいです」
顔を寄せてくるティアナの顎の下を指で支え、そのまま口付ける。たった一晩だが、女の扱いと言うものは大体分かった。顔を離すと、ティアナは僅かに潤んだ瞳を向けながらもう一度顔を近づけて来た。
それから僕が部屋を出る準備を終えた頃には、目を覚ましてから優に一時間は過ぎていた。
「また来てくれますか?」
自分で僕に教えた技を披露するティアナは、きっと世話女として成功するに違いないと確信した。正直買い取って可愛がってやりたいと思うくらいにはその姿は愛らしいものだったから。きっと彼女ならすぐに自分を買い直すことが出来るだろう。
まぁ、買ってもどうしようも無いのでそんなことはしないけれど。
僕は近づいて、また顎を支えつつ顔を近づけた。目を瞑るティアナの額に唇を当てて、出来るだけ綺麗な笑顔を見せた。
「良い子にしてたらもう一度相手してやるよ」
「……絶対、良い子でいます」
「素直なのは良いことだ」
そう言ってもう一度軽く口付けをすると、腕を首に回されて熱い口付けを返された。その間に僕は片手で【
「今回の褒美だ。受け取っておけ」
中身は金貨が五十枚入っている。相場は知らないけれど、少ないと言うことは無いだろう。
そうしてようやく部屋の外に出るも、ティアナは腕にしがみついて離れなかった。食堂を見るとまだ誰の姿も無かった。僕が早すぎたのか、それとも昨日騒ぎ過ぎたからか。
それでも何人かの給仕人がテーブルを拭いたりと動き回っている。ティアナも相手が居なかったらああしていたのだろう。
僕は大きめに作られた受付に近づいて、そこに居たふくよかな女性に声をかける。
「女将はあんたか?」
「ああそうだよ。楽しんで貰えましたかい?」
ははっ、と笑う女将に僕も軽く微笑み返し、懐に手をやってから先程よりも少し大きめの小袋を受付台に載せた。
「お客さんこれは?」
「この娘が良かったから追加料金だ。少なかったら言ってくれ」
僕の顔と小袋を見比べて、そのまま袋の口を開けた女将は瞠目してから小袋を手に取って懐に収めた。
「お客さん、次もまた必ず来てくんな。最高級の対応をさせて貰うさ」
「その時はまた頼むさ」
僕はそう言って、未だに腕にくっついているティアナに果実水と何か手頃な食事を頼んでからテーブルに着いた。
ティアナはニコニコと食堂の奥に消えて行き、それを追って行った女将の、調理担当を急かす大きな声が食堂に響いて来た。
そんな光景を見ながら、僕は先程までの自分と、王城で行われていたパーティーで若い令息達が若い令嬢達を口説いている姿を思い出していた。
あの姿と今の僕の姿、そう変わりは無いな、と。
※
「まぁ責任はニールにあるな。間違い無い」
「なんでだよジャス」
「ああ、確かにニールが悪いな。これはガーランドに帰ったら一夜奢らないとな」
僕の言葉にニールが突っ込み、キースが乗った。初めてのティアナが相当に良い女だったからあれ以上じゃないとちょっと困るな。
「おいジャス。お前の方が稼ぎ良いんだろ、逆に奢れよ」
「分かった。後でシリルとイリールに、お前に女を買う金をたかられたって言っとくよ」
「落ち着けジャス。俺達に今必要なのは話し合いと理解だ。大事なのは金じゃなくて友情だろ? な?」
そんな会話をしながら馬車は進み、到着したのは夜も更けた頃だった。
野宿は嫌だけど、たまにはこう言うのもありかも知れないな、なんて思った初めての護衛依頼だった。
さて明日からまた稼がなければ。
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