第22話 護衛という名の散歩3

「いや、皆さんありがとうございました。是非また次の機会もよろしくお願いします」


 そうやって頭を下げるラーセルから報奨を受け取りながら挨拶を交わす三人の集合体主パーティーリーダーを見ていると、挨拶が終わったラーセルが僕に近寄って来た。


「ジャスパーさんも、今回は急な参加にも関わらずとても素晴らしい仕事をしてくれていましたので、少ないですがこれ、追加報酬です」

「ん? いや依頼をこなしただけですよ?」

「気持ちですから」


 受け取って良いものか悩んでいると、近づいて来たニールがにかっと笑った。


「受け取っとけよジャス。ここは受け取るのが礼儀ってもんだ」

「ふーん。じゃあ受け取っとく」

「はい。後こちらも」


 また見覚えのあるプレートには、商会の名前とラーセルの名前が刻まれていた。


「それではこれで。機会があれば私の商会にも寄ってください」


 そう言って立ち去って行くラーセルの背中を見送ってから、受け取った商人複製証明証オーバルコピーカードをぴらぴら振って、また【僕だけの宝物箱カラーレス・ジュエルス】に収納した。


「ジャス、お前どうでも良さそうにしてるがな、その色の複製証明証コピーカードをひょいひょい受け取るって普通無いんだぞ?」

「ふーん」

「もうちょっと驚けよ……」

「いや、興味無いし。どうでも良いけど宿取ろうよ宿。もう休みたいよ」


 僕の頭には宿のベッドだけが思い浮かんでいた。疲れは無いけどとにかく寝転びたい気持ちでいっぱいだった。


「おうそうだな。折角だから一杯やらねぇとな」


 冒険者アドベルにとって依頼の後の一杯は絶対に必要な儀式か何かなのだろうか?

 まあすっきりした方がぐっすり眠れるか、と僕は素直に頷き、歩き出したニールに付いて行く。


 到着した宿で、僕は一人部屋、ニールとガガール、シリルとイリールの二人部屋が取れたのでそこに荷物を置いてから、食堂でテーブルを囲んで乾杯をする。


「で、どうだったよジャス、初めての護衛は」

「もう良いや。俺はガーランドで引き籠もってるのがお似合いだ」

「まぁそんなこと言うなよ。また機会があればやろうや」


 僕がそれを無視してぐびーっとマグを煽ると、また要らないことにニールがおかわりを呼びやがる。ああいけない。どうにも口調が荒れてしまう。


「まぁ確かに、ジャスパーのあの動きを見ているともったいない気もするな」

「そうね。ちょっとびっくりしちゃった」


 ガガールとシリルが追随してくる。


「そうよね。登録したばっかりって聞いてたからどんなものかと思ってたけど、予想以上だわ」

「そうね、ニールなんて『すげぇ新人見つけたぞ!』ってまぁ騒ぐこと騒ぐこと。黙らせるのに苦労したもの」

「なんだよ。実際凄かったろうがよ」


 そうね、とイリールが苦笑しながら肩をすくめる。

 食事を続けながら、ニールは話題を膨らませる。


「実際よジャス。お前さん単独活動者ソロランナーで行くのか?」

「まぁそうかな? 組む理由無いし」

「俺らとはどうよ?」


 またニールは笑うものの、その目は結構真剣だった。他の三人に視線を巡らせると、様子を伺っているようにも見える。


「面白い会話をしてるな、混ぜてくれ」

「俺もだ」


 いつの間にかニールの後ろと、その隣の席に座っていたキースとマッシュがマグを片手に近づいてくる。彼らが着いていたテーブルを囲んでいるのは全員が連盟集合体ギルドパーティーの面々だ。

 ニールと他三人は驚いた風も無かったので、きっと気づいていたのだろう。僕はもう少し普段からそう言うところに気を配るようにした方が良いのかも知れない。全く感知系技能が鍛えられていない。


「あんまりこういう突っ込みはマナー違反だが、ジャスパーお前、本当に駆け出しか? 元々他所で純粋な傭兵や上位の狩人か、荷物持ちポーター兼で何かやってたって方が納得行くんだが」


 マッシュが立ったまま僕の肩を組んでくる。


 荷物持ちは別に冒険者登録をしなくても魔窟ダンジョンに潜ったり魔獣狩りに参加することが出来る。その役割自体が他の冒険者達の紹介込みだからだ。

 そして、戦闘に参加している以上、経験値は手に入るので自然と強くなれる。


「確かにな。色々と不慣れなところは目立ったが、その実力は本物だ。これで今まで何もしていなかったと言う方が信じられん」


 キースが続くも、僕は知らぬ存ぜぬとばかりにマグを傾け、食べ物を口に運んでいく。

 ちなみにだが。先程から気づいていたし、以前からニールの視線でも感じていたけれど、僕が何かを食べる時には必ず目が向けられている。


「あるいはどっかの騎士だったりな」


 はは、と笑うニールの言葉で理解した。食事の仕方が丁寧過ぎるのだろう。特に食事の作法テーブルマナーなんて気にしていないつもりだったけれど、染み付いたものは無意識に出てしまうようだ。

 でも少なくとも、ここにいるのは王太子では無く、


「ここに居るのはただのジャスパー。それ以上でもそれ以下でも無いさ」


 目の前の料理を食べ終えたものの、ちょっと物足りない。僕は女の給仕人を呼んで、まだ食べてない料理を注文した。素材は雑かも知れないけれど、意外と悪く無い味だった。それとも野宿の時の食事があまりに質素だったからそう感じるのかな。


「ま、良いや。で、ここに居る人が気になってることだろうけどよ。ジャス、どうだ? 集合体とかはよ?」

「うちも良ければ来て欲しいな」

「俺も来てくれりゃあそりゃ助かるぜ?」


 三者三様。言い方や表情こそ違うものの、目的は一緒のようだ。

 でも全く興味が無いし、僕にとって利点が無い。


「組む理由が無いかな」

「駄目かぁ」


 がっくりと項垂れるニールに、似たような感じで残念そうにする集合体主二人と周囲の面々。僕以外への勧誘を頑張って欲しい。


「その代わりに皆の飲み食いは全部俺の奢りで元気出してよ」


 どっと湧く面々。同時に次々と注文されるエールにワインに良く分からない酒に料理の山。なるほど冒険者と言うのはこう言う時は遠慮が無いのだと知れた。

 ニールはもちろん、口数が少な目なガガールも、比較的大人しめだったシリルとイリールも、荒々しい口調だったマッシュはもちろん、真面目な様相を見せていたキースまでもがまぁ騒ぐこと騒ぐこと。


 今まで経験したことの無い風景。味わったことの無い騒々しい宴となったが、これはこれで悪く無いな、と素直に思えた。


 それから長い時間を騒いでいた。今回の依頼とは関係無い客達までもが騒ぎ始めたので、せっかくだからもうそいつら含めて奢ってやることにした。

 若干迷惑そうなところもあったので、文句を言わせないようにする為でもあった。


 余興として、僕に飲み勝負で勝てたら金貨五十枚をくれてやろう! と大声を上げたらほぼ全員が参加した。

 一人一人は流石に無理なので、ルールを変えて全員で一杯ずつ、一気飲みして僕より後に残っていた奴は勝利、と言う勝負だった。


 結果は僕の圧勝。当たり前だ。水分の取りすぎという意味では厳しいけれど、酒精は毒として技能が分解するので僕に勝てる人なんて絶対に居ない。

 それでも最後まで勝負をしきったキースとマッシュには金貨十枚ずつを与えることにした。


 それから宴もたけなわとして騒ぎは終わり、ぞろぞろと連盟員達が自分達の宿に消えて行く中、キースとマッシュ、そして何故か僕の傍に寄って来た見目の良い女が腕を組んでくる。


「何?」


 聞いてもニッコリと笑うだけの女。周囲を見ればニヤニヤ笑う皆の姿があり、その視線は僕だけじゃなくてキースとマッシュにも向けられていた。

 ちらとニール達を見れば、女二人は呆れたように、ガガールは酔っているのか下衆な笑いを浮かべ、ニールなんて腹を抱えていた。


「元々ここに来る時の理由忘れちまったのか?」

「ああ……」


 思い出した。世話女と言う話から避妊魔術の話に繋がっていたのだ。理由が金か顔かは知らないけれど、つまりこの女に僕は気に入られたのだろう。

 顔を見て、腕に当たる大きな膨らみを見る。キースとマッシュの腕に抱きついている二人もなるほど、中々の美人だ。


 ここで断ると場の空気を壊すだろう。まぁ元々勉強がてら来たのだ、楽しめるものなら楽しんでみよう。

 僕は腕にしがみついてくる女に微笑みかけた。


「場所は?」

「こっちですよ」


 既に階段を上がり始めていたキースとマッシュを追うようにしてその部屋へと案内されていく。

 多分今日一番のはやしたてに送られながら、僕はその部屋へと向かった。


 辿り着いた部屋はこの宿の規模にしてはそこそこに広く、また綺麗に仕立て上げられていた。


「この宿で一番良い部屋なの」

「ふぅん?」


 言いながら、僕は自分の身体や服に【還元する万物の素ディ・ジシェン・ジ・マナ】の魔術カラーをかけた。どう考えても汚れているし、特に飲み食いしたばかりだから色々と臭うだろう。

 ついでにばれないように女にもかけておく。多分綺麗にはしているのだろうけれど、万が一でも不潔なのは真っ平御免だった。


 女は僕をベッドに誘うと、横に寄り添ってきた。


「ジャスパーって呼んで良いのかな?」

「あれ? 知ってたっけ?」

「あれだけ皆が呼んでたらね」

「なるほど」

「私はティアナって言うの」


 言ってから、ティアナは自分の衣服を脱いでベッド脇に置いてあったかごの中に入れると、僕の衣服を脱がせてからベッドに乗った。

 女の裸なんてメイドで見慣れているけれど、これはまた違うものがあった。乾燥したものは無く、自分の中で初めての感覚が湧いてきた。


 まだあの屋敷に軟禁される前、手篭めにすると言う言葉を聞いた事がある。また、女に執着しすぎるとその他を蔑ろにしてしまうから気をつけるように、とも。

 そんな感覚を覚える前に軟禁され、更にはメイド達のせいで知ることの無かったそれの片鱗を見た気がする。


「こっちへ来て」


 言われるままに誘われる。そこで、一つ聞いておかねばならないことがある。


「避妊魔術は?」

「あ、もう使ってるから大丈夫」

「え、もう?」

「うん。ここの女将さんが使えるから、使ってくれてるの。私はまだ使えないから」


 そこで魔力の流れを視る【魔力視マジカル・アイズ】を使ってティアナを頭のてっぺんから視線を滑らせていくと、下腹部にそれが視えた。僕が本を読んで予想した通り、子供を宿すであろう器官を覆うように魔力が張られている。つまり、ああすることで子種が宿らないようにしているのだろう。


 絶対じゃない理由は、魔術が不慣れだったり拙くて覆いきれていなかったり、あるいは魔術の効果が短かったりするからだろう。


 納得しながら、僕は頭の中で男性側の避妊魔術を思い浮かべる。

 胤とはつまり、その男性の子供の基となる情報が入った液体に魔力が宿っているものを言う。僕が王太子の屋敷で定期的にしているあの儀式も、魔術医によってその魔力がきちんと宿っているかを確かめているのだ。

 その魔力がもし胤に宿っていない場合、その者には子供を作る機能が無いことになる。


 逆に言えば、外に出た魔力を失くせば子が宿ることは無いのだ。

 なので、女性の体内に入った子種の魔力を吸収する障壁をその下腹部に張り巡らせれば、決して宿ることは無い。

 これが僕が思いついた避妊魔術だ。これは戦闘においても役にたつと思う。


 納得したので、促されるままに抱きしめられる。


「ジャスパーはこう言うところ、慣れてるの?」

「慣れてるも何も性行為自体初めてだよ」

「え?」

「皆にもそんな反応されたよ。そんなに変?」

「変じゃないけど、ジャスパーかっこいいしお金持ってるから、そうなのかなって」


 僕は首をかしげた。

 まぁ確かに貴族も爵位が上がれば上がる程に魅力は高まる。財も権力も力も。そして器量が良ければ人としての価値も上がる。

 かつては国の中でも三本の指に入っていた価値のある人がここに居るのだから、世の中不思議なものだ。


「私も初めてだからちょっと助かると言うか、嬉しいかも。でも下手だったらごめんね」

「こっちも疑問。こう言うところって色んな男の相手してるもんじゃないの?」

「まぁそうなんだけど。ここって、娼館で産まれた子供だったり、孤児だったり、奴隷が売られたりする場所でもあるの。将来見目が良くなりそうだけど、能力が低かったりで値段が安い女が集められて育てられるの」

「へぇ」

「女は大きくなるまではただの下働きとして働いて、大きくなったら客を取る。そうして貯めたお金で自分を買うことでようやく普通の生活が出来るって感じかな」

「ふーん」


 聞いたことはあるけど、貴族が買った奴隷は余程のことが無い限り一生解放されることは無い。そう考えると優しいものだ。

 身体を撫でられたり擦り付けられる感覚がくすぐったくも気持ち良い。


「で、私、この間成人してようやく客を取れるようになったから、ジャスパーが初めてのお客さん」

「残念だったね。経験の無い童貞で。やりかたなんて知らないよ」

「一応私が女将さんから習ってるから大丈夫」

「じゃあよしなに」


 僕がそう言うと、ティアナは吹き出した。


「よしなに何て言い方、まるで貴族様みたい」


 僕は優しく微笑んだ。女性へ向ける仕草などは、これでも勉強させられているのだ。


「今から貴族様みたいに扱ってくれるんだろ? 幸せな夢と時間をくれるって聞いたよ」

「うん。頑張ります」


 そうして、僕はティアナに抱き寄せられた。

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