第21話 護衛という名の散歩2

 時折弾ける焚き火の音を耳にしながら、珈琲豆茶と言うものを一口飲む。驚く程に不味いそれは、眠気覚ましには丁度良いのだと言う。茶の効果では無くて、不味さによって目が覚めるのでは無いかと思う程の苦味とえぐみが口の中に残る。

 思わず顔をしかめていると、ニールが思いきり笑った。


「はは、どうやらジャスにはまだ早かったみてぇだな」

「早いって言うか、これを美味しいって思う奴居るの?」


 僕の言葉に、ニールはガガールの方に顎を振って応えた。見るとガガールが笑みを浮かべていた。

 試しに女二人組に視線を向ける。


「慣れたわ」

「まぁ美味しいってものじゃないわね」


 やっぱり不味いんじゃないか。睥睨してニールを見ると、ニールはまた意地悪そうに笑った。この先僕がこれを飲むことはもう無いだろう。


 ちなみにこれから僕とニールが先に、その後にガガールとシリルが夜番として見張りをすることになっている。だから飲んでいるのは僕とニールだけだ。残りの二人は起きた時に飲むのだと言う。


「でも、野宿って面倒だね」


 見張りは自分でしなければいけないし、食事も不味い。寝る場所だって、今回僕らは馬車が無いので地べたに雑魚寝だ。とてもじゃないけど今までの生活からは考えられない。


「ま、冒険者アドベルってのはこんなもんだ。まだこれはマシな方だぜ。探検者ブランゲルとして山や森の中を何日も歩き回ったり、下層を目指しての魔窟ダンジョン探索なんざもっときつい。今回は護衛っつっても連合体レイドだから自分達以外にも警戒する奴が居る。楽なもんだ」

「今の状況で雨が降ったら?」

「降らない事を祈るしかないな」


 そうなったら僕は絶対に【五色の部屋サン・ク・ルーム】を使って雨風を凌ぐ。

 そうやって雑談をしていると、ふとニールが顔を上げた。その視線の方向を見ると、『リリアーノ』の連盟副長サブマスターであるキースがこちらに向かって来ていた。


「やぁ、俺も混ぜて貰って良いかな」

「ああ、良いぜ。生憎珈琲しかねぇがな」

「十分だ。ご相伴に与ろう」


 僕とニールの間に座ったキースは自分で持って来ていたマグにそれを注いで貰うと、何度か息を吹きかけてから一口飲み込んだ。表情を変えないところを見るに、本当にこれが普通の味なんだろう。もう一度言うが僕が飲むことは二度と無いだろう。


「なんでぇ、俺も混ぜてくれや」


 すると、『グリーグ傭兵団』の副団長であるマッシュまでが近づいて来た。なんだなんだと思っていると、マッシュは遠慮無く僕とキースの間にどっかと座り込んだ。

 にっと笑ってマグを差し出すと、ニールは苦笑いしながらそれを注いでやっていた。

 いやこいつらなんなんだ? そんな僕の疑問を他所に、集合体主パーティーリーダー三人組は話をし始めた。


 どうやら別に雑談をしに来たのでは無く、打ち合わせみたいなものをしに来たらしい。

 何故わざわざ連盟ギルドの連盟副長達が、今回最も小規模集合体パーティーであるここに来たのだろう?


 僕には関係無いと適当に聞き流していると、話は最近の世情の情報交換へと移っていた。


「キースさんよ、最近はどうよ。西方が活発なせいで品の流れが大変だが」

「あまり嬉しくは無いな。おかげで単独者ソロ協力者パートナーも、下手をすればガーランドを拠点にしている集合体まであちらに流れて雑多な依頼が振られてくる」

「うちも似たようなもんだな。お陰で素材系の需要は増えるが、そもそもそっちに手が回らねぇ。まぁうちの上のもんもあっちに行ってるから人のことは言えねぇんだがな」


 知っていた情報と会話の中身を鑑みるに、城塞都市ガーランドと言うのはその規模と物の流れが理由でかなりの冒険者や傭兵、また都市兵が在中しているらしい。普段からかなりの採取や街道見回り、森や山の麓の魔獣駆除が盛んに行われているとか。

 もちろん都市内での雑用も多く、それは普段であれば単独者や下位の冒険者がこなしている。だが今は稼ぎの機会が多くなっている西方、つまり戦が行われている方に流れているのだろう。

 そんな時にしわ寄せが来るのが連盟だ。彼らは単独者から集合体とは違って拠点を持ち、基本的にはそこから動かない。たまに都市から都市、あるいは一切の拠点を持たない連盟もあるが、それは少数だ。

 拠点を持っているからこそ、斡旋所から溢れた依頼が与えられる。そして、基本的に連盟はそれを断れない。断っても良いが、連盟そのものの信用等級に影響が出る。

 国に認められた武装集団であるのならば、余程に理不尽でも無い限りは与えられる依頼もこなして当然、と言うことだろう。


 なるほど、それならこの連盟副長二人が嫌な顔をするのも分かる。

 そう考えたら、欠点デメリットこそあるものの、普段から集合体単位で活動しているニール達は気楽なものだ。

 いや、その気楽さという利点メリットこそを最大限利用する為に、あえて連盟に所属していないのかも知れない。

 まぁ、結局はどちらも善し悪しなのだろう。


 そんな感じで糞が付く程不味い珈琲豆茶を頑張って飲み続けていると、話題は何故かこちらへと流れてきた。


「そう言えば挨拶が出来ていなかったな。改めて、『リリアーノ』の連盟副長キースだ。よろしく頼む」

「ああそうだな。おりゃ『グリーグ傭兵団』の副団長マッシュだ。よろしくたのま」


 二人して僕に手を差し伸べてきたので、同じく名乗って握手をする。


「ニール、お前のところは四人で固定だった筈だが、新しく増やしたのか?」

「いーや。こいつとはこの間知り合ったばっかだがな、腕が良くて今回たまたま暇だって言うから誘ったのよ」

「ほぉ、いつ知り合ったんだ?」

「まだ二週も経ってねぇな」


 偉く素直に言うものだなと思うも、この二人の思惑はなんとなく分かってきた。


「ほぉ、それなのに誘うたぁ、流石は信用等級が4はあるってことか」

「はは、まぁ個人的な意味でも信用は出来るって訳さ」

「なるほどな。それなら誘いもするか」


 僕は今現在のところ誰にも信用等級値は口にしていない。だがマッシュは迷い無く僕の信用等級値が4だと口にしたし、ニールとキースもそれになんの指摘もしない。

 と言うことはどこかで調べたか、あるいはジャルナールと言う大物商人の姿から予想したのだろう。


 そう考えると、わざわざ連盟副長級の二人がここに足を運びに来た理由も分かってくると言うものだ。


「ジャスパーは以前はどこで活動していたんだ?」

「いや、ガーランドでの登録が初めてだよ。それまでは西の方に居た」

「ほぉ、そりゃまた色んな意味ですげぇところから来たな」


 臭わせる言い方をしたが、実を言えば王都があるのはここから西南になる。単純に西と言えば父上の弟、つまり僕の叔父上が収める公国がある。そこはまだ未開拓な地域も多く、小規模の町や開拓村など様々が存在する。まぁ嘘は言っていない。

 そこからはニールに以前語ったのと同じようなやりとりを済ませてから、良い時間になってきたのだろう、二人はそろそろ戻ろうと立ち上がった。


「そうだ、良ければこれ、受け取っておいてくれ」

「ああ、俺もだ。お前さんで良けりゃいつでもうちに足を運んで来てくれ」


 二人が差し出したのは連盟の名前ギルドネームと、名前が刻まれた銀の冒険者証明証アドベルカードだった。どこかジャルナールから受け取ったものと似ている。


 二人が立ち去った後に、その二枚を何度か見てニールに聞いてみる。


「何これ?」

冒険者複製証明証アドベルコピーカードだな。茶、銀、金があって、茶色は挨拶程度。銀色は親しい仲の間柄に贈るもの。金色は絶対的な親愛と信頼の証だ。

 まぁ建前としては、あいつらの知り合いって言うのを証明する為のもんだな。それがありゃあの二人と仲が良い、って証明になる。使い道は色々あるけど、一番はあそこの連盟拠点ギルドハウスに行った時にいちゃもんを付けられたりしないし、良い待遇で迎えてくれる」

「じゃあ裏の意味は?」

「うちの連盟に加入してくれたら嬉しいなーってことだな。最初っからそれが目当てなんだろうよ。じゃないといきなり銀色なんて普通渡されねぇ。連盟副長二人からそれが渡されるってことは、ジャスが思ってる以上に冒険者の中では知られてるみたいだな」


 良かったな、と肩をバンバン叩いてくるニールを無視して、僕はそれを懐に入れる振りをして【僕だけの宝物箱カラーレス・ジュエルス】に入れておいた。使うかどうかは分からないけれど、まぁ一応とっておこう。



 ※



 眠い。そんな感想が出るくらいの気だるさが頭の中にある。

 正確には頭も身体も起きているのだけど、精神的な眠気が奥底にある気がする。

 野宿なんて人生初めてだからだろうか、それともベッド以外で寝るのが初めてだからだろうか。もう絶対に野宿なんてしないと心に誓った。


「どうしたよジャス。無口じゃねぇか」

「眠いんだよ。もう絶対野宿ありの護衛なんてしねぇ」

「普通に機嫌わりぃな……」


 どっちかって言うと冒険者の荒い口調が移ってきただけな気もする。

 それからの道中は、二度の襲撃こそあったものの順調に進んでいった。

 一度は魔獣、一度は野盗の群れ。


 魔獣が襲って来たのは左の草原と右の森に挟まれた場所だった。

 雑食猫と言う猫の姿をした獰猛な肉食の魔獣が、狙ったかのように左右から四体同時に襲って来た。人数が少ない側面を狙われたからか対応に僅かな時間がかかり、二人程が軽い怪我を負っていた。その二人が弱いと言うのでは無く、馬車と御者を守りながらだったのが理由だろう。

 ちなみに機嫌の悪かった僕は行程を狂わす元凶の一体を思い切り蹴飛ばしてやった。力配分を間違って頭を破裂させてしまい、後になって討伐の証を取っている他の集合体の姿を見て、少しばかり申し訳無い気持ちになった。


 野盗はちょっとした崖のような勾配のある法面のりめんの上から矢を放ち、それと合わせるようにして後方から襲って来た。多分、前方と側面の護衛が対応している間に後方の荷物だけでも奪おうとしたのだろう。


 眠かったこと、見下ろされたこと、行程をまたもや崩されたことにかなり不愉快な気分になった僕は、後方から馬に乗って襲いかかって来る十人程のそいつらを迎え撃つように突進し、ニール達四人の援護を受ける間も無く全員を切り倒した。


 法面の上から襲って来ていた奴らはどうにか上手くやったのだろう、逃げ去っていた。

 そうして僕が切り倒した奴らから、何故か持っていた冒険者証明証を回収してまた町へと進み、当初の予定通り、夜の一歩手前と言ったところで到着したのだった。

 今回の護衛依頼で得た一番のことは、進行の邪魔をする魔獣や野盗は慈悲無く殺すべきと言うことだった。

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