第19話 兄の活躍と散歩のお誘い
それから数日間狩りに行ってみたのだが、お金が思ったよりも増えてくれなかった。
僕の【
現在の所持金は凡そ金貨五百枚。ちょっとした男爵級の年の収入だけど、
実は物足りなくて更に北に進んで危険度第4段階の魔獣を数匹狩ってみた。
そこから得られた素材は確かに比較的高めの金額ではあったものの然程変わるものでも無かった。
危険度第4段階以上の魔獣の中には希に魔石があり、それが良い金額にはなるとは聞いていた。なのに、運良く手に入れた二つの魔石はそれぞれが金貨百枚ずつだった時は溜息が出た。
「何か良い方法無い?」
「そうじゃな……」
そんな訳でいつものお助けジャルナールの商会にお邪魔して、単刀直入に良い金策を聞いてみた。
返って来たのはやはり高危険度段階の魔獣や高難易度段階の薬草類を手に入れるしか無いと言うこと。あるいは斡旋所で魔獣討伐依頼を受けるか、盗賊を見つけて退治し、お宝ごと手に入れるか。
個人的には後者が良いかな、なんて思ってしまった。
後は
魔力の空になった魔石に自分の精神力を溜め込んで売る、と言う手があるにはあるのだが、全く割に合わなかった。
昨日一日自然回復量と相談しながらやったものの、危険度第4段階の魔獣から手に入れた魔石と比べると雲泥の差があった。これなら
そんな感じで話を進めて地道に行くしかないかと結論づけた時、ふと最近は屋敷で話をしていないことに気がついた。いや、頻度で言えば普通なのだけれど、情報面で聞きたいことが聞けていないのだ。
ジャルナールも色々知ってはいるだろうけれど、ジャスパーに対しては言えないこともある。
「なぁジャナル」
「なんじゃ?」
「【
言ってから、僕はあえて指を一本立ててからくるりと回した。
「――これで誰もここの会話を聞くことは出来ない」
「……ふむ」
理解してくれたのだろう。顔つきが変わる。
「あくまでジャスパーだ。だが知りたいことがある」
「なんであろう」
「ダイン殿下の討伐派兵、どうなった?」
「無事成功したそうだ」
やっぱり情報は流れていたか。そして、成功か。
「具体的なの知ってる?」
「ダイン殿下は兵の力を借りつつも勇敢に戦い、そして止めを刺したと。その姿はまさに王族に相応しいものであると伝わっておるな。犠牲も出ていないとか」
虚言だな、と思った。
先日危険度第4段階の魔獣と戦った時に実感したのが、危険度段階の3と4との間には大きな開きがあると言うことだった。
僕が戦ったのは人を一口で飲み込めるくらいに巨大な、長さ二十メートルはあろうかという大蛇だった。大きいなぁ、なんてぼんやり見ていたらあっと言う間に近づいて来て、一気に身体をとぐろ巻きにされたのだ。その速度は何度も戦った危険度第3段階の魔獣達とは比べ物にならない程だった。
その時は無理やり引き離し頭を殴り潰したのだけど、同じ個体の縄張りだったのかまた同じ大蛇を数匹戦うことになった。尻尾で吹き飛ばされたり飲み込まれた上で体内でねじり潰されそうにもなった。吹き飛ばされた時など、ぶつかった木の幹に半分めり込んだ程だった。
僕は【
そもそも実力等級値と危険度段階は大凡同じ強さを表す評価基準だ。
平均的な数値である能力等級値が3で、戦闘に関する技能を持つ人が倒せる魔獣が危険度第3段階と言われている。
危険度第2段階までは一般人でも倒せるが、猟師など、ただの獣を倒せる程度の彼らが群れて倒せる限界が危険度第3段階の下と言われていることを考えれば魔獣の強さの大体が想像して貰えるだろう。
今回兄ダインが討伐に向かったのは危険度第4段階の特殊個体だ。限り無く危険度第5段階に近い。斡旋所が認定する危険度段階とはあくまでも推定、下手をすれば普通の危険度第5段階よりも強い可能性があるのだ。
それを兄上が戦い止めを刺した?
多数の犠牲を強いて弱ったところの止めを刺した、と言うのが正解じゃないだろうか?
人の口に戸は立てられないと言うけれど、上位者が出した箝口令は早々には破られない。出したとすれば第二側室だろうけど。
これは弟はきっちり勝利を収めないと不味いことになるな、なんて思いながら僕は紅茶を口にした。やっぱり屋敷の方が美味しいな。
※
商会を出た僕は、ジャルナールから受け取った商品売買取引証明書を手に斡旋所へと足を運んだ。
この証明書、素材を卸す場所から一度商会に持って来て、ジャルナールが確認してから商会員に持って行かせているらしい。普段なら持って行くのは完全に任せている僕だけど、今日は斡旋所で依頼とやらを見てみようと思い足を運ぶことにしたのだ。
いやまぁ、普通はこの証明書、冒険者が自分で持って行くものらしいけど。
斡旋所で証明書を提出し依頼板とやらを眺めていると、いきなり後ろから肩を叩かれた。
「ようジャス。今日は依頼か?」
数日ぶりのニールと、その後ろには仲間らしき男が一人と、女が二人立っている。
「いや、証明書を持って来るついでに見てるだけ。受けたことが無いから興味半分だな」
「へえ。なんか冷めてんな。普通だったら目ん玉まーるくして良い依頼探すもんだけどよ」
「小さい依頼ばっかりなんだけど」
「あーそりゃあれだ。人数が多かったり
ほれ、と指差された先には確かにこちらよりも大きめの依頼板があり、まだ何枚か残っていた。
ちょっと興味はあるものの、まぁ受ける条件からして僕には無理だろう。
僕はニールに視線を戻した。
「で、今日はどうしたの?」
「ああ、と言うか仲間を紹介したいから隣で座ろうぜ」
誘われるがままに隣の建物へと移り、五人で座れるテーブルを囲むと、果実水を頼んでから自己紹介となった。
「で、まぁ改めて俺の
親指で示された三人を見ると、親しみやすい笑みを浮かべてくる。
「ガガールだ。よろしく頼む」
「シリルです。これからよろしくですね」
「イリールよ。よろしくね」
茶色の髪と瞳の虎のような耳をしたのがガガール。
緑がかった水色の髪と瞳をしたリスのような耳をしたのがシリル。
ニールと同じような緑がかった茶色の髪と瞳をした犬耳を生やしたのがイリール。
「こちらこそ」
代表としてガガールと握手をしてから本題に移る。
「で、その固定集合体で集まってどうしたの?」
「今日の昼から護衛依頼で隣町まで行くんだよ。で、まぁ朝から最後の荷物と予定の打ち合わせと確認をしようかなと」
「なるほどね」
来た果実水を飲みながら少しの会話をする。ここ数日は何をしていたかどうかとか、そう言った類の雑談だ。ニール達は簡単な依頼を都市内でこなしていたらしい。
「そういやジャス、お前今日は結局どうすんだ? 何も無いなら一緒に行かねぇか?」
「護衛に? いきなり参加出来るものなの?」
「ああ。知った小さな商会の人でな。今回は運ぶ量が多いからって護衛の人数を増やしたがってんだ。俺達以外にも二つ程集合体が参加する
「それ日程は?」
「大凡一日半で向こう町に到着して、一泊した後に戻るって形だな。向こうで何か良い依頼とか魔獣が出てりゃ狩るのもありだけどよ」
「行かない」
僕はきっぱり断った。日帰りならともかく野宿込みとか。明日には到着するだろとかそう言う話じゃない。
僕が屋敷から出たかったのはそもそも魂位を上昇させたかったのと、軟禁された状況から開放されたかっただけだ。決して本格的な冒険者業をしたい訳じゃない。
僕があまりに即答したものだからか、集合体の面々は面食らったようだった。そんな中ニールはすぐに復活して肩を組んできた。
「まぁ良いじゃねぇかジャス。どうせこの間の魔窟みたいに護衛も経験無いんだろ?」
「無いね」
「じゃあこれも経験だ。複数人での旅。護衛する際の必要なことや助け合い。護衛が終わって労いの乾杯。良いことだらけだぜ?」
「え、助け合いって困った時のものって言ってなかった?」
「助け合いをする時のほら、あるじゃねぇか。
なぁ? とニールがガガールに話を振ると、彼は苦笑いをした。
「ニール、話の持って行き方が強引過ぎるだろ。それじゃ誰も頷いてくれねぇよ」
「そうね」
「もっと魅力的な誘いが良いと思うわ」
どうやら僕が初めから行く気が無いのに加えて、ニールの誘い文句は最低なものだったらしい。総攻めにあうと、ニールはつまらなそうに眉を
「なんだよじゃあお前ら何かあるのかよ」
「そもそも嫌がってるのに無理強いするのが間違ってるのよ」
「だな」
そこでニールは思いついたかのように顔を綻ばせた。
「なぁジャスよ、知ってるか? 隣町にはな、良い世話女が居るんだぜ?」
「世話女?」
僕は首をかしげた。聞いたことが無い単語だ。
ちらと面々を見ると、ガガールは苦笑し、女二人は細い目を向けてきていた。
「あー、知らねぇのかよ。世話女っつったらあれだ。ようは宿とか宿場にいる給仕人と娼婦を兼ねた女だな。飯食って気に入った女がいりゃ金払えば抱けるって寸法よ」
「へえ」
つまりメイドを部屋に呼ぶようなものか、と理解した。金を払うと言う点が良く分からなかったけれど。
「な、どうよ? お前さんだって童貞じゃねぇんだ。悪くはねぇだろ?」
「童貞が未経験の男を指す言葉なら、俺は童貞になるな」
『え』
ニールを含めて全員が僕を見た。何かおかしなことを言っただろうか。
「お前そりゃ……」
「変か?」
「変っつーか、なぁ?」
ニールが視線を向けると、皆がなんとも言えない表情を浮かべていた。どうやら変なようだ。
「ジャスって十五だったよな?」
「ああ」
「今まで仲良くなった女とかは居なかったのか?」
そう言われて、ふと一人の女の子の顔が思い浮かぶ。
本当なら今頃はそう言う関係になっていてもおかしく無い相手だったけれど、今となってはなんの縁も無い相手だ。来年辺りに弟とそう言う関係になっているのではないだろうか。
今まで見てきた中で、母上を除けば断トツで美少女だったな。
「仲良くの意味にもよるが、まぁ居ないな」
「そうか……」
もう一度面々を見渡すと、今度は訝しげな感じで見てきていた。そうか、童貞とは一般的にはそんなにおかしいことなのか。
しかし表情を改めてから、ニールは言う。
「なら尚更だ。一度終わらせとけって、な? 男なら女を知るのも成長の証だからよ」
そう言われてもな、と言うのが正直なところだった。もし僕の子を宿した女が出産したとしよう。髪の色や瞳の色次第では確実に闇の中に葬り去られる。
ここで改めて、王太子としての僕の容姿を説明しよう。
この世界では女性だけでは無く、男性も髪を長く伸ばす者達が居る。それは長い髪には多くの魔力が宿ると言われているからだ。なので多くの精神力や魔力の能力等級値を求める
それは王侯貴族にも言える。
この国は武を尊ぶ。貴族であればより多くの強さを求める為に髪を伸ばすことが多い。無論全部が全部では無い。単純に近接戦闘に邪魔だ、と言う人は逆に短い人も居る。
僕は王太子であり、より強さを求める王侯貴族に倣ってやはり長い。ジャスパーの姿でもそれは同じだが、今でも腰くらいまでは伸ばしている。
髪の色は全体が白銀で、髪の先は何故か黒く染まっている。例え切っても先端だけがまた黒く染まっていくのだ。この色は王族特有のものであり、少なくとも国内では他に見ることは無い。
そして瞳の色はザルード公爵家特有の紫色になっている。これもまたザルード公爵家の血筋以外では見ることは無い。
この髪と瞳の色の両方を併せ持つのは国内で僕だけだ。弟であるクロイツは完全に父上である国王陛下と同じ髪と瞳の色をしている。王族の瞳は中央に小さな黒、その周囲を金色の円で囲まれている。その外側に白色の瞳、と言う感じだ。
なので、僕の髪や瞳の特徴を持つ子供がもし両家以外で見つかった場合、確実に王城かザルード公爵家から騎士と兵士がすっ飛んで来て母子共々永久に表に出てくることは無くなるだろう。
そう言えば、と以前気になったことを聞いてみる。
「なぁ、避妊の
一度作ろうと思ったことはあるのだけど、子を作る仕組み、避妊の仕組みが全く分からずに作りたくても作れなかったのだ。別に僕は男色では無い。興味半分、性欲半分でしてみたいという気持ち自体はある。ただそれが許されないだけで。
「ああ、そう言うことか」
何やら得心した風なニールは女二人を見た。女二人は少し嫌そうな顔をしてから口を開く。
「避妊魔術自体は女性だけが使える魔術よ。仕組みについては本でも見て頂戴。それと男性が使える避妊魔術は今のところ見つかって無いわ」
「だ、そうだ」
「なるほどな」
避妊魔術そのものもそうだけど、女だけが使えると言う点は非常に興味深い。純粋に魔術に対する好奇心がくすぐられる。早速その本を買うとしよう。
「お前の心配は分かった。なぁにそう言うところには大体避妊魔術を使える魔術士が居る。なんの問題も無い」
「全く?」
「……いやまぁ、絶対じゃ無いらしいが……」
またニールが女性陣を見るも、今度は完全に目を逸らされていた。
女性だけが使える、絶対的な効果じゃない避妊魔術。興味が出てきた。
「分かった。一緒に行こう」
また全員が凝視してきた。それはなんだか訝しげで、何がおかしかったのか分からなかった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます