第16話 初めての自由と狩り

 そんな訳で朝。朝食などを終わらせた僕はまた複製体マイ・コピーにお留守番を頼んで、遠慮無く開店して間も無いベルナール商会を訪ねた。


 昨日ジャルナールに言われた通り、金色の商人複製証明証オーバルコピーカードを渡すと商会員は目ん玉を丸くした後に商人証明証をもって奥に引っ込み――何かチェックする魔道具でもあるのだろう――、飛び出して来たと思うと階段を上って行った。


 凄いなあのプレート。支店とは言え仮にも王室御用達商会であの慌てよう。多分貴族並みの扱いだと思う。


「どうぞジャスパー様、上の応接間にご案内致します」

「うん」


 そうして昨日の応接間で待つこと数分、ジャルナールが姿を見せた。


「おはよう。早いな」

「まぁね」


 使用人が持って来た紅茶を飲んでから、要件を口にする。


「どこが狩りをするに良いか、知ってる? 実はさっぱり分からないんだよね」

「そうだな……」


 ジャルナールは少し思案すると、テーブルの上の鈴を鳴らした。


「地図と冒険者アドベルが使う図鑑一式全てを持って来い」


 そうして持ってこられたのは分厚い書物が数冊と、丸められた大きめの紙だった。

 ジャルナールが紙を広げると、そこにはこの都市周辺の大まかな地図が描かれていた。


「ここが城塞都市ガーランド。ここから南に行くとザミネの森と言う森林に当たる。ここは比較的弱い魔獣などがおり、駆け出し冒険者が行くところだ。

 北に行けばカーラックの山という場所があり、それを超えた先には高原がある。この山から高原にかけての間には強大な魔獣が頻繁に見られることから余り近づく者はおらぬ。居ても上位の冒険者が集合体パーティーを組んで行くことが多いな。その麓にはこれまたカーラックの森があり、中位の冒険者が行く場所だな。

 西の王都に向かう街道は見回りが多く、希にはぐれのような魔獣などが現れる程度で殆ど狩りをする対象は無い。

 東に向かう街道を数日行けば知っての通りザルード領に入り、そこに出る魔獣は多少強さが上がる。一番良いのは東の街道をしばらく進み北へ入ればこの都市所有の魔窟ダンジョンがある。ここはもちろん下層に行けば行く程に魔獣は強くなっていく」

「ふむふむ」


 指をしながら一つ一つ説明してくれるジャルナールに頷きを返す。


「基本的にこの都市は王都に近い為、余程の事が無い限りは周辺に危険度第4段階より上の魔獣は現れん。ザルード領や遥か東のラディッシュ辺境領の山岳地帯にはそう言った魔獣がごろごろ出ると聞くが、距離があるので遠征になるな」

「じゃあこの中だと北か魔窟だね。これってもう仮攻略されてるの?」


 魔窟は一応最下層があるらしく、そこに居る強力な魔窟守護魔獣ダンジョン・キーパーと、魔窟宝玉核ダンジョン・ジェムを破壊すれば無くなると言う。どちらか片方だけでは無く、両方と言うのが不思議だ。

 仮攻略とは、最下層まで到着するか、あるいはこのどちらかを破壊したことを意味する。


 ちなみにこの二つ、破壊して魔窟を閉じた場合即処刑となる。


 魔窟内には様々な特殊素材や魔獣がほぼ無限に現れる為、冒険者や商人オーバル、国の利益になる。それを破壊することはそれら全てに損害を与える行為であり、ひいては国に対する攻撃と見做みなされ問答無用で死刑となる。


 魔窟を閉じた者達は即座に地上へと転送され、そして個体情報ヴィジュアル・レコードに称号として魔窟踏破者と付くらしく、個体情報を見ることが出来る個体情報証明版ヴィジュアル・レコード・コピープレートや真偽を見極める真贋の玉と言う魔道具を持つ王族からは早々逃げることは出来無い。


「最下層に到達した者はおらん。よって、魔窟守護魔獣の姿を見た者すらおらぬ」

「ふぅん。何層まで探索されてるの?」

「非公式では四十二層だったらしい。公式では三十五階層じゃな」

「非公式?」

「報告した冒険者の信用や周囲からの評価が最悪だったのだ」

「なるほど」


 魔窟は個性があるらしく、罠があったり無かったり、狭いけれど極端に強い魔獣がいたり、下層に下りれば下りる程に急激に広くなったり迷宮のようになっている場合もあるらしい。

 その評価基準として魔窟探索難易度段階アバドン・ランクと言うものがあり、魔窟ガーランドは4の上となるらしい。目安としては中の上から上の下、くらいの冒険者が適正な場所となる。


「とりあえずは北の森かな」

「うむ。そうなるな」


 言って、ジャルナールは地図を丸めてから避けておいた図鑑一式を並べた。


「これが現在知られている魔獣やその他生物、また素材や薬になる植物や鉱物の図鑑になる」

「見ても良い?」

「無論だ」


 一つの図鑑を手に取り、滑らせるようにページを捲っていく。一冊が終われば次。終わればまた次、と言う風に全部を見終える。

 椅子に背中を預けてから、紅茶を一口飲む。


「良ければ渡すが?」

「要らない。全部覚えたから」

「……そうか」


 流石知力第6等級だ。瞬間的に全てを記憶し理解してくれた。これで何が価値があるかなど分かるから、比較的簡単にお金を手に入れることが出来るだろう。


「何か素材で欲しい物ってある?」

「そうじゃな。今なら薬草類や触媒の需要が急激に増えてきておるな。後は日持ちする食物類などな。強力な魔獣の毛皮やその牙や爪も同じ」

「……ああ、なるほど」


 需要がある理由はそれだけで十分だった。何せそう言った物が必要となる素敵な催しごとが西で行われると聞いたばかりなのだから。


「了解。見つけたら持って来るね」

「ああ、そうしてくれると助かる。あまり危険な事をしないでくれたら尚更にな」

「冒険者にその言葉はどうなんだろうな?」

「確かにな」


 お互いに苦笑してから、立ち上がる。


「もう行くのか?」

「うん。さっさと行って色々試してみたいしね」

「良ければ良い装備と馬車を準備するが」


 僕は肩をすくめた。


「駆け出し冒険者にそんな高尚なものは要らないさ」


 手を振りながら応接間を出て行く。そのまま店を出て、都市の出口へと向かう。

 巨大な城塞都市らしい、頑丈そうな巨大な扉をくぐる。


 ある程度のところまで歩き、人目が無くなったところで【僕だけの部屋カラーレス・ルーム】で姿を消して一気に駆け出した。

 なんとも気持ち良いものだなと思う。【僕だけの部屋】の効果で風こそ感じないものの、人生で初めて、本当の意味で全力で走ると言う行為に高揚してしまう。

 先の景色があっという間に近づいて来て後ろに流れて行く。不思議だ。


「はは」


 笑いが溢れる。なんだ、僕はまだこんなに楽しいと言う気持ちを持っていたのか。



 ※



 途中で小さな町と村を通り過ぎて、一気に森へとたどり着いた。

 実を言えば、森と言うものに入るのはこれが人生で初めてだったりする。何せそんなものに近づく機会なんて無かったから。


「果てさて」


 僕は【僕だけの部屋】を展開したまま森の中へと足を運び入れた。敢えて枯葉を踏みしめる音を鳴らしながら、ついつい周囲の風景に気を取られながら歩いていく。

 時に木肌に触れたり、花や木の実を手に取ったりと、最早もはや散歩のような感じだ。

 そろそろ探さないとなぁ、なんて思いながら進んでいると、上の方で小さな音が鳴った。見上げると、そこにはなんとも気色の悪い姿をした、蜘蛛猿と呼ばれる魔獣数匹が僕を見下ろしていた。姿を消しているのにどうやって、と思い足元を見ると枯葉を踏む跡と音に気づく。ああなるほど。


 奴らは手のような足が二対、腕は六本あって、そのうち四本は背中から生えている。顔は人間を醜悪に捻じ曲げたもので、不気味に笑みを浮かべている。全体的に体毛は黒っぽい茶色。

 お願いだから今すぐ目の前から消えて欲しい生物だった。


「なあ」


 言ってから、【僕だけの部屋】を発動していては声が外にでないと気づいた。それに今のままでは姿も見えないだろう。

 【僕だけの部屋】を解除すると同時に物理や魔術カラーに対する障壁である【五色の部屋サン・ク・ルーム】に切り替えて、改めて問いかける。


「下りて来いよ。見下ろされるの不快なんだよ」


 父上と母上以外に見下ろされると非常に不愉快な気分になる。一体誰を見下しているのかと。


「もう一回だけ言う。下りて来い」

「ウシュー!」


 返事は声にもならない奇声だった。そうして手に持っていた大きめの石を思い切り僕に投げつけてきた。

 中々の速度で飛んで来たそれらを掴み取る。どうやら彼らは死にたいらしいので、望みを叶えてあげることにした。


「ふん!」


 持っていた石を返すが如くに思い切り投げつける。それは見事に一匹の頭を吹き飛ばした。

 蜘蛛猿はそれを見て一斉に残りの石を投げつけてくるも、僕の【五色の部屋】に阻まれて弾かれた。それを見て更に口から黒紫の液体を吐き出してきた。なんだかそれに当たるのは気持ちが悪かったので避けてしまう。

 図鑑によると今の液体は猛毒みたいで、皮膚に当たるだけでも爛れて激痛が走ると言う。こいつらは危険度第3段階の中はあるので、まぁそれくらいの攻撃はしてくるのだろう。


 何度も飛ばされて来るそれらを躱していると、とうとう焦れだしたのか木を下りてきた。その内の一匹はお尻から伸びた糸を振り子にして、勢い良く僕に飛びかかって来る。


「近寄るな下郎」


 向かって来るその身体目掛けて、思い切り風の衝撃をぶつけた。一瞬で細かな肉片となり吹き飛んで行ったそいつの行く末を見届けながら、【万視の瞳マナ・リード】を発動し、下郎共の位置の全てを把握すると同時に地面から土の槍を生み出して全員を貫いた。

 更にその槍から奴らの体内に思い切り水を吹き出してやり、爆発させる。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

カー=マイン・カラーレス・ジ・ガーランド・ル・カルロ=ジグル・アーレイ

種族  人族・人種

魂位  60

生命力 3,600/3,954

精神力 4,870/5,354

状態:(全ての能力等級値が低下している)

   (全ての能力等級値が上昇しない)

   (個体情報が秘匿された状態にある)


力    5-7(5-7/6-7)

速度   5-7(5-7/6-7)

頑強   6-7(6-7/6-7)

体力   6-7(6-7/6-7)

知力   6-7(6-7/6-7)

魔力   6-7(6-7/6-7)

精神耐性 6-7(6-7/6-7)

魔術耐性 6-7(6-7/6-7)


魔術属性

光    6-7(6-7/6-7)

闇    6-7(6-7/6-7)

火    6-7(6-7/6-7)

風    6-7(6-7/6-7)

金    6-7(6-7/6-7)

土    6-7(6-7/6-7)

水    6-7(6-7/6-7)


技能


攻撃系技能:【剣術4-1】【槍術4-1】【格闘術4-1】【投擲術3-7】

防御系技能:【五色の部屋6-7】

補助系技能:【言霊6-7】

回復系技能:

属性系技能:【光魔術5-7】【闇魔術5-7】【火魔術5-7】【風魔術5-7】【金魔術6-7】【土魔術5-7】【水魔術5-7】【光よ在れ6-7】【暗闇1-7】【風撃圧4-7】【土柱5-1】【水激流5-7】

特殊系技能:【魔道具作成4-7】【人形体作成6-7】【複製体作成6-7】【変化6-7】【光の部屋6-7】【闇の部屋6-7】

固有技能:(【全能力低下】【能力固定化】【個体情報隠蔽】【技能解除】)【僕だけの部屋】【僕だけの宝物箱】【透魂の瞳】【万視の瞳】

種族技能:

血族技能:

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「ふむ」


 魂位が1だったからか、異常に上昇している。上昇するに連れてどんどんとこの速度は遅くなっていくと言うが、これは結構良い上昇速度じゃないだろうか。


 少し楽しくなってきたので、全力の【万視の瞳】を発動し、近くにいる強そうな魔獣を狩り尽くすことにした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る