囚われた精霊獣は飛びだした
第15話 初めての外歩き
次の日から、僕は完全に自室に引き籠もり、ひたすらに
鍛錬と言うよりも慣らしと言った方が正しいかも知れない。こうしようと思った魔術の殆どを僕は行使することが出来たのだから。
魔術とは本来名前なんて無い。例えば火の魔術であれば、その火をどういう形にしたいか、どんな結果を成したいかを
魔術に名前を付けるのは、あくまでも想像という過程を短縮させる為。想像する力は至極単純に想像力などと呼ばれ、これを毎回作るのが難しい為に殆どの人が名前を付けて想像の過程を省く。
しかしながら、そもそも魔術に名前を付けたくても創造すら出来ない者も居る。あるいは出来ても非常に効果の弱いものになる者も居る。
この場合は創造に導く為だったり、創造した魔術を補強する為に言葉で想像を補強する。これを
転じて、この言語を圧縮したものが魔術という解釈から、言語圧縮化=
僕が今後これを使うことは殆ど無いだろう。無詠唱の方が便利だし、高い知力のお陰で想像するのに苦労はしないから。
ただ、魔術には属性に対する相性が個々人にあり、どれだけ知力や魔力が高い人でも、これが低ければ使うことは出来ない。そもそも、想像が出来ないのだ。
例えば火の属性が第5等級と言う火との相性が良い人は様々な火の現象を思い浮かべることが出来るが、水の属性が第1等級と言う相性が悪い人は、ただ水を発生させることくらいしか出来ない。これは神様云々の話では無く、単純にその人の中に水の知識や発想力などが無く、想像出来ないからだ。
何が言いたいかと言うと、全ての能力等級値が6-7の僕は余程のもので無い限りはどんな魔術でも使えると言う訳だ。
そんな僕が創造したのは、僕がこの屋敷から抜け出す為、また外で活動する為に便利であろう以下の通りだ。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
カー=マイン・カラーレス・ジ・ガーランド・ル・カルロ=ジグル・アーレイ
種族 人族・人種
魂位 1
生命力 3,600/3,600
精神力 5,000/5,000
状態:(全ての能力等級値が低下している)
(全ての能力等級値が上昇しない)
(個体情報が秘匿された状態にある)
力 4-7(4-7/6-7)
速度 4-7(4-7/6-7)
頑強 6-7(6-7/6-7)
体力 6-7(6-7/6-7)
知力 6-7(6-7/6-7)
魔力 6-7(6-7/6-7)
精神耐性 6-7(6-7/6-7)
魔術耐性 6-7(6-7/6-7)
魔術属性
光 6-7(6-7/6-7)
闇 6-7(6-7/6-7)
火 6-7(6-7/6-7)
風 6-7(6-7/6-7)
金 6-7(6-7/6-7)
土 6-7(6-7/6-7)
水 6-7(6-7/6-7)
技能
攻撃系技能:【剣術4-1】【槍術4-1】【格闘術4-1】
防御系技能:【五色の部屋6-7】
補助系技能:【言霊6-7】
回復系技能:
属性系技能:【光魔術5-7】【闇魔術5-7】【火魔術5-7】【風魔術5-7】【金魔術6-7】【土魔術5-7】【水魔術5-7】【光よ在れ6-7】【暗闇1-7】
特殊系技能:【魔道具作成4-7】【人形体作成6-7】【複製体作成6-7】【変化6-7】【光の部屋6-7】【闇の部屋6-7】
固有技能:(【全能力低下】【能力固定化】【個体情報隠蔽】【技能解除】)【僕だけの部屋】【僕だけの宝物箱】【透魂の瞳】【万視の瞳】
種族技能:
血族技能:
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
僕は気づいた。魔術名は想像の過程を省く為だけかと思ったら、既に世界に存在しているらしきものは自動で
もう一つ反省。勝手に身に付いていた【
魔術言語は言葉にすることによって想像を手伝い創造へ導くものであり、想像したものを補強するもの。魔術名は予め想像したものを凝縮し言葉によって創造するもの。
つまり言葉という技能=【言霊】を使うことによってより上位の魔術が使えると言うことだ。
高い知力に任せて毎回全て一から想像すれば良いと考えていた僕が愚かだったと猛省した瞬間だった。
さて今回手に入れた中で最も重要なのは、
魔石と言う世界に満ちる
魔石の入手先はもちろんお願いすれば何でも用意してくれる万能商人ジャルナール。ただ流石に高かった。高過ぎ無い物で良いから二つ程用意して欲しいと言えば、なんと二つで金貨千枚。
ジャルナールは僕に対して
そうして毎日時間を見つけては頑張った僕の姿形、記憶を叩き込んだ複製体が目の前に居る。
「やあ」
「やあ」
向かい合って手を挙げると、複製体の僕も手を挙げる。この時、僕は一切の指示を与えていない。作る時に僕の指示を従うようには設定したが、今は何もしていない。
魔術も使えないし、能力値だって僕が成人する前まで持っていたそのものだ。
「僕の弟が好きだった食べ物は?」
きちんと記憶の複製も出来ているかの確認として色々な質問をしていくが、きちんと正しい答えが返ってくる。
僕は満足に頷いた。
「じゃあ、僕は外に出てくるから、後をよろしくね?」
「うん、行ってらっしゃい」
練習して出来るようになった、纏う形の【僕だけの部屋】を発動して、部屋の窓から外に飛び出す。
僕はこの日、初めて自由を手に入れた。
※
この都市の屋敷に閉じ込められてから五年目にして初めてきちんと見る都市の光景は、はっきり言えば雑多だな、と言うものだった。
いや、建物は綺麗なものだったし、歩く人達もきちんとした服装をしていて、正に大都市の名に相応しいものを見せている。ただ、今まで自分が住んでいた場所が王宮含めて華美で整然とした場所だっただけにそう見えてしまうのだろう。
正しい意味で王太子だった頃は何度か外出したことはあるけれど、あれだって馬車の中から僅かに外を眺め見ただけだ。護衛も共の者も居ない状況での外出。それが少しの寂しさとそれを凌駕する新鮮な感覚となって僕を包み込む。
とりあえず、服かな。それと装備。
僕は今髪の色と瞳の色を薄い茶色に変化させている。服装も外から見たら市民と同等のものに見えるようにしている。いつまでもこのままと言う訳にもいかないだろうから、早めに着替えを手に入れなければ。
後は一応の装備として安物でも良いから、何かしらの武器と防具を手に入れておくべきだろう。
余談だがこの世界、一部の例外を除き生物の毛の色や瞳の色は七大神と呼ばれる神々の属性の色に染まっている。その色が濃ければ濃い程にその人の魔術属性の能力等級が強いとされている。まぁ人種を含め、一般的な生物の色は薄いものばかりだ。
僕が今変化させている土色は、生物の中でも比較的多い色となる。
「ここ……だよな?」
看板には服を模した絵があり、その下には服飾という文字がある。店構えを見るに高級店にも見えないから、大丈夫だろう。
「いらっしゃいませ」
中に入ると、壮年くらいの女性と男性が迎えてくれた。高級感の無いその顔つきと服装、また店内の品を見て、安心した。
そうして手頃な中古の服――市民で広がっているのは大体が中古服や、安物の服――を見繕って貰い、次に武器屋に行く。
「おういらっしゃい。若い兄ちゃん、駆け出しかい?」
「そうだな。何か俺みたいな可愛い男の子にも振りまわせて、
「ははは、言うじゃねぇか」
筋肉質の身体に不敵な笑みを浮かべたその壮年の男性は、僕の冗談が気に入ってくれたのか、文字通り手頃な剣と防具を見繕ってくれた。
安物にしては多分良いものだろうそれらを装備して、感謝の礼をしてから店を出る。
「また壊れたら言いな。ちょっとした修理ならしてやるよ」
「次に来るとしたら買い替えかな。
「ばーか」
馬鹿だなんて生まれて初めて言われた言葉だ。一回くらいは殴っておいた方が良かったかも知れない、なんて笑いながら、ぶらぶらと街を歩く。
見たことも無い食べ物や飲み物、お店や種族。特に獣人種の柔らかそうな毛に包まれた耳は思わず掴みそうになった。
彼ら、彼女らの耳や尻尾は親しい人以外が許可無く故意に触れた場合は殺し合いに発展するくらいには大事なものらしい。危うく僕は街中で外出初日から殺人を犯してしまうところだった。
都市と言うのは誘惑と危険が沢山なのだと知ることが出来たのは良い経験だった。
今日はあくまでも複製体の試用と、慣らしの為にちょっとした外出なので、目的は無かった。ただ、ふと思いついてこの街で一番の大店の様子を見てみることにした。
そしてたどり着いた先にあったのは、大きな屋敷かな? と言うくらいの建物だった。外から見る限りでは何を売っているのかは見えないが、看板がぶら下がって無ければ僕はちょっとした金持ちの家としか見えなかったと思う。
興味本位でそのまま建物の中に足を踏み入れると、そこにあったのはどう見ても高級な衣服や靴、装飾品に宝石だった。駆け出し冒険者の様相を呈した平民が入って良い場所じゃない。
近づいて来た店の人らしき者は、こんな怪しげな貧乏人に笑顔を見せつつ、頭を下げた。
「いらっしゃいませ。本日は何をお求めでしょう?」
どうしよう。別に何も要らないんだけど。
「いや、ここなら何でも売っていると聞いて試しに来ただけで、これと言った購入目的は無いかな。ただまぁ冒険者が使うような物があれば嬉しいけど」
「それでしたら、ここでは無く、違う建物にて販売させて頂いております」
「ん? ここには無いと?」
「ええ。購入目的の層によって建物を変えさせて頂いておりまして、ここは主に高収入者向けの服飾を販売させて頂いております」
「ふーん」
金が無さそうな上に冷やかしですと名言しているにも関わらず、目の前の商会員は丁寧な姿勢を崩そうとはしなかった。ただ【
そして気づいた。この建物の上の階に、ジャルナールが居る。
彼はこの姿で来た僕を見てどんな顔をするだろう?
ちょっとした悪戯心が湧いた。
「ところで、今日は支店長は居るのかい?」
「支店長とお約束が御座いますか?」
一瞬で目つきが変わった。後ろの方の潜んでいる者達の警戒心が高まったのも分かった。
「約束と言えば約束があるけど、別に今日とは言ってないかな。まぁ知り合いだよ」
「証明する物は御座いますでしょうか?」
「無い。ただそうだな」
僕はふと思い出したジャルナールとのやり取りを口にした。
「もし今日、ここに支店長が居るならこう言えば良い。『囚われた精霊獣は飛びだした』とね。そう言えば絶対に支店長さんなら分かるさ」
「ふむ……」
「俺の名前はジャスパー。まぁ怪しいって思うのは分かるけどね。今の言葉を支店長さんに伝えてみなよ。逆に伝えなかった場合、あんたは必ず後悔することになる」
平然と偽名を口にしつつ、微笑を浮かべながら首をかしげた。さてどうするかな、なんて思いながら。
「暫くお待ち下さい」
商会員はそう言って、奥にある階段を上って行った。その間、僕はぶらぶらと店内の商品を眺め見ていた。高級そうに見えて、実際そこまででも無いな、と言う感想しか湧かなかった。
暫くそうしていると、三階にあったジャルナールの気配が急ぎ足でここへと向かって来ているのが分かった。階段に視線を向けていると、表情はそのままに、明らかに慌てている様子のジャルナールの姿があった。
僕は立ち上がって彼に手を上げると、彼は一瞬訝しげにしながら近づいて来た。
「お初にお目にかかります。ベルナール商会ガーランド支店長ジャルナールと申します」
「うん。ジャスパーって言うんだけど、出来ればどこか二人で話せる場所、無いかな?」
「では、二階の応接間で」
「うん」
そうして連れて行かれた応接間は、この建物の大きさにしてはなんとも華美なものだった。大店としての見栄えだろうか。
二人して向かい合って座り、使用人らしき女性が持ってきた紅茶を一つ口にして、息を吐いた。
「あんまり美味しくないねこれ」
「それは申し訳無い。これでも良い茶葉を使っているのですがな」
「ふぅん。ラブリーローズってじゃあよっぽど良い紅茶だったんだね、初めて知った」
普段僕が飲んでいる茶葉をラブリーローズという。値段を聞いたことが無かったけれど、余程に高級なのだろう。今後はもう少しありがたがった方が良いのかも知れない。
「それで、ジャスパー殿、で良いのかな? 先程うちの者から聞いた言葉は、どこで?」
「ああ、通じて良かったよ」
そう言って、僕は声だけ外に漏れないよう【
「――」
瞠目するジャルナールに僕は笑って、瞳の色を戻し横柄に背中を預けた。
「これで良いか? ああ、俺はただのジャスパーだ。これは間違えないで欲しい」
「なるほど……承った」
頷きながら、僕は僕の意図を汲んでくれたジャルナールに感謝する。
「うん、ありがとう。まぁそう言うことなんだ」
「得心した。確かに精霊獣は飛び立ったのだな」
二人して笑い、紅茶を呑む。
「して、今日は何用でここに来たのだ?」
「いや実は、目的は無いんだよね」
「と、言うと?」
「その辺でありきたりな服と、駆け出し冒険者っぽい防具と武器を買って帰ろうとしたんだけど、ふとこの商会の事を思い出して、まぁ足を運んだだけで。邪魔した?」
「なんの。お主であればいつでも来てくれて構わんさ」
「はは、それは助かるよ」
いや、忙しいだろうに真面目なことだ。
「これからどうするのだ?」
「どうしようかな、とは思ってる。ただ狩りとかはしたいかなって。
「なるほどな。登録はするのか?」
斡旋所と言うところがある。簡単に言えば冒険者としての行動をしたければここに登録しろ、と国が義務付けている場所だ。
今のは省略した会話だが、冒険者として登録するのかどうか、と言うことだろう。
「あれってやっぱりした方が良いの?」
「ただ魂位を上昇させる為の狩り、それだけに腐心するのであれば、しなくても問題は無いだろう。但し
「なるほど、狩りだけならどうでも良いのか……」
別に高級な装備なんて要らないだろうし、素材を卸したりも必要性は……いや、僕が今日持ち出しているお金は勝手に屋敷から持ち出したやつだ。補填はしなければいけないし、これから先も何かしら必要は出てくるだろう。
補填をしなければいけないとは分かっていつつも、その方法を考えていなかった。どうやら僕は相当に外出に浮かれ過ぎていたらしい。
「ここで買い取って貰ったりとかは?」
「この都市内で直接商会と売買取引を行う場合は、冒険者として登録した上で、どの商会とやりとりするかの登録も必要となる。そして、どんな商品をどれだけ売買したかの証明書を商会が発行し、それを持って行かねばならんのだ」
「面倒だな」
「うむ。都市内で金銭を冒険者らしく稼ぐ為には、どうしても登録が必要となる。冒険者では無くどこぞで下働きや雑用をするのであれば気にしなくても良いが……出来れば止めて欲しい」
「そりゃそうだ。俺もする気は無い。そんなものの為にここに居る訳じゃないしな」
「助かる」
紅茶を飲んで、うーんと腕を組む。
「どうだろうか。最初は確かに手間かも知れぬ。が、登録をすることに不都合は無い。お主が“どういう存在か”を知ることは向こうも出来ぬし、一度登録しておけば役立つことばかりだ」
「なんだか推してくるね。ジャルナールに利点でもあるの?」
「何、お主がわしのところに素材を卸してくれる。それだけで都合が良いのよ」
良くは分からないけど、そこまで言うなら頷こう。
「ふむ。じゃあそうしようか。斡旋所に行けば良いのか?」
「うむ」
「いつ行けば良いかな?」
「今すぐじゃ」
「え?」
即断即決即行動。そんな言葉が脳裏をよぎるくらいの速度で、ジャルナールは立ち上がった。え、本当に今すぐ行くの? それで良いのか支店長。いやそれくらいじゃないとやっていけないのか。
そうして僕は極力豪華さを抑えた馬車――豪華すぎると貴族に対して無礼――に乗せられて、斡旋所まで向かうこととなった。
手続きに関する説明は省こう。
とにかく冒険者として登録する作業がそこそこにあって、ジャルナールの言う通り面倒だったことだけは間違い無かった。真実を告げる忠実な臣下を持って非常に嬉しい。
だが登録自体はあれよあれよと進み、僕はあっと言う間に
冒険者段階は“実力”と“信用”という評価基準の等級値を足して二で割った数字で換算されるらしい。段階値の最大は7になるので、最大冒険者段階は文字通り7になる。まぁそんな冒険者は一人も居ないらしいが。
この世界の大神の数は七柱。つまりはそう言うことだ。
ちなみに僕は実力第3等級、信用第4等級。後は二で割って四捨五入で冒険者段階が4と言うことだ。
「これを持って行ってくれ」
「何これ?」
ジャルナールが渡してきたのは金色のプレートだった。大きさや形は斡旋所で作った
「
「ああ、なるほどね」
そう言って、僕は立ち去り、屋敷へと戻って行った。
戻ると部屋の中に居た複製体を【
そうして夕餉を済ませ、入浴を終わらせて床に着く。
こうして、僕の初めての外出は終りを迎えたのだった。
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