第14話 お祖父様2
お祖父様との話し合いの後、自室のベッドに寝転がり先程のことを考える。
何故お祖父様が唐突に養子の話を持ちかけてきたか、これにはザルード公爵家の事情を話さねばならない。
ザルード公爵家はお祖父様とお祖母様の間に、僕の母上を含めた三人のご令嬢が居る。お祖父様は第二夫人を娶っていないので、実質この三人が直系の血筋となる。
そう、ザルード公爵家には嫡子、つまり後継が居ない状況なのだ。
こう言った場合、大体は分家や同格の貴族から婿をとり、その子供を後継とするか、あるいは分家から養子をとり後継とする二つの選択肢がある。
これを、なんとお祖父様は僕をその地位に当て嵌めることで解消しようというのだ。なにせ直系の血を引く孫だ。それも国王の血を引き継いだ、血筋としては誰も文句の付けようの無い完璧な条件を兼ね備えた。
お祖父様としては外の人を受け入れないで済むし、溺愛する孫に跡目を継がせられるのだ。なんの不満も無い。
そしてこれ、僕にも得はある。むしろ得しか無い。
なにせ危険な継承権争いから抜け出せる上に、この閉塞した屋敷から解放されることが出来るからだ。しかも解放された先は自分を可愛がってくれている最上位貴族の家と言う好条件。
お祖父様も僕も助かる、素晴らしい選択だ。
問題点があるとすれば父上や母上の許可、また周囲のうるさい貴族達の声を黙らせることくらいだろうけれど、なんとかなる気はする。
父上からしたら扱いの難しい王太子を無くせるし、母上からすれば微妙な立ち位置にいる息子を実家に送ってあげられる。貴族達の声なんてこの二人の了解とザルード公爵家の力があればなんとでもするだろう。
つまり、王の血を持つ僕が公爵家に行くことが気に入らない者以外にとっては本当の意味で得しか無いのだ。
「しかし……流石公爵家当主」
ここまでのことで思うのは、あまりに流れが上手くいき過ぎている点にある。
お祖父様はきっと、この状況をずっと以前から考えていたのだろう。
僕は子を作ることを許されない身ではあるが、王族の直系の血を継いでいることは間違い無い。本来であれば成人と同時か暫くして王太子妃を娶っていてもおかしくは無いし、子供だって作っていることもある。
そんなことを許されない無能王太子にでも、妻を送り出そうという輩は表に出てきていないだけできっと居るに違いないのだ。
お祖父様はそんな僕の状況を見抜いた上で、成人してすぐにでもこの話を持ってこようとしていたのではないだろうか。
そしてこの度、上手いことに見舞いという名目で僕の許に来ることが出来た。それを利用して、その話を持って来たと考えたら筋が通る。
この話、断る理由は無い。気になるのは向こうでの生活だけれど、少なくとも今よりも悪いと言うことは無いだろう。
僕はこの話を受けることに決めた。
もちろん、ことは僕やお祖父様だけの存念で決めることは出来ない。最終的な決定自体は父上がすることだからだ。ただお祖父様は僕の意思確認をしに来てくれたのだ。
その
※
そうして次の日の朝食を共に済ませた後、食後の一休みとしてお祖父様とまた応接間で向かい合っていた。
「昨日のお話、お受けしたいと思います」
「おお、そうか。そう言ってくれると思っていた」
破顔したお祖父様は演技無しに嬉しそうな顔をしてくれていた。僕もつられて笑ってしまう。
「実際にことを起こすまでの一切はじぃに任せよ。何、上手くしてやる」
「お祖父様の行いに疑うものなぞ微塵もありませんよ」
「ははは、口が上手くなったなカイン」
「何を出来ずとも、歳は取るようでして」
二人して笑い、僕は少し気になったことを聞いてみる。
「しかしお祖父様」
「ん? どうした」
「本当によろしいのですか?」
「此度のことならわしとあれで相談して決めたこと。お前が良いならなんの問題も無い」
「いえ……」
気遣いばかりしてくれるお祖父様に聞きづらいので、少し言い澱んでしまうも、聞かねばならぬことでもある。思わず視線を落とした。
誰もが知っていながらも、誰もが口にしないそれ。
「その……私は、血だけが優秀な無能です。それが歴史あるザルード公爵家の」
「カインよ」
僕の言葉を遮るように、お祖父様は口を開いた。それから少し間があったので、僕は顔を上げた。
「『人見の瞳』というものがあるのを知っているか?」
「ひとみのひとみ?」
「うむ。人を見る瞳と書いてそう言う」
「存じません」
お祖父様は一つ、頷いた。
「人の目、瞳はそれを持つ者の内側を映し出すという。その内側を見る技能、とは少し違うが、その内面を感じる直感的なものを『人見の瞳』という。
これは
「はい」
「わしはな、カイン。幼き頃に見たお主の瞳に、何かを感じたのだよ」
「何か」
「うむ。お主の中にある、巨大な何かをな。確信すら出来た。この子はいつか大きなことを成し遂げる者へと成長するだろうと。そして、私は今までそれを外したことは一度足りとて無い」
僕を見てくるお祖父様のその瞳があまりに真っ直ぐだったので、僕は思わず視線を逸らしたくなった。けれど、今はそうしてはいけないと感じ、応じるつもりで見つめ返した。
「そうだ。その瞳だ。誰も彼もが分かっておらん。誰もお主の瞳を見ておらん。いや、分かっていて口に出さぬ者もおるだろうな。だが覚えているだろう。お主の母であるサラはいつも言っていたはずだ。お主は必ず素晴らしい王になるだろうと」
母上の顔を思い返す。言われて気づく。母上はいつも、必ず僕の瞳に瞳を合わせるようにして語りかけてくれていた。あれは僕の内側を見てくれていたのだろうか。
そこまで言って、お祖父様はまた破顔した。
「だから気にするな。お主はまだそれが表に出てきてないだけだ。これから必ず、誰しもが認める人間になる」
思わず僕は俯いてしまった。この言葉が本当ならば、お祖父様は決して母上が可愛いから僕を可愛がっていたのでは無い。身内贔屓抜きに、人として認めてくれていたことになるのだから。
僕は懐からハンカチを取り出し、瞳に当てた。そのまましばらく止まるのを待ってから、顔を上げる。
僕の今の能力を知らせることだけは出来ない。だけど、せめて。お祖父様が信じてくれた立派な人に見えるように、力を込めて視線を向けた。
「ありがとうございます。これからよしなに」
「――うむ。任されよ」
※
ああ疲れた。夜の暗闇の中で僕はそんな感想を抱いた。
なんだか今回のお祖父様の訪問で色々な物事が進んでいくような感じがして、良いことなのに、どうなるのやらという悩みも浮かんでいた。
きっと悪いようにはならないとは思うけれど、下手な勘ぐりがどうしても出てしまう。
そう言えば面白いことが聞けたな。
「そう言えばお祖父様。『人見の瞳』とは誰しもが持っているものなのですか?」
「持っているものかも知れぬ。だが、誰しもが使えるわけでも無い、また見えるものでも無いな」
「そうなのですか」
「うむ。だが優れた人物と言うのは往々にして持っているものだ。お主の母も、人を見る目がずば抜けていた。もしかするとこれから先、お主の瞳に何かを感じる者が現れるやも知れんな」
呵呵と笑うお祖父様の顔を見ながら思い浮かべていたのは御用達商人のジャルナールの顔だった。
彼を説得する際、僕は強く彼の瞳を見ていた。彼もまた、しっかりと僕の瞳を見ていた。あの時既に能力は開放されていた訳だから、もしかしたら彼は僕の中にあるものが見えていたのかも知れないな。
いずれそれは聞いてみるのも良いかも知れない。ジャルナールが何者なのかについても一緒に。
小さく溜め息を吐いて瞼を閉じる。もう疲れたので今日は大人しく寝るとしよう。明日からは色々としたいこともあるし。
そんなことを思いながら、僕は眠りに就いた。
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