第13話 お祖父様

 普通、貴族が貴族の元へ向かう時は、前もって手紙のやり取りをして許可と日時を決める。そうしなければ都合が合わないことがあるからだ。

 それは無論僕にも当てはまる――のだが、僕の場合は少し事情が違う。

 なにせ僕は屋敷から出ることは一切無いし、することも無い。都合なんてものはそもそも無いのだ。


 そしてこれは昔僕が口にしたことが原因なのだが、何周も前に「この日時にこの方が来たいと手紙が来ていますがどうされますか?」という質問に了承を伝えても、その約束そのものを長いこと覚えておらず、近日になってから「誰々様が来られました」と教えられて思い出すくらいだった。

 なので、僕は約束の了承は任せて、誰かが来る旨は直近になってから伝えるようにと申しおいているのだ。


 それが今回は完全に仇となった。

 きっともうお祖父様からは使いと知らせが届いていたのだろう。ただ僕にそれが伝えられていなかっただけで。


 ジャルナール曰く、あと五日程でお祖父様は到着するとのこと。お忍びでは無く堂々と公爵家の家紋が入った護衛に囲まれた馬車でこの都市に向かっているので間違いは無いだろうと。


「うーん……」


 ベッドに寝転びながら思う。どう考えても時期が悪すぎる。お祖父様が来ること自体は別に問題は無い。今までだって何度かあった。

 ただ、僕の力が目覚めた今に来る、と言うことに懸念があった。


 お祖父様は忙しい方なので、馬車で片道で十日以上かかるこの都市にわざわざ足を運ぶ暇なんて早々は無い。なので来るのは年に一度あれば良い方で、これまでは二年に一度程度のものだった。


 大っぴらに祝える訳では無いが、屋敷では僕が成人した時に小さな催し的なことは行われた。各所から祝いの品も送られて来た。そして何故かその時にお祖父様がわざわざ足を運んで来てくれていた。


 なのに、だ。まだ幾月も経っていないのに再びお祖父様が来る? どう考えても何か理由があるとしか思えない。

 そしてその理由の筆頭は僕の力の目覚めだ。

 最近僕の動きが変わっているのは知られているだろう。もしかしたらその探りに来たのかも、と言う不安が付き纏う。


 真贋の玉、という魔道具がある。これは嘘を吐いているかどうかを判断するものだが、もしもこれを持ってこられるとかなり厄介だ。その魔道具の性能もそうだし、持って来ていた場合、疑っているのがはっきりするからだ。


「どうしたものか」


 魔術カラーでなんとかするか? そんな魔術あっただろうか。あるいは作るか……色々なことを考えながら、今度からはゼールに「来た手紙は全部見せろ」と言っておかないとな、と思った時、ふと気づく。


 手紙と言えば、この間エルドレッドに請われて送った手紙があったなと。

 それに気づいて、お祖父様がここに来る理由としてもっと納得がいくものがあったでは無いかと思い至る。


 僕はここ最近、連続して身体を壊した、と見られている。それを心配したお祖父様が足を運ぶとしても、なんらおかしくは無い。

 不安が先行しすぎてそんな単純な理由を見落としていた。


 疑念よりも親愛が先に来るはずだ。ならば大丈夫だ。大丈夫だろう。大丈夫だよな……?


 そんな風に自分に言い聞かせること五日後。ジャルナールの予想通り、お祖父様の乗った馬車は僕の屋敷へと辿り着いたのだった。



 ※



「これは王太子殿下。久しくさせて頂いております。本日もご機嫌麗しく」

「うむ。遠い所を良くぞ来た。くつろげ」

「はは」


 応接間で、僕は横柄に座ったまま深く礼をするお祖父様を迎えた。


 本来であれば如何に王子とはいえ、国内有数の公爵家当主を相手には偉そうには出来ない。公爵家とは遡れば王族の血を継ぐ場合が殆どだし、ザルード公爵家も多分に漏れない。

 また王女を降嫁させる対象の筆頭格である上に、国を支える一端を担っているので、決して蔑ろには扱えない存在なのだ。


 唯一の例外が王太子だ。王太子とは次期国王となる存在なので、逆に公爵家であろうとも国王に準ずる礼を尽くす必要がある。僕はそれを小さい頃からうんざりする程に言われ続けた。


 僕は能力も低く、上昇させることも出来ず、魔術はおろかどんな技能を得ることも出来なかった無能ではあるけれど、流石に十年以上も礼儀作法について叩き込まれたら嫌でも身についてしまう。

 僕が日頃偉そうにしているのもそれが原因だ。王太子となる者、常に上位者足る振る舞いをすること、と言って例外を除き横柄な言動を貫いている。

 ちなみに例外は国王である父上と王妃である母上だけだ。後は父上の弟である、現在は大公となっている王弟殿下くらいだろうか。


 紅茶や菓子を準備した後の使用人達を応接間から追い出し、僕は大きく息を吐いた。


「お久しぶりですお祖父様。本日は遠いところからありがとうございます」

「何、可愛い孫の許に来るのがどうして苦になろうか」


 人目が消えたことで、僕は初めて王太子としての自分を消した。

 色々な理由と経緯があって、僕とお祖父様は二人きりの時だけはただの祖父と孫になっているのだ。


「して、本日はどのようなご用件で来られたのですか?」

「ははは、愛する孫が幾度も倒れたと聞いて居ても立ってもいられずな。やることだけ済ませて飛び出して来たわ」

「それはなんとも、ご心配をおかけしました」

「何、こうして無事な顔を見れただけで来た甲斐があったというもの。もう大事無いか?」

「はい、お陰様で。ゼールを筆頭に良くしてくれております故」

「ふむ。タナルはどうだ?」

「お祖父様の家から来てくれているだけあって、それはもう気を使ってくれてます。ここだけの話、ゼールよりも余程に助かっております」

「ははは、であれば奴も報われることだろう。いずれ褒美を取らせねばな」

「私が直接与えられたなら良いのですが。不甲斐無いことです」


 僕はちょっと卑屈になった笑みを浮かべてしまった。すぐに表情を戻したが、お祖父様はなにやら強い視線で僕を見ていた。

 はてなんだろうか。


「話を掘り返すようだが、倒れた理由は何かあるのか?」

「いえ。成人して増長したのでしょう。つい色々なことに挑戦してみたのですが、やはり私には分不相応なようでして……身体が無理を許さなかったのでしょう」


 今度はただの苦笑を浮かべると、お祖父様は顔を綻ばせた。


「何も出来ぬからと何もせぬ者、諦めた者。それに比べて何を得ようとすること。それの何と尊いことか。無理を無謀で潰れる者は愚かだが、お主の場合はそうでは無い。地位や立場、状況を理解した上で今を許さず、大事を大事と心に留め、己を高みに引き上げようとする。それは決して愚かなことでは無いぞ」

「……ありがとうございます」


 この人は昔からこうだった。公爵という、強きを尊ぶ国の上位者でありながら、常に僕を励ましてくれた。だから僕はこの人を嫌いになれないし、恩を感じてしまっているのだ。


「これからも無理無くやると良い。誰が何と言おうと、わしはお主のその意志を尊重しよう」

「はい。精進致します」

「うむ」


 満足気に頷いたお祖父様は、一つ菓子を口に運び、紅茶を飲んだ。僕も同じようにして、一息つく。


 嫌な予感がする。本当に僕の心配から足を運んでくれたのは間違い無いだろうけれど、これが前振りでしかないと、僕の知力が知らせてくる。


「で、だな」


 ああ、嫌な予感的中か。


「カインよ、そなた、自分の兄弟のことは覚えているか?」

「どこまでの兄弟かによりますが、無論です。少なくとも私が王宮を離れるまでに産まれた兄弟は皆記憶にあります」

「うむ。話はお主の弟殿下クロイツと、腹違いの兄殿下ダインのことだ」


 何故だろう。先日ジャルナールから聞いたばかりのあの話が頭をよぎる。

 いやまさか違うだろう。あれは秘匿すべきことであり、ジャルナールの推測でしか無かった筈だ。少なくとも公爵家当主の口から、無能王太子の耳に入れるようなことでは無い。

 無い、筈だった。


「じぃとの約束だ。ここだけの話にしておくれ」


 じぃとは幼い頃僕がお祖父様に使っていた呼称だ。


「実はな、此度ダイン殿下は推定危険度第4段階の特殊個体の魔獣を、兵を率いて討伐することが決まっている」


 ああもう聞きたく無い聞きたく無い。

 その心境を努めて押さえつけて、僕は初めて聞いたと言わんばかりに目を丸くした。


「凄いことですね」

「うむ。ダイン殿下は十七歳になる。初陣としては遅いくらいだが、それ自体は問題は無い」

「はい」

「問題はだ。弟であるクロイツ殿下よりも継承権が低いにも関わらず、その力を知らしめてしまうことにあるのだ」

「はい」


 ここからはジャルナールに聞いた話そのものだった。これで裏取りが出来たと言うこともあるが、僕はジャルナールの情報収集能力とその推測する力に驚いていた。

 しかし、話の中で一つだけ違う点があった。


「つい先日の事だ。ナーヅ王国から宣戦布告を受け、我が国からの派兵が決まった」

「え?」


 早すぎるだろ! 

 この話を聞いたのは五日前のこと。それから今日までの間に戦が決まったのか。

 いや違う。お祖父様は王都よりも東のザルード領からこちらにいらしている。五日前の時点でジャルナールから小競り合いを聞いたのに、その時点でまだザルードに居るお祖父様が知る訳が無い。

 と言うことは、実際は後ろではもう宣戦布告は終わっていた? 今回はそれがただ表に出ただけ? いや、もしかしたらこちらにいらしている道中で王城から知らせを受けた? 駄目だ分からない。


「それは……大丈夫なのですか?」

「うむ。我が国として負けることなぞ万が一にも有り得ぬ。心配はせんでも良いぞ。何かあればじぃが直接向かい全てをなぎ払ってくれるわ」


 呵呵、と貴族らしからぬ大笑いをするお祖父様の手を見る。そこにあるのは岩のように研鑽された手だ。

 お祖父様はまだ五十歳にもなっていない。現役そのものの騎士であり戦士である根っからの武人なのだ。


「で、だ。その戦端に向かう軍の総指揮権を持つはお主の弟であるクロイツ殿下に決まった」

「っ」


 演技無しの瞠目をお祖父様に向けてしまう。まさか小競り合いでは無く本格的な戦の指揮を執るだなんて。


「これはな、兄であるダイン殿下よりも大きな戦果を上げさせようという国王陛下の采配だ」

「……王位を継承するのはあくまでも母上の子、と言うことですか」

「うむ。私情はあろうが、わしもその意思には賛成している。これはわしの孫や血、公爵家の利害は関係無くな」

「と言いますと?」

「ニコラ公爵家の娘の子が王になるなぞ。それこそニコラ公爵家が外戚として権威を振るうに決まっておる。わしはな、カインよ。ニコラ家の言いなりのダイン殿下が王にふさわしいとは思えん。能力はあろう。見目も良い。優れた者という点に関しては良い。だがな、母や家の言いなりになるような意思無き者が国王になるなどあってはならんのだ」

「……」


 そう語るお祖父様の目と気迫は、確かに公爵家当主に相応しいものがあった。能力が上昇していなかったら、僕は今頃震えていただろう。

 知らなかったけれどダイン兄上はそうか、言いなり王子なのか。


 じっとそのままお祖父様の様子を見ていると、一度息を吐いて紅茶を口にした。僕もそれに倣う。


「熱くなってしまったな。と言うわけで、わしとしてはあからさまだが、クロイツ殿下が指揮を執るのは良いと思っている。それに指揮を執ると言っても流石に初陣で先頭を走ることも無い。補佐として立つ者達の意見を聞き、頷き、学ぶだけだ。大事なのは指揮執る者としての結果だからな」

「はい」

「で、だな。カインよ。これからが本題だ」

「え?」


 思わず素の声が出てしまった。情報を提供してくれるだけじゃなかったの?


「お主、わしの養子にならんか?」

「……は?」

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