第12話 期待と懸念と急報

「それにしても、本日の王太子殿下は誠、晴れ晴れとしたお顔をされておられますな」

「そんなに出ているか?」

「はい。通りすがる婦人全てが振り返るような太陽の如き輝きが見えます」

「言い過ぎだ」


 はは、と笑うジャルナールを見ながら、僕はそっと自分の頬に手を当てた。

 朝起きた時からゼールや他の使用人にも言われたし、そこまで外に出てしまっているだろうか。


 機嫌が良いのは認める。だって初めて独自の魔術を創造した上に、これからは遠慮無く練習出来るのだ。嬉しく無い訳が無い。

 紅茶を飲みながら僕は浮かび上がる笑みを隠した。


「それで、何か変わったことはあるか?」

「左様ですな」


 話戻って今日は恒例のジャルナールからの情報提供の時間だ。僕が外の情報を知ることが出来る唯一の情報源なので、かなり重宝させて貰っている。


「先ずはヤイナ村のことですな」


 ヤイナ村とは、聞けば王都の北西にあるアーレ公国、その山間に存在する開拓村のことで、小規模の村が幾つか点在する中の一つと言う。

 そこの側に、最近多数の魔獣と強大な魔獣が現れたと言う。最初は村の依頼を受けた冒険者アドベルが確認に行き、ある程度の魔獣を倒したものの、その強大な魔獣には太刀打ち出来ず斡旋所へ報告、それが国へと上がってきたとのこと。


 こういう場合の対処は幾つかある。


 一つは斡旋所から各連盟ギルドへ通達し、連盟単位で向かわせるか、あるいは多数の冒険者や連盟による連合体レイドで討伐させる。

 一つは領主の判断に任せ、独自で冒険者や傭兵ソルディアを雇わせたり、周辺の領地に応援を呼び討伐させる。

 一つは国から直接兵を出し討伐する、と言うこの三つが主な方法となる。


 三つ目の国から、と言うのは基本的に残り二つでは対処出来ないと判断された時に行われるので、今回もそうだろう――と思っていたのだけれど、話はそこで終わらないらしい。


「どうやら第二側室様派閥の者の声によって、ダイン殿下を向かわせようとする動きが」


 ――手柄か。最初に浮かんだのがそれだった。


 現在王位の座は弟であるクロイツと兄であるダインの二人争いの様相を呈している。その優位に立つ為に最も簡単なのが名を揚げることだ。それには個人の強さと、集団を率いる指揮の二つが評価として分かりやすい。


 今回は兄の派閥がそれを目当てに、強行に父上に押し込んだのだろう。


「で、どうなのだ?」

「現在魔獣の詳しい調査を行っている最中とのことですが、それ次第では……」

「なるほどな」


 詳しい調査と言うが、余程に弱い魔獣でも無い限り向かわせるだろう。少なくとも斡旋所が国に報告を上げる程度には手ごわい魔獣だ。この要素だけでも十分手柄を立てるには妥当だろう、ほぼ確定だ。


「他には?」

「はい。国王陛下が滅ぼされたドゥール王国に関することなのですが――」


 今度はまた七面倒な話題が上がってきた。


 話は僕が王太子屋敷に来た直後辺りまで遡ること五年前、父上率いるアーレイ王国軍は、隣国であるドゥール王国を滅ぼし、その領土を拡大した。話はそのドゥール王国に臨する幾つかの自由都市国家群と、ナーヅ王国に広がる。


 滅んだドゥール王国は自由都市国家群とは盛んに交流を行っており、そしてナーヅ王国とは同盟を結んでいた。戦時中にも後方支援や実際に援軍派兵まで行われていたらしい。

 今回問題となっているのは、滅ぼした筈のドゥール王国の王族の生き残りが、ナーヅ王国へ逃げ込んでおり、また一部の貴族も自由都市国家群に逃げ込んでいると言うことにある。


「また面倒な……」

「はい」


 滅びた国の王族が逃げ込んでいると言うことは、こちらに戦を仕掛ける大義名分を与えていることになる。この時点で面倒事が発生している。

 そして更に面倒なのが自由都市国家群だ。これらは基本的にどこかの国に属している訳でも無く、また具体的な領土を主張している訳でも無い。

 しかしながら、自由都市国家とは往々にして内部に魔窟ダンジョンを所有していたり、独自の技術が発展していたり、人や物、そして金の動きが盛んだったりするのだ。。

 下手につつけば周辺国家の要らぬ恨みを買う場合もあるし、他国の冒険者や商人オーバルなどにも影響を及ぼすことになる。新しい技術を得づらくなるという懸念もある。


 言わば隣接国家とはこちらの様子を伺っている魔獣みたいな存在であり、それがいつ立ち上がるか分からない状況。更にその後ろには手を出したく無い恵みを与えてくれる何かがあるのだ。


「で?」


 わざわざ今この場で情報を口にしたのだ、ここでは終わらないだろう。先を促すと、ジャルナールは僅かに言いづらそうに眉を寄せた。


「最近、ナーヅ王国との国境で小競り合いが起きたそうで。緊迫した空気が王城内に広がっているようです」

「なるほど」

「そして、ですな。これは推測や憶測になるのですが……」

「構わん。言え」

「はい、もしやすると、クロイツ殿下がご出馬されるかも知れぬと」

「……詳しく」


 先程兄であるダインが魔獣討伐に行くかも知れないと説明したが、これと同様に、弟であるクロイツにも手柄を与えようするのでは無いか、という噂があるとのこと。


 元々僕が廃太子されていない理由が母上である王妃を悲しませたくない父上の思いから、と言うのはもう知れたことだ。

 同様に、父上や母上は弟を次期国王にしたいという思いがあるのでは無いかと言う予想。

 すると、兄ダインに負けないくらいの手柄を与えたいと思うは必定。よって、もしかすると弟クロイツがその小競り合い、あるいは発展するかも知れない戦の初期段階に参戦するかも知れない、と。


「……」


 それを聞いて、僕はなんとも言えない気持ちになった。

 弟は僕の一つ下。まだ成人すらしていない。才能こそあるものの、魔獣を退治するのと戦争に行くのとでは訳が違う。

 成功すれば確かに兄ダインよりは名を揚げやすいかも知れないが、そう簡単にはいかないだろう。


 今更ながらだが、僕は父上や母上、お祖父様には感謝の念があるし、こんな無能を兄と慕ってくれた弟にも親愛の情はある。

 だが、虚無感に満ちた日々に心が磨り減っていったせいか、自分の感情が希薄になっているのも自覚していた。


 そのせいか、弟が危険な場所、状況に陥るかも知れないと聞いても、乾燥した想いが強いのだ。

 そうか、武運長久を願っておるぞ。それくらいのものだ。

 それでありながら、嘗ての可愛い弟の無邪気な笑顔が頭をよぎると、なんとも言えない情動が湧き上がるのだ。


「殿下?」

「……何でも無い。他にはあるか?」


 僕の心情を察したのか心配の声を向けてくるジャルナールに首を振り、ティーカップを手に取る。目を瞑りながら紅茶を口にして戻すと、それを待っていたかのようにジャルナールが口を開く。


「あと二つ御座います」

「ふむ」

「……裏人のお話に御座いまして」


 気持ち声を潜め前のめりになりながらそう言ったジャルナールの言葉に、僕の心は浮いた。


「うむ。どうだ?」

「まだ調査している最中ですが、先程のドゥール王国が滅びた際、近くにあった里も戦火に巻き込まれたとのこと。それがどうにも裏人の里だったのでは無いかと」

「ほう」

「その一族の名をサガラと言い、優れた裏人の一族だったようで、その生き残りがどうやら国内に居るらしいのです」

「どこでそれを知った?」

「蛇の道は蛇と申します」


 ようは聞くな、と言うことだ。まぁそれは別に構わない。どうせ自分の持つ裏人から仕入れた情報だろう。それをわざわざ使ってまで調べてくれたジャルナールに不満は無い。


「じゃあそれに声をかければ良いのか? まぁ頼むことにはなるが」

「そうしたいとは思っているのですが……」

「何か懸念があるのか?」

「……戦の際、その里に攻め入ったのがどうやらザルード公爵家軍だったようでして……はい」

「……」


 思わず閉口してしまった。それは無理だろ、と。


 言わずもがな、僕はザルード公爵家当主の直系の孫だ。しかもドゥール王国を滅ぼした国王の直系の息子でもある。

 サガラという一族がその国に住んでいたと言うのなら、王侯貴族、あるいは有権者に属していたことは想像に難くない。もしかすると小さな領地すら持っていた豪族そのものだった可能性もある。


 雇い先を潰した父親を持ち、自分の一族を殺した祖父を持つ僕。それが「さぁ俺の手下になれ!」と言えば遮二無二殺しに来るんじゃないだろうか。少なくとも僕なら絶対に許さない。


「分かった。そちらに関してはまた違うものがあれば頼む」

「畏まりました」


 背もたれに体重をかける。この短い時間で随分と精神的に疲れてきた。


「これは最後になりますが」


 そう言えば後二つと言っていたか、と思いながら胡乱な目を向けると、ジャルナールは口を開いた。


「ザルード公爵家御当主様がこちらにおいでになる可能性が高いかと」


 おい、それ最初に言えよ。

 今までの報告が吹き飛ぶ次元での驚愕が僕を襲った。

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