第11話 王太子直轄軍と初めての成功

 さて、僕の屋敷には僕直属の近衛隊が存在するが、もう一つ、ザルード公爵家より派遣されている軍がある。

 近衛隊の兵数が二十人に対し、公爵家軍の兵数はなんと百。

 正式名称をザルード公爵家直属直轄軍。直轄兵全てがそうではないが、今回の場合は領主版の常備兵みたいなものだ。

 そして常備兵とは平時は所領民の一万分の一を基本の数とするのだ。


 記憶が間違ったり、この数年で極端に変化が無ければ、我が国の総人口は約三千万。ザルード公爵家所領地の総人口が五百万だった筈なので、常備兵は五百人となる。

 我がお祖父様はその五分の一を僕に貸し出しているのだ。ちょっと考えられない。


 まぁ兵士と言う括りで見た場合、荘民からなる領兵が居るし、市民を有償で召集する市民兵みたいなのも居ると言えば居る。

 少し説明すると、所領地の総人口、その凡そ三分の二の領民は荘園に属する荘民だ。領兵と呼ばれる、領地全体で兵士として役目に就いている殆どはこれに当たり、その数は大雑把に言って荘民の三分の一から四分の一となる。

 その為、ザルード公爵領全体の総兵数としてはかなり居る。

 逆に言えば、それだけの兵士が居る中で完全な常備兵はたったの五百だ。領地の中での最精鋭の内の五分の一を僕に預けていると言えばその尋常の無さが伝わるだろう。


 閑話休題として。

 その公爵家直属直轄兵だが、半数は僕の屋敷に住まい、残りの半分は都市の一角を借りて住んでいる。

 近衛隊が僕の警護を任務とするなら、彼らは僕の屋敷の警護と、都市周辺の警戒を任務とする。

 もちろん近衛隊と同じように僕の屋敷内で訓練することもあるし、近衛隊と違って都市の外に出て野生の魔獣を狩ったり、魔窟ダンジョンに潜ることもある。


 何が言いたいかと言うと、彼らの一部は必ず屋敷に在住していると言うことだ。

 そして、彼らは総じて公爵当主の直系の孫である僕に甘い。


 一週間という長い日を自室で過ごさされた僕の足は、快く迎えてくれるだろう彼らの元へと向かっていた。



 ※



「これは王太子殿下、良くぞいらっしゃいました。本日もご機嫌麗しく」

「うむ。ご苦労」

「はは、有り難きお言葉」


 普段近衛隊が訓練している場所に僕が足を運ぶと、王太子直轄軍という名のザルード公爵家直属直轄軍、その隊長であるエルドレッド・マルリードが一瞬で近づいて来た。

 近衛隊隊長のロメロ・プラムが僕に向ける顔が敬意なら、この男が向ける表情は可愛い親戚の子に向けるような親愛の笑顔だ。


 実はこの男、昔から何度か顔を合わせていて古い顔見知りでもある。なので僕としても親しみある人でもある。


「お倒れになられたと聞いた時は心の臓が破裂するところでした」

「良くも言う」

「いえ、もし王太子殿下の身に何かあらば、私はこの首を自ら切り落とす所存でありますから」

「私が王妃陛下とザルード公爵に叱られてしまうからそれは止めてくれ」


 軽口を叩き合いながら、膝を着いたままのエルドレッドを立たせる。この男との会話は本当に気楽で楽しめる。


「して、本日はどのようなご用件で? 近衛隊の訓練をご覧になることが多いと聞きますが」

「うむ。頼みがあるのだ」

「なんなりと」

「防御系技能。その中でも障壁系統の魔術カラーを見せてはくれぬか?」

「障壁系統の、ですか?」

「うむ」


 エルドレッドは少し考える素振りを見せてから、離れたところに居た数人の兵士を呼んだ。


「この五人が我が隊の中では障壁系統の魔術に優れているでしょう」

「うむ」


 僕が魔術を使えないことは重々承知だろうに、何とも気持ち良く相手をしてくれる。感謝の一言だ。


「通常の障壁でよろしいですか?」

「色々な使い方を見せて貰って良いか?」

「喜んで」


 それから色々な障壁系統の魔術を見せてもらった。効果が違ったり形状が違ったり、あるいは用途別の使い方を見せて貰ったり、見せても意味の無い無能に一つ一つ丁寧に説明をしてくれる。


 後ろで見守っている使用人達には無能王太子の戯れにしか見えないだろうな、なんて思った。


「以上が大凡の障壁系統の魔術ですな」

「聞きたいことがある」

「なんなりと」

「障壁系統は、結界としても応用が効くのか?」


 僕が今日、本当の目的としている事を聞く。


「ふむ……」


 エルドレッドは眉を寄せた。悩んでいると言うより、噛み砕いた言葉を探しているようだった。


「先程お見せした中で、隊や多数の人を守る為の大型の障壁があったと思います」

「うむ」

「半円に作った障壁そのものが物理、魔術結界と言えますでしょうし、また違う属性を付加させたり重ねることで、本来の意味での結界として運用することが可能でしょう」

「例えば?」

「障壁に水の属性を重ねることで物理攻撃と火属性に耐える障壁となるでしょうし、その他もまた同様です」

「なるほど」


 今のでもう、僕のしたいことが可能であることは分かった。どうすれば良いかも、また僕自身で実行出来るかもどうかも。


「良く分かった。大儀である」

「はは、有り難きお言葉」

「ついで聞きたい。魔力とは、急激に上昇した場合どうなる?」

「魔力ですか」

「ああ。例えば心身どちらかに極端に負担がかかるとかだな」

「いえ、そう言ったことは無いかと思われます。そもそも魔術を使うには知力、魔力、魔術属性の三つ必要と言うのはご存知の通りですが、知力は扱う技術、魔力は威力、魔術属性はどれだけの応用ある使い方を出来るか、と言うものなので。

 強いて言えば知力が低く、魔力だけ高い者が魔術を使えば扱いきれず大事に至る可能性が高いことくらいでしょうか」


 僕はそれを聞いて、満足の笑みを浮かべた。


「助かった。これからも頼むぞ」

「はは」


 そう言って立ち去ろうと踵を返した僕を、エルドレッドが呼び止める。


「王太子殿下」

「何だ?」

「恐縮では御座いますが、もしよろしければザルード公爵閣下にお手紙などを書いて頂けましたら大変有り難く存じます」

「何故だ?」


 エルドレッドはにかっと笑った。


「先日、またこの度の王太子殿下の御調子を耳にされたザルード公爵閣下が大変心を痛めていると耳に致しまして」

「……分かった」


 僕はなんだかくすぐったい気持ちになって、努めて表情を変えないようにしてその場を立ち去った。後ろでは絶対にエルドレッドは僕の心境を察して笑っていただろうなと思う。


 ザルード公爵家直属直轄兵の人間は総じて僕に甘いが、その当主は愛娘が産んだ孫にダダ甘なのだ。そして僕は、それが嫌いでは無いのだ。



 ※



――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

カー=マイン・カラーレス・ジ・ガーランド・ル・カルロ=ジグル・アーレイ

種族  人族・人種

魂位  1

生命力 1,000/1,000

精神力 2,000/2,000

状態:(全ての能力等級値が低下している)

   (個体情報が秘匿された状態にある)


力    4-7(4-7/6-7)

速度   4-7(4-7/6-7)

頑強   6-7(6-7/6-7)

体力   6-7(6-7/6-7)

知力   6-7(6-7/6-7)

魔力   6-7(6-7/6-7)

精神耐性 6-7(6-7/6-7)

魔術耐性 6-7(6-7/6-7)


魔術属性

光    6-7(6-7/6-7)

闇    6-7(6-7/6-7)

火    6-7(6-7/6-7)

風    6-7(6-7/6-7)

金    6-7(6-7/6-7)

土    6-7(6-7/6-7)

水    6-7(6-7/6-7)


技能


攻撃系技能:【剣術4-1】【槍術4-1】【格闘術4-1】

防御系技能:

補助系技能:

回復系技能:

属性系技能:【光魔術1-7】【光よ在れ1-7】

特殊系技能:

固有技能:(【全能力低下】【能力固定化】【個体情報隠蔽】【技能解除】)

種族技能:

血族技能:

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 その夜。僕は自室で魔力と全ての魔術属性を最大値まで上昇させた。


 これでもう後戻りは出来ない。もしこれから行うことを失敗すれば確実に僕の能力がばれるだろうし、王城に強制招集されるだろう。そうなればもう諦めるか、王太子の座を捨てて在野に逃げ込むかの二択しか無くなるだろう。


 それを極力回避する為にも、想像する。これから自分が使おうとする魔術を。


 魔術とはその全てが想像から生まれる。それを精神力を源にして具現化されたものを総じて魔術と呼ぶのだ。


 魔術属性の内、金だけは特殊属性と呼ばれる。これはそれ以外の属性と違い、形や現象の無いものとされているからだ。なので最も想像しづらく、もっとも多様性に優れた属性でもある。何も無いからこそ、何でも出来ると言われているのだ。


 最初に、無色透明の球体を想像する。それに、姿を隠す光の膜を、音や魂の波動を吸い込む闇の膜を、凡ゆる魔術を燃やし尽くす火の膜を、火の膜の威力を増幅加速させる風の膜を、凡ゆる物理攻撃に耐えうる土の膜を、内部への衝撃を受け止める水の膜を外側から順々に重ねていく。


 最後に、金の属性を触媒に、それら全てを一つに合わせる。


 想像するディ・ザイン精神力を注ぎ込むマテリアル・ポゥ創造するマテリアル・レイズ。それを以て魔術と化す――


「出来た――」


 英雄に達する能力が可能とした、矛盾を無矛盾へと至らせる魔術。僕だけの魔術。


「【僕だけの部屋カラーレス・ルーム】」


 僕を囲むように、見えない球体が発生するのを感じた。実際に周囲を見渡しても何も見えない。けれど、確かにそこに、想像したそれが顕現している創造されているのが分かった。


「出来た……のかな?」


 そもそも僕が考えたのは、魔力などを使用人や騎士達に感知されるのが問題なのであれば、感知されない空間を持てば良いのではと言うものだった。

 これならば直接目の当たりにされなければ問題無く幾らでも練習が出来るから――と言う理由なのだけど、本当にこれ、成功しているのだろうか?


「頼むぞ……」


 瞳の表面を直接太陽を見ても問題無いような薄い闇の属性で覆う。そして先日使ってしまった【光よ在れライト・レイズ】を手のひらの上に発生させる。


 手全体に弱い光が上手く発動したので、それに自分の想像を加え精神力を大量に込めて思い切り凝縮する。そうして出来たのは最大限効率化された、煌々と光る圧縮された光の玉だ。こんなものが屋敷内で発生していれば確実に誰かがすっ飛んで来るだろう。


 その玉を発生させたまま数分待っても、誰も部屋に現れようとはしない。【僕だけの部屋】の効果は、外からは姿が見えず、内側からの音や魂の波動を漏らさないこともあるけれど、逆からは確り確認出来るので、僕が使用人や騎士達の存在に気づいていないという訳では無い。


 つまり、僕の想像した魔術は確かに成功したのだ創造出来たのだ


「やった、やったぞ――僕はやったんだ!」


 生まれて十五年。何も出来なかった僕が、何を成すことも許されることの無かった僕が初めて可能にした「何か」だった。


「やったぞ! やったぞ! 僕はやったんだ! やったんだよ!!」


 枯れた自分の心は自覚していた。どれだけ頑張っても何も出来ず、頑張れば頑張る程に周囲の残念そうな視線が強くなっていく日々。辛くない訳なんて無かった。虚しかったし悲しかった。


 複雑な顔で見てくる父上の視線も、それでも応援し続けてくれた母上やお祖父様の笑顔も、自分の方が兄よりも優れていることを知りつつも尊敬し慕ってくれる弟の想いも、表面上は敬意を見せながらも向けられる兄の嘲笑の瞳も、それら全てが辛くて悲しくて仕方が無かった。


 そんな僕が! 初めて自分で作り出した! こんな事が今まであっただろうか!


「やったぞ! やった、やった――」


 僕はその夜、疲れに意識を失うまで、馬鹿のように叫びながら泣いていた。

 その涙が果たしてどんな意味からだったのかは、今の僕には分からなかった。


 ただその中に、虚しさがあったことだけは、間違い無かった。

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