第10話 希望の光

 疲れた。


 代官とのやり取りを終えた後の感想がそれだった。

 いつも通りのやりとりだったけれど、どこか伺うような目つきは明らかだったし、何よりいつもは室内に陪席するのはゼールとメイドだけだったのに、今回はタナルまで姿を見せていた。

 皆が皆何かしら思うところがあるのは明白だった。


 ちょっとした焦りが出る。父上が王座に座っている間は王位継承権がその意義を発揮することは無い。父上はまだお若いので、簡単には御歴世に名を連ねる訳では無いので大丈夫だ。


 だけど、王位に絶対安全なんてありえない。

 ただでさえこの国は他国へ侵略大好き国家なのだ、恨みは多分に買っているし、内部にだってそう言った思いを抱えている者が居たってなんらおかしくはない。主に王位継承権第三位の母親とか。


「どうしようも無いんだよなぁ」


 現状強くなる方法が無いのだ。

 いやまぁ吹っ切れて正体をばらしてしまえば幾らでも強くはなれるだろうけれど、本当の意味で王太子になってしまう。もう僕は王座に就くつもりは無いのだ。大体僕が今更戻ってしまえば王位継承権争いは苛烈さを増すだろう。


 しかし繰り返すことに、今の僕は完全に手詰まり状態だ。


 半ば諦めの境地に達している僕に光明が見えたのは、近衛兵の普段とはちょっと違った訓練を目にした時だった。


 これまでも攻撃魔術を使った訓練は見たことがあったけれど、今日はそれのまと役となっている近衛兵が居たのだ。

 思わず立ち上がってしまった僕に周囲が反応した気がしたが、それどころでは無かった。


 的役となっている近衛兵は少し大きめの盾を掲げ、襲い来る魔術カラーに対して構えると、その正面に半透明の障壁を作ったのだ。記憶違いでなければ、あれは単純な防御障壁を展開する魔術だ。


 どうして今まで気付かなかったのかと思う程に衝撃を受けた。イチかバチかの賭けではあるけれど、これに成功すれば誰憚ること無く魔術の鍛錬が出来る。


「書庫に行く」


 それだけ言って、僕は若干急ぎ足に書庫へと向かう。

 希望が見えてきた。その希望の光を手にする為にも、先ずはこれまで怯えて上昇させることの出来なかった知力の等級に手を出さなければならない。


 その日から数日感、僕は睡眠と食事、排泄や沐浴以外の全ての時間を書庫で過ごした。一切の雑念を捨てて、ただひたすらに知識を得て、それを自分の中で咀嚼し、色々な解釈を加えながら精読したりもし、極力頭に負担をかけ続けた。


 そうして日が七日を過ぎての夜半、ベッドの中で僕は心臓に手を当てて緊張をほぐしていた。

 これまで僕が怖くて上昇させられなかったのは魔力。そして知力の第6等級。この二つだ。

 魔力を上昇させていないのは自分がどうなるか、周囲にどういう影響を与えるかが不安だったからだが、知力は違う。どうなるかの予想が出来るからこそ、上昇させることが出来なかった。


 能力等級値とは第1等級から第7等級まであるが、実際に確認されているのは第6等級までで、第7等級はあるだろうという推測から存在している等級値だ。

 この世界は基本的に7の数字で出来ている為にそう言う推測が立っているが、問題は、現在確認されている最大等級値が6-7という点にある。


 能力等級値は第3等級が平均であり、第4等級で優秀、第5等級で天才、第6等級は英雄や二つ名が付けられる程に優れた者が手にしている数字なのだ。

 僕が最近自分の能力等級値を上昇させて気づいたのは、第1等級から第3等級の等級値は上昇させるまでの経験値とも言うべきものがそう多くは無い。そしてその実際の能力自体も壁を感じる程では無い。


 だが、第3等級から第4等級、またその上になると隔絶した壁が存在する。知力を第4等級から第5等級にした時などは本当に頭が割れそうな痛みと世界の感じ方の違いに苦しめられた。

 優秀と天才の差でこれなのだ。では天才と英雄の差はどれほどの差があると言うのか。下手をすれば感じる、得る情報量に頭が負けて死んでしまうのではないか、なんて不安が付きまとって離れなかった。


 だけど、今日近衛兵の訓練を見て思いついたことを実践するには、絶対に第6等級の知力が要になる。その為に今日まで出来る限り頭に負荷をかけて、知力を使うことに慣らしていったのだ。


 そうして今、等級値を上昇させる。


「やるぞ」


 気合を入れて、いざ。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

カー=マイン・カラーレス・ジ・ガーランド・ル・カルロ=ジグル・アーレイ

種族  人族・人種

魂位  1

生命力 200/200

精神力 500/500

状態:(全ての能力等級値が低下している)

   (個体情報が秘匿された状態にある)


力    4-7(4-7/6-7)

速度   4-7(4-7/6-7)

頑強   6-7(6-7/6-7)

体力   6-7(6-7/6-7)

知力   6-7(6-7/6-7)

魔力   1-1(1-1/6-7)

精神耐性 6-7(6-7/6-7)

魔術耐性 6-7(6-7/6-7)


魔術属性

光    1-7(1-7/6-7)

闇    0(0/6-7)

火    0(0/6-7)

風    0(0/6-7)

金    0(0/6-7)

土    0(0/6-7)

水    0(0/6-7)


技能


攻撃系技能:【剣術4-1】【槍術4-1】【格闘術4-1】

防御系技能:

補助系技能:

回復系技能:

属性系技能:【光魔術1-7】【光よ在れ1-7】

特殊系技能:

固有技能:(【全能力低下】【能力固定化】【個体情報隠蔽】【技能解除】)

種族技能:

血族技能:

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 目を閉じたまま数秒、特に何も起こらないことに安堵しながら目を開ける。


「――ぁ」


 僕の意識はそこで途絶えた。



 ※



 僕が目を覚ましたのはそれから一週間後で、屋敷内の空気はとんでもないことになっていた。

 一日倒れることはあっても一週間も昏睡状態になったのは初めてで、それはもう屋敷中が大発生スタンピードでも襲ってきたのかと言うくらいの騒ぎだったらしい。

 後から聞けば、ジャルナールですら門前払いを食らう程で、屋敷を警護している兵士の殺気が尋常じゃ無かったらしい。


 最初に診察した魔術医と、王都からすっ飛んできた魔典医――王族直属の優れた魔術医――が極度の過労という診断を下さなかったら暗殺を疑い、屋敷内の人間の首が幾つもすっ飛んでいただろう。それくらいの大騒ぎだったらしい。


 流石に申し訳無いと思いつつも、僕は自分の個体情報ヴィジュアル・レコードを見て確かな満足感を得ていた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

カー=マイン・カラーレス・ジ・ガーランド・ル・カルロ=ジグル・アーレイ

種族  人族・人種

魂位  1

生命力 270/1,000

精神力  0/2,000

状態:(全ての能力等級値が低下している)

   (個体情報が秘匿された状態にある)

   衰弱:精神力が枯渇している

      体力が枯渇している

   回復量低下:万物の素が不足している


力    4-7(4-7/6-7)

速度   4-7(4-7/6-7)

頑強   6-7(6-7/6-7)

体力   6-7(6-7/6-7)

知力   6-7(6-7/6-7)

魔力   1-1(1-1/6-7)

精神耐性 6-7(6-7/6-7)

魔術耐性 6-7(6-7/6-7)


魔術属性

光    1-7(1-7/6-7)

闇    0(0/6-7)

火    0(0/6-7)

風    0(0/6-7)

金    0(0/6-7)

土    0(0/6-7)

水    0(0/6-7)


技能


攻撃系技能:【剣術4-1】【槍術4-1】【格闘術4-1】

防御系技能:

補助系技能:

回復系技能:

属性系技能:【光魔術1-7】【光よ在れ1-7】

特殊系技能:

固有技能:(【全能力低下】【能力固定化】【個体情報隠蔽】【技能解除】)

種族技能:

血族技能:

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 精神力は精神的な負荷が掛かっても減るし、それが無くなると生命力が減ると言う。正に今の僕がそれだろうけれど、これは下手をしたら死んでいたんじゃないだろうかと少し背筋が震えたが、知力の等級値上昇、その成功の喜びが勝った。体力はどうして減っているんだろう?


 一先ず今日はゆっくり休もう。失った生命力や精神力、体力などを回復し、明日から動き出そう。


 ……もしかしたら数日は部屋に詰め込まれる可能性を、必死な形相で自分の世話をする使用人達の顔に感じながら。そう思った。

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