第8話 欲すれど、手は届かず

 唐突ではあるが、世の中には裏人と呼ばれる者達が居る。


 個人で動く事もあれば組織で集まったり、あるいは上位者に雇われたり囲われたりしている、文字通り裏の世界の住人達だ。


 一般的な言い方としては、草、影、闇、忍、細作などなど色々な言い方があるが、それらの総称として裏人と言う。


 彼ら、彼女らの活動内容は多岐に渡り、情報収集に始まって暗殺まで、それこそ表立っては出来ない、しづらいことを行う。

 これらは大体の上位者は持っており、父上である国王や、お祖父様であるザルード公爵も絶対に持っている。

 恐らくは商人であるジャルナールも少人数ながらに持っているに違いない。こう言った存在は、上位者になればなる程に必要となってくるから。


 何が言いたいかというと、僕も裏人が欲しいと言う訳だ。


「そうですな……」


 そんな訳で、僕の唯一の手足たるジャルナールに率直な感じで相談してみたところ、それはもう彼にしては珍しく困った顔をした。

 まぁそうだろうなとは思う。そんなに簡単に優秀な裏人を手に入れられれば苦労は無い。その辺の盗賊やならず者を雇うと言うのとは違うのだから。


 裏人は基本的に実力者で無ければ成り立たず、またその任務の内容から絶対的に信用出来る人が必要となってくる。


 この信用、と言うのがまた難しい。金で商売として「雇い主と雇われる者」と言う括りで契約するのもありだが、相手によっては金で簡単に雇い主を変えることだってある。


 一番楽なのが恩を与えることだ。自ら自分に支配されようとするような、その者達にとっての恩が与えられれば、裏切ることの無い裏人が出来上がる。

 あるいは自分に依存させることもありだ。自分が居なければ生きていけない、生活が出来ないと思わせる何かがあれば最高だ。


 もちろん僕はそんなもの持ち合わせてないし、そもそもそう言う条件に当て嵌る未所属の裏人なんて早々は転がってはいない。

 そんなものを主人が欲しいなんて言うのだから海千山千の商人たるジャルナールでも困り果ててしまうだろう。


「まぁ話ついでにくらいで聞いておけば良い。何も本気では無いからな」

「は、恐れ入りまする」

「それにしても、だ。私のところで利益が出ぬだろう。問題は無いか?」

「はい。他でも確りしっかりと利益は出ておりますし、何より王太子殿下に買って頂くものだけでも十分な利益は手に入れております」

「なら良いがな」


 紅茶を飲みながら、それでも実際あまり儲けにはなってないだろうなと思う。なにせ大店の、王都まではいかないまでも巨大都市の支店を渡されている程だ、普段ならば僕が扱う金額の数十倍から数百倍を取り扱っているに違いないのだから。


 かと言って、褒美と言う形を取らせる訳にもいかない。彼は所詮商人でしかないのだ。例え臣下の礼を取ろうともそれは変わりない。

 それでも何かしらの褒美を渡すとしたら、方法は一つしかない。


「お主のところで価値の高いものは何だ?」

「それでしたら――」


 聞けばまぁあることあること。でも値段関係無く、欲しい物が殆ど無かった。これでは高い買い物をしてやることは出来ない。欲しくない物に金を落とす無駄は流石に忌避してしまう。


「――であります」

「なるほどな」


 最後まで聞いて、やっぱり買う物が無かった。

 正確に言えば、様々な効果が付与された武器や防具、魔術カラーの制御や威力を増す魔道具など興味深い物はあったけれど、今の僕が持っても使い道が無いのだから意味が無い。


 はてどうしたものか、と考えて、一つの商品を口にしてないことに気が付く。


「奴隷はどうだ?」

「それは……」


 成人して初めて対峙した時に僕が口にしてからも、決して話にも持ってこなかった商品だ。

 別にこの国では奴隷が禁止されているという訳では無い。一応強盗や拉致によって奴隷にすると言うのは名目上禁止されているが、実際に全てが全て守られている訳でも無いだろう。

 なので、基本的に奴隷と言うものは品切れすることは少なく、戦争大好きなこの国であれば国や種族を滅ぼすたびに大量の奴隷が発生するので奴隷市場は今日も元気に動いている。


 なのに、だ。これまでジャルナールは奴隷の話を振ることは無かった。没落貴族や希少種族の一人や二人、大店であれば扱っていてもなんら不思議では無いのだが。


 言い淀むジャルナールに説明を促すと、まぁ言われてみればそうだ、と言う内容だった。


 男の奴隷を買った場合、使い道は戦闘か護衛か雑用しか無い。

 僕は戦闘はしないし、護衛には近衛兵が居る。雑用等は使用人が居るからそもそも必要が無い。逆にその役割として買えば、彼らの矜持を著しく傷つけることになるので絶対にやってはならない。


 女の奴隷を買った場合もほぼ同じで、増える役割とすれば性処理用だが、それに関してはある意味最もやってはいけない行為と言うのはもう知れたことだ。


 王太子の胤の管理は徹底されているのだから。


「更に言えば、ゼール殿は代々王家に仕える一族の次期家長で御座いますから」


 つまり、僕に奴隷を売ったことが父上、あるいはゼールの家に知られては不味いと言うことだろう。まぁ王室御用達だ。信用問題に関わるのは間違いない。


「なら仕方無いな」


 背もたれに身体を預けて紅茶を口に含んだ。ジャルナールに褒美代わりの利益を与えること、そして奴隷が手に入らないことの両方が残念で仕方が無かった。


 そんな僕を見てか、ジャルナールが言いづらそうに口を開いた。


「ただ、ですな」

「何だ?」

「観賞用の奴隷、と言う建前なら、何とか問題視されないかと」

「観賞用か」

「はい。王侯貴族の方々も、観賞用にと希少な生物などを購入される場合も少なくはありません。例えば精霊族は妖精種、あるいは亜人族は植物種などであれば観賞用として何の違和感も無いかと」


 妖精種も植物種も、どちらも非常に優れた美顔を持つことで有名な種族だ。奴隷として売り出される場合はかなりの高値が付くし、そして奴隷として捕らえた場合大体各地で紛争が起きる。


 特に妖精種は仲間意識が非常に高く、仲間を取り返そうとしたり報復として襲いかかってくるのだ。またその力が強いので毎回相当の被害が出ている。

 それにも関わらず、結構な頻度で奴隷として流通していると言うのだから人の業と言うものは果てが無い。


「例えば、今観賞用として手に入る種族は?」

「観賞用としては花人種、或いは力の弱い魔人種などでしょうか」

「結構少ないな?」

「各地での争いや戦争がしばらく起きておりませんので、どこぞの者が各種族の集落を襲撃でもしない限りは今は中々。魔人種は他国の貴族の令嬢ですな」


 花人種は普段は人と同じ姿だが、全身に花を咲かせられるし、良い香りも発することが出来るとか。主に貴婦人に気に入られている種だろう。

 魔人種は姿形は殆ど人だ。まぁ単純に綺麗なんだろう。


 そこでふと気づく。


「別に観賞用じゃなくても、愛玩動物代わりじゃ駄目なのか?」

「……確かにそう言う方もいらっしゃいますな。ただ、どちらも大半が性的な面を含んでいますので」

「結局は性奴隷と同じ、か」

「はい……但し、普段から人目のあるところだけ共に行動し、夜は決して近づけないと言うことであれば」

「ああそれは無理だ。手を出す気だからな」

「左様で御座いますか……」


 何度も性的な快感を覚えていながらも、決して手を出すことが許されない身体だ。手を出して良い女が居るなら出すに決まっている。まぁ出せないからこそこんな話になっているのだけど。今の会話はただの戯れだ。


 知力を得てからは色々な事情に考えが至るようになったけれど、それでも別に奴隷に対しての憐憫などを感じることは無い。こう言うところは所詮僕も王族、上位者として生まれ育ったが故の感性を持っていると言うことなのだろう。


 まぁ、共感に近いものは出来る。僕だってある意味生かされているだけの、国の道具みたいなものなのだから。


 とある国では、王は国の奴隷、と言う例えがあるらしい。それは国や民を守る為に最も働いているのは王だから。つまり王とは国で一番の奴隷なのだと。


 その例えに則れば、僕は国の王の血筋を絶やさない為に生殺しで日々を生かされているだけの、奴隷の道具、あるいは奴隷の奴隷に過ぎないのだ。

 そう言う意味では奴隷に対しては共感が持てる。だからと言って優しさなどを特に向けることは無いが。


 無能な王太子に自由は無い。欲しいと思うものだって手に入らない。

 知力を得たからこそ、その無様と惨めが良く理解出来た。

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