第7話 現状把握とこれからと
――まずいなぁ。
臣下となったジャルナールから聞き出した王城、正確に言えば王宮内の派閥や後継者争いは聞くんじゃなかった、でも聞いておいて正解だった、と言う有様だった。
先ず、同じ母から生まれた血の繋がった弟であるクロイツ・ル・カルロ=ジグル・アーレイは、僕とは違って王族に見合った立派な優秀さを見せているらしい。
僕は母上に似ているが、弟は父上に似ており、今では見目も素晴らしく整っているとのこと。
才能も容姿も、性格までもが優れていると言う完璧超人だ。最後に見たのは五年前だが、それにも頷ける。あの弟は当時から既にその才能の片鱗を見せつけていたから。
しかしながら、ここで問題が出てきたらしい。
父上には王妃である母上の他に、十人の側室が居るらしい。らしいと言うのは、僕がここに来る直前の時点では側室は五人しか居なかったからだ。五年の間に五人も増えたのかと思うも、良く考えれば大国の王だ。むしろ少なすぎるくらいかも知れない。
問題は第二側室が産んだ第一王子である、異母兄弟である我が兄ダイン・ル・カルロ=ジグル・アーレイの存在である。
この兄がまた弟に輪をかけた優秀さを持ち合わせているらしく、正に天才とも言える格を見せつけているとか。
本人もそれなりには欲があるのかも知れないが、問題はその母である第二側室が自分の子を次期国王に仕立て上げようとしていることにある。
優れた弟であるクロイツは王位継承権第二位、それよりも遥かに優れた兄であるダインは王位継承権第三位。
王位継承権第一位なんて居ないも同然なので、余程の事が無い限り実質的にはこの二人が次期国王に間違いは無いだろう。他の側室にも何人かの王子が居るらしいが、まだ幼い上に兄二人程の優れた才能は持っていないという。
僕が王宮に居た頃は異母兄妹ばかりだったものなぁ。
さて、この国は封建主義ではあるが、実力主義でもある。それは王族にも当て嵌まり、むしろ王の血を引く者こそ強くあらねばならないという風潮がある。
これに当て嵌めると、王妃の子である王位継承権第二位の弟よりも、側室の子であろうとも遥かに優れた能力をもつ王位継承権第三位の兄の方が実質的には次期国王に相応しいと認知されてもなんらおかしくは無い。
またこの第二側室の生家がたちの悪いことに、我が母上と同格の公爵家なのだ。そして奥の交流場とされる、いわゆる王侯貴族の貴婦人が集まるお茶会の派閥においても、第二側室の方が力が強いらしい。
母上は純粋だからああ言うの苦手そうだもんなぁ……と言うのが幼い頃の記憶にある母上を見た感想だ。
もちろん母上の生家も国内で有数の実力を持つ公爵家。直接的な嫌がらせや攻撃こそ無いものの、外堀を埋められていっている事実があることは否定出来ないと言う。
これからの後継者争いは更に酷くなっていくだろう、と言うのがジャルナールから教えて貰った情報だった。
こんなの溜め息の一つも吐きたくなる。だってこれ、もし兄であるダインが継承権争いに勝った場合、下手をしなくても僕は命を狙われること請け合いじゃないか。
なにせ無能の王太子であろうとも、無条件で次期国王の権利は持っているわけなのだから。万が一を無くす為に命を狙われたってなんらおかしくは無い。
余談ではあるが、僕は兄であるダインには蛇蝎の如くに嫌われている。
弟であるクロイツは……まさか狙ってこないよな? 来ないよね? 来ないでくれよ本当に。
――非常に不味いなこれ。
どうやらこの無駄に大きな館に五年閉じ込められている間に外では大変なことになっていたようだ。
こんな状態では果たして老衰で死ねるかどうかすらが怪しくなってきた。怪しくなってきたと言うか、確実に自分の身に何かが降りかかってくるのは目に見えてしまっている。
じゃあこれから頑張って強くなろう! と言うのも無理な話だった。
能力的には可能だろう。だけど、僕には
剣や槍なら何とかなるかも知れないけれど、戦いとはそれだけでは勝てないだろう。
戦闘経験や駆け引き、判断力などは戦いの中でしか決して得ることは出来ない。実際に鍛えれば気配や殺気、また
僕が部屋で魔術の練習が出来ないのも実はこれが原因でもあった。
以前までは室内だからと安心していたが、この感知について思い出した時に気づいたのだ。魔術を発動すればこの屋敷の誰かが間違い無く気づくだろうと。
僕は決してこの力を露見させる訳にはいかないのだ。今下手に実力を見せれば継承者争いに変に参加してしまうと言うのもあるし、何より僕はもう王座なんてものには微塵も価値を見出してないのだ。
どうしたものか、と悩んでも、今の僕に出来る事は知れている。
いつものように近衛兵達の訓練を見ながら、相変わらず頑張るなぁと思っていると、ふと気になった事があった。
「おい」
「はっ」
返事をしたのは使用人第二席の執事であるタナルだ。
最近は僕が倒れなくなったからか、側に使える使用人の数は減ってきて、更にはゼールも姿を見せない時が増えた。
まぁあの男は本来は忙しい身、側に居続けていた方がおかしいのだ。それとは別に、変な圧力を感じるのであまり側には居て欲しくない。あれは絶対にただの執事じゃない。
それに比べると、タナルは何だか話しやすくて気に入っている。
「後で良い、私の元に来るようロメロ・プラムに申しおけ」
「畏まりました」
言うだけ言って、僕は書庫へと向かい本を読んで時間を潰すことにした。
※
「近衛隊隊長ロメロ・プラム、お呼びと聞き馳せ参じました」
「うむ」
応接の間で待っていたのは、彼が言うように僕の近衛兵を指揮するロメロ・プラムだ。柔らかい目をしているのに鋭さを感じさせる眼差しに、整った精悍な顔立ち。たゆまぬ鍛錬が生んだだろう肉体を隠すのは質実剛健であり、それでいて美しさを見せる鎧だ。腰に差した剣も間違い無く優れ物。正に王太子、次期国王を守るに相応しい男立ちだ。
「うむ。座れ」
「はっ」
上座についた僕と対するように座るその姿すら武人を感じさせる。
それが、余計に哀れに見えた。
「こうして喋るのは初めてか」
「王宮内にて、またこの屋敷に共に参った最初、お言葉頂きました」
「で、あったか」
全く覚えてない。知力に頑張って貰って思い出せば、確かに声をかけたことがあった。但し文字通り、良きに計らえとかそう言った類だ。
「呼んだのは他でも無い。お主、今の自分の状況にどう思うか、素直に答えよ」
「現状、でありますか」
「うむ」
本来主人に問い返すのは宜しくない。だが質問の意図が相当に難しいものらしく、眉を強く寄せている。そこまで深い意味は無いので気軽に答えて欲しい。
「屋敷や私を守っているのは紛れも無くお主達であろう。また直轄兵も同じであるな」
「有り難く存じます」
「うむ。だが言ってしまえばそれだけよ。外に出て働きをしてみたい、そうは思わんのか?」
「私の任は王太子殿下をお守りすることでありますれば」
「で、あるか」
僕の問いかけに即答で返す。その瞳には偽りを見ることは出来ない。僕程度の人生経験で真贋など分かろうも無いが。
「ん、あい分かった。下がって良い」
「はっ、またいつでもお呼び頂けましたら」
そう言って立ち上がり、扉の前で一礼して彼は応接の間から出て行った。
その消えていった背を幻視し、僅かに目を細めた。
僕が気になったのは彼の僕に対する心持ち。
僕には味方が居ない。だからこそ、僕の近辺を守る彼にその辺りどう思っているのかを聞いてみたかった。だがどうにも今の僕ではそれを判断する能力は無さそうだった。
ふと考える。これから先、僕は果たしてどの道を選ぶべきなのか、と。
ジャルナールと言う自分だけの臣下を得た。近衛兵という、仮初ながらにも自分の家臣もいる。
味方を増やす、と言う言葉が頭をよぎった。
だけど、正直に言えば近衛隊は信用に値しない。何故なら、彼らもまたそれぞれ国や家、貴族に帰属しており、味方なのか敵なのかハッキリしないからだ。
近衛隊とは別に、王太子直轄兵というお祖父様の家であるザルード家出身の者も居るけれど、どこまで信用出来るかは分からない。
この先選ぶべき道はどれが正しいんだろう。何とか自分だけで対処しようともがくか、それともあやふやなままの味方を増やすか。
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