第6話 無能に仕える臣下

 今更ながらに気づいたことがある。

 知力の解釈についてだ。


 知力を上昇させて初めて気づいたのだが、どうやら僕はこれまで学んだ事をしっかりと覚えているようなのだ。

 出来が悪いと匙を投げられた勉学も魔術カラーの実技も、剣や槍、弓を扱ったその時の記憶も確かに残っていて、一つ一つを鮮明に思い出せる。


 これはつまり、知力とは物事を理解する力、判断力、魔術操作の精緻さだけでは無く、自身の記憶を取り出す力でもあるのでは無いだろうか。蓄積した記憶を自由自在に操る力こそが知力の真骨頂なのでは無いか。

 人が物事を記憶する力と知力は全く関係性が無いのだろう。


 それに気づいたのは、全く理解出来なかった魔術理論の本を読んでいると、昔見聞きしたものが浮かび上がってきたからだ。

 気づいてからはそれ以外のことも理解と同時に記憶から浮上してきて、試しに簡単な魔術を使ったら見事に創造出来てしまった。


 その時心中に湧いたのは、「今更か」と言うものだった。


 今までしてきたことは決して無駄では無かったのだろう。けれど、活用する場も気力も無い今となっては無用の長物では無いか。

 まぁ今後の人生においては役に立つと言えば立つので良いのだろうけれど、どこか釈然としないものがあった。



 ※



 それからしばらくはこれといって目立つことの無い日々を送っていた。

 普段は出来る限り多くの本を集中して読み、訓練の時間が合えば近衛兵達の訓練の姿を眺め見て、それ以外は自室で身体を操る練習をしたりして過ごした。


 嬉しいのは、あれから商人のジャルナールが屋敷を訪れる回数が増えていることだ。

 どうやら僕を客として認めたようで、色々な商品を持って来るようになっていた。

 僕があの時言葉にした商品に関するものや、はたまたそれこそ嗜好品に至るまで、どんな商品でも用意すると言った言葉をそのまま体現しているかのようだった。


 その中で僕が購入したのは、武器類と食べ物だけだった。愛玩動物に関しては可愛いとは思ったものの別に欲しく無かったから。いらないものに高いお金を払うつもりは毛頭無い。


 唯一ジャルナールが持ってこなかったのは奴隷だった。僕が本当に欲しているのかを見定めているようでもあり、ゼールの視線を気にしているようでもあり、初めからあの時の試す意味でのやりとりの中での一部分として扱っているようでもあり、正直読めなかった。


 ともあれ、お陰で僕は自室で剣や槍を振るう機会が出来たし、珍しい食べ物を屋敷の全員に振舞うことも出来た。別に僕自身は食べたい訳では無かったし、これまで面倒をかけた使用人への褒美としては悪くは無いだろう。


 そんなこんなで、幾日かを過ぎた頃には能力値は結構な変化を迎えていた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

カー=マイン・カラーレス・ジ・ガーランド・ル・カルロ=ジグル・アーレイ

種族  人族・人種

魂位  1

生命力 200/200

精神力 500/500

状態:(全ての能力等級値が低下している)

   (全ての能力等級値が上昇しない)

   (個体情報が秘匿された状態にある)


力    4-7(4-7/6-7)

速度   4-7(4-7/6-7)

頑強   6-7(6-7/6-7)

体力   6-7(6-7/6-7)

知力   5-7(5-7/6-7)

魔力   1-1(1-1/6-7)

精神耐性 6-7(6-7/6-7)

魔術耐性 6-7(6-7/6-7)


魔術属性

光    1-7(1-7/6-7)

闇    0(0/6-7)

火    0(0/6-7)

風    0(0/6-7)

金    0(0/6-7)

土    0(0/6-7)

水    0(0/6-7)


技能


攻撃系技能:【剣術4-1】【槍術4-1】【格闘術4-1】

防御系技能:

補助系技能:

回復系技能:

属性系技能:【光魔術1-7】【光よ在れ1-7】

特殊系技能:

固有技能:(【全能力低下】【能力固定化】【個体情報隠蔽】【技能解除】)

種族技能:

血族技能:

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 【剣術4-1】【槍術4-1】【格闘術4-1】に関しては技能第3等級までは比較的簡単に上昇したものの、そこからが中々変化せず、意地になって訓練してようやく第4等級に上昇してくれた。

 知力を第5等級に上昇させてから何度も目に焼き付けるように近衛兵達の動きを見て模倣したつもりでも、やはり直接戦いという経験の上でないと身に付かないと言うことなのだろう。ただ、生命力が気づいたら上がってくれていたのは素直に嬉しかった。


 【光魔術1-7】【光よ在れ1-7】に関しては記憶の確認の時に出来る限り威力の無いものを選んで使ったら勝手に覚えていた。でも、魔術系に関してはこれ以上は触れるつもりは無い。きちんと開けた場所、それこそ近衛兵達が使っているような空間でも無いと、室内で何かあった時に手が施せなくなってしまう。


 非常に残念ではあるけれど、こればっかりは仕方無いと諦めることにした。

 今の目標は魔力を除いた全ての能力値を第6等級に上昇させることだ。技能もこれ以上は覚えようが無いのでこちらも諦めた。


「王太子殿下。商人がやって参りました」

「分かった」


 ゼールの言葉に、僕は少しだけ頬を上げた。

 今日はちょっとしたお願いをするつもりだから。



 ※



「いやはや、流石は王太子殿下のお部屋、ご立派な物ばかり」

「世辞でも気持ちの良いものだな」

「お世辞などと」


 いつものようなやりとりで商談を終わらせた後、僕は「自室にある物を新しくしたい。意見を貰いたい」と言って自室へとジャルナールを招き入れた。

 メイド達に茶菓子の用意をさせ、丸いテーブルで向かい合って座る。


「誠、良い茶葉を使われておいでですな」

「うむ、気に入っている」


 二人でしばし紅茶の味を堪能してから、僕は笑いながら切り出した。


「さて、今日も良い物を買わせて貰った。お主には感謝している」

「滅相も御座いません。王太子殿下の為であれば如何ようにも」

「それはありがたい」


 紅茶のカップを置いた。


「さて、お主に聞きたい。私の部屋を見てどう思った」

「素晴らしいお部屋かと」

「うむ。そうだな。何不自由の無い、過度とも言える高級品で飾られた部屋だ。この屋敷もそうだな。国王陛下の別宅である。広く、大きく、美しい。使用人も近衛兵も、何もかもが私には過ぎたものに囲まれている」


 そこで、僕はジャルナールの目を見据えた。ジャルナールの身体と表情が僅かながらに固まるのが分かった。

 魂位レベルが上昇すると、その者からは強者としての圧力を感じると言う。それは体内にある魔力によって発せられるものであり、人はこれを魂の波動と呼称する。

 僕の場合は魂位こそ最低値であるものの、能力値だけは現段階で英雄とされる人々の位置に足を踏み入れている状態だ。だからこそ、僕の視線には力がある。


「なぁジャルナールよ。お主は私をどう思う? 率直に言ってみよ。何、ここには私とお主以外には誰も居らん。素直に口にせよ」


 僕の言葉に僅かに瞠目して見せたジャルナールは、しばし迷った様子のままに瞼を閉じた。暫く無言の時が過ぎ、ようやくその口を開いた。


「囚えられた生まれたての精霊獣かと」

「ほぉ」


 精霊獣とは、自然から生まれたとされる精霊族、その中でもずば抜けた知能を持った力ある獣のことだ。

 世に存在する属性、現象そのものでもある精霊や、それが肉体を持った妖精に近しい存在で、その成獣ともなれば天災の代名詞とされる古の龍にも匹敵する存在だ。


 その身体は美しく、また身体の全ての部位に価値があり、希に一攫千金を目指す馬鹿な冒険者達が返り討ちにあっている。

 ただ、過去に実際に精霊獣の幼体とされるものを捕らえたことがあり、その時に付けられた値段は国を買えるとすら言われたとか。


 ジャルナールはそんな精霊獣の幼体を僕に例えたわけだ。

 僕は圧力を緩めて、背もたれに身体を預けた。


「良い例えだ。よく分かっている。流石は国王御用達商店の支店長だな?」

「恐れ入ります」

「ならば分かるな? 私はここ以外を知らぬ。幼い頃に王城を離れてからは外の情報の一切が失われてしまった」


 僕は窓の外を見た。


「私には何も無い。国を継ぐことも無ければ国の要職に就くことも無い。領地を得るでも無く、ただここで生涯を終えるだろう」


 けれど、と視線を戻す。


「それでも私は知りたいと思うのだ。例えここで生涯を終えようともな。愚かしいと思うか?」

「恐れながら。我ら商人には幾つかの格言があります」

「ほう? 聞かせよ」

「は。であれば」



 “無知は罪なり救い無し。知らぬを知らぬは価値が無し。目を閉じる者に先は無く、歩を止めた者にも先は無し。切り開くは未知の道。進む先こそ己が道”



 目を瞑りながら語ったジャルナールの言葉は、あらゆる事柄に通じるように感じた。

 視線を真っ直ぐに向けてくるジャルナールは、息を吐いて口を開いた。


「知るを止めた者には先はありませぬ。例え先が見えずとも、歩みを止めた者にもまた先はありませぬ。王太子殿下の仰る言葉、何一つとして誤りは無いかと存じます」


 その言葉を受け、僕は再びジャルナールを強く見据えた。再び身体を固くするジャルナールは、しかし視線を逸らすことは無かった。


「私には力が無い。才も無い。地位も名誉も無ければ金も無い。持っているのは愚かな望みだけだ。報えるものなど何も無い。それでも――私に力を貸してくれるか?」


 僕の言葉にジャルナールは立ち上がると膝を着き、噛み合せた両手を捧げるかのように頭上に掲げた。


「王太子殿下のお言葉、このジャルナール、確かに賜りました。この身、王太子殿下の手となり目となり足となり、誠心誠意お仕え致します。どうか御随意にお使い下さいませ」

「よしなに」

「はっ」


 僕はジャルナールを椅子に座らせて、手元の鈴を鳴らした。やって来たメイドに紅茶を入れ直させ退出させると、また紅茶を飲みながら問いかけた。


 初めて出来た、最初の臣下への命令だった。


「先ず知りたいのは、現在の王城の状況についてだ」

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