第2話 変わる日々の過ごし方

 今日も朝がやって来た。

 僕が目を覚ますのに合わせてメイド達が寝室に入ってきて、身支度の全てをしてくれる。食堂へ足を運んで、馬鹿みたいに長いテーブルに着いて、食べられないと分かっている量の料理を食べる。


 こうすると、僕が一日ですることは殆ど無くなる。

 僕がこの屋敷ですることと言えば、寝ること、食べること、身だしなみを整えること、それだけだ。


 幼い頃はそれでも様々な教師が付いていたものの、一年くらいすると誰も来なくなった。成長速度が幼虫より遅い僕に教えるものなんて逆の意味で無かったということなのだろう。


 それでも長いこと礼儀作法についてだけはやらされていた。今でもたまに忘れていないか程度の確認はされるが、外出はおろか基本人前に出る予定すら無い僕が覚えても意味はないと、屋敷の皆が思っているだろう。


 逆に良かったな、と思う。することが全くないお陰で考え事をする時間だけが残り、こうして卑屈の混じった判断力を鍛えることができたのだから。

 これすらできなかったらきっと、今頃僕は本当に人形のような生活を送っていただろう。


 でも、今日からはちょっと違う。


「ゼール」

「はい」


 すぐ側に立っていたこの屋敷の総括者、執事長のゼールが恭しく頭を下げる。

 王家に代々仕える使用人の家に生まれながらも、こうして駄目王太子の世話に付けられた可哀想なこの人に、ちょっとしたお願いをする。


「書庫に行く」

「畏まりました」


 することは無いと言っても、僕はこうしてたまに本を読んだりはしていた。

 学習という言葉から離れた人だったのであまり意味はなかったけれど、することが無いので仕方なく読んでいたのだ。

 きっとゼールもまたいつものか、なんて思っているだろう。


 書庫に入って、側に付いていた使用人達を全員部屋の外に追い出した。普段なら気にしないけれど、今日に関しては邪魔でしかなかったから。


「えーと」


 パーティーホール半分程の空間を使った室内にずらりと並ぶ書棚を見渡しながら、頭に個体情報ヴィジュアル・レコードを浮かべた。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

カー=マイン・カラーレス・ジ・ガーランド・ル・カルロ=ジグル・アーレイ

種族  人族・人種

魂位  1

生命力 100/100

精神力 100/100

状態:(全ての能力等級値が低下している)

   (全ての能力等級値が上昇しない)

   (個体情報が秘匿された状態にある)


力    1-1(1-1/6-7)

速度   1-1(1-1/6-7)

頑強   1-1(1-1/6-7)

体力   1-1(1-1/6-7)

知力   1-1(1-1/6-7)

魔力   1-1(1-1/6-7)

精神耐性 1-1(1-1/6-7)

魔術耐性 1-1(1-1/6-7)


魔術属性

光    0-0(0/6-7)

闇    0-0(0/6-7)

火    0-0(0/6-7)

風    0-0(0/6-7)

金    0-0(0/6-7)

土    0-0(0/6-7)

水    0-0(0/6-7)


技能


攻撃系技能:

防御系技能:

補助系技能:

回復系技能:

属性系技能:

特殊系技能:

固有技能:(【全能力低下】【能力固定化】【個体情報隠蔽】【技能解除】)

種族技能:

血族技能:

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 そして、これの数値を変化させようとして失敗した。数値が全く動かないのだ。

 もしかしたらこれは自由に数値を上げられるのではなく、成人したことによって上げる資格を得ただけなのかと不安になっていると、ふと固有技能の弱体化効果バッドステータスに気付く。


 試しに【技能解除マナ・アンロック】を使ってそれらを消してもう一度試してみると、上手くいった。


――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

カー=マイン・カラーレス・ジ・ガーランド・ル・カルロ=ジグル・アーレイ

種族  人族・人種

魂位: 1

生命力 100/100

精神力 100/100

状態:(全ての能力等級値が低下している)

   (個体情報が秘匿された状態にある)


力    1-1(1-1/6-7)

速度   1-1(1-1/6-7)

頑強   1-1(1-1/6-7)

体力   1-1(1-1/6-7)

知力   2-7(2-7/6-7)

魔力   1-1(1-1/6-7)

精神耐性 1-1(1-1/6-7)

魔術耐性 1-1(1-1/6-7)


魔術属性

光    0-0(0/6-7)

闇    0-0(0/6-7)

火    0-0(0/6-7)

風    0-0(0/6-7)

金    0-0(0/6-7)

土    0-0(0/6-7)

水    0-0(0/6-7)


技能


攻撃系技能:

防御系技能:

補助系技能:

回復系技能:

属性系技能:

特殊系技能:

固有技能:(【全能力低下】【能力固定化】【個体情報隠蔽】【技能解除】)

種族技能:

血族技能:

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


 分かったことが幾つかある。

 僕の成長を阻害していたのは【全能力低下マナ・コントロール】と【能力固定化マナ・ロック】。これを【技能解除】で打ち消すことによって成長を可能とする。そして【能力固定化】を再び発動すると、数値の変更はできなくなっていた。

 【能力固定化】とは、厳密に言えば僕の成長が間違って上がらないようにする鍵だったのだろう。


 この【能力固定化】が果たして現状の能力値を固定するだけなのか、それとも他者から受ける技能――支援魔術バフ阻害魔術デバフ――を完全に打ち消すことができるのかは今後の課題だろう。

 そして常時発動型技能パッシブスキルでありながら能動発動型技能アクティブスキルという点も気になる。普通弱体化効果といえば永続するか完全に掻き消えるかの二択だと思うんだけど違うのだろうか?


 さて、と試しに近くにあった本棚から適当に書物を抜き取り中身に目を通してみる。それはこの国の歴史に関する簡単な内容を記したものだった。


 テーブルに持って行き読み進めていくと、分からないところは多々あるものの、確かに理解と記憶をすることができた。

 これまでは百のことを読んでも一を理解できるかだったし、記憶するにはそれ以上の労力を要したというのに、知力をたった1上げただけでこれなのか。


 試しに知力をもう一つだけ上げて再読してみると、先程よりも遥かに速く読み進めることができた。第3等級が世の中の平均であるならば、これでようやく一般人並みの理解力を得たということだろう。


 僅かな詰まらなさを感じながら本を元に戻し部屋を出た。頭に異常な痛みを覚えたからだ。知力の数値を一気に上げないで良かったと自分の選択に安堵した。


 天才は一を聞き十を知ると言う。英雄は一を聞き十を知り百を作ると言われている。または一を知らず十を超えて百を作るとも言われている。


 つまり、理解力と想像力がありすぎて、天才や英雄は何かを見るだけで膨大な量の知識や経験を得るということだ。

 一般人並みの知力を得ただけで頭痛を覚える僕が仮に今すぐ第5等級や第6等級に数値を変更した場合、恐らく頭が情報を処理しきれなくて死んでしまうことだろう。


 僕の才能が才能を殺した理由がよく分かった。赤ん坊がこんな能力を持っていたら物心が付く前に死んでいただろう。

 僕をこんな目に合わせた才能は確かに僕を守っていたのだと知った瞬間でもあった。


 結局その日は茶菓子の時間ミッディー・ティーブレイクすら捨てて夜までずっと自室で寝転んでいた。寝転んでいたというかほぼ気絶していたに等しい。

 後で聞いた話によると、声をかけても一切目を覚まさず、魔術医を呼ぶ騒動にすら発展したらしい。


 結局何の問題も無く疲れが出たのだろうという判断で、夜に僕が起きるまでずっと放置――側には常時使用人の誰かが付いて待機した状態――されていたという。


「王太子殿下、御加減は如何でしょうか?」

「大丈夫だと言っている」

「失礼を致しました」


 食事と沐浴が終わり、部屋でくつろいでいる時にゼールが掛けてきた言葉だ。


 あれからどうにも心配なのか、僕の周りにはゼールとメイド達が付き纏っている。全く以て煩わしいことこの上ない。原因は分かっているのだから放っておいてくれというものだ。

 まぁそれを知らない使用人側からすればそれどころじゃないのだろうけれども。


 僕は軟禁されている身とはいえ現在も王位継承権第一位の王太子だ。たとえどんな理由があろうと、僕の身に何かあればこの屋敷の住人全員の首が物理的に飛ぶ。

 それもただの死刑ならともかく、親族諸共、苦しんで殺される極刑が言い渡されるだろう――いや代々王家に仕えていたりそれに類する、あるいは同等の家系の者も居るから全員ではないか――。


 それを考えれば分からないでもないけれど、しつこいくらいに何度も言われれば嫌気が差す。


「もう寝る。下がれ。宿直とのいも要らん」

「それはなりません。王太子殿下は国の宝にして次期国王であらせられます。何かあれば国王陛下、王妃陛下もまた悲しまれます」

「貴様、それは心意か?」


 真っ直ぐにゼールを見る。完璧と言っても過言ではない言動をする執事長の顔は整っていて、何があろうと表情一つ変えないようなそれは、無機質な美すらを感じさせる。何を考えているのかも分からぬその瞳を、僕は真っ直ぐに見つめた。


 暫く視線を合わしていたゼールはほんの僅かに視線をずらした。

 思ってもないことを言葉にするものではない。


「下がれ」

「ですが」

「三度は言わん。それとも私の言葉は聞けぬか?」


 再び視線を向けると、ゼールは畏まって退室していった。

 それを見届けた後に室内の明かりを消してベッドに潜り込んだ。

 目を瞑ると、すぐに眠気が襲ってきて、僕は遠慮無くそれに身を任せた。


 さぁ、明日からも色々と試していこうじゃないか。

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