墓と願い

「トト、どうして一つ多いの?」

「これでいいんだよ、テレジア」

「トト……?」


 雨露で飾った草葉を月明りが彩る深夜。湿った土の香りの漂う草原でテレジアは問いかける。

 黒猫を埋葬したのちトトは『家族の墓も作ろう』と言い出した。賛同したテレジアが穴を掘りトトがそこに適当な大きさの石をはめ込んで家族達の墓ができあがった。その数は三十三個であった。


「ばあさんとテトラ、それから俺たち」

?」


 トトの言葉にテレジアは動きを止める。


「それはどういうこと、トト?」

『2+31だ』

「ふざけないでっ‼」


 トトの電子通信をかき消すような金切り声を上げてテレジアがトトを睨みつける。

 肩を怒らせるテレジアから瞳をそらさずにトトは静かに告げる。


「ふざけていない。最後の一つは俺の分だ」


 その言葉にテレジアは瞬く間にトトへ詰め寄りその腕を掴んだ。万力のような圧で腕を捩じられながらトトは変わらずにテレジアを見つめる。


「聞けよ。俺はもう長くは稼働できない」

「なんの間違い? 私は……まだ」

「機体情報を開示」

 

 テレジアの視界に表示されたトトの電池残量は危険水域に達していた。テレジアの残量と比べて随分と少ない。テレジアは自身とトトの胸を交互に見やった。


「俺のメイン電源は蓄電機能が著しく劣化している。騙し騙しでダラダラ生活してきたが、そろそろ限界だ。俺はそのうち停止する」

「どうしてこんなことに?」

「流れ星の当たりどころが悪かったのかもなぁ、あるいは純粋な電池の寿命か」


 雨上がりの澄み切った星空を見上げながらトトは呑気に笑う。テレジアは顔をぐっと寄せてトトに命じるように告げる。


「……今すぐサブ電源から給電して。私の分も使って」

「駄目だ。底に穴の開いた器に水を貯めるようなもんだ」

「それでも!」

「無駄遣いするな。お前のサブ電源も、俺のも」

「……俺のも?」


 給電による延命を拒むトトに、テレジアは困惑し口元を歪ませる。


「ああ。俺が止まったら、サブ電源はお前が持っていけ。こっちはまだ使える」

「どうして、そんなこと、言うの?」


 胸をトントンと叩いてみせるトトを見てテレジアは首を横に振る。


「お前の先は長いからだ、テレジア」


 一方トトは穏やかな表情を浮かべて頭上を指さし諭すようにテレジアに告げる。


「もし、人間に会いたいなら百年くらい待たなくちゃいけないからな。俺達を造らせた連中はな、大半の人間を見捨ててあの月に逃げたんだ。バレないように、バレても邪魔できないように俺達に社会を滅茶苦茶にさせてからな」

「……人間は月に、いる?」


 トトが指し示す月をテレジアの瞳が捉える。あそこに人間がいる。その言葉を噛みしめるているのかトトの手を放したテレジアの視線は満月にくぎ付けになった。

 その様子に呆れているのかトトが肩をすくめて話を続ける。


「だからどうせ、三世代も変わったころにはここに帰ってくる連中もいるだろうさ。そんな連中に会いたいなら、止めやしない。好きなように……したいこと、見つけて生きろ。そのための時間と電源だ」

「人間に、会える……私が、したいこと」


 独り言を繰り返すテレジアの姿を見てトトは柔らかく笑いテレジアを呼ぶ。


「なあ、兄妹。俺を殺してくれ」


 その言葉に機械人形たちの時間が止まった。遠慮がちな虫の鳴き声と湿った風が絹のように草木を撫でる音が静かに繰り返される。

 テレジアが一歩距離をとってトトと相対する。


「トト。言っている意味がわからない。どうしてそんなことを望む?」

「聞いてくれ、テレジア。俺は死にたいんだ。電池切れで止まりたくはないんだ」

「どうして……?」


 握りこぶしを震わせながら、テレジアはまっすぐトトの言葉に待つ。


「家族の墓を作りながら考えた。あいつらは死んだ。皆死んでいった。突発的なこともあったが、殆どのやつは俺が命じて、戦って、死んでいった」

「そうだ。トトは指揮官機ドミネーターだから」

「ああ。それで、俺は電池切れで停止? 冗談じゃない」

「だから、私がトトを壊す?」


 トトが質問に首肯するより速くテレジアの拳がその頬を打った。トトは派手に吹っ飛び草原を転がってから、両手をついてよろよろと立ち上がった。


「どうして?」

「……キレずに聞いてくれよ、テレジア」

「どうして、家族の願いに背く? 答えてっ!」

「……俺の生存が最優先だったもんな、あいつらは」

「そうだっ‼ それをトトは忘れ――」

「俺が忘れるわけ! ねぇだろうがっ‼」


 テレジアの言葉にトトが怒鳴り返す。片脚でぐっ、とからだを起こしてテレジアを睨みつけるトトにテレジアは癇癪を起こしたように拳を振り上げて叫ぶ。


「だったら、どうして! どうして⁉」

「…………」

「どうして、トト! トト! トトはどうして! あのとき私を庇ったんだ⁉」


 弾けるように飛び出したテレジアの繰り出した拳がトトを殴り飛ばす。ゴロゴロと転がるトトの頭が墓石にぶち当たった。トトにスパークが走り記憶メモリーが過る。

 流れ星スペースデブリからテレジアを身を挺して庇った。そんなことはありえないことだった。自身は指揮官機ドミネーターで隊にとって最優先に位置づけられた存在だ。手足のために頭を潰すような行為だった。

 続いて頭にノイズが走る。電子通信の感覚に似た追憶。家族は皆、トトを生かそうとした。咲いて消える花火のように家族の最期の声が木霊した。生きろと誰もがトトに囁いた。 

 けれど、この人間のいない全てがあるのに何もすることのない世界でどうすればいいのか。皆の望んだ『生きる』が分からない。さがしものはこの手に触れることがなかった。

 流れ星から自身を庇おうとしたテレジアを突き飛ばした瞬間、躰が宙を舞った。星空を見上げながら、漠然とこれでいいと思ったが、願いは叶わなかった。

 そして今、トトは想う。これがいいと。


「お前が俺のホンモノだからだ。テレジア」

「トト……?」

「俺には、俺の欲求ってもんがなかった。でも、お前は違った。そんな俺と離れがたいと駄々をこねた。だからさ……」


 墓石の一つに手をかけてトトは躰を起こそうとする。衝撃で満足に立ち上がることも叶わないが、それでもトトは顔を上げて真っ直ぐテレジアを見つめた。


「俺もこいつらと同じがいいんだ。ホンモノのお前に殺されたら、俺は生きたってことになるんじゃねぇのかなって思ったらさ、止まらないんだよ、テレジア」

「トト……」

「だから……俺は」


 そして力強く死を求めた。

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