猫と花火
「ゴキゲンだな」
星明りの届かない夜闇の中で蛍火が寝息のように光って消えてを繰り返している。そのたびに艶やかな黒が宙を舞う。しゃらしゃら毛皮が草をかき分け音を鳴らす。
「おーい、テトラ、蛍は捕まったか?」
呼びかけるトトに見向きもせず黒猫は一心不乱に蛍の光を追い跳ね回っている。段々と光の明滅とジャンプのタイミングは噛み合ってきたが、いまだに獲物を捕らえられずにいる黒猫の様子をテレジアが鼻で笑った。
「下手くそ」
「バカにしてやるなよテレジア」
「おかしなことをする生き物だ。無駄なことをしてる」
「遊び、あるいは本能だ」
適当に石に腰掛け猫を見守るトトの隣でテレジアが仁王立ちしている。黒猫の狩りの腕前を小馬鹿にしながらその瞳は蛍の軌跡を暗闇の中でなぞっているようだ。
それから何度かのアタックの結果、黒猫は蛍を捕らえた。手元で暴れるそれに感極まったのか猫は勢いよく齧り付くが、不味いのか、ぺっぺっと吐き出した。
「それは食べても不味い虫。また無駄なことを」
「お前だって人間を見たら襲うだろ? 食べるわけでもないのに」
「私は……私達は、これとは違う」
「それはごもっとも」
煽るように笑うトトからそっぽを向いてテレジアはつんと唇を尖らせる。いつの間にか黒猫は狩りの手を休めてそんな兄妹の様子を見上げていた。やがてトトがぽんと手を叩いた。
「さあテレジア、準備しろ」
「トト……それこそ無駄だ」
「いーから。とっておいたって使わねーよ」
「……了解」
トトに押し切られたテレジアは一人暗闇の中へと歩き始めた。夜風にそよぐ草木の音と虫の鳴き声、遠く響くように聞こえる波の揺らめきのなか静かでしなやかな歩みで機械人形は進む。
トトの耳にノイズが走る。テレジアからの通信要請に応じると、羽虫がこめかみを叩くように電子のメッセージが頭に流れ込んできた。
『トト』
『こちらトト。感度良好』
『どうしたの?』
『なんでもない』
『それは違う』
『嗜好の問題。俺は電子通信が嫌いだ』
『そう。私はこちらのほうがいい』
『嗜好も思考もそれぞれだ。それより始めろ』
『了解』
「……っ、あいつ笑ったか?」
舌打ちしてからしばし俯くトトであったが気を取り直すように首を振り、それから空を見上げた。その場で足踏みを始めるがテレジアに催促の通信を送ったりはせずにその時を待つ。
『着火』
テレジアの通信と同時、暗闇に火花が走った。ずぅ、と虚空へ飲み込まれるように赤い軌跡が描かれ一拍の沈黙の後、笛のような高音が空へと響く。
ひゅ~~ぅ
トトにつられるように黒猫が見上げた夜空に花が咲いた。閃光とともに開花の時を轟かせる花火に照らし出された猫も草木も虫たちも瞬きを忘れてしまった。
『成功?』
「…………」
『トト?』
『成功だ。続けろ』
『了解』
続けて打ち上げられた花火は青色黄色、緑と夜空を彩り世界を照らす。驚き固まってしまった黒猫を抱き上げてトトは満足げに花火を眺める。やがて散りゆく火花を追う瞳を静かに閉じて、トトは確かめるように言葉を口にした。
「陽動用にとっておいても湿気るだけ。眠ったままより、こっちのほうがいい」
『トト、次の大きなもので最後』
『了解。着火後、こちらに合流。最後は一緒に見るぞ』
『どうして?』
『いーから』
『了解』
通信を終えて一分と経たず宵闇から姿を現したテレジアにトトは夜空を指し示す。
「花火、見るぞ」
「……わかった」
兄妹がそろって同じ空を見上げた瞬間、特大の花火が夜空を彩った。轟音とともに煌めきを降り注がせながら散ってゆくそれを眺める機械人形たち。遅れてトトの腕から逃げ出す黒猫の後姿を見て笑いながらトトはテレジアに尋ねる。
「人間がいなくなっても、世界ってやつはこんなに彩り豊かで騒がしい。そうは思わないか、兄妹?」
トトの問いかけにテレジアは答えない。
その沈黙にトトは笑い『理由が必要ならさ』とテレジアを見つめる。
「この花火は家族への手向けってのはどうだ? 人間の真似事だけどな」
そこにまだ花火があるかのように夜空へ伸したトトの小さな手をテレジアのしなやかな手が包み込んだ。体温のないその手から何かを受け取るようにテレジアは自身の
「それなら、とてもいい」
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