テレジアとさがしもの
「よう、戻ったか」
「…………」
「どうしてわかった、って顔だな」
夏の日差しが木造の壁面に新緑の思い出を描く昼下がり。だらけた姿勢で椅子に腰掛けたトトが気の抜けた声でゆっくりと手を上げ戸口に立ったテレジアを出迎えた。その歓迎に驚いたのか無言のまま固まる彼女にトトは両手を大仰に広げてみせた。
「……機体リンクはしていないはず」
「してねーよ。してたらお互いの所在はすぐ知れる。ほれ、収穫物」
催促されるままテレジアは背負っていたバッグから物品を取り出しテーブルに並べ始める。
「なら、どうして?」
「自分で考えろ。ネットワークインフラもボロボロのご時世だ。観察と推理がお前には足りてねー」
「トトが私にリンクして指示すればいい。役割分担」
「戦闘型と指揮官型が一対一の割合の部隊なんてあるか。過剰……ああ、過剰だ」
トトはテレジアがテーブルに並べる品々を眺めながらお手上げのポーズをしてみせた。彼女が持ち帰った物はロープや大判の布に始まり銃器や弾薬、鉄の塊といったものであった。
「必要かぁ、拳銃?」
「飛び道具は有用」
「片手で人間をくびり殺せるのに?」
「射程は広ければ広いほど、良い」
「石投げろ。お前の出力なら熊でも余裕だ。その、ひしゃげた可哀相な鉄アレイはなんだ?」
「鉄球。作った。装甲車程度なら投擲で破壊可能。高密度の重量物は入手困難」
「対戦車想定かー? それを動かす搭乗員を探して何年だ?」
「…………」
「俺のリクエストは?」
「……あった」
今まで流れるよう並べていた戦いのための物品と打って変わってテレジアはバッグからのろのろとそれを取り出した。バッグに乱雑に詰め込まれていたと思しき猫用の缶詰をテーブルに置いていく彼女の口元は尖って見える。
「……結構あったな」
「ディスカウントストアで発見した」
「ほう……テレジア、観察と推理だ」
「何を言ってるか、わからない」
「考えが浮かばないなら見方を変えろ。
トトの言葉にテレジアの瞳がキシュキシュと機械音を鳴らした。モードを切り替えたカメラアイがトトの身体をなぞるように捉える。そしてその腿の辺りに熱を感知した。機械人形には不可解な反応であった。
「熱。何故?」
「猫。温い」
トトは自身の太ももを叩いて示す。どうやら、少し前まで猫がそこに鎮座していたらしい。
「それがどうかした?」
「回答、テレジアの接近を知れた理由」
「……アレが逃げた?」
「正解。俺はお前を感知したんじゃない。テトラが逃げたから俺はお前が来たんだろうなと推理した」
「何故アレは私を感知して逃げる?」
「お前は音を殺し過ぎなんだろうよ。空間を不自然と感じるんじゃねーの? 逃げるのは怖ぇーから」
「…………」
トトの種明かしにテレジアは答えない。忙しなく周囲を見回して逃げた猫を探しているようだ。
この家に住み着いていた猫は彼らが居着くようになってからも変わらずに暮らしている。トトは気まぐれに猫に構い、猫のほうも時折トトとじゃれつくがテレジアには寄り付かない。
「……何が不服だ、テレジア?」
「トトが家族でもないモノに名前をつけている」
「いいだろ。元の名前は知らない、猫呼びじゃ味気ない。なら、名付けるさ」
「名前だけでなく、餌まで与えている。アレは勝手に虫や
摂食を必要としない機械人形のテレジアの発言にトトはくつくつと笑い肩を揺らしながら立ち上がった。
歩行用の杖を手にすると空いた方でテーブルの猫缶を引っ手繰り外へと向かう。片脚であっても杖の補助を借りたトトの進行速度は並みの人間を凌駕している。古びた家屋の廊下をぎしっ、ぎしっ、と軋ませながら彼は玄関を潜り抜けた。
「同居している仲だ。食の喜びってやつを堪能させてやろうじゃないか。こういう物もいずれは無くなる」
後に続いてきたテレジアに楽し気に笑いかけながら、トトは缶詰をくるくる回して弄ぶ。宙に放ったそれを自らキャッチしながら歩行杖で遠くを示した。緑の生い茂る山々のなかに一つ様子の違うものがあった。
「あの山と同じだ」
「あの山が、どうしたの?」
猫を捜索しているらしいトトはふらふらと進んでいく。テレジアは潮風にそよぐ草原を見渡しながら彼の言葉の意味と猫を探し当てる方法について頭を巡らせた。トトの発言はテレジアにはよくわからない。二機とも高精度のセンサーやカメラは搭載されていないし、猫とのリンクなど出来るわけもないのでその所在は掴めないはずだ。不意にトトが足を止め、話の続きを始める。
「あの山、変な形してるだろ?」
「うん。天辺を切り落としたように水平で、台形になっている」
テレジアが答えた通りの姿をしたその山は周囲の山々から孤立しており、背の高い樹木は生えておらず表面を覆うように低木と草が生い茂っているだけであった。草木の色と岩砂の色の混じり合ったそれは苔むしていく石ころに似ていた。
「あれは採掘の為に人間が削ったからあの形なんだよ。でっ、手つかずになってあの有様。まだ風景に馴染んじゃいないが、あと三十年もすればきっと気にならなくなるだろうよ」
「人間が残したものは、全部無くなる?」
「全部とまではいかねーだろうが、自然が呑み込み境はほぼゼロになるだろうな」
「境目が消える……」
テレジアは草を踏みしめる自分の足を見つめながら、市街跡に転がっていた車両の残骸の姿を思い返していた。自分もトトも動かなくなれば、きっとああなる。
「それは……駄目だ」
「……フツーに歩けよ、ザクザクとさ」
トトの言葉でテレジアは歩行モードを擬態用の一般人のものに切り替える。重たくてフラつく挙動に合わせて草土の音が賑わった。先を行くトトは片脚を失った日からずっとこの擬態歩行を選択している。何故かと尋ねたら、無駄のある動きから余分なものを取り除くやり方が簡単だからと返された。
そうして機械人形らしからぬ足音を立てながら兄妹は最果てにたどり着いた。
切り立った崖の先端に一本の小楢の木が植林され隣には大きな岩が鎮座している。
「よう、テトラ。墓参りか?」
トトの問いかけに答えるように岩陰から黒猫が顔を覗かせた。短く『にぁ』と鳴いてから彼の隣のテレジアを見つめ始めた。
「トト、どうしてわかった?」
「観察。行動パターンってもんがあるんだよ、猫にも。追い詰めるなよ?」
「どうすれば?」
「とりあえず動くな」
その言葉にピシリと動かなくなるテレジア。その動作を黒猫がすぅ、とまん丸の瞳で見据えた。トトは『なにやってんだか』と肩をすくめるが、思いつくままテレジアの名を呼び、手にしていた猫缶を放った。
「キャッチしろ。で、開けてやれ」
「……コレをコレに?」
予備動作を感じさせない動きで掴み取った缶詰と黒猫を交互に見てから、テレジアはロングスカートをたくし上げた。
機械人形であるテレジアだが容姿はもちろん服装も普通の人間と変わらない。人間社会に溶け込むための偽装であり、無難な格好が様になる顔つきをしている。けれどスカートの下には切り詰められたカーゴパンツを履いており、更には武器の類が装着されているのであった。ネイルという名の
ブシュゥ!
すると缶の切り口がガス音を発した。機械人形兄妹が固まるなか、黒猫は駆け出し缶からは焦げ茶色の汁が見る見る溢れ出し始めた。
「……不快臭というやつだな。開けて見せろ」
「……はい」
「グズグズだな。賞味期限は?」
「賞味期限?」
「底面に印字されている」
「…………」
テレジアがひっくり返して見せると、トトの言葉通り西暦が黒インクで刻印されていた。その年月は数年前に過ぎ去っていた。
「あちゃ~、腐ってたか。儚いもんだな」
「…………」
トトが呑気に笑うと腐った中身が缶から滑り落ち、テレジアの足元で炸裂した。
「……くくっ!」
「…………」
腹を抱えるトトの傍らでテレジアが手にした缶をメコメコと音を立て握りつぶし始める。その様子に堪えきれなくなったのか、トトが倒れた。
「……トト」
「ひひっ! わりぃ、悪かったよテレジア……ふへっ」
「こんなことしていないで、人間を探そう」
「……また殺すために?」
テレジアの提案にピタリと笑うのを止めてトトは妹を見上げた。潮風が彼らの間を通り過ぎていく。
「……いやしねーよ。探したんだろ? いたか?」
「探した。いなかった。でも、何故、言い切れる?」
「推理だテレジア。まず、ここ二十年で発見した人間の死因は?」
「餓死、病死、老衰」
「その通り。テレジア、七年前に賞味期限の切れていた肉の缶詰が量販店に大量に残されていた。これはつまり、どういうことだ?」
「人間はそれよりも前にこの一帯からいなくなっていた?」
「だろうな。こんな上等な食い物が残ってるなんて文明崩壊初期に放棄されてから誰も寄り付かなかったんだろうよ。寒いしな、ここは」
「…………」
「綺麗にしとけよ、余計テトラが寄り付かなくなるぞ」
トトは起き上がり言うだけ言ってから、ひょこひょこその場をあとにした。
しばらくしてからテレジアは握りつぶした缶を思い切り海へと放り投げた。
吹き付ける潮風を切り裂きそれは地平線を目指して飛んでいった。
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