第18話 うちゅうじん

 買い物帰り、誠治はいつかセンリと出会った川辺を歩いていた。

 クリスマス以来、センリとは会っていない。ただ、電話やメールの様子からすると、そろそろ忙しいのは落ち着いてきたらしい。来週には遊びに来れると昨日メールがきた。

「もうし」

 不意に肩をたたかれ、誠治は振り返る。頭頂部から毛先にかけて青から白になっていく不思議な髪色の青年がそこに立っていた。顔を見るに誠治よりやや年下と思われるが、灰色っぽい着物に黒っぽい羽織をしっかり着こなしているせいか、同年代か少し上と言われても納得できる雰囲気がある。だがそれよりも、センリに似た風貌なのが気になった。センリが男になったらこんな顔かもしれない、そう思うほど似ていた。

「ああ、やはり。小山田誠治殿ですな」

 しかし口から出たのは時代がかった口調で、誠治は顔をしかめる。どう考えても知り合いではない。

「誰だお前は」

「センリから聞いておりませんか?」

 首を傾げるついでに出た名前に、誠治はある仮説を立てた。

「ご隠居?」

「はい、センリからはそのように呼ばれています」

 笑顔と共に頷くが、その姿を見てもちっとも納得はできない。なんというか、思ったより若いし、そもそもセンリにここまで似ているとは思ってなかった。

「若いな」

「センリより五百は年下ですので」

「五百?」

 聞き間違いかと思ったが、男はなぜか否定することなく頷く。

「はい。ああ、立ち話もなんですので、ちょっとどこかで話しませんか」

 普通であれば断るところだ。当人はセンリの知り合いだと言っているが本当かはわからない。しかし、以前からセンリについて気になるところもあったし、そもそもこのご隠居とやらとセンリの関係について思うところがあったのだ。この際問いただしてみるかと、誠治は彼についていくことにした。

 川辺から離れ、少し行ったところにある大きな道路に面したファミリーレストランに入る。

「チョコレートパフェとドリンクバーで。小山田殿は?」

「ドリンクバーで」

 店員に注文をしてから、立ち上がる。

「何を飲みますか」

「ではオレンジジュースで」

 随分可愛らしいものを頼むものだと思いつつ、ドリンクバーでオレンジジュースとコーヒーをいれて、テーブルまで戻る。

「どうぞ」

「かたじけない。それでは、改めて自己紹介を。わたくしは不知火ケイト、センリの上司です」

「小山田誠治、一応センリとはそれなりに仲良くさせてもらっています」

「センリから聞いています。今度はかなり面倒なことになったと言いながらも、あれはあなたの話になるととても楽しそうにしています」

「そうですか」

 己のことを幼馴染に話していたのかと、誠治は少し驚いた。

「センリにはたまたまとはいえ、逗留してるからとついでに面倒な仕事を頼んでしまって申し訳ないと思っていたのですが、あなたのことを聞いて、楽しく過ごしているようだと安堵していたのです」

「はあ」

「センリについては、いつも傷だらけでさぞ驚かせてしまっていると思うのですが、あれも役目上仕方ないのです」

「傷だらけ?」

 はてと思い返すが、センリが傷だらけになっている姿など見たことがない。一体いつの話だろうかと思っていると、男はああなるほどと一人納得している。

「いつも顔だけは傷をつけないなと思っていたのだが、あなたに心配されまいと思って顔だけは守ったのか」

「センリの仕事はそんな傷だらけになる仕事なんですか」

 訊ねると、相手は顔をしかめる。

「センリはあなたに何も話していないのですね」

「ええ」

「センリが話していないならあまり多くは語れませんが、そうですね、相手が穏便に事を済ませてくれるような輩ならば、センリも苦労はしないでしょう。ただ、どうもセンリが相手をするのは血の気の多い輩ばかりですので」

「あれの仕事はなんなんですか」

 思いきって訊ねてみるが、男は首を振る。

「現地の方に説明するか否かはセンリに一任しております。そのセンリが何も話していないなら、わたくしの口から何か言えるわけがない」

「どうしても?」

「どうしても、小山田殿はセンリの仕事を知りたいのですか?」

 逆に訊ねられ、誠治は言葉に詰まる。

 どうしても知りたいわけではないのだ。ただ、気にはなっている。現地だとか逗留だとか、まるでセンリが遠い外国から来たような言い草。傷だらけになる仕事だと言ったが、誠治の知る限り、彼女の体に傷があったところなど見たことがない。

 それらをひっくるめてみると、どうもこの男の話すセンリと、自分の知るセンリが別人物ではないかと思ってしまうのだ。

 いつの間にか来たパフェを食べている男に、誠治は思いきって訊ねてみることにした。

「街道千里の上司、ですよね」

「信じていただけないのは百も承知。見ての通り、わたくしはまだまだ若輩者ですし」

「だが、俺はあれの体に傷がついているところを見たことがないのだが」

 すると、男はパフェにスプーンを突っ込んだ状態で首を傾げる。

「センリの裸を何度か見たということで」

「ああ」

 一応付き合っているので、やっていることはやっている。だから裸くらい何度も見ている。

 そのつもりで言ったのだが、どうも男は不思議そうにしている。

「センリとよく風呂にでも入りに行くのですか」

「よくは行かないが」

「センリに脱ぎぐせはなかったはずだが」

 不思議そうに首を傾げているが、この男はもしや性交とかそういったことを知らないのだろうか。

 男はしばらくぶつぶつと呟いていたが、ふとこちらを見て、ああと呟いた。

「小山田殿、小山田殿の知るセンリは女性ですか?」

「ええ」

 それ以外に何があるのだと思っていると、男は納得したと頷き、再びパフェを食べ始める。

「ならば、厳密に言えば、と言うより、あなたがたの認識にあわせると、別人物かもしれません」

「は?」

 奇妙な言い回しをするものだと思っていると、男はスプーンを口にくわえたまま、ふむと誠治の隣をじっと見る。何かいるのだろうかと隣を見るが、そこには当然何もいない。

「わたくしが知ってる街道千里は、男です」

 男がふとこぼす。一瞬理解ができず、男を見る。男は相変わらず、誠治の隣を見ている。

「あなたがたからすれば、性が違えば、同じ名前であろうと、別人でしょう。だから、あなたがたの認識で言えば、今わたくしとあなた、それぞれで知っている街道千里は、別人になる」

「そちらでは違うのか」

 ならば人違いだと言おうとしたのに、口はそう言っていた。

「はい。わたくしはセンリを昔からよく知っています。だから、今あなたの言うセンリは、間違いなくわたくしの知るセンリと同一人物です」

 言葉を選んでいるかのようにゆっくり話して、男は誠治を見る。途端、チリチリと、まるで火にあたっているかのような、奇妙な感覚が肌を這う。更に言えば、男の髪の毛の色が、頭頂部からの青い部分が増えているような……。

「小山田殿、あれは、男にでも女にでもなれる者です」

 ぼんやりと髪を見てしまっていたが、その言葉にはたと意識を目の前の男に戻す。

「恐らく、センリは女になる際、無傷の肌に見えるよう、そういった暗示をかけている。だから肌を見ても無傷に見える、いや、無傷だったと記憶させてると言った方が正しいか」

「そんなわけは」

「センリがあなたと同じ人間であれば、それは不可能です。けれどセンリは、この星の人間ではない」

「この星の人間じゃない? よその星の、宇宙人だと? そんなこと、あるはずがない」

 吐き捨てると、男は息をつく。

「まあ、我々は公になっているわけではありませんので、小山田殿の反応もよくわかります」

「お前も宇宙人だって言うのか」

「ええ」

 そう言われても、目の前の男は見るからに普通の人間に見える。強いて言えば髪色は不思議だが、それくらいは染めているのだろうと言える範囲だ。とてもではないが、宇宙人という得体の知れないものには見えない。

「わたくしの言葉では信じられないでしょう。そうですね、センリ本人にお前は人なのかと訊ねてみてください。わたくしが話したと言えば、あっさりと答えるかと」

 そう言われ、誠治は立ち上がった。この男の言うとおり、センリに訊ねた方が確実だと思ったのだ。

「失礼する」

「はい、お気をつけて。センリのことを少し聞けてよかった。小山田殿、センリによろしくお伝えください。あと、ここの支払いはわたくしがいたしますので」

 それに特に礼を言うこともなく、誠治はレストランを出た。

 レストランを出て、まずセンリに電話をかけた。五回コールしたところで、ぶつりと音が入る。

『小山田さん?』

「ああ。今いいか」

『別にいいよ。どうかしたの?』

「聞きたいことがある」

『何?』

「いや、できれば会って話がしたい。いいか?」

 すると、センリはしばらく黙り込んだ。

 センリの返答を待ちながら、急ぎ足で自宅に向かう。川沿いの道からそれたところで、ため息が聞こえた。

『うん、わかった。小山田さんちでいい?』

「ああ」

『じゃあ、またあとで』



 家に帰り、買ったものをしまったところで、玄関の戸が開く音が聞こえる。

「こんばんはー」

 その声の後、センリが居間にやってきた。

「来たか」

「うん。で、聞きたいことって何?」

 単刀直入にそう言われ、誠治は細く息をはく。これから聞くことが、とても馬鹿馬鹿しいのではないかと、今更思ったからだ。しかし、それでもあの男の言うとおりなのか確認すべきだろう。そうしなければならないと、わけのわからない焦燥のようなものに駆られ、誠治は口を開く。

「ついさっき、お前の言うご隠居に会った。不知火ケイト、であってるんだよな」

 すると、センリは特に驚くこともなく頷く。

「うん。そうだよ。不知火ケイト、私の上司。……そっか、あの人先に小山田さんに会ってたのか」

「ああ。そいつから少し話を聞いたんだが、お前は、その、人なのか」

 すると、センリは苦笑のようなものを浮かべる。

「そうかあ。ご隠居が話したんだね」

 出て来たのは否定の言葉ではなかった。そして、センリは頬に手を当てる。

「本当に、人じゃねえのか」

「うん、まあね。でもなんというか。ああ改めて言うと、なんだか恥ずかしいなあ」

「何がだ」

 いつにない様子に訝しく思っていると、センリはそうだねと言い、一度目を閉じた。

「ボクね、宇宙人なんだ」

 頬を染めながら、彼女はそう言った。聞きなれない一人称であったが、不思議としっくりきた。

「冗談はよせ」

 顔をしかめるが、彼女は楽しそうに話す。

「冗談でも嘘でもないよ。でも、小山田さん自分の目で見ないと信じない派だものねえ。そうだ、何がいいかな。何を見たら信じられる?」

「男にもなれるっていうのは、本当なのか」

 訊ねれば、センリはああそれと笑う。

「どっちにもなれるけど、どっちかというと男でいる場合の方が多いな。見たい?」

「確認のために」

「わかった。よく見てて」

 センリは指を鳴らす。すると、どういった仕組みか、急にセンリの背が伸び、髪は短くなった。体格も少し変わり、肩幅が広くなる。顔は先程会った男と瓜二つ、というわけではなかった。顔はセンリのままだ。

「どう?」

 声もがらりと変わったのを聞くと、誠治は認めるしかないとため息をつく。手品の類と言うには無理がある、完璧な変貌だった。

「誰だお前」

「街道千里。お仕事の上では男の子、小山田さんの前では可愛い女の子やってます」

 ウィンクまでする様に、なんだか腹がたった。というか、先程からやけにイライラしてしまう。

「なんで女になって、俺と付き合ってるんだ」

 さっさと聞きたいことを聞こうと思って訊ねるが、センリは「そうだなあ」といつになくのんびりと話す。

「まあ、そこを今話してもいいけど、小山田さんがまたああなっちゃうのは面倒なんだよねえ。経過もいいことだし。……うーん、強いて言うなら、実験?」

「なんの実験だ」

「能力の限界実験、的な?」

「それで、なんで俺が相手だったんだ」

 訊ねると、センリは首を傾げる。

「なんで、うん、なんでだろうねえ」

「お前が決めたんだろう」

 ならば理由があるはずだと睨むと、センリは困ったように笑う。

「強いて言うなら、事故?」

 明らかに嘘だろうと思い、誠治はセンリの頭を叩いた。

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リバウンド クロバショウ @96basho

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