第14話 傲慢

一ノ瀬と話した次の日、日向は真面目に学校に行った。

日向としては別に行きたくなかったしすぐにでも叶の元に向かいたかったのだがそうすると叶に何と言われるのか分かったものではない。


大して身にもならない退屈な授業を終え、即刻日向は電車に乗り込み彼女の病院へと向かった。いつもの様に受付で手続きを済ませ、305号室へと向かう。


「菊池です。」

コンコンとドアをノックし、奥に聞こえるくらいの声でそう言った。昨日と違って今日は「はーい、どうぞ。」と彼女の声が中から返ってきた。


引き戸を開け、部屋へと足を踏み入れる。

ベッドの上でにこやかにこちらを見つめている叶がまず目に入った。

「今日も来てくれたんだ、ありがとね。」

「もしかして毎日来られると迷惑?」

「全然そんなこと無いよ。むしろ君のおかげで今のところ悪くない入院生活を送れてるよ。」


「まぁまぁ座ってよ。」と彼女はベッドのそばの椅子を指さした。その時一瞬だけ見えた腕の点滴の管が彼女がまぎれもなく病人であることを日向に再確認させるようだった。


「そういや昨日も来てくれてたんだよね?後から看護婦さんから教えてもらったよ。ごめんね、私その時寝てたみたいで。」

「あぁ、別に謝る事じゃないよ。僕が勝手に来てただけだし。」

「そう?じゃあ今のごめんなさいは無かったという事で。」

そんなことを言ってクスクスと彼女は笑った。


それからは三十分くらいは他愛もない話をしてたと思う。何回食べても病院食はまずいとか、今回の看護師さんは優しい上に面白くて当たりだとか、そんな話をして盛り上がった。

しかし不登校児と入院患者じゃ大した話題も無く、線香花火が消える時みたいに突然静寂は訪れた。


「あのさ、ちょっと相談したいことがあるんだけど。」

生唾を飲み込んで、タイミングを計って僕は言った。

「何?」

彼女は不思議そうにこちらを見つめている。


「昨日、一ノ瀬に会ったんだ。ほらこの前一緒に画材屋さんに言った時に会ったさ。」

「あー、君の元カノね!それで?どうしたの?彼女元気してた?」

「君の話をした。」

そう言うと叶は少し怒ったような悲しむような不思議な顔をした。

気にしないように彼女となるべく目を合わさずに言葉を続けた。


「君の話をしたらもしかしたら何とかなるかもってこれを見せてきたんだ。」

日向はポケットからスマホを取り出して昨日一ノ瀬に見せてもらったサイトと同じものを開いて叶に渡した。

叶は何も言わずスマホをスクロールさせている。


「どうかな?これなら現実的だし、悪くない提案だと思うんだけど。」

「……悪いけど、気持ちだけ受け取らせてもらうよ。」

「でも実際に集まった例だってあるんだよ。ほらこれとかさ。」

「もうやめてよ!」


耳を劈くような声で彼女は叫んだ。

「私はもう疲れたの、お願いだからもう休ませてよ!これ以上私に希望を見せないで、親切にしないで!」

「嫌だ。」

はっきりと落ち着いた声でそう言った。


「僕は君の気持ちを全く知らない。君が今までどれだけ苦しんできたかも知らないし、病気の事だってつい二週間前くらいに初めて知った。」

彼女は黙ってこちらを見ていた。そんな彼女をしっかりと見つめて僕は言葉を続けた。


「でも僕は君に救われた。あの日、あの屋上で君に出会わなかったらきっと僕はもうこの世界に居ないと思う。だから君の事を僕も救いたい。君に死んでほしく無い。」

精一杯、自分なりに気持ちを伝えたつもりだ。そこに後悔はない。

叶の反応を確かめるために日向は下に向けていた視線をそっと上げた。


視線の先で彼女は涙を流していた。

その涙の筋はみるみる内に大きくなってやがて彼女は嗚咽を漏らし号泣し始めた。


「生きてほしいって、そんな事言われたら死にたくなくなっちゃうじゃん。ほんとに君は傲慢なんだからさ。」

それからは声をあげて泣き始めた。

二人きりの病室。何にも阻まれること無くただひたすらに叶は泣き叫んだ。

日向も泣いている叶の肩をさすりながら静かに泣いた。


やがて二人の嗚咽は止み、叶が口を開いた。

「私ね、生まれたときから今ままでずっと生まれてこなきゃよかったって思ってたの。けど今日君が生きてほしいって言ってくれてやっと救われた気がする。ありがとね。」

そう言った彼女の頬はまだ赤く染まっていたものの 顔は明るく笑っていた。

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僕の遺影を書いてほしい 音河 ふゆ @1zn_fe

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