やらずの雨
灰崎千尋
●
雨風の荒れ狂う中、おまえは此処にやってきた。
震える手で私に縋り、おまえは言った。
「火に当たらせてくれ」
濡れた衣は脱いで私の羽織を引っ掛け、湿気た煙草は
私が握ってやった手は、いつの間にか私よりもよほど熱い。
私は言った。
「今宵は泊まってゆくと良い」
明くる日も、空は咽び泣いていた。
揺さぶられ身を震わす板戸に
「今宵は、蒸しそうだ」
「此の儘、雨が止まなければ良い」
「何故」
「止めば
「さて、な」
雨の降り続く日を、私たちは数えなかった。私たちの重ねた夜を数えないように。
けれどいつかの同じような日に、
「随分と世話になった」
私はおまえに背を向けて、おまえが跡をつけた首筋のよく見えるように、
私は鏡台の前に座って、
「綺麗な私を覚えていておくれ」
するとおまえは、私を後ろから抱き
私は言った。
「おまえは何処へも
おまえは、目を見開いたまま、倒れた。
紅の毒の回ったおまえは、
朧気な瞳も、声を失った唇も、青白い肌も、殆ど動かない手足も、おまえが私にしてくれたように愛そう。
何処へもやらぬ。
誰にもやらぬ。
おまえを離してなどやらぬ。
震える手で私に縋り、お前は言った。
「 」
心配する事は無い。
おまえを二度と、雨などに濡らさせてはやらぬ。
外は未だ、雨。
やらずの雨 灰崎千尋 @chat_gris
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
食べるために、生きるのだ/灰崎千尋
★35 エッセイ・ノンフィクション 連載中 3話
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます