エロゲモブ声優、異世界に行く。

@oniwamono

第1話

工藤玲司は声優である。役名はまだない。

通行人とか、男子Bとか、ヤクザBとか、サイコパスBとか、パン屋さんBとかそんなものばかりだ。

モブ──個々の名前が明かされない群衆。それを専門とするモブ声優。

ヒロインや主人公ではなく、その世界観を広げるために配置されるキャラクターに声をあてるのが俺の仕事だ。

いや別にモブ声優になりたかったわけではない。

俺だってヒロインに振り回されたり気の置けない悪友とふざけあいつつ友情を育んだりラスボスと熱いバトルを繰り広げたりしたい。

ファンアートだってほしい。

見たことがあるか? モブのファンアート。

俺はない。

あくまでモブはモブ。その他大勢。

ゲームやアニメに出たって特に気にも留められない。

でも。

モブの仕事は嫌いじゃない。

一般的に声優ってのは一度キャラクターが当たるとその系統の声や芝居を求められやすい。

モブ声優はそんなことはない。

基本的に自由。

監督に認められさえすれば自分の好きに芝居ができる──こともある。

ゲームとかだと50役なんてふられたこともあった。

50役。

ひとりが演じられる限界をはるかに超えてるしそんな仕事は滅多に来ない。

でも、やったらできた。

それが俺の代表作にもなった。

その50役に──50人に、個々の名前はない。

だがそれでも俺は彼らひとりひとりと向き合って、どんな人生を送ってきて、どんな気持ちで、なぜここでこのセリフを言うのかって考えて、演じた。

おかしな話だけど、モブ声優って仕事に誇りのようなものを感じるようになっていた。

そして、ずっとこの仕事が続くんだろうなって思っていた。


──馬鹿みたいにでっかいトラックに轢かれるまでは。


仕事帰りに駅に向かって歩いていたら、小さな子供が道路に飛び出した。

なにか考える間もなく体が動いて、左手で子供の体を掴んで歩道に投げ戻した。

その反動で俺は道路に出ることになり、大型トラックが突っ込んできた。

急ブレーキの音が鳴る。

いやごめんなさい。運転手のおじさん。あなたは悪くない。申し訳ない。人殺しにはさせたくないんだけどちょっと無理かもしれない。これは死ぬ。だってほら、なんか骨とか飛び出ちゃってるし。血とか出てるし。本当にごめんなさい。

子供は無事でよかった。泣いてるけど。お母さんも泣いちゃってるけど。

そうか、これで終わりなのか、俺の人生。

申し訳ないな。お母さん、お父さん、ごめん。

有名な映画とかアニメに出るって約束してたけど無理だったわ。

自慢の息子ってわけにはいかなかったけど、あなたたちのおかげで俺は幸せに生きていられました。またどこかで。

あー、なんか意識が遠くなってきた。

こんな感じなんだ。死ぬって。

あれだな、盲腸の手術の時の全身麻酔によく似てるわ。

ただ目覚めないだけで。

これもどこかで芝居に使えたかもしれないな。

もう、死ぬんだけど。


そっか、もう。


もう、終わりか。



◆ ◆ ◆


「……あれ?」


まぶしさを感じて目を開けると、真っ白な場所にいた。

何もない。

床はある。材質はわからないけど、俺が死ぬ前にいた冷たい道路でないことは確かだ。

そうだ。俺、死んだんだよな。トラックに轢かれて。

それにしては体に痛みもないし、というか内蔵とか骨とか出てたはずだけど元通りだし。

何これ。


「──転生おめでとう、工藤玲司」


「うおっ!?」


「そんなに驚かんでもよいじゃろ、工藤玲司」


くっくっくっ、とそいつは笑った。

骨と皮ばかりに痩せた爺さんが目の前に突然現れたら誰だって驚く。

黒いローブに、木でできた杖、まるで魔法使いか──


「死神?」


「おお、よくわかったの」


流石は工藤玲司、とそいつはまたくっくっくと笑う。


「お主は死んだ。トラックに轢かれてな」


「何、あんたのせいで?」


「それは違う。わしらは“迎え”に来るだけさ。おぬしはちょうど死ぬ運命だった、それだけのことよ」


どこを見ているかわからない目玉を歪ませながら爺さん──死神と名乗る男は言う。


いわく、俺には選ぶ権利があるという。


このまま死んで、いつになるかわからない生まれ変わりの日を待つか。


あるいは、転生するか。


それは俺がいた現代日本ではなく、異世界への転生だ。


「何、今死ぬとみんなこういうサービス受けられるの?」


「いや、たまたまじゃよ。お前は権利を得た。幼き命を救ったのだ。それくらいの褒美を与えても罰はあたるまいて」


ちなみに、と死神は言う。


「お前さんを轢き殺したトラックの運転手、気にせんでいいぞ。家族のこともな」


──みぃんな、お前のことを忘れとるから。


「お前さんのことはようく知っておる。“そういうの”、気にするたちじゃろ? わし、やさしいからの。お前さんがなぁんにも気にせんでええように、お前さんが今までかかわってきた人、モノ、物事、すべてから“存在”を抜き取った」


血が冷めていく。

俺の存在が、消えた?


俺が生きてきた痕跡が。


「ぜぇんぶ、消しといたから」


にやぁ、と下卑た笑いを浮かべる死神に対して言葉にならない怒りとも憎しみともつかない感情が浮かんできた。

それじゃ俺は、俺は。

俺は──モブですらない。


過呼吸のように息が荒くなり、汗がどっと噴き出てくる。


「なんじゃ、思ったよりもあの世界に未練があったのか。そりゃすまんかったのぅ」


じゃがもう、消してしまったから──。


死神が耳元でつぶやく。

なんだこいつ、なんで、なんでそんなことを。


「おぬしに救ってほしい世界があってな。ちょっと、選択肢のほうを削らせてもらったのよ。その世界を救うことが出来たら、元の世界におぬしの“存在”を返してやろう」


「だったら初めからそういえばいいだろうクソ野郎!」


「おお、怖い怖い。あまり大きな声を出さないでくれるか、耳はまだ悪くなっていないのでな。お前さん、あまり闘争心とか、無いからのう。理由付けでもしてやらんことには世界とか救ってくれんじゃろうし」


くっくっくっ、と死神は笑う。


「じゃが、そんなに大事なものだとは思わなんだ」


「お前にとって取るに足らないもんでも、俺にとっちゃ唯一の誇りだったんだよ」


「モブ声優が?」


「モブなめんじゃねぇぞオラァ!」


「おぉ~、怖い怖い。たしかにモブといっても腐っても声優。腹から声が出ている」


大きな声は商売道具だ。

だけどこれは芝居じゃない。演技じゃない。

本気で怒って──


「その怒り、魔王にぶつけてこい」


死神の声は、底冷えのするような鋭さを持っていた。


「おぬしがこれから行く世界には魔王がおる。魔王。破壊と混沌、破滅と狂乱。魔族を束ねる闇の王。お前は奴を倒さねばならない」


ふっ、と脳内に映像が流れる。おぼろげながら禍々しい、オーラとでもいうような黒い靄がかかった鎧を着た──


「こいつが、魔王」


再び視線が真っ白な世界に戻る。


「どうじゃ、自分の存在を取り戻すための闘い、まるで主人公ではないか、工藤玲司」


「そんなこと言われたって俺、ただの声優なんだけど。何、なんかもらえんの、チートみたいな」


「チートな、それなんじゃが」


──お前はもう、すでに持っておる。


「は?」


「じゃからな、お前はすでに持っているのじゃよ。死ぬ前からな」


「え? 俺チート持ってたの? え、どういうこと? 俺ただのモブ声優として人生送ってたんだけど」


「いやお前──」


そして死神は、言ってはいけない一言を言った。


「フリーターじゃん」


「ぶ っ こ ろ す ぞ て め ぇ !!!!!!!!!!」


それだけは言ってはいけないセリフを言われた。


「おぬし、去年の声優としての収入いくらじゃよ」


「おまえっ!!!それは!!それはお前!!!お前!!!!!」


「〇〇万ってお前」


「おい!!!!!!」


「年金生活送ってばばぁの方がもらってる」


「おおい!!!!!!!」


「新宿の道路に空き箱置いといた方がお金になるだろ」


「お前!!!!お前それ以上言うと死ぬぞ!!!!!!泣くことになるぞ!!!!」


「いや死んでるの涙流してるのもお前じゃよ」


死んでるし、泣いてた。


「だって!!!!だってさ!!!そんなに仕事あるわけないだろ!!!こっちは事務所もやめてフリーなんだよ!!フリーで仕事もらえる声優なんてそんなもんいねぇんだよ!!!」


「いるだろ少しは」


「お前が声優の何を知ってるんだよ!!!ああああああ事務所はいりたい!!!!」


「いやお前もう死んじゃってるから……」


「大体さぁ!!!お前なんでおじいちゃんなんだよ!!!こういう時はかわいい女の子だろ!!!転生ものだったら女の子だろ!!!なんでおじいちゃんなんだよ!!!俺のせいなの!?俺の死とか神様のイメージがこうしちゃってるの!?もうそこからこっちはテンション下がっちゃってるんだからさ~~~~~」


「めちゃくちゃテンション上がってるようにしか見えんが」


まぁ、お前が言うなら──


と死神が言うと、黒いローブが死神の全身を覆い、バキボキバキボキと骨が鳴る嫌な音が聞こえ──


「っふう」


美少女が出てきた。


「お前最初からそれで出て来いよぉぉぉぉ!!!!!!」


めちゃくちゃ可愛いかった。


「お前のためなら転生だって魔王討伐だってなんだってするよお前馬鹿じゃないのなんでしわくちゃがりがりのおじいちゃんで出てきたの誰がやる気でるんだよ現代っ子なめんじゃねぇよボケがよぉぉぉ!!!」


「ちょっと抱き着きつかないでくれるかの変態!!」


「おぐっ!?」


不当な暴力を受けた。


「美少女を前にすると暴走するとあったがまさかここまでとはな」


「お前自分で自分のこと美少女っていうのやめろよ!!!」


「嫌いか?」


「大好きです!!!」


「いい笑顔で親指を立てるなボケが」


しかし、と死神は言う。


「おぬし、本当に見た目が可愛ければいいんじゃな」


「何が」


「おぬしの“存在”を消し去ったのわしなんじゃが」


「お前次やったら許さねぇからな!!!」


「もう今回の許してるの大丈夫かお前」


「何が!」


「頭だよ」


「頭おかしくなかったら声優なんてやってねぇよ!」


「お前そんなこと言ってるから仕事なかったんじゃないのか……?」


死神がアホを見るような目で俺を見る。


「あっ、そうだ、仕事! 話がズレてたけど、俺ただの声優だぜ。魔王倒すどころかチートなんて感じたことなかったんだけど!」


「ふむ、工藤玲司。お前さんは、何で生活していた」


「声優」


「違う」


「ボイスアクター」


「違うお前そういうことじゃない。主とする収入はなんだったのかと聞いておる」


「……バイト」


「そうじゃな」


「知ってたなら聞くんじゃねぇよ泣くぞ!!!」


「いや泣かんでよい、そもそも──お前のチートはそこにある」



「お前適当なこと言ってると本当にやめるからな!!!!ただのフリーター、フリーター声優のどこにチートがあったんだよ!!」


「お前バイト経験はいくつある」


「50くらい」


「そんなやつおらんのじゃよ普通は」


「いやでも普通だろこのくらい」


「普通じゃない」


「普通に生きてたらこのくらいやるだろ」


「お前の周りにそんな奴いなかったろうが」


ボケが、と死神は呆れたように言う。


「お前さん、そのすべての仕事をやってどう思った」


「え?」


思い返してみても、特に不思議なことはなかった。

どれも超得意というわけではなかったが、問題起こしたことや困ったことはなかった。


「それじゃよ、お前さんの能力」


「は?」


何言ってるんだこいつ。


「お前に授けられていたチート能力は、『どんなことでも十段階で言ったら四くらいでこなせる』だ」


「『どんなことでも十段階で言ったら四くらいこなせる』能力!!!!!????」


「そう」


「地味!!!!!!!!!!!!!!」


一瞬でも自分の隠されたチート能力とやらにわくわくした自分が馬鹿だった。

なんだ、『どんなことでも十段階で言ったら四くらいこなせる』能力って。


「逆にどんなことでも十段階で言ったら五以上にならない呪いもついてた」


「そっちの方がはるかに重いだろクソ!!!!!!!!!!!!」


なんだそれ!

なんならよく『どんなことでも十段階で言ったら五以上にならない呪い』持ちで声優になれたな俺!!


「いやお前さん声優で食っていけてなかったから」


「ああああああああ!!!!!!!!」


「抱きつくな!!揉むな!!尻を揉むな変態!!!!」


不当な暴力を受けた。


「……え? 俺、俺そんな呪いとともに生を受けたの……? 前世に何をしたの……全然チートじゃないじゃんクソが……」


「まぁ、その通りじゃな。お前さんがいた世界ではこの能力では何者にもなれん。モブ声優はある意味で天職だったのかもしれんな」


くっくっくっ、と死神は笑う。

美少女過ぎて怒る気もしないのだが癪なので尻を触った。

不当な暴力を受けた。


「で、『全能力偏差値平均以下』のクソモブに何をやらせるんだよ。魔王なんか無理だよ。クソザコフリーターなんだから」


「そう卑屈になるでない。お主にもうひとつ、チートを授ける」


「美少女になりたい!!!!!」


「お前さんそれでいいのか? クソザコステータスヒロインが生まれるだけじゃぞ」


「なんだよ美少女にならせてくれよもうこっちは心が疲れちゃってんだからさぁ!!!美少女にさぁ!!!!頼むわよ!!!!!頼むわよ神様ァ!!!!」


不当な暴力を受けた。


「お前さん尻ばっか触ってくるのやめろいい加減に!! ……はぁ、よいか、お前さんに授けるのは──


『ステータスポイント割り振り』じゃ」


「美少女にしてください!!!!」


「美少女にはできん!!!」


「なんで!!!」


「なんでもクソもないわ!お前はこの能力で生きていくんじゃ!」


「そんな誰でももってるような地味な能力いらないから美少女にしろよぉぉぉ!!!俺は美少女になって異世界で男にちやほやされながらゆるゆるふわふわと生きていきたいんだよぉぉ!!!町でちょっと有名な美少女になる!!!!」


「なるじゃないお前さんがなれるか、おい、離れろ!!こ、こいつ──」


突然、腕の中にあったやわらかな感触が硬い骨のようになった。

目を上げると──爺さんと目が合った。


「美少女を!!!!返せ!!!!!!!!」


「おぬしよくその体勢のままそんな大声を……」


「美少女を!!!!!!返せ!!!!!!!!!」


「うるっさ……」


爺から攻撃の気配を感じた俺は素早く身を離した。

美少女以外から一切の攻撃を受けたくはない。

誰だってそうだろう。


「よいか」


「よくない!!美少女を返せ!!」


こいつまったく話が通じん、と爺はつぶやき俺と距離をとってから再び美少女の姿に戻った。そう、戻ったのだ。この姿がデフォルト。あの爺さんの姿は呪いか何かだ。もしかしたらこの美少女とあの爺さんは別人かもしれないいやきっとそうだこんなにかわいい子が爺さんのはずがない。


「付き合ってください!!!」


「お前さん頭いかれてんのか!? いいか! お前さんが誰でも持ってるようなといった『ステータス割り振り』じゃがな、勘違いしとるわ。この能力、誰も持っておらんのじゃよ」


「誰も持ってない?」


「そうじゃ、まぁ当たり前じゃろう。お前さんが好きなゲームのようにステータスは自由に決められないのが普通じゃ。これから救いに行ってもらう異世界でもな。持って生まれた能力を伸ばし、弱点を見極め、成長していくのはどこも同じというわけじゃよ」


「……でも、そんなこと言ったってどのステータスも平均な俺がそんなの持ってたって限界があるだろ。そんなんで魔王なんて──」


「倒せる」


倒せる、と死神はもう一度、俺の目を見ながら言った。


「お前さんの持っているもうひとつのチートスキル『どんなことでも十段階で言ったら四くらいこなせる』のおかげでな」


「……どういうことだよ」


「まだわからんか?お前さん存外にぶいのぅ。よいか、お前さんのそのスキルはな、本当に『どんなことも』なのじゃよ。すなわち──」


全ステータス全適正が初期状態から十段階で四。


それは、本当の意味で“すべて”である。


例えば剣士に銃の扱いは無用。

魔法使いに魔物と仲良くなるスキルは無用。

遊び人に腕っぷしの強さは無用。

万引き、拷問、詐欺、居眠り、料理、、ギャンブル、そのほかありとあらゆるすべてのものにこのステータスポイントは生まれながらにして割り振られる。


その数は数百というものではない。


数千、数万──。


『概念』の数だけステータスポイントが与えられているのだ。


「お前さん、どんなものにでもなれるかもしれんな」


くっくっくっ、と死神は笑う。



俺の中には名もなきすべてのモブがいる。

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