水に溶ける
あきかん
第1話
僕は水の中にいる。ガラスに囲まれた中でゆらゆらと漂っている。
あぁ、外の人間は忙しそうに動くものだ。重力を直に受ける為か、その歩みは重そうに見える。そもそも足をつけて歩く行為が億劫に思えてならない。
僕は思想に耽る。それしかやることがないとも言える。肺まで水に満たされた中で僕は自分の境界線を考える。わずかながら沈んだり浮き上がったりとしている僕だが、外の人間達は気がついているのだろうか。この水ごと僕だと思っているのかもしれない。それが事実なのだろう。たぶん、僕はこの水の中から出たら生きることはできないだろう。このガラスも含めて僕と言えるのだろうか。自分の境界線がわからない。
しかし、この水は僕の意思には頑なに従わない。寒いと思えば水は冷たくなり、熱いと思えば水の温度は上がる。たまに妙な流れをすることもある。僕を苦しめるように調整されているのだろうか。
ケイトがガラスの前に立っている。僕は彼女を見つめて手を振る仕草をする。しかし、彼女はそれに答えることはない。バインダーに挟まった紙に何かを記入するのみだ。
この退屈な日々はそうは続かないと僕は予想している。それでもなお、生まれてきたのならばその意味があるのだろうか。と、ガラスと水で屈折した光を浴びながら考え続けることしかできない。
「試験体AD021は今月末で破棄処分でよろしいですか?」
「そうしてくれ。やはり、このやり方では臓器の複製は難しいと言わざるを得ない。環境が違うからか、移植した場合の拒絶反応が強すぎる。」
「わかりました。それでは融解処理の準備をしておきます。」
「いや、ゴミ処理で良いよ。いつもの業者に頼めば良い。」
「わかりました。」
苦しいこれが外界か。呼吸ができない。手を上げると無理やり台に押さえつけられ骨が折れた。
腕が切られる。血がドバドバと溢れ出す。自分の血はあの水ではなかったのだ、と妙な考えが浮かんだ。そして、襲ってきた激痛の荒波に呑み込まれて意識を失った。
水に溶ける あきかん @Gomibako
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