第158話 どうして?

 天から降り注がれる、太陽の光を纏って現れたのは――。


 エルヴィン・サンテス神殿騎士卿。



 彼はまるで、神の化身のように優雅に歩み寄り、黒々と連なる民衆の波間を見渡した。



「まるで、人の洪水ですね」



 そう言ったように思えるが、実際彼の声がフィルメラルナの耳に届いたわけではない。


 隣に並んでいてさえも、僅かに聞き取れるかどうかという状況なのだ。



 彼は一度も、〈聖見の儀〉のために露台へ出て、民衆の前に姿を現したことはないという。



 いや、それどころか。


 彼には婚約解消を伝え、あれから随分時間が経っている。



 なのに、どうして今ここに?



 戸惑いを浮かべるフィルメラルナをよそに、眩いばかりの純白の騎士服で、エルヴィンは片腕を挙げた。


 途端。


 地を揺るがすような大歓声が、人の海から湧き上がる。



 類い稀な美丈夫であるとして、神殿騎士卿の噂は当然民にも浸透している。


 しかし、彼は神王国の重大な式典など、非常に稀な機会にしか姿を見せない。



 そんな彼が、こうしてまさかの〈聖見の儀〉で、信徒に手を振っている。


 それはまるで、奇跡のような出来事であったのだろう。



 颯爽と優雅に手を振るエルヴィンは、一息ついたところで、フィルメラルナへと向き直る。


 そして、流れるような柔らかな所作で左手をとり、口元へと寄せていった。



 心から慈しむような、優しい口づけが落とされる。



 その瞬間。



 天をも射落としそうな喝采が足許から突き上げ、そのあとは拍手と、耳を劈くような人々の祝福の声が、嵐のように渦巻いた。



「ヘンデルどのの言葉が、今やっと理解できました。確かに国民は、神妃と騎士卿を望んでいるのですね。ここまで喜んでもらえるとは、正直想像していませんでした」



 はにかむようにエルヴィンが告白する。


 彼の真摯な瞳が、フィルメラルナを射止めて離さない。



 自分の全感覚が、彼の動きを理解しようと働いている。


 騒音のただ中に在るというのに、もうフィルメラルナの耳には彼の声しか聞こえなかった。


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