第157話 大歓声

 聖見の間の中央、青い絨毯の敷かれた場所へ来て、アルスランは静かに膝を突く。


 左右にずらりと並んでいるのは、様々な儀式を推し進める神官、神殿を守る神殿騎士たち。



 皆、恭しく頭を下げる。


 そして、露台へと続く扉の前で、フィルメラルナは一旦足を止めた。



 ここから先は、神妃と神殿騎士卿しか立つことが許されない空間だ。



 嚥下をひとつ。


 決然としたフィルメラルナの目前で、美しい硝子で装飾された扉が開きだす。



 神妃交代を宣言したあの日から、固く閉ざされていた扉に、線のような隙間が生まれでて。


 その瞬間、怒涛のように溢れ入ってくる歓声に、圧倒されそうになった。



 怯んでしまいそうな心に勇気を沿えて、フィルメラルナは露台の上にひとり姿を晒した。



 地面が翻るような人々の声に、胸が熱くなる。


 ざっと見渡すフィルメラルナの視線に応えるように、手を振り喜びに顔を輝かせる民衆たち。


 その場に跪き、祈りの体勢に身を屈める者もたくさんいる。



 ――ああ、神妃とは。



 こんなにも、人の心の支えとなる存在なのだ。


 自分が町娘だった頃には、考えたことすらなかった。



 世界の摂理はこれほどまでに、神妃という存在を中心に回っていて。


 そして人々も、自分たちの生活に不可欠なものとして認識しているのだ。



 この重圧に、歴代の神妃たちは。


 イルマルガリータ様は――。



 目頭が焼けるように熱くなり、一雫の涙が頬を伝って落ちた。




 その時だった。



 一際大きな民衆の叫びが、フィルメラルナを襲った。


 思わず足元をよろめかせてしまうほどの大歓声に目が回る。



「何が……」



 答えを求めるように振り返る彼女の瞳に、銀髪の騎士の姿が映りこむ。



 フィルメラルナの困惑は、瞬く間に集った民衆の歓声に掻き消されていく。


 もう、自分の発した声が何だったかも思い出せないほど、階下に見える人々の声が高まっている。


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