第156話 やっぱり苦手な人

 しかし完全に、この儀式を無くすわけにもいかない。


 それは、事実がどうであれ、神妃が不幸な囚人であるなどと、人々に少しでも感じさせてはならないからだ。



 民衆が神妃の身を不憫に思えば、解放党を喚起することに繋がってしまう。


 故に、彼らにこの神殿で暮らす神妃が不幸であるなどと、想像されては困るのだ。



 フィルメラルナは、民衆の前では一等明るく幸せを振りまき、そして彼らにも幸福を分け与える……そんな素振りをしなくてはならない。



「フィルメラルナ様、どうぞ聖見の間へ」



 アルスランが合図をすると、金と銀で美しく彫刻された扉が、ゆっくりと開かれていった。


 途端に、外の広場から大勢の騒めきが聞こえて来る。


 だが、まだ露台への扉は閉じているからか、それは部屋の空気を揺らすほどではなかった。



「遅かったね。国民が待ちくたびれているようだけどねぇ」



 ヘンデル・メンデルの鉛色の瞳が、フィルメラルナを迎えた。


 灰色に銀の縁取りの衣服は、歴史棟の制服でもあるのか、いつもの気怠い雰囲気とは少し異なっていた。


 が、単眼鏡を掛けた視線は鋭く、フィルメラルナの複雑な心境など、すべて見通しているかのようだった。



 ――やっぱり、苦手な人。



「もうさすがに覚悟はできてると思うから、心配してはいないけれどね。あまり民を心配させるような態度は謹んでくれ」



 きっとこの人にとっては、一般人の心などどうでも良い事柄なのだろう。


 ただ、脈々と受け継がれてきた歴史を、自分の代で無残な記録とする事態にはしたくないのだ。



 かといって、単にこれまでの歴史と同じ内容では面白くない。


 だから今回のように、史上初めての神妃交代を、絶好のスパイスとして効果的に綴りながら、しかし無事に神妃と王国の歴史を刻みたいのだ。



 無言で小さく頷くに留め、フィルメラルナは露台の方へと視線を移した。


 それを合図と取って、アルスランが腕を優しく引いてくれる。



「どうぞこちらへ、フィルメラルナ様」


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