第148話 婚約解消

「ごめんなさい、エルヴィン。ここから先は、わたし一人で行かせて」



 前回は王宮側から拒否をされ、エルヴィンは控の間に残された。


 しかし、今度はフィルメラルナからそう願わなければならなかった。



「私には、あなたをお守りする役目があります」


「ええ、もちろん分かってる。心配させてごめんなさい。でも……」



 エルヴィンに正面から向き直り、じっと彼の双眸を見上げた。



 両腕で大切に抱く小さな箱、そこから僅かな気が流れてくる。


 神妃にだけ視認可能な小さな蜘蛛が、小箱に黄金の巣を張っていた。



 今にも消え入りそうな錠は、フィルメラルナにたった一人で進むことを望んでいる。


 それもイルマルガリータの意思なのだろう。



「……分かりました。私はあなたを信じます」



 意図が通じたようで、エルヴィンは潔く身を引いてくれた。




 この箱を、ミランダ王女に手渡す。



 なんだろう。


 それは必然であると思うのに、してはいけない罪のようにも思われてならない。



 けれどもう逃げられない。


 自分はきっとこれから、抱えきれない罪を自ら背負うのだ。



 そう決まっているならば、エルヴィンを道連れにするなどできないと思った。



(わたしは――)



 彼が好きなのだ。


 いつからなのか、心の中でエルヴィンが特別な存在になっていた。



 光を纏う銀の髪。


 果てしない空を思わせる蒼い瞳。


 宝剣のように美しくも鋭い眼差しは、揺るぎない信念を抱いている。



 そんな彼が、心から大切で仕方がない。



 だからこそ、彼を解放しなくてはならない。


 延々と続いてきた〈神妃〉という悪夢から。


 歴史から――。



「ありがとう」



 そして、さようなら。



 この先、自分はひとりで生きていく。


 神脈の乱れとて、神殿騎士卿の力なくとも、正してみせる。



 フィルメラルナは、エルヴィンとの婚約解消を心に誓った。


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