第130話 神妃と蒼玉月

 リクヴィルに関わった者を、全滅させよと。


 何の罪もない弱き村人を、皆殺しにせよと。



「もちろん、彼女の奇行ぶりはこの事件だけにとどまらない。少しは君も神殿で感じることがあっただろう? 侍女や騎士たちを塵のように殺したり、何人を廃人にしたか分からない。それに、あのハプスギェル塔」



 ビクリとフィルメラルナの肩が震えた。



「あの塔で、イルマルガリータは怪しい研究をしていたようだ。極秘事項とされているが、この数年間で三桁の人間が犠牲になっている」



 もちろん歴史棟で、私が記録している範疇での話だがね、とヘンデルは付け加える。



「それは、もしや月と……蒼玉月と関係していたりするのでは?」



 驚いて、フィルメラルナはエルヴィンを見た。



 そうだ。


 そういえば前回の蒼玉月期に入る前、彼は何かを含んでいた。


 そして、フィルメラルナも半ば軟禁状態にされ、みんなが神経を尖らせていた。



「そうだね、関係はあるのだろう。歴代の神妃に関する記録にも、蒼玉月が何か関係しているのではと、訝しんだ内容があったしね」



 暗黒の五百年を迎える切欠になった昔の神妃も、恐らくは猟奇的な何かを要求し、それらを受け入れられず、正義として人間が彼女に行った行為だったのかもしれない。



 神妃という存在を失うリスクを最小限に抑えながら、けれど彼女の我儘のため犠牲になる人間を守るため。


 狂った神妃は喉を潰され、四肢を切り取られてまで生かされた。



 恐ろしい話だが、きっと真実なのだろう。



 原始の頃、唯一神リアゾは聖なる妃をこの世に遣わした。


 しかし、蔦の聖痕を戴いた神妃は、心清らかな聖女ではなく、蒼玉月による狂気に支配される悪鬼だった。



 神がこの世から民族間の争いをなくすため、人類に与えた試練とは――。


 そんな歪んだ神妃だからこそ、彼女の存在を赦し、崇め、守護せよという、国を超え、種族を超えた共通概念だったのだ。



「と、まぁ歴代の神妃の悪行を、一つずつ数え上げたら切りがないだろう。ところで、君はどうなのかね?」



 蒼玉月の影響を、ヘンデルはフィルメラルナに問うているようだ。



「そう、ね……少しだけ怠い感じがするときもあるけど、概ね良好なのだと思うわ」



 少なくとも誰かに危害を加えたり、無理難題を押し付けたくなるようなことはない。



「確かに、蒼玉月が過ぎたあとのフィルメラルナ様に、異変は見られなかったようです。本音を言えば、私も……恐れていたことだったのですが」



 杞憂に終わり安堵した、とエルヴィンも意見を言った。


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