第128話 人質

「私とて、実際その時代を生きていたわけじゃない。だけどね、歴史棟の記録を受け継ぐ者には、まるでその苦しみを味わったかのように、鮮明に思い起こすことが可能なのだよ」



 だから、それらは紛れもなく真実なのだとヘンデルは苦笑する。



 普遍の名を持つ〈ヘンデル・メンデル〉。


 彼だからこそ、人類の過ちを否定したくともできない真実なのだ。



「まぁ、それはそれとして。問題なのは、本来後生大事にされるべき神妃が、当時何故〈酷い扱いを受けて殺された〉のか、その理由だよ」



 ハッとフィルメラルナとエルヴィンは、ヘンデルの灰色の瞳を見やった。



「それは、もしやイルマルガリータ様のご気性と、関係があるのでしょうか?」



 率直に聞いたのはエルヴィンだった。



 フィルメラルナには、イルマルガリータの性格など分からない。


 この神殿へ来て、侍女や騎士の態度から憶測する以外の知識はないのだ。



 何が原因で、神妃はこの世から姿を消してしまったのだろうか?



「暗黒の五百年を迎える前、それまでで最後の神妃となった少女は、心身共に欠落した人物だった。容姿も醜悪で人前には出せず、身体にも多くの欠陥があった。関節が自由に動かず、身の回りのことも自身では行えなかった。しかし、反して頭脳は明晰だった彼女は、自身が不具であることを良しとせず、人を妬み恨みそねみ……その権力を振りかざし。各国の王にまで毒牙を剥き、最大限に神妃という地位を濫用し、悪政を強いようとしたんだよ」



 そんな傍若無人な神妃への怒りは、この国だけに留まらず。


 世界こそが、彼女の排除を望んだのだ。



 そうして、神王国ロードスの王宮が実施した。


 生ける屍となるよう、その聖女の声を奪い、両目を奪い、四肢を……。



「エルヴィン、イルマルガリータの婚約者であった君も、相当痛い目をみてきただろうからね。神殿騎士卿などほっぽり出して、何度も逃げたいと願ったんじゃないかな?」



 ヘンデルは、哀れむ視線をエルヴィンへと向けた。



「それはありません。私は一人の騎士として逃げたりはいたしません」



 鋭い眼光を、ナイフのようにヘンデルへと向ける。



「冗談だよ。私も少しは理解しているつもりだ。君には妹君という人質もいたことだしね」



 だから、彼がイルマルガリータから逃げるわけなどないのだ、とヘンデルは鼻を鳴らした。


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